Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(12月9日)

2023年12月09日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVID患者では認知機能障害が顕著である,long COVID患者脳において神経炎症が生じている,COVID-19患者脳では老化細胞が増加する,3回のワクチン接種によりlong COVIDは73%抑制できる,ニルマトルビル・モルヌピラビルはlong COVID発症を低下させるがその効果は小さい,パクスロビドは31あるlong COVID症状のほとんどを抑制できない,ボルチオキセチンはCRPで調整すると認知機能を改善する,です.

Long COVIDに伴う認知機能障害に関する研究が引き続き報告されています.Long COVIDに伴う神経炎症(ミクログリア活性化)を画像化した研究が動物での既報に続き,ヒトでも報告されました.また老化を細胞レベルでとらえ,老化細胞を体内から除去しようとするsenolyticsという概念がありますが,long COVIDに伴う細胞老化も明らかにされました.治療に関しては感染前ワクチン接種の有効性はかなり明確になってきましたが,期待された持続感染に対する抗ウイルス薬は旗色が悪いようです.Long COVIDの複数の病態を結びつける分子としてセロトニンが報告されましたが,セロトニン代謝に複数の作用を有するボルチオキセチンが条件付きですが“認知機能”を改善する可能性が報告されました.

◆long COVID患者では認知機能障害が顕著である.
PCC(=long COVID)患者における認知機能障害を調べるために,ウェブベースの認知課題,単純反応時間(simple reaction time; SRT)と数覚テスト(number vigilance test; NVT)を行った.ドイツと英国の2つのクリニックでPCC患者270人を2つの対照群,No-PCC群(COVID-19に感染したが回復後にPCCにならなかった人),およびNo-COVID群(感染していない人)と比較した.その結果,PCC群では顕著な認知機能低下が確認された(図1:赤,重症,黄色,中等症).SRTではPCC群は対照群に比べて反応が3標準偏差ほど遅かった.この所見はドイツと英国の2つのクリニックで再現された.また疲労,抑うつ,不安,睡眠障害,心的外傷後ストレス障害などの併存疾患は,PCC群における認知障害を説明できなかった.さらにSRTの認知機能障害は,持続的注意を評価するNVTの成績不良と高い相関があった.以上より,PCC患者では認知機能障害が顕著であることが示された.
medRxiv. Dec 4, 2023.(doi.org/10.1101/2023.12.03.23299331)



◆long COVID患者脳において神経炎症が生じている.
米国からPASC(=long COVID)患者における,神経炎症を示す画像所見と血管機能障害マーカーとの関連を検討した研究が報告された.具体的には,TSPO結合性リガンドを用いることで可能になったグリア細胞(とくにミクログリア)の[11C]PBR28 PET神経画像を用いている.12人のPASC患者(オミクロン前の感染,2例のみ入院,1例のみワクチン接種)と43人の対照者を比較した.その結果,中帯状皮質,前帯状皮質,脳梁,視床,大脳基底核,脳室境界部など幅広い脳領域で,対照群と比して,PASC群で神経炎症が有意に増加していた(図2).また,神経炎症と血管機能障害に関連するマーカー(フィブリノゲン,α2マクログロブリン,orosomucoid,fetuin A,sL-selectin,pentraxin-2)との間に有意な正の相関が認められた.以上より,神経炎症と血管の機能障害との相互作用が,PASCの病態に関与する可能性が示唆された.
bioRxiv. October 20, 2023.(doi.org/10.1101/2023.10.19.563117)



◆COVID-19患者脳では老化細胞が増加する.
老化細胞溶解療法(senolytic therapy)とは,脳内の老化細胞を除去し,加齢に関連するさまざまな疾患を予防・緩和することを目的とした新しい治療法で,アルツハイマー病などで検討されている.オーストラリアから,重症COVID-19患者の死後脳では,対照群と比較して,老化細胞が増加していることが報告された.ヒト脳オルガノイドにSARS-CoV-2ウイルスを感染させると,細胞老化が誘導され,トランスクリプトーム解析によりSARS-CoV-2特有の炎症の存在が示された.感染した脳オルガノイドの細胞老化を抑制すると,ウイルスの複製が阻害され,異なる神経細胞集団における老化が抑制された.ヒトACE2過剰発現マウスにおいて,NavitoclaxやD+Q,Fisetinといった老化抑制剤を使用すると,COVID-19の臨床転帰を改善し(図3),ドパミン作動性ニューロンの生存を促進し,ウイルスおよび炎症性遺伝子の発現を抑制した.以上より,SARS-CoV-2による神経病理において,細胞老化が重要な役割を担っていること,そして老化防止剤が有効である可能性が示唆された.
Nat Aging (2023). https://doi.org/10.1038/s43587-023-00519-6



◆3回のワクチン接種によりlong COVIDは73%抑制できる.
スウェーデンからCOVID-19の一次ワクチン接種(初回2回+ブースター接種)のLong COVIDに対する有効性を調査した研究が報告された.対象は感染者58万9722人.一次ワクチン接種者29万9692人のうち,追跡調査中にPCCと診断されたのは1201人(0.4%)であったのに対し,ワクチン未接種者29万0030人のうちPCCと診断されたのは4118人(1.4%)であった.つまりワクチン接種はPCCリスクの低下と関連しており(調整ハザード比0.42,95%CI 0.38~0.46),ワクチン接種による抑制効果は58%であった(図4).1回,2回,3回以上接種の効果は,それぞれ21%,59%,73%であった.以上より,感染前のCOVID-19ワクチン接種によりlong COVIDのリスクを減少できることが示された.
BMJ. 2023 Nov 22;383:e076990.(doi.org/10.1136/bmj-2023-076990)



◆ニルマトルビル・モルヌピラビルはlong COVID発症を低下させるが,その効果は小さい.
米国の65歳以上の高齢者を対象として抗ウイルス薬のニルマトルビル(パクスロビド)とモルヌピラビル(ラゲブリオ)が,long COVIDの発症を抑制するか検討した研究が報告された.外来患者397万5690人のうち,57%が対象となった.このうち19.5%でニルマトルビルが,2.6%でモルヌピラビルが使用された.PCC発症率はニルマトルビル群で11.8%,モルヌピラビル群で13.7%,無治療群では14.5%であり,絶対リスク減少率はそれぞれ2.7%,0.8%であった(ハザード比は0.87,0.92).ワクチン接種の有無については考慮されていないという限界はあるが,感染後の抗ウイルス薬によるlong COVIDの抑制効果はあっても小さいと考えられた.
JAMA Intern Med. Oct 23, 2023.(doi.org/10.1001/jamainternmed.2023.5099)

◆パクスロビドは31あるlong COVID症状のほとんどを抑制できない.
ニルマトルビル(パクスロビド)によるlong COVID発症抑制効果を米国退役軍人において検討した研究が報告された.対象は9593人(男性86%,66歳)で17.5%はワクチン未接種であった.静脈血栓塞栓症および肺塞栓症の複合リスクの低下(サブハザード比,0.65)を除き(図5),ほとんどのPCC症状の罹患率において,治療群と対照群との間に差を認めなかった.著者は複合血栓塞栓イベントについても,多くのアウトカムを評価した結果,偶然に偽の相関が生じた可能性を議論している.
Ann Intern Med. 2023 Oct 31.(doi.org/10.7326/M23-1394)



◆ボルチオキセチンはCRPで調整すると認知機能を改善する.
カナダから,ボルチオキセチンがPCC患者の症状およびQoLへの効果を検討した研究が報告された.ボルチオキセチンはセロトニン(5-HT)の再取り込み阻害作用と5-HT受容体活性を直接調節する5-HT1A受容体刺激作用,5-HT1B受容体部分的刺激作用,5-HT3,5-HT1D,および5-HT7受容体拮抗作用などを有している.ボルチオキセチン群75名または偽薬群74名に割り付けた.主要評価項目は,数字符号置換検査(Digit Symbol Substitution Test:DSST)とした.これは注意力,集中力,短期記憶力など,複数の認知機能を必要とする操作を行わせて情報処理能力を評価する検査である.結果は,認知機能に有意差はなかった(p = 0.361).しかし完全調整モデルでは,ベースラインのCRPをモデレーターとした場合,ボルチオキセチンの有効性が示された(p = 0.012).さらにCRPが平均値以上の患者において,DSSTスコアの有意な改善が認められ(p = 0.045:図6),うつ症状(p<0.001)およびHRQoL(p<0.001)でも改善が得られた.
Brain, 2023;, awad377(doi.org/10.1093/brain/awad377)







この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 猫同士,276の表情をつかって... | TOP | FTLD-FUSからFTLD-FETへ:TAF... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | COVID-19