


比較的暖かい週末を過ごしています。
下の孫娘が熱をだし、お嫁ちゃんの仕事の日には見守りに通い


あちらの友人こちらのグループ、趣味の教室の方々との新年会も続き

しばしPCからも遠ざかっていて、プチご無沙汰で申しわけございません。
私は疲れてはいるものの至って元気に過ごしてしております。
「naokoちゃんのブログが一週間滞ると心配になる」と、先日お会いしたOL時代のお仲間に言われ
見守られているんだと実感



これからは短くてもいいから、マメに更新せねばと反省しています


上野の森美術館「デトロイト美術館展」(1月17日)
美術館巡りの好きな、地方の町に住むTさんが上京したので、一緒に「デトロイト美術館展」に行ってきました。

日本初上陸15点を含む52点が4章に分けて展示されていました。
第一章・印象派
モネ・ドガ・ルノワールなどの作品が並びます。

クロード・モネ《グラジオラス》(1878年頃)
青いドレスをまとい、緑の日傘をさす女性はモネの妻カミ―ユ
”イーゼルを屋外に持ちこんで、直接キャンバスに描くことで、太陽の光が葉や花にあたって弾ける瞬間や
強い日差しに揺れ動く空気の効果を生き生きと伝えています”
第二章「ポスト印象派」
チケットに描かれているゴッホの自画像と、日本初上陸となる晩年の作品「オワーズ川の岸辺・オヴァールにて」
そしてゴーギャンの自画像と、セザンヌの代表的な画題「サント=ヴィクトワール山」の風景画を始めとする
静物画、肖像画、水浴画のセザンヌ作品4点など、ポスト印象派の代表的な画家たちの作品が並びます。

ファンセント・ファン・ゴッホ「オワーズ川の岸辺・オヴァールにて」(1890年)
”力強いタッチで描かれたボートと人物、そして木の葉の刺々しい描写と寒色の多い色彩が観るものの不安をあおる、
この絵を発表してしばらくの7月29日、ゴッホはピストル自殺を試み、37歳の生涯を終えました”

最終日(1月21日)近くの会場は、平日でも混んでいました。
Tさんは「自分の住む地方にも県立美術館があるけどいつも静かで、この混みようは驚きます」と・・・
前回は昨年の6月に六本木の美術館で「ルノワール展」を一緒に観ましたね。
あの時も凄い人出でした。
第3章「20世紀のドイツ絵画」
第一次世界大戦前後のドイツとオーストリアで活躍した芸術家たちの、
人間の内面を大胆な色彩や形態で表現した作品の「傾向」や「気分」の総称だった「ドイツ表現主義」の作品が並びます。
第4章「20世紀のフランス絵画」
光の魔術師マチスの傑作「窓」、独特の表現のモディリアニの「男女の肖像画」
そして様々な時代のピカソ作品6点が堪能できます。

パブロ・ピカソ「読書する女」(1938年)
”モデルは当時ピカソの恋人だった写真家&画家のドラ・マール
知的で自立し、スペイン語も話せるドラはピカソと対等に芸術や社会問題が語れる相手でした。
二人が幸福な時間を共有している事が伝わってきます”
撮影OKの美術展は日本では珍しく(海外は多い)、ゴッホやピカソも堪能できて満足でしたが、
やはり「SNSに投稿禁止」の表示のある作品もあり、こうして閲覧者と一緒に撮りました




上野には時々来ますが、有名な「西郷さん」の銅像を観るのは何十年ぶりでしょうか?
来年のNHK大河ドラマが「西郷(せご)どん」 主人公・西郷隆盛役は鈴木亮平に決ったそうです。
この日はお天気が良くて風もなく、穏やかな日和でした。
元陸上部の選手だったTさんと「竹橋」まで歩くことにしました。
途中寄ったのが学問の神様の「湯島天神」

来週、お試し受験をする孫のハー君に「お守り」を買いました。
渡した時の彼の反応は「23倍の競争率!、半年しか塾に行っていないしダメダ!」でしたが・・・
バァ~バはトライすることに意義があると思っていますよ。

流石に凄い数の絵馬が並びます。
神田明神横を通り過ぎ、ニコライ堂を仰ぎ見てお茶の水に出て、
「湯島聖堂」に寄りました。

湯島聖堂は、もと上野忍ヶ岡にあった幕府儒臣・林羅山の邸内に設けられた孔子廟(先聖殿)を元禄3年(1690)、
五代将軍綱吉がここに移し、先聖殿を大成殿と改称して孔子廟の規模を拡大・整頓し、官学の府としたのが始まり。
この時からこの大成殿と附属の建造物を総称して「聖堂」と呼ぶようになった。(ホームページより)
上の画像の建物は間口20メートル、奥行14.2メートル、高さ14.6メートル、入母屋造りの大成殿(たいせいでん)
大成とは、孔子廟の正殿の名称です。

1時間近く歩いてようやくTさんのテリトリーのこちらに到着です。(画像は昨年6月に撮ったもの)
最上階が、Tさんが出た大学の会員制クラブのレストラン


名物のカレーと、サラダにチーズの盛り合わせ、そしてビールとワインを頂きました


お互い失った者の存在の大きさを実感し、せめて遺された者は故人を忘れずにいることが最大の役目
それには日々を元気に過ごさねばと・・・
「毎日の食事が大事です

(自分のための食事なんて作る気がしないと、至って手抜きでいい加減になっている日々を反省です)

眺めの良い窓からはスカイツリーが見えていました。








一昨日の1月27日にブログ仲間のだんだんさんと銀河さんと3人で小田急「相模原駅」で待ち合わせ、
足を手術したブログ仲間のラシーママさんのお見舞いに行ってきました。
前日までは車椅子だったそうですが、ママさんはとてもお元気で、相変わらずじっとしていられなくて
折り紙作りに熱中しているようでした。
スマホから連日病院生活もUPしています


私たちは3時から5時半までデイルームでお喋り・・・
ブログをやっていて本当に良かった~

入院中でもスマホからUPができるし他の方々のブログを見ることもできる・・・
話題はラインやツイッター、フェイスブックの話と広がります。
私は化石人間で未だにガラケーを使っていますが、だんだんさんはスマホでブログをUPすることも多いとか・・・
という事は私のような一編が長いブログは読み手に迷惑をかけるのだと悟りしました。
これからは短いブログを目指しま~す

「naoさんも元気になって良かったわ。ご主人亡くしてからのブログを読むと切なかったもの」と
お見舞いに行った私がママさんから慰められました。
心配してくれていてありがとうござました
