今回のキーワードは,WHOの診断基準を満たすlong COVID患者のうち2年間で回復するのは7.6%とまれ,long COVIDの機序として,ゴナドトロピン放出ホルモンニューロンの障害が発見された,感染前のワクチン接種はlong COVIDを減少させるが,感染後の接種の効果は乏しい,ワクチン接種は炎症性サイトカイン・ケモカインを抑制するものの,ウイルス持続感染による炎症は抑制しきれない,モルヌピラビル(ラブゲリオ®)と比べ,リトナビル添加ニルマトルビル(パキロビッド®)の抗ウイルス効果は大幅に大きい,です.
Long COVIDは2年間の長期経過観察でも回復例は少ないと報告されました.Long COVIDの治療として期待されているのは,COVID-19ワクチン,抗ウイルス薬,メトホルミンです.このなかで感染後のワクチン接種は,今回紹介するメタ解析の結果から,あまり期待できないようです.その理由として,2回のワクチン接種ではウイルス持続感染とそれに伴う炎症反応を抑制できないようです.また抗ウイルス薬も,モルヌピラビルはウイルス除去率が低く,ウイルスを死滅させずに変異をもたらしてしまうことがあるようで,使用する場合はリトナビル添加ニルマトルビルが良さそうです.進行中の米国の臨床試験(PaxLC clinical trialやPECOVER VITAL試験)もニルマトルビルを用いています.
◆WHOの診断基準を満たすlong COVID患者のうち2年間で回復するのは7.6%とまれ.
スペインからの2年間の前向きコホート研究が報告された.WHOの診断基準を満たすlong COVID患者341人を対象とし,中央値23ヵ月の追跡を行った.診断時に,頭痛の既往,頻脈,疲労,神経認知および神経過敏性愁訴,呼吸困難があることは,long COVIDの発症の予測因子であった.追跡中に回復したのは26人(7.6%)のみで,そのほとんど(24人)は,主に疲労を呈する症状の軽いクラスターに属していた.逆に,筋痛,注意力低下,呼吸困難,頻脈を呈した患者は回復しにくかった.
Lancet Reg Health. Sep 04, 2023(doi.org/10.1016/j.lanepe.2023.100724)
◆long COVIDの機序として,ゴナドトロピン放出ホルモンニューロンの障害が発見された.
ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の喪失とアルツハイマー病などの病的老化による認知機能障害との間に因果関係があることが報告されている.またLong COVIDの一部の男性では,低テストステロン血症を認めることから,long COVIDの認知機能障害にGnRH系神経細胞の障害が関与する可能性を検討した研究がフランスから報告された.死後の患者脳とヒト胎児組織を検討に用いた.まず一部の男性における持続性低テストステロン血症は視床下部由来であることが示された.機序として,嗅覚神経細胞とTanycyte(視床下部の多機能グリアで,神経新生を通して摂食や体重,エネルギー代謝を制御している)への感染が考えられた.また感染したGnRHニューロンは,検索したすべての患者脳でアポトーシスを来して死滅し(図1),GnRH発現が劇的に減少していた.胎児のGnRHニューロンもまた感染による障害を受けていた.以上より,GnRHニューロンおよびTanycyteの障害は,long COVIDにおける神経発達障害や神経変性疾患リスク上昇につながる可能性が示唆された.
eBioMedicine. Sep 12, 2023(doi.org/10.1016/j.ebiom.2023.104784)
◆感染前のワクチン接種はlong COVIDを減少させるが,感染後の接種の効果は乏しい.
COVID-19ワクチン接種のlong COVIDに対する効果を検討するためのメタ解析が報告された.2回接種は,非接種および1回接種と比較し,long COVIDのリスクを低下させた(オッズ比0.64および0.60)(図2).2回接種は,非接種と比較して,疲労および呼吸器障害のリスクが低かった(オッズ比0.62および0.50).Long COVID患者のうち,20.3%はワクチン接種後2週間から6ヵ月後に症状の改善を認めたものの,54.4%は症状の改善を認めなかった.以上より,感染前のワクチン接種は,long COVIDのリスク低下と関連するが,long COVID患者の多くは接種により改善しないことが示された.
Vaccine. 2023 Mar 10;41(11):1783-1790.(doi.org/10.1016/j.vaccine.2023.02.008)
◆ワクチン接種は炎症性サイトカイン・ケモカインを抑制するものの,ウイルス持続感染による炎症は抑制しきれない.
カナダからCOVID-19ワクチン接種のlong COVIDへの効果を,前方視的に検討したコホート研究が報告された.ワクチン接種はlong COVIDの症状数を減らし(6.56±3.1→3.92±4.02;p<0.001),罹患臓器数も減らした(3.19±1.04→1.89±1.12,p<0.001).さらにsCD40L,GRO-⍺,MIP-1⍺,IL-12p40,G-CSF,M-CSF,IL-1β,SCFといった血漿の全身性炎症マーカーが有意に低下した.しかしSARS-CoV-2ウイルスに対する免疫反応性は消失せず,一定レベルで持続し,ワクチン接種により増強した.スパイクS1抗原は1回ないし2回のワクチン接種では除去されず(図3),主に非古典的単球(CD14の低レベルの発現,およびCD16受容体の発現)中に残存していた.以上より,ワクチン接種は全身性炎症を減少させるものの,一方でウイルス産物が持続して観察され,それが非古典的単球を介する炎症の持続に関与している可能性が示唆された.
Int J Infect Dis. 2023 Sep 15:S1201-9712(23)00720-8.(doi.org/10.1016/j.ijid.2023.09.006)
◆モルヌピラビル(ラブゲリオ®)と比べ,リトナビル添加ニルマトルビル(パキロビッド®)の抗ウイルス効果は大幅に大きい.
2つの抗ウイルス薬の効果を比較した研究がタイから報告された.対象はCOVID-19の初期症状(症状発現4日未満)を有する低リスクの成人患者とした.モルヌピラビル群65人,リトナビル添加ニルマトルビル群59人,試験薬なし群85人に割り付けた.ウイルス除去率はモルヌピラビル群では37%,ニルマトルビル群で84%であった.ウイルス除去半減期は,モルヌピラビル群11.6時間,ニルマトルビル群8.5時間,試験薬なし群15. 5時間であった(図4).ウイルスのリバウンド率は,モルヌピラビル群2%,ニルマトルビル群10%,試験薬なし群1%であった.ウイルス変異はモルヌピラビル群の持続感染で3/9例と多く,ニルマトレルビル群は0/3例,試験薬なし群0/18例であった.以上より,モルヌピラビルと比べ,リトナビル添加ニルマトルビルの抗ウイルス効果は大幅に大きいことが分かった.
Lancet Infect Dis. Sep 28, 2023(doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00493-0)
モルヌピラビルは,複製中のウイルスゲノムに突然変異を誘発することで効果を発揮する.ほとんどのランダム変異はウイルスにとって有害であるため,多くは致死的である.しかしモルヌピラビルで治療された患者がSARS-CoV-2感染を完全に治癒できない場合,変異したウイルスが外部に伝播する可能性がある.英国から,SARS-CoV-2の塩基配列データベースを検討した結果が報告され,モルヌピラビルが導入された2022年から,モルヌピラビルが広く使用されている国や年齢層で,ウイルス変異が多く出現していることが報告されている.
Nature (2023).(doi.org/10.1038/s41586-023-06649-6)
Long COVIDは2年間の長期経過観察でも回復例は少ないと報告されました.Long COVIDの治療として期待されているのは,COVID-19ワクチン,抗ウイルス薬,メトホルミンです.このなかで感染後のワクチン接種は,今回紹介するメタ解析の結果から,あまり期待できないようです.その理由として,2回のワクチン接種ではウイルス持続感染とそれに伴う炎症反応を抑制できないようです.また抗ウイルス薬も,モルヌピラビルはウイルス除去率が低く,ウイルスを死滅させずに変異をもたらしてしまうことがあるようで,使用する場合はリトナビル添加ニルマトルビルが良さそうです.進行中の米国の臨床試験(PaxLC clinical trialやPECOVER VITAL試験)もニルマトルビルを用いています.
◆WHOの診断基準を満たすlong COVID患者のうち2年間で回復するのは7.6%とまれ.
スペインからの2年間の前向きコホート研究が報告された.WHOの診断基準を満たすlong COVID患者341人を対象とし,中央値23ヵ月の追跡を行った.診断時に,頭痛の既往,頻脈,疲労,神経認知および神経過敏性愁訴,呼吸困難があることは,long COVIDの発症の予測因子であった.追跡中に回復したのは26人(7.6%)のみで,そのほとんど(24人)は,主に疲労を呈する症状の軽いクラスターに属していた.逆に,筋痛,注意力低下,呼吸困難,頻脈を呈した患者は回復しにくかった.
Lancet Reg Health. Sep 04, 2023(doi.org/10.1016/j.lanepe.2023.100724)
◆long COVIDの機序として,ゴナドトロピン放出ホルモンニューロンの障害が発見された.
ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の喪失とアルツハイマー病などの病的老化による認知機能障害との間に因果関係があることが報告されている.またLong COVIDの一部の男性では,低テストステロン血症を認めることから,long COVIDの認知機能障害にGnRH系神経細胞の障害が関与する可能性を検討した研究がフランスから報告された.死後の患者脳とヒト胎児組織を検討に用いた.まず一部の男性における持続性低テストステロン血症は視床下部由来であることが示された.機序として,嗅覚神経細胞とTanycyte(視床下部の多機能グリアで,神経新生を通して摂食や体重,エネルギー代謝を制御している)への感染が考えられた.また感染したGnRHニューロンは,検索したすべての患者脳でアポトーシスを来して死滅し(図1),GnRH発現が劇的に減少していた.胎児のGnRHニューロンもまた感染による障害を受けていた.以上より,GnRHニューロンおよびTanycyteの障害は,long COVIDにおける神経発達障害や神経変性疾患リスク上昇につながる可能性が示唆された.
eBioMedicine. Sep 12, 2023(doi.org/10.1016/j.ebiom.2023.104784)
◆感染前のワクチン接種はlong COVIDを減少させるが,感染後の接種の効果は乏しい.
COVID-19ワクチン接種のlong COVIDに対する効果を検討するためのメタ解析が報告された.2回接種は,非接種および1回接種と比較し,long COVIDのリスクを低下させた(オッズ比0.64および0.60)(図2).2回接種は,非接種と比較して,疲労および呼吸器障害のリスクが低かった(オッズ比0.62および0.50).Long COVID患者のうち,20.3%はワクチン接種後2週間から6ヵ月後に症状の改善を認めたものの,54.4%は症状の改善を認めなかった.以上より,感染前のワクチン接種は,long COVIDのリスク低下と関連するが,long COVID患者の多くは接種により改善しないことが示された.
Vaccine. 2023 Mar 10;41(11):1783-1790.(doi.org/10.1016/j.vaccine.2023.02.008)
◆ワクチン接種は炎症性サイトカイン・ケモカインを抑制するものの,ウイルス持続感染による炎症は抑制しきれない.
カナダからCOVID-19ワクチン接種のlong COVIDへの効果を,前方視的に検討したコホート研究が報告された.ワクチン接種はlong COVIDの症状数を減らし(6.56±3.1→3.92±4.02;p<0.001),罹患臓器数も減らした(3.19±1.04→1.89±1.12,p<0.001).さらにsCD40L,GRO-⍺,MIP-1⍺,IL-12p40,G-CSF,M-CSF,IL-1β,SCFといった血漿の全身性炎症マーカーが有意に低下した.しかしSARS-CoV-2ウイルスに対する免疫反応性は消失せず,一定レベルで持続し,ワクチン接種により増強した.スパイクS1抗原は1回ないし2回のワクチン接種では除去されず(図3),主に非古典的単球(CD14の低レベルの発現,およびCD16受容体の発現)中に残存していた.以上より,ワクチン接種は全身性炎症を減少させるものの,一方でウイルス産物が持続して観察され,それが非古典的単球を介する炎症の持続に関与している可能性が示唆された.
Int J Infect Dis. 2023 Sep 15:S1201-9712(23)00720-8.(doi.org/10.1016/j.ijid.2023.09.006)
◆モルヌピラビル(ラブゲリオ®)と比べ,リトナビル添加ニルマトルビル(パキロビッド®)の抗ウイルス効果は大幅に大きい.
2つの抗ウイルス薬の効果を比較した研究がタイから報告された.対象はCOVID-19の初期症状(症状発現4日未満)を有する低リスクの成人患者とした.モルヌピラビル群65人,リトナビル添加ニルマトルビル群59人,試験薬なし群85人に割り付けた.ウイルス除去率はモルヌピラビル群では37%,ニルマトルビル群で84%であった.ウイルス除去半減期は,モルヌピラビル群11.6時間,ニルマトルビル群8.5時間,試験薬なし群15. 5時間であった(図4).ウイルスのリバウンド率は,モルヌピラビル群2%,ニルマトルビル群10%,試験薬なし群1%であった.ウイルス変異はモルヌピラビル群の持続感染で3/9例と多く,ニルマトレルビル群は0/3例,試験薬なし群0/18例であった.以上より,モルヌピラビルと比べ,リトナビル添加ニルマトルビルの抗ウイルス効果は大幅に大きいことが分かった.
Lancet Infect Dis. Sep 28, 2023(doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00493-0)
モルヌピラビルは,複製中のウイルスゲノムに突然変異を誘発することで効果を発揮する.ほとんどのランダム変異はウイルスにとって有害であるため,多くは致死的である.しかしモルヌピラビルで治療された患者がSARS-CoV-2感染を完全に治癒できない場合,変異したウイルスが外部に伝播する可能性がある.英国から,SARS-CoV-2の塩基配列データベースを検討した結果が報告され,モルヌピラビルが導入された2022年から,モルヌピラビルが広く使用されている国や年齢層で,ウイルス変異が多く出現していることが報告されている.
Nature (2023).(doi.org/10.1038/s41586-023-06649-6)