■ プレスコの魔術 ■
「プレスコ」という言葉をご存知でしょうか?
一般に洋画の吹き替えや、がアニメーションの声当てでは
動画が先にでき出来上がっていて、
映像の口の動きに合わせて、声優が声を録音して行きます。
これが「アフレコ」(アフター・レコーディング)という手法。
「プレスコ」とはプレスコアリングの略で、
映像より先に音取りをして、
その音やセリフに、後から映像を乗せてゆく演出手法です。
「アニメ」と「ミュージック・クリップ」の違いと言えば
分かり易いかもしれません。
しかし、稀にアニメの演出でプレスコの手法が取られる場合があります。
プレスコのメリットは、声優さん達が映像のリズムや時間制限から開放され、
自分の独特のリズムや間で、役を演じる事が出来る事です。
一般的なアニメの声優さんの演技が、
アニメ的なオーバー気味の演技になりがちです。
これは、アニメならではの動きやリズムの映像に、
セリフを「合わせて」しまう為に起こる現象かも知れません。
ジブリや細田守は、あえて声優を起用せずに
普通の俳優を起用する事で、
セリフのオーバーアクションを防いでいます。
しかし、これはこれで一本調子になりがちで、
所謂、「セリフの妙味」に欠ける様にも感じられます。
プレスコは声優さん達の持てる能力を最大限に引き出す上で
編み出された手法とも言えます。
音声収録時に映像が無いので、
声優は最大のイメージ力と、テクニックを駆使する事を要求されます。
今期のアニメ「夏雪ランデブー」を演出する松尾衡は
このプレスコというテクニックを駆使する演出家です。
■ 出だしの1分で今期最高を確信 ■
銭湯に寄った帰り道、花屋で植木鉢を買うのが最近の日課になりつつある。
寅さんだってマドンナにもう少し分かり易くアプローチできる。
「毎度」「毎度」名前すら知らないのに、
確認するだけ、緑が生い茂る様に、
保留の気持が育ってゆく。
育ってしまう。
つり銭を受け取るだけの痛々しい安上がりな満足。
反芻しながら夜を待つ。
「何だよあの絆創膏、カワイ過ぎるんですけど・・・」
「ううか、突っ込んだら広がったのかな・・・話題・・・」
狭苦しい四畳半一面に散らかる鉢植えの中で、
目つきの悪い青年がビール片手に悶々と花やの店主を思う・・
このシーンだけで、ウワーーーァーー、
松尾衡だぁーーーって感動してしまう私は、単なる中年アニメバカ。
根暗なモノローグに日常の会話がさり気なく絡み、
絶妙なリズムを生み出すこの冒頭シーンだけで、
今期最高のアニメである事を確信させます。
■ 花屋の未亡人に恋した若者の試練とは・・ ■
ここからネタバレ注意
目つきの悪い冴えない青年・葉月(はづき)亮介は
花屋の女店長 島尾六花(ろっか)に一目惚れ。
毎日、風呂屋の帰りに鉢植えを一鉢買って、
つり銭を受け取るだけの関係が続いています。
そんな折、「アルバイト募集」の張り紙に応募して
店で働く様になりますが。
店長の六花は8歳年上。
彼女には人には浮いた話一つ無く、
恋愛は卒業と割り切っている様子。
根暗なバイト君が告白できるはずも無く、
彼の悶々指数は日々上昇するばかり。
そんな折、彼女の自宅に手伝いに呼ばれた彼は、
そこで上半身裸の若い男性と遭遇します。
あわてた飛び出した彼を追ってきた六花に
「とぼけ過ぎはウザイですよ。
って言うか、やり方雑過ぎ」と吐き捨てます。
「もしかして具合悪いとか?」と悪びれる様子無い彼女・・。
開始後6分で、バイト君の恋は儚くも終わりを迎えます。
翌日、花屋の女性店員の送別会で彼女の家に行ったバイト君。
昨日の失恋の痛手で、彼女と同じ部屋にいるのすら苦痛な様子。
思わず、タバコを吸いにベランダに出ると、
そこに居たのです・・・。
昨日の彼氏が・・・。
彼は3年前からここに居るといいます。
自分は彼女のダンナだったと。
ダンナ・・・だった・・・と。
ン? 何で過去形?
そう、彼は六花の死に別れたダンナの幽霊だったのです。
死んでからこの方、六花の周囲を浮遊しているが、
彼が見えたのは、バイト君が始めてだと言います。
一度見えてしまうと、見たくなくても見えてしまう元ダンナ。
昼間も店を漂っていて、ウザイ事この上無い。
「寝取る勇気も無いくせに」とバイト君を挑発します。
そんなバイト君に店長が語る昔話は、
誕生日に結婚式を挙げた思い出話。
結婚記念日を誕生日にすれば、
忘れっぽい彼女も忘れないと言った元ダンナ。
「変な人でさぁ、
執着が無いと言うか、
自分が死んだら直ぐに離婚しろとか、
遺品は全部捨てちまえとか
言う事が乱暴で、
次行け次ぎって、そればかりだった。
人の気も知らないで」
こう語る彼女の横で
「そういう言い方は逆に反則だろう。
執着が無い?! ウソつけ!!」
と内心毒づくバイト君。
その直後、バイト君の取った行動とは・・・・。
どうやらバイト君のライバルは
死に別れた奥さん(って、死んだのはダンナだけど)に
未練タラタラの死んだ男の幽霊の様です。
この恋の行方ははたしてどうなるのか?
今期の我が家の「女子枠」はどうやら確定の様です。
■ バイト君のモノローグとセリフの二重唱 ■
第一話を通じて、とにかく声優さん達のプロの仕事が光ます。
特に、バイト君の単調で投げやりなモノローグに、
彼自身の会話の、微妙な変化が絡みます。
心で思うことを口に出来ない内気な青年の焦燥を、
切ないくらいに見事に切り取ってゆきます。
普通のアフレコでは、絵に声を載せますが、
これは明らかに、声に声を載せています。
いわば、セリフの一人二重唱。
さらには、六花と女店員の会話がいつしか背景となり、
そこにバイト君のモノローグが被ったり、
まさにコーラスに様に、セリフが様々に変化して行きます。
これはもう、「プレスコの魔術」としか表現の仕様がありません。
内気で卑屈な年下のバイト君の恋は実るのか、
それよりも、次週はどんなセリフの魔術が聞けるのか、
ワクワクする作品です。
石黒けいの色彩の美しさに、思わず見とれてしまうアニメでもあります。
■ ローゼンメイデンのセリフはカラフルなキャンディー ■
松尾衡の名を一躍有名たらしめたのは、
「ローゼンメイデン」シリーズでしょう。
原作は絵がきれいなだけの漫画ですが、
「人形達に魂が宿って戦う」という、
ともすると陳腐になりがちなストーリーを、
心をクスグルような極上のスイーツに仕上げて見せたのは、
やはり、プレスコの魔術。
人形達の交わす会話のリズムの妙とでも言いますか・・・。
大の大人が見るような作品ではありませんが・・・。
ちなみに、原作を麻生元総理が空港で読んでいたのを
修学旅行の中学生が目撃したとか、しないとか・・・。
もし、この話が実話ならば、
麻生元総理は相当にディープなオタクなのでしょう。
「ゴルゴ13好き」は単なるカモフラージュかも・・・・?
ネットでググって見たら、
オタクが「空港の売店で麻生太郎がローゼンメイデンをちら見していた」
というガセの噂を流した所、
麻生太郎が逆にワル乗りして、
自ら「ローゼン太郎」などと言い出したというのが真相らしい。
まあ、これでオタクの支持をだいぶ取り付けたというのだから、
政治家としてはアッパレなものですが、
同数くらいの、マジメな支持者を失っているかもしれません。
リーマンショック後の麻生さんの対応は迅速で素晴らしかった。
「漢字も読めない」とバッシングした報道各社は恥を知るべきです。
尤も、広告税に反対する為の、意図的バッシングだったという噂も・・・。
まあ、麻生太郎氏に限らず、一般の大人が
ローゼンメイデンを理解する事は不可能でしょう。
童話か御伽話の類と割り切れば良いかも知れませんね。
■ セリフ回が堪能できる「紅」 ■
一方、大人でも楽しめる松尾衡作品が「紅(KURENAI)」。
原作はラノベですが、
松尾が演出したアニメは良質な作品です。
紅は松尾衡の会話劇、ここに極まれりといった内容の作品です。
名門の九鳳院家から7歳の少女「九鳳院紫」が拉致されます。
拉致を以来したのは、今は亡くなった紫の実母。
九鳳院家の娘は、代々屋敷の奥に幽閉されて、
外の世界に触れる事も無く、一生を終えて行きます。
紫の母親は、娘に普通の生活や恋を体験させたかたのです。
紫を預かる事になったのは「紅真九郎」という男子高校生。
彼は古武術を習得し、「もめごと処理屋」という裏家業を営んでいます。
そう、真九郎は紫のボディーガードをするハメになったのです。
彼の住むのは新宿に近いボロアパートの五月雨荘。
四畳半一間で風呂は無し。押入れはカビだらけ。
住人は皆変人。
いつでも喪服姿の「芝居がかった」女、闇絵(やみえ)。
空手有段者の明るいエロ女子大生、武藤環(むとう たまき)。
彼女達は、彼の部屋に入り浸りで、
彼をからかう事を生き甲斐にしているような人達。
そんな貧乏アパートに身を寄せるて
紫は初めて、人の世の情に触れ、
七歳の子供らしさを取り戻してゆきます。
このアニメのクライマクスは
再び幽閉された紫を、真九郎が奪還する為
九鳳院家に乗り込む場面ですが、
作品の魅力は、前半の紫と五月雨荘の住人の触れあいに凝縮しています。
英才教育を受けた紫は、見かけは大人顔負けの振る舞いを見せますが、
彼女は世間というものを一切知りません。
そん彼女と周囲の人々の会話の微妙なズレが絶妙な笑いを生み出します。
この会話の小気味よさは、プレスコという手法のメリットが
最大限に発揮された結果だとも言えます。
どれか一話を挙げるとすれば、6話と答えておきます。
自治会の出し物の「演劇」に五月雨荘の住人が借り出されるという話ですが、
何故か演劇はミュージカル仕立て。
「歌なら私しか居ないだろう」と見栄を張った闇絵は見事な音痴。
これはマズイと、応援を依頼された真九郎のガールフレンドもこれまた音痴。
ところが、自分が音痴である事を自覚していないイタサぶり。
ところが、終盤まさかのミュージカルが始まるやいなや、
全員が役になりきって、もう留まる所を知らない迷演技。
これには、町内会の役員の人達も呆然です。
「ところで、何で役が日本人から外人になっているの?」という役員達を無視して
ミュージカルはエンドレスに続きます・・・。
会話の掛け合いの妙が延々に連続し、
次から次へと笑いを呼ばずにはいられないシュールな展開に
もうハラワタが捻じ切れる事請け合いです。
1話からじっくり見た方は、窒息死するかもしれません。
紅の前半は、シナリオ、演出ともに
最近のアニメでこれ程計算されつくした作品は無いのではないか思われます。
一方、九鳳院家との対立が話の主題になり、
九鳳院の隠された真実が明らかになってゆく後半では
軽快な会話は姿を潜め、作品の魅力であった心温まる感じが後退してしまいます。
尤も、後半のシリアスな展開も含めて魅力的な作品であり
どうしてこのアニメが有名にならないのか
私には疑問でなりません。
本日はプレスコという技法を使って
会話劇の魅力を発揮する松尾衡を特集してみました。