昨日は、二俣川から東戸塚まで歩く。
久しぶりに日中は暑さが厳しかったので、
ウォーキングは夕方にすることにした。
東戸塚からJR線で横浜駅まで行き、相鉄線で戻ったが、
電車の待ち時間などを含めて結局1時間近くかかった。
ということは、単純にそのまま往復にして歩いても、
時間としてはほぼ同じということか?
途中聴いた曲は、1876年スペイン生まれのファリャの作品。
これからは、スペイン・ポルトガル・イタリアの作曲家の
管弦楽曲を紹介していこうと思う。
ファリャという人物はあまりにも有名なので経歴などを
いまさらここで触れる必要はないだろう。
昨日聴いた曲は「4つのオマージュ(讃歌)」と
バレエ音楽「恋は魔術師」である。
「4つのオマージュ(讃歌)」は、ファリャの人生の中で、
重要な4人の人物に捧げた断片的な作品をまとめたもの。
したがって、作曲年代もそれぞれ違い、
そこには20年以上の開きがある。
第1曲「E.F.アルボスの名によるファンファーレ」は、
1933年に作曲されたファンファーレ風の作品である。
エンリケ・フェルナンデス・アルボスは指揮者のようだ。
第2曲「クロード・ドビュッシーに捧げる」は、
1920年に作曲され、彼の作風に大きな影響を与え、
親交のあったドビュッシーに捧げる曲で、
もともとはギター曲として作曲したものを
管弦楽曲に編曲した印象派的な作品である。
第3曲「ラッペル・ド・ラ・ファンファーレ」は、
1941年に作曲された20秒足らずの短い間奏的な曲である。
第4曲「ポール・デュカスに捧げる」は、
1935年に作曲され、原曲はピアノ独奏曲のようだ。
彼と親交のあったデュカスに捧げる作品で、
音楽もデュカス風に仕立て上げている感じだ。
第5曲「ペドレリャーナ」は、1938年に作曲された。
ペドレリャーナは、フェリーペ・ペドレルの名から来ており、
彼が作曲を師事したペドレルのために作曲されたものである。
ペドレルの歌劇「ラ・セレスティーナ」から着想したらしいが、
ペドレルの作品は日本ではなかなかお目にあったことはない。
この作品の中では一番長い曲で、味わいのある
バレエ音楽「恋は魔術師」は、1915年に作曲された作品で、
彼の名を有名にした主要作品といえるだろう。
曲の説明はいまさらというところがあるので、
ここでは私が今回聴いたCDの感想を少し触れる。
指揮はマータによるもので、この演奏はメリハリがあっていい。
シモン・ボリヴァル交響楽団の演奏はやや雑な気もしないでもないが、
有名な「火祭りの踊り」もスケールのある演奏で、
熱気あふれる感じがしていい。
シモン・ボリヴァル交響楽団は初めて来日した時の演奏が、
NHKで放送していたのを見たときの印象が残っている。
そのときはヒナステラのエスタンシアをやっていたのだが、
そこで見せた熱演を想い起こさせるような演奏である。
ファリャは晩年スペインに成立したフランコ政権を避け、
南米に亡命したようなのだが、そのことは知らなかったし、
そして南米に行った彼がどうだったのかは知られていない。
愛するスペインのために色々な作品を残したのだが、
その彼がスペインを去らなければならなかったのは残念だ。
歴史は一人の作曲家の人生をも大きく狂わせている。
久しぶりに日中は暑さが厳しかったので、
ウォーキングは夕方にすることにした。
東戸塚からJR線で横浜駅まで行き、相鉄線で戻ったが、
電車の待ち時間などを含めて結局1時間近くかかった。
ということは、単純にそのまま往復にして歩いても、
時間としてはほぼ同じということか?
途中聴いた曲は、1876年スペイン生まれのファリャの作品。
これからは、スペイン・ポルトガル・イタリアの作曲家の
管弦楽曲を紹介していこうと思う。
ファリャという人物はあまりにも有名なので経歴などを
いまさらここで触れる必要はないだろう。
昨日聴いた曲は「4つのオマージュ(讃歌)」と
バレエ音楽「恋は魔術師」である。
「4つのオマージュ(讃歌)」は、ファリャの人生の中で、
重要な4人の人物に捧げた断片的な作品をまとめたもの。
したがって、作曲年代もそれぞれ違い、
そこには20年以上の開きがある。
第1曲「E.F.アルボスの名によるファンファーレ」は、
1933年に作曲されたファンファーレ風の作品である。
エンリケ・フェルナンデス・アルボスは指揮者のようだ。
第2曲「クロード・ドビュッシーに捧げる」は、
1920年に作曲され、彼の作風に大きな影響を与え、
親交のあったドビュッシーに捧げる曲で、
もともとはギター曲として作曲したものを
管弦楽曲に編曲した印象派的な作品である。
第3曲「ラッペル・ド・ラ・ファンファーレ」は、
1941年に作曲された20秒足らずの短い間奏的な曲である。
第4曲「ポール・デュカスに捧げる」は、
1935年に作曲され、原曲はピアノ独奏曲のようだ。
彼と親交のあったデュカスに捧げる作品で、
音楽もデュカス風に仕立て上げている感じだ。
第5曲「ペドレリャーナ」は、1938年に作曲された。
ペドレリャーナは、フェリーペ・ペドレルの名から来ており、
彼が作曲を師事したペドレルのために作曲されたものである。
ペドレルの歌劇「ラ・セレスティーナ」から着想したらしいが、
ペドレルの作品は日本ではなかなかお目にあったことはない。
この作品の中では一番長い曲で、味わいのある
バレエ音楽「恋は魔術師」は、1915年に作曲された作品で、
彼の名を有名にした主要作品といえるだろう。
曲の説明はいまさらというところがあるので、
ここでは私が今回聴いたCDの感想を少し触れる。
指揮はマータによるもので、この演奏はメリハリがあっていい。
シモン・ボリヴァル交響楽団の演奏はやや雑な気もしないでもないが、
有名な「火祭りの踊り」もスケールのある演奏で、
熱気あふれる感じがしていい。
シモン・ボリヴァル交響楽団は初めて来日した時の演奏が、
NHKで放送していたのを見たときの印象が残っている。
そのときはヒナステラのエスタンシアをやっていたのだが、
そこで見せた熱演を想い起こさせるような演奏である。
ファリャは晩年スペインに成立したフランコ政権を避け、
南米に亡命したようなのだが、そのことは知らなかったし、
そして南米に行った彼がどうだったのかは知られていない。
愛するスペインのために色々な作品を残したのだが、
その彼がスペインを去らなければならなかったのは残念だ。
歴史は一人の作曲家の人生をも大きく狂わせている。