Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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錠一郎がトランペットを吹けない理由 ―アンブシュア・ジストニア―

2022年01月24日 | 医学と医療
評判の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」を最近,見始ました.先週は,主人公るいと結婚の約束をしたトランペット奏者大月錠一郎(オダギリジョー)がデビュー直前にトランペットを吹けなくなってしまいました.あちこちの病院を訪ねたものの治りません. 錠一郎に何が起きたのか・・・アンブシュア・ジストニア(embouchure dystonia;EmD)だと思います.アンブシュアとは,管楽器の演奏者が,楽器を吹くときの口の形,または口の筋肉の使い方のことです.そしてEmDは,その際に口周囲や舌に過剰な緊張が入るジストニアのため演奏ができなくなる状態を指します.局所性課題特異的ジストニア,つまり身体の一部に,特定の動作のときにのみ出現するタイプです.

Fruchtは89名の罹患者を検討し,平均36歳で発症し,特定の音楽奏法(楽器の音域)が誘因になると報告しています.トランペットのような高音域の楽器では振戦(Tremor型)と口唇を引くようなタイプ(lip-pulling型)となり,トロンボーンのような低音域の楽器では,口唇をロックするタイプ(lip-lock型)になります(フリー動画).一度発症したEmDの症状はなかなか改善せず,仕事や生活に支障をきたすことも少なくないとも記載されています.トランペットで高音域を演奏するためには,舌の前部を弁として使用し,空気の流れを速める必要がありますが,Hellwig らは低磁場MRIを用いた検討で,EmDでは健常者と比較して舌の動きに非常に大きなばらつきがあることを示しています(下記リンクにフリー動画).

治療としては薬物療法,ボツリヌス毒素,非侵襲的なガンマナイフ手術などが考えられますが,ほとんど論文がありません.ごく最近,Mitchellらは,ジストニアに共通して認められる感覚トリック(特定の部位を触れるなどの感覚刺激により症状が緩和する現象)を応用し,口腔内装置で症状が消失したという症例を報告しました.具体的にはコインを咬んだところ演奏が可能になり,コインを模した直径約1cm,厚さ約2mmのゴム製スペーサーを咬むと完全に症状は消失しました.ただしコインを演奏中に飲み込んでしまう恐れがあったため,歯にかぶせるような口腔内装置を作成したわけです.もし自分が錠一郎を診察したら,まずこの口腔内装置をお勧めしたいと思います.



Frucht SJ. Embouchure dystonia--Portrait of a task-specific cranial dystonia. Mov Disord. 2009;24:1752-62.(動画あり)
Hellwig SJ, et al. Tongue involvement in embouchure dystonia: new piloting results using real-time MRI of trumpet players. J Clin Mov Disord. 2019;6:5.
Mitchell JK, et al. Successful splint therapy for embouchure dystonia in a trumpet player. J Prosthet Dent. 2021 Jun;125(6):843-845.


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