「更級」にてこの前初めて行った蕎麦屋の報告をする。そこは東京で伝説的な店と言われたところで、訳あって松本に引っ越してきた。メニューは一種類のみという、この時点で客を選ぶという店主の意思が感じられる店で、自ずと好き嫌いがはっきりしそうな店であるという想像がつく。最近は新しい蕎麦屋に積極的にいくほどの興味はなかったので、当然ここにも行くことはなかった。しかし、偶々そこの常連さんに話を聞いているうちに、一体どんな店なのだろうかという興味が湧いてしまったのだ。そこで行ってきたというわけだ。
入り口には店名の暖簾のみで蕎麦という文字はどこにもない。要するに知ってる人しか入らない、というか入れない。入ると、その贅沢に使った空間にまず驚く。普通この広さだと、今の倍以上の席を確保するだろう。和モダンのシンプルな世界。しかもBGMの類はないので、静寂そのものである。蕎麦が出てこなければ、石庭で静かに休んでるような気分になる。禅の空間とでも言おうか、いずれにしろここまでシンプルの美を極めた蕎麦屋は他に知らない(蕎麦屋で何故そこまでするかという疑問は多くの人が持つだろうが)。店主である女将が中も外もやり、まず日本酒(一種類のメニューに組み込まれている)突き出しが出て、その後蕎麦、香の物、デザート代わりの煮豆、お茶(かなり美味い)というコースである。しめて2000円也。肝心の蕎麦はセイロと田舎の中間くらいの蕎麦で、キレのあるタイプではないが、モチモチとした歯ごたえの薫り高い蕎麦だ。この辺も好みは分かれそうだ。これを高いと見るか適正と見るかは、人それぞれの捉え方による。純粋に蕎麦だけ食べたい人は行かない方が良い、ということは言えそうだ。しかし、例えば茶道に興味のある人が空間を含めた時間を楽しむ、と同じような感覚で、女将の作り出す美的空間と蕎麦を楽しむ、というのであれば十分価値ははあると言えそうだ(そんなにいないだろうが)。