私、加齢現象でしょうか? 最近は涙する機会が多くなりました




乳がんの闘病中だった「小林麻央さん」がとうとう力尽き天国に旅立ちましたね

この数日間、TVを点けるとそのニュースが流れ、愛する夫と二人の幼子を残して逝った
麻央さんの気持ちを思うと切なくなります



夫たちがまだ現役のサリーマンだった頃、親しくしているご近所仲間のプリンさんに誘われて
仲間皆で映画や歌舞伎鑑賞によく行きました。
プリンさんは特に海老蔵さんの大フアンで、成田屋さんの友の会の会員でしたから
私たちもチケットをいつもお願いしました。
私も海老蔵さんの助六の美しさには完全にノックアウトでしたわ

ただあの頃の海老さまは、若くして婚外子を作ったり(認知はした?)、
喧嘩して役者にとっては大事な顔に怪我したりの困ったちゃんでしたね。

それが今では夫の鏡!、幼い子供を持つ父親の鏡!
妻を失った彼の悲しむ姿をTVで見て、私もほろほろと涙が流れました。

今回の小林麻央さんの悲劇が、単に芸能人の話題の一つと片づけられない思いの原因は
私の身近に同じような経験をしている人が居るからで・・・
その時の衝撃をマイブログの2007年の5月に「悲しい知らせ」という題名でUPしています


”よく我が家に遊びに来ていた息子の中学時代からの親友P君の奥さんが亡くなったのです。
まだ35歳・・・
上の5歳の女の子と、この3月で2歳になったばかりの男の子を残して・・・
どんなにか心残りだったでしょう”
”下の子の母乳をやめた時に、胸のシコリに気がついて昨年の10月に手術をしたと聞きましたが・・・
その若さで、そんな事ってありですか???”
と、10年前に私はこのブログで綴っています。

P君はその後、我が家の隣街の彼の実家に二世帯住宅を建て新しいお嫁さんを迎え
その人との間に3番目の子供を授かりました。
でも・・・
平成時代の30代の女性にとって、舅(P君の父親)と大叔母(お父さんの妹)と、
そして先妻の子供二人との一つ屋根の下での生活は無理だったようで、
再婚相手は、自分の子供を連れて出て行き、結局P君夫婦は離婚したそうです

息子の話では「Pは彼女は作っても、もう正式な結婚は諦めたようだ」とのことでした。
歌舞伎界の名門「成田屋」の名跡を継がなくてはならない、
一般人とは違う海老蔵さんの今後が気になります。
(挿入した画像は今我が家の庭に咲いているお花です。梅雨時のお花は儚げで愛しいですね)








TVの生の歌番組を聴いて涙ぐむ
昼間は友人とランチを楽しんでも、基本夕食はほとんど一人です。
昨夜はお一人様すき焼きと、畑のレタスときゅうりのサラダ、台所仕事10分で作れました

たいていはNHKの午後7時のニュースを観ながらテーブルに向かっています。
最近NHKTVの生の歌番組で二つの歌を聴いて、涙がジワリと出てきました。
はなわさんの「義父さん」
頭のてっぺんの毛を金色に染めて三角に立ち上げ、昔佐賀の事を歌っていた芸人さん?
と言うくらいしか知らないはなわさんですが、NHKの生の歌コンでたまたま聴いたこの歌


生まれすぐに父親が出て行って行方不明、苦労して育ったはなわさんの奥さんの誕生日に贈った歌だとか。
嫁は3人の子供のお母さんで天然ボケ・・・
はなわさんにとっては初恋で結ばれた奥様へのラブレターのような「義父さん」という歌、ジワリます



沢山の苦労をしたけれど、今では母として妻として幸せに暮らしている嫁の姿を義父さんに見て欲しい・・・
その歌詞に聞き惚れました



星野源さんの「老夫婦」
こちらもGWの夜にNHKTVでやっていた「お源さんと一緒」という音楽の生番組でたまたま聴いた歌


サザエさん風に女装したお源さんの姿には笑っちゃいますが、ギターの弾き語りに魅せられました


おじいさんは歩いていく おばあさんの好きな場所
何もないし 何もしない
ただ来てみただけさ ぼけたふりしただけさ~

2分ちょっとで終わる短い歌詞ですが、最後に長々とラ~ラ~ラ~が続きます。
おじいちゃんのおばあちゃんを想うラブソングに涙が出ました。痺れます



孫娘が大好きな「恋ダンス」でブレークした星野源さんが、10年以上も前に作った歌だそうで
とにかくそのシットリ感にビックリ



この歌は星野源さんのデビュー初期のアルバムの中に入っていて、CDはありませんので
YチューブにもUPされていません。
素人さんがカバーしたYチューブの中で、一番声の雰囲気が星野さんに似ている








映画「ライオン」を観て涙ポロポロ
6月上旬にプリンさんに誘われ、ご近所仲間と3人で映画「ライオン」を観てきました。

「インド中部の町のスラム街に住む5歳の少年サルーンは、仕事に行く兄に着いて行き
回送列車に乗り込んで迷子になります。
やがて施設に収容され、オーストラリア人夫婦の養子となり、オーストラリアタスマニアで平和に暮らし
大学も出て就職もし恋人もできてますが・・・
PCとグーグルアースを駆使して、幼いころの迷子になった故郷インドの駅を見つけて
25年ぶりに本当の家族に会いに行く物語です。
詳しいストーリーや内容は

ロードショウではもう終わった映画ですが、我が街の小さなミニシアターでは先週までやっていました。
この映画の子役が可愛いのよ~

賢く逃れて・・・

自愛深い養母役が私の大好きなオーストラリアのスター・ニコールキッドマン

「私は産めないのではない、地球人口が爆発する中自分の子供を作るよりは親のない子を救いたい」
と言う彼女の言葉がグサッと響きました。
血縁を重んじる日本では考えられない、白人の博愛精神

舞台がインドからオーストラリアに移った画面から、夫と4~5年通ったオーストラリアのパースでの風景が蘇り
私は涙が止まらなくなりました



そして最後に実際に母子の対面時に取材した実話のドキュメンタリーも流れて
エンドロールの「今でもインドでは一年に8万人の子供が行方不明になっている」
の文字にも驚き、更に涙があふれました。

映画を観終わってから3人でランチをして、映画談議に花が咲きました。
「感動したわ。私は今一人の生活だから”家族の切ないお話”は心が痛い」
涙で私の目の周りが腫れていましたわ。
最近は独りも気楽


時々、何だか思い切り誰かとハグしたくなります。
孫がもっと小さければ、ムギューッと抱きしめるのだけど・・・
お兄ちゃん孫はもう中学生、私よりも背が高くなりました。
あと数年してもっと大きくなって、私がヨタヨタとした小さな可愛いおばあちゃんになったら、
ハー君、ばぁ~ばをギュッとハグしてね


