音楽家ピアニスト瀬川玄「ひたすら音楽」

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10月11日(土)のつぶやき

2014年10月12日 | ◆一言◆

人間の手(クリエイター)による創造行為・作品が、「有機的であろう」というレヴェルを越えて「まさに有機的だ」と人に感じさせるものであるなら、その創り手はまさに天才といって然るべき!?・・・なぞと、ふと考えました。


数百年ないし数千年の時を越えて色褪せることのない歴史に残る名前達が残した数多くの作品は、このレヴェルに達したものなのではないでしょうか。人の手によって創られ・書かれたものが、まさ(正)に有機的である、という!


クラシック音楽をやっている人間は、常日頃そうした作品に向かい合っているのだと思います。これ幸せなこと! 歴史の時間に保証された実に有意義なものに相対することを活動の主とするクラシック音楽。その魅力は、このような一面にもあるのでしょうか。


私はクラシック音楽のピアノ弾きとして、過去の偉大な作品に向かい合って、その解釈に励む一生を送ることを、だいぶ前から実感・決意していたようです。自分自身から創作(すなわち作曲)することはありませんが、そうではない仕事。それは解釈と実践、といったところでしょうか


私は宮崎駿氏によるアニメ映画を好んでみていますが、宮崎アニメが実に多くの人を惹き付ける要因に、先に挙げた「まさに有機的」という創作を為すことができる宮崎駿監督の「大天才」があるのではないだろうか!?・・・なぞと勝手な批評を失礼いたします


クラシック音楽をやっていると、そのほとんどの作品は風化することのない見事な出来栄えのものが多いのですが、すると、いまいち不出来(まさに有機的とは感じられない)作品に出会うと逆に、飽きるくらいに知られた!?作品の価値が反面教師的に実感されるという体験をすることがあります


それはさて置き・・・今日は「戦争放棄」を掲げる日本国憲法9条のノーベル平和賞の授章は、残念ながら叶いませんでした・・・戦争放棄を一国の憲法で書き記しているという画期的なこれが、全世界からもっと知られ、人類の恒久平和の理想へと近づく一歩となることを私は願い続けます


一国の戦争放棄は、今までの国家観からすれば国の体を成していないと思われるのでしょうが、しかし21世紀をグローバル社会!?と言うのなら、国境を越えて皆が「戦争放棄」を法律としてたてることは、人類が戦争撲滅の理想に進む方法のひとつではないでしょうか。


・・・・それとも・・・・戦争したい人がいるのでしょうか?


男の持つ闘争本能とやらか、今日のある日本人の若者が自ら好んで戦地に向かったというショッキングなニュースが近日ありました・・・これは真の大人の行為ではない。闘争本能とやらを野放しにしては、望ましい秩序は保たれない。秩序は賢、人類少しでも賢く前進したくはありませんか?


私は、理想を軽口のように公言して危険を犯しているのかもしれない・・・それはある人々からは馬鹿げていると見られるのかもしれない。しかし、そんな事にはめげず、理想を掲げることを諦めてしまったらそこまで・・・それは魅力的ではないので、がんばりたいです!

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