毎日ヘルス&ライフ:私のQOL 医師で自然写真家・井上冬彦さん(62)
2017年3月10日 (金)配信毎日新聞社
<Quality Of Life>
◇人を癒やす写真を追求 「生と死の存在が命をつなぐ」
医師で自然写真家の井上冬彦さんが、アフリカのサバンナ(草原地帯)で撮影を始めてこの夏で30年になる。野生の世界で目の当たりにする生と死の循環と、診療の場で向き合う命。そのはざまで「生命の本質とは何か」と自分に問いかけてきた。「人の生も死も大きな流れの一部でありそれぞれの存在が命をつなぐ。だからこそ生きる意味がある」と語る。【明珍美紀】
朝の光を浴びる2頭のキリン。湖のほとりでフラミンゴの大群を背にするシマウマの親子。「サバンナを訪れるたびに見たことのない光景と出合う」と目を輝かす。
「動物学者になってアフリカの大地に立つ」。少年時代に描いた未来の自分。迷った末に医師になった。「いつかサバンナに」との思いを抱き、大学病院に勤務していた32歳のとき、思い切って旅に出た。動物たちの輝きに魅了され、父から借りた古いカメラで夢中になって写したが現像するとピントがぼやけている。独学で写真を学んだ。東アフリカのケニアやタンザニアへの旅は59回に達した。
「大自然の営みを伝えたい」と初の個展を開いたのは40歳のときだ。「うれしかったのは、『癒やされた』『元気になった』などの感想が寄せられたこと」。医療と写真が結びついた。
「人を癒やす写真」を追求するために新たな気持ちでサバンナに向かい、写真集や個展を通じて作品を発表するうちに、こんな感想文を目にした。「すべてのいのちはつながり、私もその一部」。30代の女性が書いたものだ。「医師でありながら私自身は生命に対する明確な哲学を持っていなかった」と振り返る。
「生命には、生と死のある『命』と、生と死の概念を超えた悠久の時を生きる『いのち』があると思っている」と言う。人間は自我の欲望や感情に縛られ、高度な文明を築きながらも社会は争いや悲しみ、苦しみに満ちている。「でも、それぞれが限りある命を精いっぱい生きることで少しずつ『いのち』の方向に向かっていけばいい」
写真を続けながら「人を癒やす行為が自らの心を癒やす」と気づいた。「人として、医師として誰かの役に立つ。それが私の人生の質を高める」。生命をめぐる旅は続く。
………………………………………………………………………………………………………
■人物略歴
◇いのうえ・ふゆひこ
1954年、東京都生まれ。東京慈恵会医科大学卒。2005年、横浜市で胃腸と内科専門のクリニックを開業。87年、初めて東アフリカのサバンナを訪れ写真活動をスタート。95年に東京で写真展を開き、写真家デビュー。97年、写真集「サバンナが輝く瞬間」(三修社)で第6回林忠彦賞。昨年末、4冊目の写真集「Symphony of Savanna(シンフォニー・オブ・サバンナ)」(新日本出版社)を刊行。
2017年3月10日 (金)配信毎日新聞社
<Quality Of Life>
◇人を癒やす写真を追求 「生と死の存在が命をつなぐ」
医師で自然写真家の井上冬彦さんが、アフリカのサバンナ(草原地帯)で撮影を始めてこの夏で30年になる。野生の世界で目の当たりにする生と死の循環と、診療の場で向き合う命。そのはざまで「生命の本質とは何か」と自分に問いかけてきた。「人の生も死も大きな流れの一部でありそれぞれの存在が命をつなぐ。だからこそ生きる意味がある」と語る。【明珍美紀】
朝の光を浴びる2頭のキリン。湖のほとりでフラミンゴの大群を背にするシマウマの親子。「サバンナを訪れるたびに見たことのない光景と出合う」と目を輝かす。
「動物学者になってアフリカの大地に立つ」。少年時代に描いた未来の自分。迷った末に医師になった。「いつかサバンナに」との思いを抱き、大学病院に勤務していた32歳のとき、思い切って旅に出た。動物たちの輝きに魅了され、父から借りた古いカメラで夢中になって写したが現像するとピントがぼやけている。独学で写真を学んだ。東アフリカのケニアやタンザニアへの旅は59回に達した。
「大自然の営みを伝えたい」と初の個展を開いたのは40歳のときだ。「うれしかったのは、『癒やされた』『元気になった』などの感想が寄せられたこと」。医療と写真が結びついた。
「人を癒やす写真」を追求するために新たな気持ちでサバンナに向かい、写真集や個展を通じて作品を発表するうちに、こんな感想文を目にした。「すべてのいのちはつながり、私もその一部」。30代の女性が書いたものだ。「医師でありながら私自身は生命に対する明確な哲学を持っていなかった」と振り返る。
「生命には、生と死のある『命』と、生と死の概念を超えた悠久の時を生きる『いのち』があると思っている」と言う。人間は自我の欲望や感情に縛られ、高度な文明を築きながらも社会は争いや悲しみ、苦しみに満ちている。「でも、それぞれが限りある命を精いっぱい生きることで少しずつ『いのち』の方向に向かっていけばいい」
写真を続けながら「人を癒やす行為が自らの心を癒やす」と気づいた。「人として、医師として誰かの役に立つ。それが私の人生の質を高める」。生命をめぐる旅は続く。
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■人物略歴
◇いのうえ・ふゆひこ
1954年、東京都生まれ。東京慈恵会医科大学卒。2005年、横浜市で胃腸と内科専門のクリニックを開業。87年、初めて東アフリカのサバンナを訪れ写真活動をスタート。95年に東京で写真展を開き、写真家デビュー。97年、写真集「サバンナが輝く瞬間」(三修社)で第6回林忠彦賞。昨年末、4冊目の写真集「Symphony of Savanna(シンフォニー・オブ・サバンナ)」(新日本出版社)を刊行。