私の良く知っている麻酔科医が,指をドアに挟んでしまい,大慌てで冷やしていたが,なぜ冷やすと鎮痛効果があるのだろう?その後,彼女はシップを貼っていたが,冷湿布薬はみなメンソールのヒヤヒヤとする感じがする.なぜなのだろう?いずれにしても,我々は冷やすことで痛みをやわらげることをヒポクラテスの時代から知っている.今回,英国Edinburgh大学のグループがこのメカニズムを明らかにし,新しい鎮痛薬開発につながる研究として注目を集めている.
著者らは神経因性疼痛の実験モデルとして,ラット坐骨神経の慢性絞扼性損傷モデルを用いた.彼らはまずメンソールに類似する化学物資icilinをラットの皮膚にしみこませることで,痛みのストレスに耐え,icilinが鎮痛効果を有することを示した.次に彼らは,この鎮痛効果は,2002年に冷たさとメンソールに対して感受性を持つ受容体としてクローニングされたTRPM8受容体を介する可能性を考えた.この受容体は,ヒトにヒヤヒヤ感を起こすメンソールに反応し,かつ冷刺激(8-28℃)に対しても選択的に反応する,Ca2+透過性の高い非選択性陽イオンチャネルである(ちなみにTRPM8と同じく,化学物質と熱に反応する受容体としては,唐辛子のカプサイシンや熱(43℃以上)に反応する受容体TRPV1が有名).興味深いことにTRPM8遺伝子は,DRGや三叉神経節(ガッセル神経節)の中の小径から中径の細胞体(おそらくC線維やAδ線維の細胞体)に特異的に発現することも報告されている.
本研究で,彼らは①TRPM8の活性化が鎮痛効果を発揮すること,②TRPM8の発現が,神経損傷後の感覚神経の一部において上昇すること,③TRPM8のアンチセンスオリゴの投与にて,icilinの鎮痛効果が抑制されること,④icilinが脊髄後角における中枢性感作まで抑制すること(注;中枢性感作とは,末梢神経から痛み刺激の入力に対し,脊髄後角細胞の反応増大や受容野の拡大が見られる現象),さらに⑤TRPM8活性化による鎮痛作用は,オピオイド受容体ではなく,Group II/III metabotropic glutamate receptor (mGluR) を介すること,を示した.彼らはTRPM8を発現する感覚神経から放出されたグルタミン酸にGroup II/III mGluRが反応し,痛みに対し抑制的なゲートコントロールが生じるというモデルを提唱している.
以上の結果は,選択的にTRPM8受容体を活性化できれば,末梢性感作の段階で痛みをブロックし,中枢性感作が生じることを抑制できることを意味する.従来の鎮痛剤が無効か,副作用のために使用が制限された症例においても,低投与量のTRPM8アゴニストを皮膚に塗ることで痛みを強力に改善する可能性がある.
先日,痛みに関するシンポジウムを拝聴する機会があったが,その中で「臨床医は,患者の痛みの訴えを良く聞き,放置しないこと.痛みを除去すべく処置を行うこと.これらは中枢性感作による痛みを防止することにつながる」というお話があった.これからは痛みの性質や機序を見極め,急性痛が長引いている場合にはTRPM8アゴニストも含めあらゆる手段を用いて積極的に介入し,慢性痛症(神経系の可塑的な異常が生じた状態)への移行を防止することを心がける時代となる.麻酔科医まかせではなく,神経内科医が,より痛みの診療に取り組む時代が到来しつつあるということである.
Curr Biol 16; 1591-1605, 2006
著者らは神経因性疼痛の実験モデルとして,ラット坐骨神経の慢性絞扼性損傷モデルを用いた.彼らはまずメンソールに類似する化学物資icilinをラットの皮膚にしみこませることで,痛みのストレスに耐え,icilinが鎮痛効果を有することを示した.次に彼らは,この鎮痛効果は,2002年に冷たさとメンソールに対して感受性を持つ受容体としてクローニングされたTRPM8受容体を介する可能性を考えた.この受容体は,ヒトにヒヤヒヤ感を起こすメンソールに反応し,かつ冷刺激(8-28℃)に対しても選択的に反応する,Ca2+透過性の高い非選択性陽イオンチャネルである(ちなみにTRPM8と同じく,化学物質と熱に反応する受容体としては,唐辛子のカプサイシンや熱(43℃以上)に反応する受容体TRPV1が有名).興味深いことにTRPM8遺伝子は,DRGや三叉神経節(ガッセル神経節)の中の小径から中径の細胞体(おそらくC線維やAδ線維の細胞体)に特異的に発現することも報告されている.
本研究で,彼らは①TRPM8の活性化が鎮痛効果を発揮すること,②TRPM8の発現が,神経損傷後の感覚神経の一部において上昇すること,③TRPM8のアンチセンスオリゴの投与にて,icilinの鎮痛効果が抑制されること,④icilinが脊髄後角における中枢性感作まで抑制すること(注;中枢性感作とは,末梢神経から痛み刺激の入力に対し,脊髄後角細胞の反応増大や受容野の拡大が見られる現象),さらに⑤TRPM8活性化による鎮痛作用は,オピオイド受容体ではなく,Group II/III metabotropic glutamate receptor (mGluR) を介すること,を示した.彼らはTRPM8を発現する感覚神経から放出されたグルタミン酸にGroup II/III mGluRが反応し,痛みに対し抑制的なゲートコントロールが生じるというモデルを提唱している.
以上の結果は,選択的にTRPM8受容体を活性化できれば,末梢性感作の段階で痛みをブロックし,中枢性感作が生じることを抑制できることを意味する.従来の鎮痛剤が無効か,副作用のために使用が制限された症例においても,低投与量のTRPM8アゴニストを皮膚に塗ることで痛みを強力に改善する可能性がある.
先日,痛みに関するシンポジウムを拝聴する機会があったが,その中で「臨床医は,患者の痛みの訴えを良く聞き,放置しないこと.痛みを除去すべく処置を行うこと.これらは中枢性感作による痛みを防止することにつながる」というお話があった.これからは痛みの性質や機序を見極め,急性痛が長引いている場合にはTRPM8アゴニストも含めあらゆる手段を用いて積極的に介入し,慢性痛症(神経系の可塑的な異常が生じた状態)への移行を防止することを心がける時代となる.麻酔科医まかせではなく,神経内科医が,より痛みの診療に取り組む時代が到来しつつあるということである.
Curr Biol 16; 1591-1605, 2006