介護状態改善の自治体を優遇 来年度から交付金増 会議開きケアプラン点検
2017年6月21日 (水)配信朝日新聞
高齢者の介護予防や状態の改善に取り組み、成果があった自治体には交付金を上積みする――。そんな優遇策が来年度から始まります。手段として注目されるのが、介護保険を使う際に必要なケアプラン(介護計画)をチェックする「地域ケア会議」です。すでに設置している自治体では成果が出てきていますが、高齢者が自立を強いられるのではと懸念する声もあります。
「デイケア(通所リハビリ)のお風呂に慣れると、意欲が下がって自宅入浴が難しくなる場合もあります」
「この計画で介護度は下がりますか」
大分県杵築市で今月あった「地域ケア会議」で、ケアプランをつくったケアマネジャーに、作業療法士や薬剤師ら約30人が次々と意見を述べた。ポイントは、計画が高齢者の自立や重度化の予防につながるかどうかだ。指摘を受けて修正されることもある。
杵築市の人口は約3万人。小規模の自治体はアドバイス役の専門人材の確保が難しい。このため大分県は業界団体の協力を得て作業療法士らを県内の自治体に派遣。杵築市もこの支援を受けて2012年度に会議を始め、16年度は36回開いた。会議でケアプランを検討した人のうち、約2割が状態の改善につながっているという。
先月成立した介護保険法などの改正法で、自立支援や重度化の予防に取り組む自治体には来年度から国からの交付金が優遇されることになった。一定の効果が出ることが条件で、この地域ケア会議の取り組みが広がるとみられている。
15年度から市町村に設置の努力義務が課せられ、約6割が地域ケア会議でケアプランをチェックする。01年度からいち早く取り組んできた埼玉県和光
市の東内京一・保健福祉部長は、「会議の開催によって、自立支援についての理念をOJT(仕事をしながらの訓練)で共有することができる」と、利点を話す。
市内の奈良原貞子さん(78)は今年初めに要支援1と認定された。昨年末にひざを手術。筋力が衰えて、歩いて買い物に行けなくなった。地域ケア会議では、1人で買い物に行くことを目標とするケアプランのお墨付きを得た。
デイサービス(通所介護)で、トレーニング機器を使ってリハビリに励む。ひざの可動域を広げたり、腰回りの筋肉をほぐしたりと、いずれも歩くことに向けた訓練だ。そして、来月から介護保険の対象となる要介護認定から外れることが決まった。「足が痛くて、ひざが曲がらず歩けなかった。自分のためのトレーニングだから頑張れた。回復してよかったわ」
■背景に財政難
こうした優遇策導入の背景には介護保険財政の悪化がある。制度が始まった00年度に3兆6千億円だった介護保険費用はすでに10兆円を超えた。団塊の世代がすべて75歳となる25年度には約20兆円を超す見通しだ。40歳以上の人が負担する保険料の平均も、いまの5514円から8千円超に膨らむと見込まれる。
今回の介護保険法などの改正法では、現役世代並みの所得がある高齢者の利用料の自己負担割合を2割から3割に引き上げることなどが盛り込まれたが、優遇策の導入は自治体の取り組みを後押しし、結果的に介護費用の抑制につなげるのが狙いだ。
12~14年度の介護保険給付費はその前の3年間から17・2%伸びたが、地域ケア会議に力を入れる大分県は13%だった。県は給付費全体で104億円の支出抑制効果があった、と試算している。
■「望まぬリハビリも」懸念
ただ、優遇策導入には国会の審議で懸念する声も出た。
民進党の牧山弘恵氏は、参院本会議の反対討論で「単に自治体間の要介護認定率の引き下げなど、数字の競争といった本人不在の事態に陥ることを危惧する」と述べた。数値目標を追うあまり、高齢者が意に反して自立支援を強いられるのでは、との見方だ。
また、三重短大の村瀬博・非常勤講師は参院厚生労働委員会に参考人として出席し、地域ケア会議の先進地とされる三重県桑名市で「事業者、ケアマネが萎縮、自己規制している」と指摘した。
桑名市は高齢者が要介護認定からはずれ、自立へと移る「卒業」を成果指標の一つに掲げる。16年度は会議で延べ320件を扱い、51件が卒業。一部の事業では卒業後に半年間介護保険を利用しなければ事業所に1万8千円、高齢者本人に2千円などを支給して取り組みを促している。
市内の介護福祉士は「『卒業』させなければというプレッシャーがある。ケアが必要だと思えば、本人が望んでいないリハビリでも、新たな目標をこじつけて考えなければいけない」と明かす。
市の担当者は「『卒業』は結果」と、高齢者に望まないリハビリなどを無理にさせてはいないとする一方、「介護保険にかじりつきたいとの意識を変えなければいけない。制度維持のため、自治体は国の考えを根気強く市民に説明するしかない」と話した。(高橋健次郎、松川希実)
■改善見込めぬ人に配慮を
高野龍昭・東洋大学准教授(高齢者福祉)の話 介護保険法の目的の一つが自立支援であることを考えても、介護予防や重度化予防に努力している自治体の優遇策は必然的な政策だ。ただ、体調も周囲の支援状況も多様な高齢者に対し何をすれば自立支援に結びつくのか、科学的エビデンスは確立していない。市町村に丸投げせず、国や都道府県が介護予防の技術面で支援する必要がある。
事業者に競争を求めることへの懸念もある。自立支援を重視するあまり、高齢者につらい訓練を強いたり、改善が見込めない場合にサービス提供を拒否したりする事案が予測される。そういったことを防ぐ仕組みも求められる。
■介護保険法などの主な改正ポイント
・現役世代並み所得の人の利用料の自己負担が2割から3割に
単身なら年金収入などで年340万円以上、夫婦は各自所得が年220万円以上で年金収入などで合計が463万円以上だと3割負担に(2018年8月から)
・40~64歳の介護保険料が収入に応じた金額に
大企業の勤め人は平均で月額727円、公務員は1972円増える。負担が増えるのは1300万人。中小企業の社員らは241円減る。負担減になるのは1700万人(17年8月から)
・療養病床を「介護医療院」に転換
要介護度や医療の必要度が高い高齢者が多い療養病床を、生活支援の機能も兼ねた「介護医療院」に転換(18年4月から)
2017年6月21日 (水)配信朝日新聞
高齢者の介護予防や状態の改善に取り組み、成果があった自治体には交付金を上積みする――。そんな優遇策が来年度から始まります。手段として注目されるのが、介護保険を使う際に必要なケアプラン(介護計画)をチェックする「地域ケア会議」です。すでに設置している自治体では成果が出てきていますが、高齢者が自立を強いられるのではと懸念する声もあります。
「デイケア(通所リハビリ)のお風呂に慣れると、意欲が下がって自宅入浴が難しくなる場合もあります」
「この計画で介護度は下がりますか」
大分県杵築市で今月あった「地域ケア会議」で、ケアプランをつくったケアマネジャーに、作業療法士や薬剤師ら約30人が次々と意見を述べた。ポイントは、計画が高齢者の自立や重度化の予防につながるかどうかだ。指摘を受けて修正されることもある。
杵築市の人口は約3万人。小規模の自治体はアドバイス役の専門人材の確保が難しい。このため大分県は業界団体の協力を得て作業療法士らを県内の自治体に派遣。杵築市もこの支援を受けて2012年度に会議を始め、16年度は36回開いた。会議でケアプランを検討した人のうち、約2割が状態の改善につながっているという。
先月成立した介護保険法などの改正法で、自立支援や重度化の予防に取り組む自治体には来年度から国からの交付金が優遇されることになった。一定の効果が出ることが条件で、この地域ケア会議の取り組みが広がるとみられている。
15年度から市町村に設置の努力義務が課せられ、約6割が地域ケア会議でケアプランをチェックする。01年度からいち早く取り組んできた埼玉県和光
市の東内京一・保健福祉部長は、「会議の開催によって、自立支援についての理念をOJT(仕事をしながらの訓練)で共有することができる」と、利点を話す。
市内の奈良原貞子さん(78)は今年初めに要支援1と認定された。昨年末にひざを手術。筋力が衰えて、歩いて買い物に行けなくなった。地域ケア会議では、1人で買い物に行くことを目標とするケアプランのお墨付きを得た。
デイサービス(通所介護)で、トレーニング機器を使ってリハビリに励む。ひざの可動域を広げたり、腰回りの筋肉をほぐしたりと、いずれも歩くことに向けた訓練だ。そして、来月から介護保険の対象となる要介護認定から外れることが決まった。「足が痛くて、ひざが曲がらず歩けなかった。自分のためのトレーニングだから頑張れた。回復してよかったわ」
■背景に財政難
こうした優遇策導入の背景には介護保険財政の悪化がある。制度が始まった00年度に3兆6千億円だった介護保険費用はすでに10兆円を超えた。団塊の世代がすべて75歳となる25年度には約20兆円を超す見通しだ。40歳以上の人が負担する保険料の平均も、いまの5514円から8千円超に膨らむと見込まれる。
今回の介護保険法などの改正法では、現役世代並みの所得がある高齢者の利用料の自己負担割合を2割から3割に引き上げることなどが盛り込まれたが、優遇策の導入は自治体の取り組みを後押しし、結果的に介護費用の抑制につなげるのが狙いだ。
12~14年度の介護保険給付費はその前の3年間から17・2%伸びたが、地域ケア会議に力を入れる大分県は13%だった。県は給付費全体で104億円の支出抑制効果があった、と試算している。
■「望まぬリハビリも」懸念
ただ、優遇策導入には国会の審議で懸念する声も出た。
民進党の牧山弘恵氏は、参院本会議の反対討論で「単に自治体間の要介護認定率の引き下げなど、数字の競争といった本人不在の事態に陥ることを危惧する」と述べた。数値目標を追うあまり、高齢者が意に反して自立支援を強いられるのでは、との見方だ。
また、三重短大の村瀬博・非常勤講師は参院厚生労働委員会に参考人として出席し、地域ケア会議の先進地とされる三重県桑名市で「事業者、ケアマネが萎縮、自己規制している」と指摘した。
桑名市は高齢者が要介護認定からはずれ、自立へと移る「卒業」を成果指標の一つに掲げる。16年度は会議で延べ320件を扱い、51件が卒業。一部の事業では卒業後に半年間介護保険を利用しなければ事業所に1万8千円、高齢者本人に2千円などを支給して取り組みを促している。
市内の介護福祉士は「『卒業』させなければというプレッシャーがある。ケアが必要だと思えば、本人が望んでいないリハビリでも、新たな目標をこじつけて考えなければいけない」と明かす。
市の担当者は「『卒業』は結果」と、高齢者に望まないリハビリなどを無理にさせてはいないとする一方、「介護保険にかじりつきたいとの意識を変えなければいけない。制度維持のため、自治体は国の考えを根気強く市民に説明するしかない」と話した。(高橋健次郎、松川希実)
■改善見込めぬ人に配慮を
高野龍昭・東洋大学准教授(高齢者福祉)の話 介護保険法の目的の一つが自立支援であることを考えても、介護予防や重度化予防に努力している自治体の優遇策は必然的な政策だ。ただ、体調も周囲の支援状況も多様な高齢者に対し何をすれば自立支援に結びつくのか、科学的エビデンスは確立していない。市町村に丸投げせず、国や都道府県が介護予防の技術面で支援する必要がある。
事業者に競争を求めることへの懸念もある。自立支援を重視するあまり、高齢者につらい訓練を強いたり、改善が見込めない場合にサービス提供を拒否したりする事案が予測される。そういったことを防ぐ仕組みも求められる。
■介護保険法などの主な改正ポイント
・現役世代並み所得の人の利用料の自己負担が2割から3割に
単身なら年金収入などで年340万円以上、夫婦は各自所得が年220万円以上で年金収入などで合計が463万円以上だと3割負担に(2018年8月から)
・40~64歳の介護保険料が収入に応じた金額に
大企業の勤め人は平均で月額727円、公務員は1972円増える。負担が増えるのは1300万人。中小企業の社員らは241円減る。負担減になるのは1700万人(17年8月から)
・療養病床を「介護医療院」に転換
要介護度や医療の必要度が高い高齢者が多い療養病床を、生活支援の機能も兼ねた「介護医療院」に転換(18年4月から)