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去る2013年8月31日、横浜のフィリアホールにて、
ドビュッシー・ピアノ独奏曲全曲単日演奏会を、最後まで弾き終えることが出来ました。
ご来場の皆様、初めから終りまでお聴き届けて下さった皆様!へ、深く感謝いたします。本当に、ありがとうございました!
昼前から夜9時半まで・・・休憩をはさみつつの全4ステージの連続リサイタルでした。
お聴きいただく皆様も大変だったと思います!(座り続けてお尻が痛くなってしまった方もいらしたと聞きました・・・ごめんなさい!)
こちら演奏者は、ひたすら、ドビュッシーの音楽に向かい合おうと、必死に、がんばっておりました。
長い一日だったのか、あっという間だったのか、今でもよく分かりません・・・
しかし、きっと一生の記憶に深く残る大事な一日となったよう、そう思います。
大量の曲(82曲)を一日の内に一人で演奏するという無茶・・・実際、
普段の練習時にはなかった雑さが所々散見し、その意味で、望ましくない結果もあったよう、反省されます・・・
録音・録画を見聞きすると、耳をおおいたくなるような恥ずかしい所が色々!
本番の「あがり」ゆえ、テンポが不用意に速くなっていったり、不細工なミスタッチがあったり・・・etc.(もともとミスタッチ無く本番をバッチリ弾けるタイプではないのですが(自爆)それにしても、悔しいところが多々あります)
長時間の演奏ゆえ、夜のステージには体が思うように動かなくなることも体験しました。
面白かった(と言って不謹慎でないことを願います)のは、「親指のくぐり」が徐々に億劫になっていったこと・・・
「親指をくぐらせる」というピアノ演奏においての大事なテクニックは、少なからず労力を要していることが、知らず知らずに疲れていたのであろう我が身をもって分かった気がしました。(出来なかったことは何の自慢にもならないのですが(自爆))
しかし、この体験を通して、「親指をくぐらせるテクニック(ショパンをはじめ、多くのピアノの大家がこの重要性を訴えているようです)」を、労力を使って、常にうまく出来るよう心がけることの大切さが分かったようにも思われます。
・・・こうして書いてゆくと、反省点ばかり・・・
単日全曲演奏という普通ではないコンサートをするにあたり、「雑さ」という弱点が現れ、それが音楽を損うようなことがあってはならないと危惧していましたが、終わってみて思ってみてやはり・・・その心配は無かったとは残念ながらいえないようです・・・
しかしだからと言って、「このコンサートをやらなければよかった」という後悔は、ありません。(こうして文字にしてみて、改めて本当にそう思います)
一人の作曲家の作品をまとめてみること、しかもその作品群が作者の生涯に渡って書き続けられていたものであるなら、それはその人間の「一生」を目の当たりにするという大きな意味を帯びてくる、それが表現されることを願い、この無茶な連続演奏会をやってみようと考えておりました。
その意味においては、最後まで遂行することの出来たあの日のコンサートは、有意義であったかもしれません。
ドビュッシー初期の作品には、酸いも甘いも恋の世界が広がっていました!
二度の結婚を経て、落ち着きを得た作曲家の姿が、中期の作品には現れていたかもしれません。
子供(愛娘シュシュ)が産まれて《子供の領分》が作られたりもしました。
ユニークにして洗練を極める作曲家ドビュッシー充実の頃!?
それ故にか、《前奏曲》前後のこの頃の作品が、ドビュッシーピアノ独奏曲において全作品中でピアノ弾きにとって最も「手になじみ易いもの(弾き易いもの)」かもと、感じられたりもします。
そして晩年には、まるで走馬灯のように!?昔のこと(自身の作品)を思い出すかのような楽曲が散見されました。それでいながらもドビュッシー最先端の音楽の研究は滞ることなく、どんどん複雑になってゆくハーモニー・音響世界は発展し、それは「現代音楽の扉を開いた」とも呼ばれる、クラシック音楽の歴史の駒を進めたという、まさに!ドビュッシーの功績が認めらるところでありましょう。
『エチュード(練習曲集)』こそ、その最たるもの。
多くのピアノ弾きにとって、今日なお決して身近な作品とは言えないように思われるドビュッシーの《練習曲集》は、こうして全作品を初めから並べてみてプログラムの最後に現れると、なるほど、確かに間違いなくドビュッシーの音楽だ!と実感することが出来るようでした。
更に思い当たるのは、ドビュッシーの直弟子マルグリット・ロンの著書『ドビュッシーとピアノ曲』にて、ドビュッシー晩年の作品をベートーヴェンの最後の《ピアノソナタ》達と並べて、それに値するものとまで書いてあったこと、それは本当であったと真に思えるようになってきました。
すなわち、一人の作曲家が一生の終わりを予感し、それを内容とする音楽・・・
一生の終わりは、誰にも訪れる普遍的な事実。これを音楽作品を通して臨死体験!?することは、死に向かい合うための心構えを養う訓練として、価値あることかもしれません。
《前奏曲集2巻》の10曲目《カノープ(古代エジプトの壺)》を皮切りに、ドビュッシーの死生観は如実に姿を現します。
ドビュッシーは大腸がんを患い、手術をしたものの、数年後には他界することとなります・・・
自らの死を意識した創作家の作品には、全ての人間に関わるその問題を顕わにし、受けとる側はそれに気付いてしまったならば、抑えようのない感動が心の底から沸き起こってきてしまう、そんな特別な力を有した表現となるでしょうか。
沢山のクラシック音楽作曲家を勉強しながら、その晩年の作品には、それぞれの死生観が投影されている場合が多々あり、ドビュッシーもまたその一人であることは疑えません。
辛気くさい話になってしまいましたが、全曲演奏とは、そういうストーリーになってゆくものなのでしょう。
本番にて、場合によっては、あまりに演奏が無様になってゆくようなら、プログラムを中断して、全曲単日演奏失敗・・・!?という事態になってしまうかも!?と、恐ろしい想像をしたこともあります・・・そうはならずに済みました。
再びこのプログラムに向かい合う日がくるのかどうか、分かりませんが、でも、「もう二度とやりたくない!」とは今は思ってはいないようです。
ドビュッシー演奏会が終わった今、「しばらくはドビュッシーは懲り懲り」という気持ちはなく、逆に、更にもうちょっと練習・勉強したいという気持ちが自分の中にあるのは、不思議なくらいですが本当の気持ちです。
勉強は、尽きない。
ドビュッシー全曲演奏が、大きな登山に例えられるなら、今回、初めて登ったこの大山!なんとか山頂まで辿り着くことができ、生きて帰還!?することも出来ました。
またその同じ山に登る日が来るのかどうか、それは時の流れに任せてみましょう。
クラシック音楽の山は、無数にある!それが楽しみでもある今日この頃です。
応援下さった皆様、本当に、本当にどうもありがとうございました!
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
♪
ドビュッシー・ピアノ独奏曲全曲単日演奏会を、最後まで弾き終えることが出来ました。
ご来場の皆様、初めから終りまでお聴き届けて下さった皆様!へ、深く感謝いたします。本当に、ありがとうございました!
昼前から夜9時半まで・・・休憩をはさみつつの全4ステージの連続リサイタルでした。
お聴きいただく皆様も大変だったと思います!(座り続けてお尻が痛くなってしまった方もいらしたと聞きました・・・ごめんなさい!)
こちら演奏者は、ひたすら、ドビュッシーの音楽に向かい合おうと、必死に、がんばっておりました。
長い一日だったのか、あっという間だったのか、今でもよく分かりません・・・
しかし、きっと一生の記憶に深く残る大事な一日となったよう、そう思います。
大量の曲(82曲)を一日の内に一人で演奏するという無茶・・・実際、
普段の練習時にはなかった雑さが所々散見し、その意味で、望ましくない結果もあったよう、反省されます・・・
録音・録画を見聞きすると、耳をおおいたくなるような恥ずかしい所が色々!
本番の「あがり」ゆえ、テンポが不用意に速くなっていったり、不細工なミスタッチがあったり・・・etc.(もともとミスタッチ無く本番をバッチリ弾けるタイプではないのですが(自爆)それにしても、悔しいところが多々あります)
長時間の演奏ゆえ、夜のステージには体が思うように動かなくなることも体験しました。
面白かった(と言って不謹慎でないことを願います)のは、「親指のくぐり」が徐々に億劫になっていったこと・・・
「親指をくぐらせる」というピアノ演奏においての大事なテクニックは、少なからず労力を要していることが、知らず知らずに疲れていたのであろう我が身をもって分かった気がしました。(出来なかったことは何の自慢にもならないのですが(自爆))
しかし、この体験を通して、「親指をくぐらせるテクニック(ショパンをはじめ、多くのピアノの大家がこの重要性を訴えているようです)」を、労力を使って、常にうまく出来るよう心がけることの大切さが分かったようにも思われます。
・・・こうして書いてゆくと、反省点ばかり・・・
単日全曲演奏という普通ではないコンサートをするにあたり、「雑さ」という弱点が現れ、それが音楽を損うようなことがあってはならないと危惧していましたが、終わってみて思ってみてやはり・・・その心配は無かったとは残念ながらいえないようです・・・
しかしだからと言って、「このコンサートをやらなければよかった」という後悔は、ありません。(こうして文字にしてみて、改めて本当にそう思います)
一人の作曲家の作品をまとめてみること、しかもその作品群が作者の生涯に渡って書き続けられていたものであるなら、それはその人間の「一生」を目の当たりにするという大きな意味を帯びてくる、それが表現されることを願い、この無茶な連続演奏会をやってみようと考えておりました。
その意味においては、最後まで遂行することの出来たあの日のコンサートは、有意義であったかもしれません。
ドビュッシー初期の作品には、酸いも甘いも恋の世界が広がっていました!
二度の結婚を経て、落ち着きを得た作曲家の姿が、中期の作品には現れていたかもしれません。
子供(愛娘シュシュ)が産まれて《子供の領分》が作られたりもしました。
ユニークにして洗練を極める作曲家ドビュッシー充実の頃!?
それ故にか、《前奏曲》前後のこの頃の作品が、ドビュッシーピアノ独奏曲において全作品中でピアノ弾きにとって最も「手になじみ易いもの(弾き易いもの)」かもと、感じられたりもします。
そして晩年には、まるで走馬灯のように!?昔のこと(自身の作品)を思い出すかのような楽曲が散見されました。それでいながらもドビュッシー最先端の音楽の研究は滞ることなく、どんどん複雑になってゆくハーモニー・音響世界は発展し、それは「現代音楽の扉を開いた」とも呼ばれる、クラシック音楽の歴史の駒を進めたという、まさに!ドビュッシーの功績が認めらるところでありましょう。
『エチュード(練習曲集)』こそ、その最たるもの。
多くのピアノ弾きにとって、今日なお決して身近な作品とは言えないように思われるドビュッシーの《練習曲集》は、こうして全作品を初めから並べてみてプログラムの最後に現れると、なるほど、確かに間違いなくドビュッシーの音楽だ!と実感することが出来るようでした。
更に思い当たるのは、ドビュッシーの直弟子マルグリット・ロンの著書『ドビュッシーとピアノ曲』にて、ドビュッシー晩年の作品をベートーヴェンの最後の《ピアノソナタ》達と並べて、それに値するものとまで書いてあったこと、それは本当であったと真に思えるようになってきました。
すなわち、一人の作曲家が一生の終わりを予感し、それを内容とする音楽・・・
一生の終わりは、誰にも訪れる普遍的な事実。これを音楽作品を通して臨死体験!?することは、死に向かい合うための心構えを養う訓練として、価値あることかもしれません。
《前奏曲集2巻》の10曲目《カノープ(古代エジプトの壺)》を皮切りに、ドビュッシーの死生観は如実に姿を現します。
ドビュッシーは大腸がんを患い、手術をしたものの、数年後には他界することとなります・・・
自らの死を意識した創作家の作品には、全ての人間に関わるその問題を顕わにし、受けとる側はそれに気付いてしまったならば、抑えようのない感動が心の底から沸き起こってきてしまう、そんな特別な力を有した表現となるでしょうか。
沢山のクラシック音楽作曲家を勉強しながら、その晩年の作品には、それぞれの死生観が投影されている場合が多々あり、ドビュッシーもまたその一人であることは疑えません。
辛気くさい話になってしまいましたが、全曲演奏とは、そういうストーリーになってゆくものなのでしょう。
本番にて、場合によっては、あまりに演奏が無様になってゆくようなら、プログラムを中断して、全曲単日演奏失敗・・・!?という事態になってしまうかも!?と、恐ろしい想像をしたこともあります・・・そうはならずに済みました。
再びこのプログラムに向かい合う日がくるのかどうか、分かりませんが、でも、「もう二度とやりたくない!」とは今は思ってはいないようです。
ドビュッシー演奏会が終わった今、「しばらくはドビュッシーは懲り懲り」という気持ちはなく、逆に、更にもうちょっと練習・勉強したいという気持ちが自分の中にあるのは、不思議なくらいですが本当の気持ちです。
勉強は、尽きない。
ドビュッシー全曲演奏が、大きな登山に例えられるなら、今回、初めて登ったこの大山!なんとか山頂まで辿り着くことができ、生きて帰還!?することも出来ました。
またその同じ山に登る日が来るのかどうか、それは時の流れに任せてみましょう。
クラシック音楽の山は、無数にある!それが楽しみでもある今日この頃です。
応援下さった皆様、本当に、本当にどうもありがとうございました!
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
♪