野の音/白いおうむの森/安房 直子/偕成社/2006年/1973年初出
大きな町の裏通りのおいしげった泰山木の木陰に、何十年もたっている小さな洋服店。
おばあさんが一人できりもりしています。
ここで作られた洋服のボタン穴に耳をつけると小鳥のさえずり、風の音、せせらぎの音がきこえます。
不思議なボタン穴にひかれ、ボタンの穴かがりをおぼえたという娘がやってきますが、その店からでてくることはありませんでした。
おばあさんは泰山木にすむ木の精。
一面の野原だったのが、草が刈り取られ、まわりに家がたち、小川がうめたてられて道路ができて町がどんどん大きくなると、泰山木の葉が枯れ、花も咲かず、実もならなくなります。小鳥もりすもチョウも姿を消します。
木の精は、木の下に店をつくって、人間ふうに暮らしてみることにして、洋服屋の看板をたてたのです。
ある日、おばあさんはひょいと思いついて、仕立てをたのみにきた、ひとりの娘を泰山木の葉にかえてみます。それがうまくいって、それからは自分の木の葉をどんどん増やしていったのです。
野原の音がきこえるボタン穴は、満月の夜に葉が少女にかわり、たくさんの草から糸をつむぎ、ボタン穴をかがったものでした。
物語は、一人の若者が妹の行方を探して、洋服店で働きながら、ボタン穴の不思議な秘密をみいだしていく展開になっています。
自然が破壊されたことに怒りをおぼえるおばあさんですが、一方では、野の音が聞こえるボタン穴の洋服を人間に届ける一面もあります。
わたしたちのまわりには、人工的に作り出されたものが、あふれていますが、おばあさんが人間に届けたものは、自然の大切さをつたえるメッセージだったのかもしれません。
物語の最後は、若者も泰山木の葉にかえられてしまうのですが、もしかすると娘たちも幸せだったのかもしれません。