音楽家ピアニスト瀬川玄「ひたすら音楽」

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6月1日(水)のつぶやき

2016年06月02日 | ◆一言◆

ショパン《練習曲op.10-1》・・・今日あらためて楽譜を見ながら練習していて、いかに今まで自分が楽譜をちゃんと見ていなかったのか・・・その状態で数十年この曲を弾き続けていたのか(大自爆)を猛省したく、以下、この曲における「楽譜を読み」気をつけたい点をまとめてみたく思います


ショパン《op.10-1》第5小節
低音バスは動いているのに、作者ショパンは、なんとペダルを踏み換えることを拒んでいます・・・音は濁ってもよいと・・・これがショパンのピアノ演奏芸術における美学!?これを、現代と過去の楽器の差と片付け pic.twitter.com/O1FwV027YQ


ショパンの記した長いペダル、これは時に、ハーモニーの協和音を超えて音が濁ってまで踏み続けられることを要求していることが多々あります。これを最近の先生たちは「ショパン当時の楽器ピアノはそれほど残響が多くなかった、今のピアノでは響き過ぎるので、踏み換えるように」と指導するかも、しかし


私は、1850年制の楽器ピアノによる演奏を聴き、「ショパン当時の楽器は響きが多くなかった」という意見は詭弁である、と思いました。充分、響き、濁るときは、濁ります。
ショパンは、音の濁りを、美学として自身の音楽・作曲に盛り込んだのだと、私は信じます。濁る音の美学、です!!!


ショパン《op.10-1》第18小節
やっぱり、低音バスは動きつつも、ペダルは長い・・・ pic.twitter.com/Ae78Zp0yJq


ショパン《op.10-1》第26小節
・・・なんで、ここだけ!?
ショパンは左手オクターブの音の音価をわざわざ書き違えたのでしょうか!?
・・・謎です。今の私には、その明確な理由は、判りません・・・ pic.twitter.com/I0RqCSfakN


ショパン《op.10-1》第33小節
「crescendo」の指示。この曲、冒頭の「f(フォルテ)」以来、初めての音量指示です。伝統的なクラシック音楽の解釈によると、crescendoとあった場合その始まりは自動的に「p」になります pic.twitter.com/9U5SAZqnO1


ショパン《op.10-1》第36小節
先の第35小節のfフォルテは、すぐ次ぎの小節(ペダルは踏み換えないまま)にて、dim.するのだそうです pic.twitter.com/NFUwYrtOyV


ショパン《op.10-1》第38小節
今度は、右手の和音が4拍目で変化しているのに「ペダルを踏み換えない」指示が・・・
ちなみにその4拍目の音にはアクセントの指示があり、メロディックに演奏して欲しい意図が読み取れると思います pic.twitter.com/b4QiZID3EL


ショパン《op.10-1》第42小節
3拍目にcresc.
この瞬間「pピアノ」の音量に落とすのが伝統的なクラシック音楽の解釈・・・
勇気を持って、ここで静かにする!? pic.twitter.com/B9t7GMZC2j


ショパン《op.10-1》第48小節
先の第43小節cresc.、第45小節fの後、「再現部」直前のここ第48小節2拍目から、音量を減衰せよ、との作者の指示。
すると再現部の音量は・・・fではないのかもしれない!? pic.twitter.com/0lQOThkShE


ショパン《op.10-1》第53小節
これは冒頭の第5小節と同じ。
長いペダルで、バスが濁る・・・
右手による同じ和音優先、ということなのかしら!?この程度の音の濁りは、一小節の内にあるハーモニー感のほうが優先されると作者が判断!? pic.twitter.com/QeJPmjnhI2


ショパン《op.10-1》第60小節
3拍目にペダルを離す指示(カッコ内の指示は校訂者エキエル氏によるもの)
ショパンは、あまりにも繊細な箇所では、ペダル指示の書込みを放棄することがあるようです・・・
微妙に、踏み換えますか? pic.twitter.com/JTBIXu0SDj


ショパン《op.10-1》第64小節
先の第60小節に似ているでしょうか。
違いは、ここでは低音バスは動いていないこと。 pic.twitter.com/7smFgMjNlE


ショパン《op.10-1》第69小節
ここから終結部Codaと解釈できましょう。
そして3拍目にcresc.の指示。
またpピアノに音量を落とす!? pic.twitter.com/I43gNtT74J


ショパン《op.10-1》第76小節
この音楽の終わり4小節前。作者ショパンはdim.を書き記しました。音楽を減衰せよ、と。
すなわちこの曲の終わりの音量は・・・? pic.twitter.com/VqiJNvNmNw


ショパン《op.10-1》おしまい5小節
dim.の指示意外に、基本的な音量指示はありません。終わりの音に「f(フォルテ)」とは書いてありません・・・
二つの松葉型の抑揚は書いてありますが、あくまで良くであり、基本音量ではない pic.twitter.com/Wj2EaJJXYz


ショパン《op.10-1》の最後・・・
fフォルテで終わりたい気持ちは、とってもよくわかります!!
自分自身何十年もそう感じて弾いていました・・・
しかしあらためて、ショパンの書いた楽譜に向き合い、真剣にその意図・美学を探ろうとするとき、この曲は・・・荒々しくない正にショパンの


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