Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(11月6日)  

2021年11月06日 | 医学と医療
今回のキーワードは,mu株は自然感染やワクチンに耐性を示す?long COVIDの原因としてウイルスの中枢神経持続性感染の可能性は低い,brain fogは入院患者の7.2%に認め,女性,発症時の呼吸器系の症状,ICU入室が危険因子である,brain fogでは前帯状皮質の低代謝を呈しうる,嗅覚障害は嗅覚神経や嗅球に感染していなくても支持細胞の障害により発症する,です.

Long COVIDの神経症状,つまりbrain fogや記憶障害,疲労などを改善する治療法の確立を目指して,さまざまな試みが開始されています.今回,2番目の論文に示すように,少なくとも中枢神経における持続感染の可能性はかなり低いことが報告されました.また3番目の論文に示すように,brain fogの危険因子が女性や感染時に重症であることが明らかにされました.当初,SARS-CoV-2ウイルスは神経細胞に感染すると考えられましたが,最後の論文でご紹介するようにその可能性はどうも低いようです.そうなると直接感染ではなく,やはりサイトカインや自己抗体,血液脳関門の破綻といった間接的な障害が主体で,そこに発症前からの宿主要因(精神的な素因や認知機能)が病状を修飾するのだろうと思われます.重要な課題は病態を解明して,それを踏まえたバイオマーカーを確立することだと思います.

◆ mu株は自然感染やワクチンに耐性を示す?
2021年9月の時点で,WHOは懸念される4つのバリアント(アルファ[B.1.1.7],ベータ[B.1.351],ガンマ[P.1],デルタ[B.1 .617.2とAY])と,5つの注目すべきバリアント(eta[B.1.525],ι[B.1.526],kappa[B.1.617.1],lambda[C.37],mu[B.1.621])を報告している.mu株は2021年1月11日に初めてコロンビアで分離された.その後,3月から7月にかけて感染者が急増したが,その初期段階ではガンマ株が優勢であったものの,5月にはmu株優位となり,その後も割合は増加した(図1A;ただし感染者数は減少している).mu株では感染率や病原性,免疫反応に対する耐性が高まる可能性がある.このため本邦から,自然感染やワクチン接種によって誘導される抗体に対するmu株の感受性(耐性)を評価した研究が報告された.まずmu株やその他の株のスパイクタンパク質を有する疑似ウイルスを作成した.パンデミック初期(2020年4月~9月)に感染した患者13名の血清サンプルを用いてウイルス中和アッセイを行ったところ,mu株はD614G変異を持つB.1系統の親ウイルスの10.6倍の中和耐性を示した(図1B).またファイザーワクチンを接種した14人の血清を用いたところ,親ウイルスと比べて9.1倍の中和耐性を示した(図1C).これまで最も耐性が高かったbeta株に比べて,回復期患者血清では2倍,ワクチン血清では1.5倍の耐性を示した.結論として著者らは,mu株は自然感染やファイザーワクチンにより誘発される抗体に対して顕著な耐性を示し,今後の驚異になる可能性があると述べている.日本でも検疫で検出されたと報道されているが,さらなる流入を防止するなど十分な備えが必要である.→ とはいうものの,コロンビアの感染者数は7月以降大きく減少し抑制されている.つまりワクチンはmu株に有効で,実臨床と実験結果に解離があるようにも思える(現在,接種率が増加中で1回以上が60%となっている).
New Engl J Med. Nov 3, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMc2114706)



◆long COVIDの原因としてウイルスの中枢神経持続性感染の可能性は低い.
COVID-19急性期の精神・神経症状の病態機序は,炎症,低酸素,脱水,ブドウ糖代謝異常,薬剤の影響などで説明できる.しかしlong COVIDはまったく不明である.可能性としてはウイルス潜伏感染,自己免疫,さらには感染後の持続的な構造的・機能的・代謝的変化,あるいは精神的・社会的ストレスなどが指摘されている.今回,ドイツからSARS-CoV-2ウイルスが中枢神経系に持続的に感染しうるかどうかを検討した論文が報告された.このため診断後1~30日目(n=12),31~90日目(n=8),そして90日以降(n=20:つまりlong COVID群)の脳脊髄液を集積した.long COVID群の患者は急性期の症状は軽度であったが,認知障害が主な訴えとなっていた.年齢の中央値は50歳であった.脳脊髄液SARS-CoV-2 RNAはすべての患者で検出されなかった.また血清および脳脊髄液中の抗SARS-CoV-2抗体の経時変化を調べると,血清中の抗SARS-CoV-2抗体(図2A),および脳脊髄液中の抗SARS-COV-2抗体(図2B)は経時的に有意に減少した.また抗SARS-CoV-2脳脊髄液Alb indexを検討しても,髄腔内で産生された抗体を確認できなかった.以上より,脳脊髄液中にSARS-CoV-2が存在する証拠はなく,long COVIDの神経症状の原因として,中枢神経系の持続的な感染は否定的と考えられた.ただしサンプルサイズが小さいこと,髄液PCRでは脳組織に潜伏感染しているウイルスを検出できない可能性もあることから,完全には可能性を否定できないと述べている.やはりlong COVIDに特異的な診断バイオマーカーの確立が望まれる.
Ann Neurol. Nov 01, 2021(doi.org/10.1002/ana.26262)



◆brain fogは入院患者の7.2%に認め,女性,発症時の呼吸器系の症状,ICU入室が危険因子である.
イランから大規模コホートにおいて,brain fogの頻度と,その発生に関わる危険因子を検討した研究が報告された.2020年2月から11月までの成人入院患者(18~55歳)を対象とした.退院から少なくとも3カ月後に電話で現在の情報を得た.2696人の患者が組み入れ基準を満たし,1680人(62.3%)がlong COVIDと考えられた.brain fogは194名(7.2%)で認められた.危険因子に関しては,女性(OR:1.4),発症時の呼吸器系の症状(OR:1.9),集中治療室(ICU)入室(OR:1.7)がbrain fogと有意に関連していた.既報でも女性とICU入室が独立した危険因子であることが示されている.女性が危険因子であることの理由を明らかにすることは次の重要なステップである.またICU入室については重症であることがbrain fogの重要な危険因子であることを示唆している.つまりより重篤な免疫反応や積極的な治療が病態に関与している可能性がある.
J Med Virol. 2021 Oct 21. (doi.org/10.1002/jmv.27404)

◆brain fogでは前帯状皮質の低代謝を呈しうる.
最新の報告ではないが,前記論文に引用されていた見落としていたlong COVID論文があったので紹介したい.Brain fogや遂行機能障害を呈し,FDG-PETにて帯状皮質の低代謝を示した2症例が報告されていた.症例1は45歳男性.2020年3月に咳,発熱で発症.徐々に記憶障害,思考の遅延,倦怠感,不安,抑うつ,無嗅覚症を呈した.10月,エピソード記憶と視空間記憶,遂行機能障害を認めた.症例2は43歳女性.2020年5月に咳,発熱,疲労で発症.8月に全身倦怠感,記憶障害,言語障害が出現した.2021年1月,エピソード記憶と遂行機能障害が明らかになった.画像検査では2症例とも頭部MRIは正常.PETでは症例1では,前帯状皮質と後帯状皮質,楔前部に,症例2では,前帯状皮質に低代謝領域が認められた(図3).前帯状皮質と後帯状皮質はさまざまな認知機能(感情,記憶,抑うつ,行動決定など)に関与しており,患者に認めた症状を説明できる可能性がある.著者はCOVID患者が認知機能障害を呈した場合,PETによる脳代謝を評価することを勧めている.
J Neurol. 2021 Jun 18:1–3.(doi: 10.1007/s00415-021-10655-x)



◆嗅覚障害は嗅覚神経や嗅球に感染していなくても,支持細胞の障害により発症する.
ドイツからの報告.死後のベッドサイドで,呼吸器粘膜,嗅覚粘膜,および嗅球を内視鏡的に採取する手術法が開発された.85症例のコホートには,SARS-CoV-2ウイルスに感染してから数日後に死亡した患者が含まれており,この期間であればウイルスがまだ複製されている間に検出することが可能であった.検索の結果,呼吸器系粘膜におけるSARS-CoV-2ウイルスの主な標的細胞は繊毛細胞であった.また嗅覚粘膜の主な標的細胞は,支持細胞(sustentacular cell)であった.また嗅覚神経細胞への感染は認められず,嗅球実質の細胞も感染してなかった(図4).このように,SARS-CoV-2ウイルスは神経向性(neurotropism)を示すウイルスではないものと考えられる.著者らはCOVID-19で嗅覚障害が生じるのは,支持細胞からのサポートが不十分となることが原因であると推測している.嗅覚ニューロンは,直接ウイルスが感染しなくても影響を受けるものと考えられる.
Cell. Nov 3, 2021.(doi.org/10.1016/j.cell.2021.10.027)





この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« IL-8は脳内持続炎症のマーカ... | TOP | 大人のための教育理論とは »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 医学と医療