被ばく医療の原点に戻れ 甲状腺がんで見直し論議 「震災・原発事故6年」「県民健康調査」
2017年3月10日 (金)配信共同通信社
東日本大震災による東京電力福島第1原発事故から11日で6年。被災地・福島県では小児甲状腺がんを早期発見するための県民健康調査の在り方について、見直しの論議が起きている。
「過剰な治療リスクを負担させるのはよくない」という医療側の検査縮小の求めに対し、患者の家族会が「がんの見落としにつながる恐れもある」と反発。県当局は対応を検討しているが、被ばく医療の原点を忘れないようにしてほしい。
一連の動きで思い出すのは1954年3月のビキニ事件だ。第五福竜丸をはじめ多くの漁船が米国の水爆実験で死の灰を浴び、その後船員たちは内部被ばくによる健康被害に苦しみ、高知県では昨年5月に国家賠償請求訴訟が起きている。
福島では原発事故当時18歳以下の約38万人を対象に甲状腺検査を行ってきた。見直しの動きが出てきたのは昨年4月。健康調査の案内書に、検査に同意するか否かの設問を加え「同意せず調査の案内も不要」と答えた場合、申込書は送られなくなった。
昨年9月、福島市内で放射線と健康被害をテーマにした日本財団主催の国際会議が開かれた。「福島県民の被ばく量はチェルノブイリよりはるかに少ない」「甲状腺異常の増加は高性能の検査機器導入による集団検診効果だ」などの報告が出され、12月に「健康調査は自主参加とすべきである」との提言が内堀雅雄知事に提出された。
「311甲状腺がん家族の会」(事務局長・武本泰さん)は「被ばくとがん発症の因果関係すらわかっていない段階で、検査の見直しなど納得できない」と批判している。
原発事故後の行政の対応で忘れられないのは、30年もかけて開発したSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)などが役に立たず、県民の避難が遅れて無用の被ばくをさせてしまったことだ。
高知地裁で審理が進んでいる裁判は、63年前に被ばくした漁船員の歯を集め、内部被ばくを立証しようとしているが、福島県では海外では一般的になっているその手法を健康調査に取り入れようともしなかった。
同県内では昨年12月時点で甲状腺がんやその疑いがあると診断された人は184人もいる。そうした中で、政府は今月末に帰還困難区域を除き、避難指示を全面的に解除する方針だ。「復興に向かう中、検査見直し論は原発事故を幕引きにしたい政治的な思惑もあるのでは」との声も聞く。
広島、長崎への原爆投下、ビキニの水爆実験と続く核の歴史は、健康被害を過小評価する行為の繰り返しだった。内部被ばくの恐ろしさを知った今、第4の被ばくともいえる福島でその愚を繰り返してはならないのである。(共同通信編集委員 上野敏彦)
2017年3月10日 (金)配信共同通信社
東日本大震災による東京電力福島第1原発事故から11日で6年。被災地・福島県では小児甲状腺がんを早期発見するための県民健康調査の在り方について、見直しの論議が起きている。
「過剰な治療リスクを負担させるのはよくない」という医療側の検査縮小の求めに対し、患者の家族会が「がんの見落としにつながる恐れもある」と反発。県当局は対応を検討しているが、被ばく医療の原点を忘れないようにしてほしい。
一連の動きで思い出すのは1954年3月のビキニ事件だ。第五福竜丸をはじめ多くの漁船が米国の水爆実験で死の灰を浴び、その後船員たちは内部被ばくによる健康被害に苦しみ、高知県では昨年5月に国家賠償請求訴訟が起きている。
福島では原発事故当時18歳以下の約38万人を対象に甲状腺検査を行ってきた。見直しの動きが出てきたのは昨年4月。健康調査の案内書に、検査に同意するか否かの設問を加え「同意せず調査の案内も不要」と答えた場合、申込書は送られなくなった。
昨年9月、福島市内で放射線と健康被害をテーマにした日本財団主催の国際会議が開かれた。「福島県民の被ばく量はチェルノブイリよりはるかに少ない」「甲状腺異常の増加は高性能の検査機器導入による集団検診効果だ」などの報告が出され、12月に「健康調査は自主参加とすべきである」との提言が内堀雅雄知事に提出された。
「311甲状腺がん家族の会」(事務局長・武本泰さん)は「被ばくとがん発症の因果関係すらわかっていない段階で、検査の見直しなど納得できない」と批判している。
原発事故後の行政の対応で忘れられないのは、30年もかけて開発したSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)などが役に立たず、県民の避難が遅れて無用の被ばくをさせてしまったことだ。
高知地裁で審理が進んでいる裁判は、63年前に被ばくした漁船員の歯を集め、内部被ばくを立証しようとしているが、福島県では海外では一般的になっているその手法を健康調査に取り入れようともしなかった。
同県内では昨年12月時点で甲状腺がんやその疑いがあると診断された人は184人もいる。そうした中で、政府は今月末に帰還困難区域を除き、避難指示を全面的に解除する方針だ。「復興に向かう中、検査見直し論は原発事故を幕引きにしたい政治的な思惑もあるのでは」との声も聞く。
広島、長崎への原爆投下、ビキニの水爆実験と続く核の歴史は、健康被害を過小評価する行為の繰り返しだった。内部被ばくの恐ろしさを知った今、第4の被ばくともいえる福島でその愚を繰り返してはならないのである。(共同通信編集委員 上野敏彦)