神奈川のむかし話/相模民俗学会編/日本標準/1977年
いくら飲んでも減らない「カッパどっくり」の行方は?。
茅ケ崎の働き者の五郎左ヱ門が、畑仕事を終えて帰る途中、川のそばで馬が暴れていました。
馬の飼い主が「助けてくれ! カッパだ。カッパだ。カッパが出たんだ!おれの馬をとっちまう!」と騒いでいます。カッパが馬の尻に、がぶりと食いついていました。馬は痛いのと恐ろしいので、気が狂ったようにあばれています。五郎左ヱ門は大きな声でみんなを呼びました。ちょうどよいことに仕事を終えて、帰りかけていた村の人が、大勢かけつけました。村の人たちはカッパをつかまえ、縄でギリギリにしばりあげると、殺してしまえと大騒ぎ。
カッパはすっかりおとなしくなり、泣いて、小さな声で助けてくれとうったえました。村の人たちは、すぐにでも殺してしまいそうなようす。五郎左ヱ門はおそるおそる、「カッパのやつも、もう悪さはしねえと言っているようだから、ひとつ放してやろうじゃねえか。」と、みんなにむかって言ってみましたが、村の人たちはなかなか納得しません。しかし、五郎左ヱ門が一生懸命たのみ、カッパも頭を地面にこすりつけて泣いてあやまったので、そのうち村の人たちも、放してやることにしたのです。
その夜、「コトコト、コトコト」と戸口をたたく物音がし、五郎左ヱ門が眠い目をしばしばさせながらでてみると、先ほど助けてやったカッパが、またきているでは ありませんか。こんど見つけたら、ただではおかないといっておいたのにと、おもわず怒鳴りつけると、カッパはなにやら細長い物を、五郎左ヱ門の前に差し出すと、こう言いました。
「これはカッパどっくりというものです。中にはうまいお酒がいっぱい入っています。いくら飲んでもへりません。でも、とっくりの底をポンとたたくと、もう普通のとっくりと同じになって、酒は出ません。」。カッパは、これだけのことをいそいで言うと、おじぎをして、にげるようにして、川の方に帰っていきました。それから五郎左ヱ門は、二度とカッパに会うことはありませんでした。
カッパのくれたどっくりは、茅ケ崎のある村に残っているが、いまは一滴の酒も出てきません。だれかが、とっくりの底をポンとたたいたのでしよう。
いくらお酒を飲んでも減らないとっくりがあったら、仕事がおろそかになるので、やはり話としておくのが、いちばんでしょう。