Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Onuf-Mannen核の過去・現在・未来

2022年07月24日 | 医学と医療
1899年から1900年にかけてアメリカの神経学者Onufrowicz(1863-1928)は,第2仙髄を中心に存在し,一部,第1,3仙髄に伸びる小さな脊髄前角細胞群を見出しました(図1). Onufrowiczは第2仙髄前角の腹外側細胞群の一部とみなされていた小集団はこれに属するものではなく,独立したものと考え,group Xという名称を与えました.その後,解剖学的検討はなされたものの,その機能や疾患との関連は議論されることはなく時間が過ぎました.ちなみにOnufrowiczはロシア帝国生まれで,アメリカに移住する際に性をOnufと短縮したため,この細胞集団もOnuf核と呼ばれました.

そして1970年代になり,東京大学初代教授の豊倉康夫先生はALSにおいて有名な「陰性4徴候(眼球運動障害,感覚障害,膀胱直腸障害,褥瘡)」を提唱し,膀胱直腸障害を認めにくい点からOnuf核は再び注目されるようになります.1975年から1977年にかけて萬年徹先生(のちの東京大学第2代教授)らは,ALSでは前角細胞がほぼ完全に変性消失するのにOnuf核のみが残存していることを見出し,Onuf核が骨盤底筋の随意筋(外尿道および外肛門括約筋)を支配していると結論づけました(排尿,排便,オーガズム時の筋収縮に関与します;図2).さらに葛原茂樹先生らをはじめとする多くの研究者により行われた動物実験によりOnuf核の神経支配の問題が解決されました(図1).つまりOnuf核の機能的意義を解明したのは萬年先生や日本の神経学者の功績ということです.岩田誠先生が最近ご執筆された論文「骨盤括約筋支配ニューロンの局在 ―Onuf-Mannen’s nucleus―.自律神経59;172-177, 2022」には,豊倉先生が心不全に苦しんだ晩年に,お見舞いをされた岩田先生に,酸素テントの中からOnuf-Mannen’s nucleusというタイトルの論文を書くよう命じられたエピソードが書かれています.その約束は2011年に果たされました(Iwata M. Onuf-Mannen’s nucleus. JMAJ 54; 47-50, 2011).2つの論文を拝読して,Onuf-Mannen核と呼ぶべきものだと私も思いました.

その後,脊髄性筋萎縮症(SMA),脊髄球筋萎縮症(SBMA),デュシャンヌ型筋ジストロフィーでもこの細胞群は変性を免れるものの,パーキンソン病や多系統萎縮症では変性することが分かっています.これらのニューロンはなぜ疾患によって脆弱であったり,抵抗性を示したりするのか注目されます.近年の研究で,強いペプチド性のシナプス前入力があるなど自律神経に似た特徴を示していることや,脊髄運動ニューロンと比較して特定の遺伝子のアップ/ダウン制御があることが示されています.具体的にはマトリックスプロテアーゼ9はALSに罹患した脊髄運動ニューロンで高発現するのに対し,Onuf-Mannen 核のニューロンではその発現が見られないこと,逆にオステオポンチンはALSで発現が抑制され,Onuf-Mannen 核では発現が保たれることが報告されています.これらの研究は,神経変性に対する新しい治療法の開発につながる可能性があります.



Mannen T. Neuropathology. 2000 Sep;20 Suppl:S30-3.
Marcinowski F. J Neurol. 2019 Jan;266(1):281-282.
Schellino R, et al. Front Neuroanat. 2020 Sep 4;14:572013.

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