本日はネタバレ全開です。ご注意を!!
■ ガンダムを安彦良和の視点で再構築する ■
このブログでも何度かガンダムを取り上げようと思ったのですが、
ガンダムを語る事は意外に難しい。
1979年に放送されて以来33年が経過しました。
その間にガンダム世代の私達は成人し、
放送当時、アムロの視点で見ていた作品世界を、
今ではシャーやブライトの視点で眺める様になっています。
昔はオヤジに叩かれると、
「殴ったね 親父にもぶたれたこと無いのに」と脳内テロップが流れたものですが、
今では、子供を殴りたい気持を必死で堪えながら、
「殴られもせずに1人前になった奴がどこにいるものか。」と心の中で呟きます。
そんなオヤジ・ガンダム世代に必読なのが、
安彦良和氏が描く「軌道戦士ガンダム THE」ORIGIN」です。
この度、23巻にてようやくア・バオア・クーが陥落し、
長かった1年戦争が終結しました。
ガンダムは監督である富野由悠季の作品と解釈されますが、
作画を担当していた安彦良和との相克の中から
あの物語が誕生したのではないかと私は考えています。
感覚的に物を考える富野氏に対して、
安彦氏は非常にインテリです。
安彦氏は学園紛争が盛んな時代に弘前大学に入りますが、
学生運動に傾倒するあまり大学を除籍。
プロレタリアート(労働者)の職業として
印刷工になろうとしますが、直ぐに挫折します。
そんな人間に一番似合っているダメな職業としてアニメの世界に入ります。
当時のアニメの現場は、過酷を極め、正に肉体労働状態だったと言います。
そんな理由で仕事を選ぶ事自体が、
頭で物を考える人間の、典型的な行動様式とも言えます。
一方、富野氏は皆さんもTV等でおなじみの様に、
もう言っている事も良く分からない・・。
何か自身の信念に突き動かされて作品を造りますが、
それらが常識の向こう側、
人間の生き物としての真理の領域に転げ落ちそうになります。
ガンダムでも後半は「ニュータイプ」が物語の中心になります。
ところが、安彦氏は「ニュータイプ」に疑問的でした。
そんな確執もあってか、安彦良和は体調を壊し、
TVシリーズの後半の作画に参加できない事もあった様です。
(映画版は安彦氏が大幅に書き直しています)
二人の対談がネットにアップされていました。
とても興味深いので紹介します。
ガンダムエースでの対談の抜粋の様です。
「トボフアンカル・ミニ・メディア(T:M:M)」http://d.hatena.ne.jp/tobofu/20090728/1248776734
安彦良和が角川書店の企画で始めたのが、
オリジナルガンダムを漫画で描くという
「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」。
安彦氏はこの企画を「ガンダムは富野さんの作品」と断っていた様ですが、
富野氏が「自分も楽しみにしているから好きにアレンジして欲しい」と
言った事がきっかけで、「THE ORIGIN」がスタートします。
安彦氏自身、オリジナルガンダムに対する思いは相当に強く、
最初はオリジナルガンダムに現代風のディテールを加える程度の作品が、
次第にオリジナルガンダムの隠された真意を掘り出す作業に変化して行きます。
「THE ORIGIN」は安彦良和の視点で描かれた「もうひとつのガンダム」であり、
そして、ガンダムに隠されていた思想的背景を全面に押し出した、
「大人の鑑賞に充分堪えるガンダム」とも言えます。
■ 過去編の追加で「ジオン成立史」を描き切る ■
「THE ORIGIN」が単なるファースト・ガンダムのリメイクでない事が宣言されたのは、
「ジオン公国」の成立前史を描いた過去編からです。
「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀が過ぎていた。地球の周りの巨大な人工都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。
宇宙世紀0079、地球から最も遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた。この一ヶ月あまりの戦いでジオン公国と連邦軍は総人口の半分を死に至らしめた。」
このあまりにも有名なファーストガンダムの最初のナレーションに集約された
ジオン公国の成立史を、「歴史家」安彦良和の始点で構築する事が、
「THE ORIGIN」を承諾した安彦良和氏の真の狙いだったとも言えます。
この「過去編」を描く事で、ガンダムはアムロ・レイの成長の物語から、
シャーとセイラの復讐の物語に変容します。
■ 明かされたザビ家との確執と、ランバ・ラルの忠誠 ■
「過去編」ではキャスパル(シャー)とアルテイシア(セイラ)の、
そしてザビ家の面々の過去が詳らかにされてゆきます。
地球に収奪されていると感じていた宇宙移民達は、
「宇宙移民は進化した人類である」というジオン・ダイクンの演説に熱狂します。
しかし、安彦の描くジオン・ダイクンは、恐妻家で、
思想家として「同士」である妻に炊きつけられて、
扇動的な演説を考える日々を送ります。
一方、子供の居なかった正妻とは別に、妾を囲っています。
彼女は正妻も公認していて、
ダイクンの血筋を残せない自分の身代わりと彼女を見下しています。
そして妾の子供達がキャスパルとアルテーシアでした。
ジオン・ダイクンの穏健なやり方では
地球には太刀打ちできないと考えたデギン・ザビは、
ジオン・ダイクンを毒殺し、政権をその手中に収めます。
デギンには優秀が子供達が大勢居ました。
切れ者で陰謀家のギレン。
活発で気の強いキシリア。
人情家のドズル。
その他にもギレンと対立する長子が居ます。
彼らは権力の中枢を握り、ジオンはザビ家の独裁の様相を呈して来ます。
■ 幽閉されたキャスパルとアルテイシア ■
一方ダイクンの子供キャスパルとアルテイシアは母親と共に幽閉されます。
ジオン公国の思想的柱であるダイクンの遺児として、
政治的価値の高い二人を、デギンは手駒として将来利用しようとしたのです。
キャスパルは幼くしてその利発さは大人顔負けでした。
父を殺したザビ家を決して許す事無く、キシリアにも反抗的です。
キシリアはキャスパルを恐れます。
将来、彼がザビ家に禍根を為すことを予見していたのです。
そんなキャスパルとアルテイシアを地球に逃すのが、
退役軍人であったランバ・ラルです。
ラルの配下には、かつて情報機関に居たと思われるハモンや、
TVシリーズでもお馴染みのラルの部下達が集っています。
彼らはザビ家を出し抜いて、幼きキャスパルとアルテイシアを地球に逃します。
そして、地球で彼らを引き取ったのが、マス家だったのです。
しかし地球も安住の地ではありませんでした。
キシリアの追っ手を逃れ、彼らは再びスペースコロニーへと旅立ちます。
後にTV版でテキサスコロニーとして紹介される、
開発コロニーでキャスパルはシャー・アズナブルと出会います。
おっと、これ以上は・・・・。
■ シャーの復讐が始まる ■
シャー・アズナブルとしてジオンの士官学校に入学したキャスパルは、
そこでガルマ・ザビと出会います。
ガルマはザビ家の一員として、優秀である事を求められますが、
いつもシャーに勝てません。
シャーにライバル心むき出しのガルマですが、そこはお人好しのガルマだけあって、
ある事件をきっかけに、シャーを無二の親友と思う様になります。
シャーもガルマを嫌いでは無いようで、何かと面倒を見ています。
そんな二人の士官学校の校長がドズルです。
ドズルが又一本気で人が良い。
ギレンやキシリアとは正反対の二人に、
読者は子供の頃から植え付けられていた「ザビ家憎し」のマインドコントロールを
徐々に解かれてゆきます。
ところがシャーの復讐は既に士官学校時代に始まっているのです。
地球連邦との緊張が高まる中で、
士官学校生達が、地球連邦軍の駐屯所を急襲します。
ガルマを筆頭とした部隊ですが、計画はシャーが立てています。
この事件をきっかけにして、地球とジオンの対立は決定的な物となります。
さて、この事件の最中、校長であるドズルを拘束する役目を担ったのが
なんと後にドズルの妻となる若き日のゼナであ事は、
ファンに対する最高のサービスでしょう。
■ モビルスーツ開発史をも網羅 ■
「THE ORIGIN」のもう一つの魅力は、
大河原事務所によるメカデザインのリファインです。
30年という月日を経て、さすがにガンダムやホワイトベースや
その他のメカデザインは古さを感じます。
そこで、ファーストガンダムのメカデザインを担当した
大河原邦彦の事務所がデザインをリファインしています。
さらに、安彦良和はモビルスーツの開発秘話も明らかにしています。
モビルスーツが作業用機械から進化した事は周知の事実ですが、
高速ミノフスキー粒子を動力源とする事など新しい設定が満載です。
そして、モビルスーツ開発を一任されたドズルが
テストパイロットとして呼び寄せたのが、
何と「黒い三連星」と「赤い彗星」だったのです。
彼らの初陣がルウム戦役であり、
これによりジオンは連邦に対して圧倒的に有利に戦局を展開します。
ルウム戦役で地球連邦のデビル将軍が捕虜となりますが、
これを密かに逃走させたのは、デギンです。
デギンは宇宙戦争によるあまりにも多くの死者に密かに心を痛めています。
そして、和平を期待してレビルを逃走させたのでせす。
ところが、レビルは地球に戻るや、徹底抗戦を訴えます。
既にこの時、戦争はデギンの手を離れ、
ギレンやレビルの戦いとなって行くのです。
■ 22巻、23巻のセイラの活躍 ■
「THE OEIGIN」は、23巻でようやく終結を迎えます。
オリジナルガンダムでは後半良い所があまり無いセイラですが、
安彦良和はア・バオア・クーの攻防戦で、
最大の見せ場をセイラに用意しています。
これには痺れます。
過去編、ランバラル編と、セイラの存在感にも焦点を当て来た目的は、
このシーンの為にあったと思える程です。
とにかくオリジナルストーリーは読み飛ばしても、
サイドストールーや、新たに加えられたエピソードだけでも
「THE ORIGIN」を読む価値はあります。
■ ガンダムの歴史を発掘する「歴史家」安彦良和 ■
「THE ORIGIN」は何であるのか・・・そう聞かれたら、
「歴史家」安彦良和が、ジオン公国の成立史と、1年戦争の真の姿を
壮大なスケールで描いた、歴史エンターテーメントだと答えるでしょう。
そしてその主人公はアムロ・レイでは無く、
ジオン・ダイクンの遺児である、キャスパルとアルテーシアなのだと。
アムロは「ニュータイプ」の理想を掲げる富野のヒーローであるならば、
キャスパルとアルテーシアは、歴史に翻弄されたジオンの象徴とも言えるのです。
この壮大な歴史書を知らずして、もうオリジナルガンダムを語る事は出来ません。
最後に・・・
全編を通じて、キシリアが魅力的です。
狡猾ですが、父デギンには愛情を感じている娘らしい側面も見られます。
キシリアがギレンを殺した瞬間、キシリアは父を殺された恨みから、
直情的にギレンの頭を打ち抜いたのだと思わせる所があります。
デギンも娘のキシリアは可愛いようで、
ギレンは信用していませんが、キシリアは信用していた様です。
ガルマもキシリアには良くなついていましたし、
キシリアの親衛隊も彼女に忠誠を持って応えています。
シャーを恐れるキシリアは、シャーの中に自分と同種の何かを感じた様で、
それは一種の捩れた恋愛感情に近いものなのかも知れません。
だからキシリアは執拗にシャーを抹殺しようとし、最後は手なずけようとします。
ここら辺は読む人によって解釈が違うのでしょうが、
安彦良和のドズルやキシリアに対する愛を感じてしまうのは私だけでしょうか?