San Diegoで開催されたInternational stroke conference 2009に参加した.Convention center内の5,6か所の会場で,同時並行して演題発表が行われるため,学会の全体像はつかみにくいのだが,臨床研究と比べるとbasic scienceは低調という印象と,中国人の発表が目立つ印象を持った(中国人の多いCaliforniaという土地柄だけでなく,中国からの臨床の発表もいくつかあった).臨床ではt-PAのtherapeutic time windowが4.5時間まで延びたというECASS-3はトピックのひとつであったが,その他,機械的に血管内閉塞血栓を除去するmechanical thrombolysisの新しい装置で,micro-catheterの先端から血栓を吸引しながら除去するpenumbra systemの市販後調査や,よく仕組みは分かってないそうだが脳梗塞に効くという経頭蓋的にレーザー照射(microwave)を行う治療(!?)の大規模治療研究(NEST-2)も大きく取り上げられていた.さらに最新のプロテオミクス技術を用いて,脳梗塞を血液で診断しようというバイオマーカーの探索や,ペナンブラとは一体何なのか?血液脳関門(BBB)破綻と何なのか?など,動物実験や画像(MRI, PET, Xe-CT)を用いて議論するシンポジウムなどは興味深かった.
個人的に興味のあるbasic scienceは前述の通り低調で,どのセッションも空席が目についた.内容としてはミトコンドリア障害のような古くからある話題のほか,pre-conditioningやpost-conditioningといった虚血耐性現象(短時間の虚血を,脳虚血前後に加えて神経保護を誘導する現象)の機序,脳梗塞の治療効果における性差(たとえば新規治療薬として期待されているミノサイクリンは女性には効かない),神経幹細胞移植の効果,血管新生と修復,BBBの破綻に伴う骨髄由来の前駆細胞の中枢神経との接触などが取り上げられていた.虚血による血管内皮障害をどのように防ぐかというvasoprotectionのシンポジウムも行われたが,会場は悲しいぐらい閑散としていた(お隣りでECASS-3をやっていたので仕方がないかもしれないが・・・).
学会の山場はplenary session(全員出席のセッション)だが,このうちThomas Willis Lectureは山場中の山場である(Thomas Willisは「最初の神経学者」と呼ばれるイギリス人).今年の受賞者はCornell universityのIadecola教授で,講演のタイトルは「The changing landscape of cerebral ischemic injury」であった.脳虚血とその危険因子,およびアルツハイマー病の関連を研究している先生である.講義の前半では虚血による脳神経組織の障害のとらえ方の変遷が紹介され,1940~1950年代は,生と死(=エネルギー不全)の2つだけの状態であったが,1970~1980年代に入り,グルタミン酸やカルシウム代謝の研究が行われるようになり,生と死の間の状態としてペナンブラが登場した.さらに1990年代になると炎症やアポトーシスなどの概念も導入され,ペナンブラと死の境界が不明瞭になった.いいかえると,死のカスケードと,修復・再生のカスケードが時間的・空間的に徐々にスイッチし,同時並行で進行し,そのバランスにより生死が決まると考えられようになった.これは今後の治療を考える上でとても重要なパラダイムシフトであると強調されていた(具体的には修復のカスケードは,神経再生や血管再生だけでなく,障害を引き起こすと考えられていた酸化的ストレスや炎症も,修復に関与しうるということである.つまり良かれと思ってやった酸化的ストレスや炎症の抑制が,場合によっては修復の妨げになっていた可能性を示唆する).
また前述のpreconditioningやvasoprotectionにも触れ,これらは脳虚血に対する内在性の脳保護作用を見ているものであり,この機序の解明は新たな治療の開発につながる可能性を示した.さらに脳梗塞のtranslational researchがうまくいかなかった原因として,げっ歯類のstroke modelがヒト脳梗塞を必ずしも再現するものでないという指摘に対し,それでもアルツハイマー病,パーキンソン病,多発性硬化症といった疾患のモデルより優れていると反論し,translational researchは今のところうまく行っていないが,過去の多数の大規模試験の結果からわれわれは多くのことを学んだこと,さらに最近の,血行動態やイオンの変化を捉える画像技術の進歩は目覚ましく,今後の治療開発にきわめて有力であることを指摘した.講義の最後には,まだまだ乗り越えるべきことはあるが,脳虚血の克服に向け,現在,これまでにないほど,研究が進展していることを強調し,Lectureは終了した.脳梗塞研究者に元気を与える格調高い講演であった.
来年度はテキサス州San Antonioで開催される.
International stroke conference 2009
個人的に興味のあるbasic scienceは前述の通り低調で,どのセッションも空席が目についた.内容としてはミトコンドリア障害のような古くからある話題のほか,pre-conditioningやpost-conditioningといった虚血耐性現象(短時間の虚血を,脳虚血前後に加えて神経保護を誘導する現象)の機序,脳梗塞の治療効果における性差(たとえば新規治療薬として期待されているミノサイクリンは女性には効かない),神経幹細胞移植の効果,血管新生と修復,BBBの破綻に伴う骨髄由来の前駆細胞の中枢神経との接触などが取り上げられていた.虚血による血管内皮障害をどのように防ぐかというvasoprotectionのシンポジウムも行われたが,会場は悲しいぐらい閑散としていた(お隣りでECASS-3をやっていたので仕方がないかもしれないが・・・).
学会の山場はplenary session(全員出席のセッション)だが,このうちThomas Willis Lectureは山場中の山場である(Thomas Willisは「最初の神経学者」と呼ばれるイギリス人).今年の受賞者はCornell universityのIadecola教授で,講演のタイトルは「The changing landscape of cerebral ischemic injury」であった.脳虚血とその危険因子,およびアルツハイマー病の関連を研究している先生である.講義の前半では虚血による脳神経組織の障害のとらえ方の変遷が紹介され,1940~1950年代は,生と死(=エネルギー不全)の2つだけの状態であったが,1970~1980年代に入り,グルタミン酸やカルシウム代謝の研究が行われるようになり,生と死の間の状態としてペナンブラが登場した.さらに1990年代になると炎症やアポトーシスなどの概念も導入され,ペナンブラと死の境界が不明瞭になった.いいかえると,死のカスケードと,修復・再生のカスケードが時間的・空間的に徐々にスイッチし,同時並行で進行し,そのバランスにより生死が決まると考えられようになった.これは今後の治療を考える上でとても重要なパラダイムシフトであると強調されていた(具体的には修復のカスケードは,神経再生や血管再生だけでなく,障害を引き起こすと考えられていた酸化的ストレスや炎症も,修復に関与しうるということである.つまり良かれと思ってやった酸化的ストレスや炎症の抑制が,場合によっては修復の妨げになっていた可能性を示唆する).
また前述のpreconditioningやvasoprotectionにも触れ,これらは脳虚血に対する内在性の脳保護作用を見ているものであり,この機序の解明は新たな治療の開発につながる可能性を示した.さらに脳梗塞のtranslational researchがうまくいかなかった原因として,げっ歯類のstroke modelがヒト脳梗塞を必ずしも再現するものでないという指摘に対し,それでもアルツハイマー病,パーキンソン病,多発性硬化症といった疾患のモデルより優れていると反論し,translational researchは今のところうまく行っていないが,過去の多数の大規模試験の結果からわれわれは多くのことを学んだこと,さらに最近の,血行動態やイオンの変化を捉える画像技術の進歩は目覚ましく,今後の治療開発にきわめて有力であることを指摘した.講義の最後には,まだまだ乗り越えるべきことはあるが,脳虚血の克服に向け,現在,これまでにないほど,研究が進展していることを強調し,Lectureは終了した.脳梗塞研究者に元気を与える格調高い講演であった.
来年度はテキサス州San Antonioで開催される.
International stroke conference 2009