やわらかな心をもつ ぼくたちふたりの運・鈍・根, 小澤征爾・広中平祐 プロデューサー 萩元晴彦, 新潮文庫 お-14-4, 1984年
・1976年にサンフランシスコで行われた、小澤氏(ボストン交響楽団・音楽監督)と広中氏(ハーバード大学教授・数学者)の対談録(※肩書きは当時)。テレビプロデューサー萩元氏の企画による。
・会話そのまま、ほとんどノーカット、だそうです。日本が世界に誇れる才能の持ち主二人の会話。とても興味深く読みました。
・「小澤 集中力ってのはやっぱり努力だと思うんだよ。」p.40
・「小澤 しかも誰といっしょにいるとか、そういう共に生きるっていう共生感、そういうのが音楽にとってすごく大事なのね。だからひとつに集中することとか、緊張感、それから、ひとつの音、ひとつのメロディを、ぼくが弾けば、あなたが聞いていても聞いていなくてもなにか影響あるでしょ。たとえば、景色を見てるのと同じでさ。風が吹くと、その風によってあなたも影響受けりゃぼくも影響受けて、こう、木の音がちょっとすると、意識的に聞こえなくてもわかるとか。」p.46
・「小澤 その時ぼくのおやじはね、要するにあれは人間のいちばんの敵だって言うの。今でもよく覚えているけど、ジェラシーっていうの、嫉妬心ていうのかね。それは人間にとっていちばん害になるっていうわけ。(中略)とにかく嫉妬心を殺そうと思った。その時は殺せなかったと思うんだけどね、ほんとうには。でもその嫉妬心を殺すために努力したことが、あとになってとってもいいことになった。得をしたと思うね。」p.55
・「広中 ほかの人と比較して誰がどうしたから自分もどうのこうのというような態度というものは、ともすれば小賢しい方へ行っちゃうわけだ。結局自分だけのもの、ほかの誰にもないっていうものをつくれない。ともかく自分のペースで進んで行ってね、そこになんとか自分独自のものを築いて行く方が、結局長い目で見ると得なんだけどね。」p.57
・「小澤 ぼくのついた斎藤秀雄先生という方は、音楽の世界では世捨て人みたいな感じだったんだよ。」p.73
・「小澤 「パストラール」(「田園」。ベートーヴェンの六番の交響曲)大変。(中略)あんなむずかしいの。ベートーヴェンのシンフォニーの中で一番むずかしいの。(中略)室内楽みたいにやらなくちゃならないから。最初まちがえちゃうとぜったいに直らないんだよね、あれ。」p.94
・「(小澤さんは、演奏会の前に必らず一時間ほど眠るという習慣がある)」p.97
・「広中 だけど、疑問に感じるんだけど、オペラやる時には、やっぱり、言葉を覚えなきゃだめ?
小澤 だめ!
広中 小澤さんは……メロディだけじゃだめなの?
小澤 指揮してて……まず、無理だね。ぜんぶ一言、一言わからなくてもできるだろうけど。
広中 あっ、そうか、そうか。
小澤 この言葉がどういう意味だってことがわかっていなかったら、感情の入れようがない。
広中 ああ、やっぱり楽譜に書いた、そのピアニシモとかなんとかだけじゃあ、だめなわけだな。
小澤 オペラの場合は、もうだめだね。それとこっちが口の中でいつも歌ってなければならないわけ、ぼくは。」p.109
・「広中 ひとつの商売に両足つっこんだいまとなっては、いきなり水ん中へ落っことして水泳おぼえさせるみたいな語学勉強法しか、ききめがないね。特にぼくみたいな怠け者にはね。」p.119
・「小澤 その考えは、昔はね、英語で考えれば英語みたいなふうに考えるのかなと思ったけど、そうでもないわけだよね。(中略)だから外国人はするけれど日本人は決してしないっていうようなことは、日本語のできないその人たち(日本の二世とか三世)も決してしないよ。」p.146
・「広中 それにね、面白いことに記憶しててさっと公式がでるよりも、忘れてて苦労して割り出すほうが新しいものを発見するチャンスが大きいんだ。そこで効いてくるのが、辛抱強さよね。」p.156
・「広中 極言すれば、いい教育とはいい捨て石を置いてやることだ。」p.161
・「小澤 どういう理由だか知らないけど、ぼくはおふくろに怒ったわけよ。「ぼくがあんなに言っといたのに、こんなシャツなんか着れねえ!」って言ったと思うんだ、……そしたらおやじがね、いつもはあんまり怒らないんだけど、メチャメチャに怒ったね。「ばか野郎!」って。「音楽やめちまえ、音楽は人間のやるものだろう。ワイシャツがやるもんじゃない。ワイシャツの衿が高いか低いかでおふくろに文句言うようなやつは音楽やめちまえ!」って。」p.162
・「広中 いま考えれば、結局生きるってことは、自分で稼いで自分で食っていくことなんだ、ということを教えてくれたわけよね。」p.168
・「小澤 まあ、また話は戻るけども、ぼくは、よくわかってきた、最近。ぼくは集中力がある。またその努力の仕方がわかってきた。」p.209
・「小澤 休みってのが必要だと。だから、細かいネジ戻しは、毎週一回ぐらいやって、それからもっと細かいのは1時間勉強の間に15分とか、30分やって10分とか、ネジ戻ししてるわけ。」p.214
・「広中 だから、ぼくに言わせればね、うーんと覚えてね、うーんと忘れる。その差以上にその和が大切だと思うんだ。特に若いころにはね。すばらしいと感じたことは忘れろって言ったって忘れられない。つまんないことは忘れるなと言ってもいつの間にか忘れる。その過程で、その人の判断力とか創造力が磨かれる。覚えて、忘れて、思い出す時、人間は必ず考える。考えることがいちばん大切なわけだ。」p.236
・「(斎藤秀雄) 音楽には自分たちで楽しむという娯楽の面と、演奏して人にきかせるという二つの面があって、ぼくはこの二つは別だと考えます。ぼくら音楽家の場合は、自分たちで楽しんじゃいけない、芸術を追求するには、楽しみからは出てこやしないのです。」p.256
・「広中 数学科の大学院で教えているときにね、大学院の学生ってのは普通22歳から26歳くらいだよね。それでも、その学生が将来いい数学者になるかどうか判断することは、非常にむずかしいんだ。頭が良い悪いはかなり早くから判断できる。だけど、いい数学者になるかどうかとはあまり関係がない。」p.257
・「小澤 ちょっと説明しにくいけど、バッハのヴォキャブラリーが、ブルックナーとかストラヴィンスキーにまでいってるということは、確かにあるんですよ。やっぱり音ってのはひとつしかないから、その組み合わせで音楽がつくられているでしょ。」p.266
・「小澤 カラヤン先生が、「フィガロの結婚」をね、六ヶ所ぐらいでね、十年ぐらいの間に総計すると何百回やった、というんだ。それで「フィガロの結婚」のやり方がわかったというんだ。それで今度、「ドン・ジョバンニ」のやり方がわかってきた、と。やっといまごろになってわかったみたいなこと言うんだよ。もう、だって60過ぎているんだよ。だから恐ろしいと思うんだよね。」p.269
・「広中 だけど、たとえば、相手の気持を汲みとるという気持と、数学の問題を解く態度と、非常に似たところがある、とぼくには思えるんですよ。」p.280
・「広中 いままで、いろんな数学者を見ててね、もっともクリエイティブな人はね、ほとんど例外なく楽天家ですよ。」p.284
?がんしゅう【含羞】 恥ずかしがること。はにかむこと。はにかみ。
?けんぎょう【検校】 1 (―する)物事を点検し、誤りをただすこと。また、その職。けんこう。 2 (―する)特に、寺社の事務、僧尼の監督などをすること。また、その職。 3 一山、一寺の頭領。高野、熊野あるいは楞厳院(りょうごんいん)、平等院などに置かれた職名。 4 荘園の職員の一つ。平安・鎌倉時代に置かれた。 5 盲人に与えられた最高の官名。撞木杖、紫衣を許された。検校職。建業。
・1976年にサンフランシスコで行われた、小澤氏(ボストン交響楽団・音楽監督)と広中氏(ハーバード大学教授・数学者)の対談録(※肩書きは当時)。テレビプロデューサー萩元氏の企画による。
・会話そのまま、ほとんどノーカット、だそうです。日本が世界に誇れる才能の持ち主二人の会話。とても興味深く読みました。
・「小澤 集中力ってのはやっぱり努力だと思うんだよ。」p.40
・「小澤 しかも誰といっしょにいるとか、そういう共に生きるっていう共生感、そういうのが音楽にとってすごく大事なのね。だからひとつに集中することとか、緊張感、それから、ひとつの音、ひとつのメロディを、ぼくが弾けば、あなたが聞いていても聞いていなくてもなにか影響あるでしょ。たとえば、景色を見てるのと同じでさ。風が吹くと、その風によってあなたも影響受けりゃぼくも影響受けて、こう、木の音がちょっとすると、意識的に聞こえなくてもわかるとか。」p.46
・「小澤 その時ぼくのおやじはね、要するにあれは人間のいちばんの敵だって言うの。今でもよく覚えているけど、ジェラシーっていうの、嫉妬心ていうのかね。それは人間にとっていちばん害になるっていうわけ。(中略)とにかく嫉妬心を殺そうと思った。その時は殺せなかったと思うんだけどね、ほんとうには。でもその嫉妬心を殺すために努力したことが、あとになってとってもいいことになった。得をしたと思うね。」p.55
・「広中 ほかの人と比較して誰がどうしたから自分もどうのこうのというような態度というものは、ともすれば小賢しい方へ行っちゃうわけだ。結局自分だけのもの、ほかの誰にもないっていうものをつくれない。ともかく自分のペースで進んで行ってね、そこになんとか自分独自のものを築いて行く方が、結局長い目で見ると得なんだけどね。」p.57
・「小澤 ぼくのついた斎藤秀雄先生という方は、音楽の世界では世捨て人みたいな感じだったんだよ。」p.73
・「小澤 「パストラール」(「田園」。ベートーヴェンの六番の交響曲)大変。(中略)あんなむずかしいの。ベートーヴェンのシンフォニーの中で一番むずかしいの。(中略)室内楽みたいにやらなくちゃならないから。最初まちがえちゃうとぜったいに直らないんだよね、あれ。」p.94
・「(小澤さんは、演奏会の前に必らず一時間ほど眠るという習慣がある)」p.97
・「広中 だけど、疑問に感じるんだけど、オペラやる時には、やっぱり、言葉を覚えなきゃだめ?
小澤 だめ!
広中 小澤さんは……メロディだけじゃだめなの?
小澤 指揮してて……まず、無理だね。ぜんぶ一言、一言わからなくてもできるだろうけど。
広中 あっ、そうか、そうか。
小澤 この言葉がどういう意味だってことがわかっていなかったら、感情の入れようがない。
広中 ああ、やっぱり楽譜に書いた、そのピアニシモとかなんとかだけじゃあ、だめなわけだな。
小澤 オペラの場合は、もうだめだね。それとこっちが口の中でいつも歌ってなければならないわけ、ぼくは。」p.109
・「広中 ひとつの商売に両足つっこんだいまとなっては、いきなり水ん中へ落っことして水泳おぼえさせるみたいな語学勉強法しか、ききめがないね。特にぼくみたいな怠け者にはね。」p.119
・「小澤 その考えは、昔はね、英語で考えれば英語みたいなふうに考えるのかなと思ったけど、そうでもないわけだよね。(中略)だから外国人はするけれど日本人は決してしないっていうようなことは、日本語のできないその人たち(日本の二世とか三世)も決してしないよ。」p.146
・「広中 それにね、面白いことに記憶しててさっと公式がでるよりも、忘れてて苦労して割り出すほうが新しいものを発見するチャンスが大きいんだ。そこで効いてくるのが、辛抱強さよね。」p.156
・「広中 極言すれば、いい教育とはいい捨て石を置いてやることだ。」p.161
・「小澤 どういう理由だか知らないけど、ぼくはおふくろに怒ったわけよ。「ぼくがあんなに言っといたのに、こんなシャツなんか着れねえ!」って言ったと思うんだ、……そしたらおやじがね、いつもはあんまり怒らないんだけど、メチャメチャに怒ったね。「ばか野郎!」って。「音楽やめちまえ、音楽は人間のやるものだろう。ワイシャツがやるもんじゃない。ワイシャツの衿が高いか低いかでおふくろに文句言うようなやつは音楽やめちまえ!」って。」p.162
・「広中 いま考えれば、結局生きるってことは、自分で稼いで自分で食っていくことなんだ、ということを教えてくれたわけよね。」p.168
・「小澤 まあ、また話は戻るけども、ぼくは、よくわかってきた、最近。ぼくは集中力がある。またその努力の仕方がわかってきた。」p.209
・「小澤 休みってのが必要だと。だから、細かいネジ戻しは、毎週一回ぐらいやって、それからもっと細かいのは1時間勉強の間に15分とか、30分やって10分とか、ネジ戻ししてるわけ。」p.214
・「広中 だから、ぼくに言わせればね、うーんと覚えてね、うーんと忘れる。その差以上にその和が大切だと思うんだ。特に若いころにはね。すばらしいと感じたことは忘れろって言ったって忘れられない。つまんないことは忘れるなと言ってもいつの間にか忘れる。その過程で、その人の判断力とか創造力が磨かれる。覚えて、忘れて、思い出す時、人間は必ず考える。考えることがいちばん大切なわけだ。」p.236
・「(斎藤秀雄) 音楽には自分たちで楽しむという娯楽の面と、演奏して人にきかせるという二つの面があって、ぼくはこの二つは別だと考えます。ぼくら音楽家の場合は、自分たちで楽しんじゃいけない、芸術を追求するには、楽しみからは出てこやしないのです。」p.256
・「広中 数学科の大学院で教えているときにね、大学院の学生ってのは普通22歳から26歳くらいだよね。それでも、その学生が将来いい数学者になるかどうか判断することは、非常にむずかしいんだ。頭が良い悪いはかなり早くから判断できる。だけど、いい数学者になるかどうかとはあまり関係がない。」p.257
・「小澤 ちょっと説明しにくいけど、バッハのヴォキャブラリーが、ブルックナーとかストラヴィンスキーにまでいってるということは、確かにあるんですよ。やっぱり音ってのはひとつしかないから、その組み合わせで音楽がつくられているでしょ。」p.266
・「小澤 カラヤン先生が、「フィガロの結婚」をね、六ヶ所ぐらいでね、十年ぐらいの間に総計すると何百回やった、というんだ。それで「フィガロの結婚」のやり方がわかったというんだ。それで今度、「ドン・ジョバンニ」のやり方がわかってきた、と。やっといまごろになってわかったみたいなこと言うんだよ。もう、だって60過ぎているんだよ。だから恐ろしいと思うんだよね。」p.269
・「広中 だけど、たとえば、相手の気持を汲みとるという気持と、数学の問題を解く態度と、非常に似たところがある、とぼくには思えるんですよ。」p.280
・「広中 いままで、いろんな数学者を見ててね、もっともクリエイティブな人はね、ほとんど例外なく楽天家ですよ。」p.284
?がんしゅう【含羞】 恥ずかしがること。はにかむこと。はにかみ。
?けんぎょう【検校】 1 (―する)物事を点検し、誤りをただすこと。また、その職。けんこう。 2 (―する)特に、寺社の事務、僧尼の監督などをすること。また、その職。 3 一山、一寺の頭領。高野、熊野あるいは楞厳院(りょうごんいん)、平等院などに置かれた職名。 4 荘園の職員の一つ。平安・鎌倉時代に置かれた。 5 盲人に与えられた最高の官名。撞木杖、紫衣を許された。検校職。建業。