5月27、28日、毎年恒例となった兄妹会(5人)の旅行で、奈良へ行きました。
2日目(5月28日)
朝目が覚めると、東の空が赤く染まっています。今日も良いお天気です。
展望台に上がって、日の出を眺めてきました(AM:5:02)

太陽が昇りあたりが明るくなると、広大な平城京跡が草原の中に見えてきました(AM:5:03)

前日の予定だった平城京跡を、朝食前の6時ごろに夫と下見に行きました。
今日も足が痛くて歩くのが苦痛な姉のために、できるだけ近くまで車で
移動するために駐車場の確認です。
かんぽの宿「奈良」のすぐ前から、木々の間をぬって、平城京跡までの道が続いていました。
朝の空気はひんやりと冷たく、木々の間からは、小鳥たちの声が聞こえる
気持ち良い散歩道です。
朱雀門まで、約10分ぐらい、第一次大極殿までは、朱雀門からまっすぐに
広大な敷地が広がっていました
平城京歴史館の前に、遣唐使船の模型が設置されてます

朱雀門(朝早くなので、開門前です)

駐車場から見た朱雀門・・意外と遠いのです

。
一旦、かんぽの宿に戻り、朝食を済ませ宿を出発。
朝確認した駐車場へ、午前9:00に到着。
平城京跡 : 平城京の栄華を伝える広大な宮城跡地。
1959(昭和34年)から奈良文化財研究所による発掘調査、
研究、整備が現在も続いています。
宮跡内には、朱雀門、第一次大極殿や東院庭園、平城宮跡資料館、遺構展示館
平城京歴史館など、往時の文化を伝える野外歴史館でもある。

朱 雀 門 : 平城宮のメインゲート
幅75m、間口25m、高さ22mの美しい門
当時は外国使節を送迎したり、正月には天皇のお出ましが
あったり人々が集まったりするイベントスペースでもあった。
AM9:00に開門した朱雀門

第一次大極殿 : 遷都1300年にあたる2010年(平成22年)に、
正面44m、奥行き20m、高さ約27mの建物として復元された。
天皇の即位の儀式や元旦の朝賀、外国使節との謁見が催された。
朱雀門でボランティアガイドさんから説明を受けた後
第一次大極殿まで行くには、朱雀門からは25分ぐらい歩かなければならない。
今日の予定では、この後まだ東大寺でも歩かなければならないので
第一次大極殿は、眺めるだけにして、次の東大寺・奈良公園へと向かった。
東大寺、奈良公園は、春日大社駐車場を利用することになっている。
歩きながら眺めた庭園や、なだらかな若草山の緑が鮮やかでした。

奈良公園内や境内のいたるところにいる鹿に、
鹿せんべいをあげながら、東大寺へと歩きました。

東大寺 : 聖武天皇が建てた金鐘山寺が前身、
747(天平19)年 東大寺の寺号が用いられた。
南大門 : 参道に聳える高さ25mの大楼門
鎌倉時代に金剛力士像とともに再建されたもの
太い柱が屋根まで一直線に伸び、力強い印象をあたえる。

金剛力士像・阿形

金剛力士像・吽形


中門

八角灯篭
大仏殿(金堂) : 1709(宝永6)年に再建されたもの現存する木造建築では世界最大級

本尊は廬舎那仏坐像、創建時は体全体に鍍金され、輝いていたという。

大仏様の背後にまわり巨大な光背を眺めたり、大仏様の鼻の穴と
同じ大きさの柱の穴を見て、改めてその大きさを実感しました。

大仏様がいかに大きいか、脇の如意輪観音様と比較するとわかります。

柱の穴をくぐると無病息災のご利益があるという。
長い行列ができていて、幼稚園児がくぐり抜けていた。

大仏様を一回りして、外へ出る。二月堂や法華堂(三月堂)など、回りたいところだが、
足の痛い姉には無理と思い、再び南大門をくぐって帰ることにしました。
駐車場まではとても歩けないと言い、3人はタクシーを拾って駐車場まで帰り
私たち2人は、歩いて春日大社駐車場へと戻りました。
この後、春日大社へもお参りする予定だったが、これも取りやめ
奈良市内で昼食をとり、帰ることにしました。
せっかく数十年ぶりに奈良を楽しもうと思ったのに、同行者の体調不良で
ほとんど観光できずに帰ってきたことが、残念でなりません。
またいつか、機会を作ってもう一度歩きたいと思います。
おわり
2日目(5月28日)
朝目が覚めると、東の空が赤く染まっています。今日も良いお天気です。
展望台に上がって、日の出を眺めてきました(AM:5:02)

太陽が昇りあたりが明るくなると、広大な平城京跡が草原の中に見えてきました(AM:5:03)

前日の予定だった平城京跡を、朝食前の6時ごろに夫と下見に行きました。
今日も足が痛くて歩くのが苦痛な姉のために、できるだけ近くまで車で
移動するために駐車場の確認です。
かんぽの宿「奈良」のすぐ前から、木々の間をぬって、平城京跡までの道が続いていました。
朝の空気はひんやりと冷たく、木々の間からは、小鳥たちの声が聞こえる
気持ち良い散歩道です。
朱雀門まで、約10分ぐらい、第一次大極殿までは、朱雀門からまっすぐに
広大な敷地が広がっていました
平城京歴史館の前に、遣唐使船の模型が設置されてます

朱雀門(朝早くなので、開門前です)

駐車場から見た朱雀門・・意外と遠いのです

。
一旦、かんぽの宿に戻り、朝食を済ませ宿を出発。
朝確認した駐車場へ、午前9:00に到着。
平城京跡 : 平城京の栄華を伝える広大な宮城跡地。
1959(昭和34年)から奈良文化財研究所による発掘調査、
研究、整備が現在も続いています。
宮跡内には、朱雀門、第一次大極殿や東院庭園、平城宮跡資料館、遺構展示館
平城京歴史館など、往時の文化を伝える野外歴史館でもある。

朱 雀 門 : 平城宮のメインゲート
幅75m、間口25m、高さ22mの美しい門
当時は外国使節を送迎したり、正月には天皇のお出ましが
あったり人々が集まったりするイベントスペースでもあった。
AM9:00に開門した朱雀門


第一次大極殿 : 遷都1300年にあたる2010年(平成22年)に、
正面44m、奥行き20m、高さ約27mの建物として復元された。
天皇の即位の儀式や元旦の朝賀、外国使節との謁見が催された。
朱雀門でボランティアガイドさんから説明を受けた後
第一次大極殿まで行くには、朱雀門からは25分ぐらい歩かなければならない。
今日の予定では、この後まだ東大寺でも歩かなければならないので
第一次大極殿は、眺めるだけにして、次の東大寺・奈良公園へと向かった。
東大寺、奈良公園は、春日大社駐車場を利用することになっている。
歩きながら眺めた庭園や、なだらかな若草山の緑が鮮やかでした。

奈良公園内や境内のいたるところにいる鹿に、
鹿せんべいをあげながら、東大寺へと歩きました。

東大寺 : 聖武天皇が建てた金鐘山寺が前身、
747(天平19)年 東大寺の寺号が用いられた。
南大門 : 参道に聳える高さ25mの大楼門
鎌倉時代に金剛力士像とともに再建されたもの
太い柱が屋根まで一直線に伸び、力強い印象をあたえる。

金剛力士像・阿形

金剛力士像・吽形


中門

八角灯篭

大仏殿(金堂) : 1709(宝永6)年に再建されたもの現存する木造建築では世界最大級

本尊は廬舎那仏坐像、創建時は体全体に鍍金され、輝いていたという。

大仏様の背後にまわり巨大な光背を眺めたり、大仏様の鼻の穴と
同じ大きさの柱の穴を見て、改めてその大きさを実感しました。

大仏様がいかに大きいか、脇の如意輪観音様と比較するとわかります。

柱の穴をくぐると無病息災のご利益があるという。
長い行列ができていて、幼稚園児がくぐり抜けていた。

大仏様を一回りして、外へ出る。二月堂や法華堂(三月堂)など、回りたいところだが、
足の痛い姉には無理と思い、再び南大門をくぐって帰ることにしました。
駐車場まではとても歩けないと言い、3人はタクシーを拾って駐車場まで帰り
私たち2人は、歩いて春日大社駐車場へと戻りました。
この後、春日大社へもお参りする予定だったが、これも取りやめ
奈良市内で昼食をとり、帰ることにしました。
せっかく数十年ぶりに奈良を楽しもうと思ったのに、同行者の体調不良で
ほとんど観光できずに帰ってきたことが、残念でなりません。
またいつか、機会を作ってもう一度歩きたいと思います。
おわり
>柱の穴をくぐると無病息災のご利益があるという。
奈良は中学の修学旅行で行ったっきり!
歴史上の建物も殆ど覚えていません。
でもこの大仏様の大きさはよく覚えていますよ。
柱の穴をくぐったことも何だか覚えています。
いつかゆっくり出かけてみたいですね。
それにしてもヒマ子さんご夫婦は兄弟思いですね。
お姉さま達とは年齢が離れているんでしたっけ?
お年寄りの方達はやっぱり温泉でまったりが一番かしらね。
奈良は中学生でいっ~ぱい!。
昔も今も同じです。
>奈良は中学の修学旅行で行ったっきり!
この子たちも、大人になったらこう言うのでしょうね。
私は、子供たちが小学生の時と、勤め先の旅行で
京都から奈良へ行ったので、そのとき以来です。
一番上の姉とは年の差はありますが、
2番目の姉は4歳年上、でも、彼女は農家で、
とても、おデブちゃんなんです、。
体重が重いので、膝に無理がかかるんですね。
次回からは、温泉でまったり!と、決めました(笑)