■ 日本アニメの最高傑作は『ガンダム』や『ナウシカ』では無い ■
「日本アニメの最高傑作は何か?」と聞かれたら、多くの男性が、『機動戦士ガンダム』と答えるでしょう。
国民全員に投票させたら『風の谷のナウシカ』とか『となりのトトロ』がトップを獲でしょう。あるいは若い方なら『エヴァンゲリオン』を挙げられるでしょう。
しかし私は、古今東西、この作品を超えるアニメは絶対に現れる事は無いであろうと答えます。
そのアニメの名は『伝説巨神イデオン』
ガンダムが大ヒットした直後、1980年から1981年にTV放映された富野監督によるSFアニメです。エヴァンゲリオンの庵野監督もリスペクトする事である年代より上のコアなアニメファンには絶大な人気を誇ります。
イデオンの劇場版予告がネットに転がっていたので、消されてしまう前に、急遽、この作品を取り上げたいと思います。
ちなみに、劇場版予告は下から。
http://www.dailymotion.com/video/x47np8_yyyy-yyyy-yyy-yyy_shortfilms#
■ アメリカンSFの直系の血を引き継ぐ重厚な作品 ■
最初から最後まで、ネタバレ御免 !!
『伝説巨神イデオン』は子供向けのアニメ番組でしたが、その内容はガンダム以上に大人の鑑賞に堪える内容です。
舞台は未来。地球人達は、外宇宙に活動範囲を広げ、様々な惑星に移民を送り出しています。デスドライブと呼ばれる亜空間飛行が長距離航行を可能にしたのです。
「ソロ星」とよばれる惑星も、そんな開拓惑星の一つです。ソロ星には、過去の文明の遺跡が存在し、それは高度な機械文明である事が判明しています。その遺跡の発掘現場を、突然、謎の異星人が襲撃します。
■ 不幸な文明の出会い ■
遺跡を襲撃したのはバッフ・クランという星の異星人でした。彼らはソロ星をロゴダウと呼び、彼らの星の伝説にある「無限エネルギー」の痕跡をロゴダウに見出した為に調査隊を派遣していたのです。
その調査隊を率いていたのが、バッフ・クランを統治するドバ総司令の次女であるカララ・アジバ。バッフ・クランは侍の文化を有する、巨大国家であり、ドバ総司令は軍のトップとして絶大な権利を握っています。(別に皇帝が居る様ですが)
彼女はロゴダウ(ソロ星)の異星人に興味を抱き、侍女と二人でお忍びでロゴダウに潜り込みます。ところが、カララの身を案じた部下が地球人に攻撃を加えた為に、戦闘が発生してしまいます。
ソロ星の町は壊され、人々は遺跡に避難してきます。カララは遺跡への興味に負け、避難民を装って遺跡に潜り込みます。土に埋もれた遺跡の内部は、意外にも巨大な宇宙船だったのです。
そして遺跡の周囲で発掘されたのは、3台の超巨大な乗り物でした。ソロ星にかつて栄えた文明の主は、巨大な体を持った異星人だったのです。
カララの所在が不明な為に、バッフ・クランは執拗な攻撃を繰り返します。それに対抗する為に地球人達は巨大な宇宙船と、3台の乗り物を起動させます。彼らが敵の攻撃を受けた時、宇宙船の操舵室と、乗り物のコクピットに備えられていたゲージが眩しく輝きます。すると、宇宙船も乗り物も、何等かの力によって動き出します。そして3台の乗り物は合体して超巨大なロボットに変形します。
バッフ・クランの異星人は巨大ロボットを見て、「伝説の巨神」が出現したと怯えます。そして更なる攻撃を仕掛けてきますが、巨大ロボットがこれを撃退します。こうして、地球人とバッフ・クラン人の遭遇は、不幸な戦闘という形で始まってしまいました。
■ カララ救出とイデの強奪 ■
カララは批難民に紛れ込んでいましたが、ふとしたきっかけで、異星人である事が発覚します。地球人は彼女を憎みながらも、人質と、イデのエネルギーの情報提供者として、彼女をクルーに加えます。
一方、バッフ・クランの調査隊は総司令の娘が敵の宇宙船(ソロシップ)に囚われていると知り、彼女を奪還すべく執拗な追撃を繰り返します。武人(侍)の誇りを重んじるバッフ・クランの軍人は、かれらの誇りに掛けて、カララを取戻し、異星人の手に落ちたイデの遺跡を奪おうとするです。
その先頭に立つ優秀な軍人ギジェは何度も攻撃試みますが、その度に「巨神」の想像を絶する力の前に敗退します。彼は帰る場を失い、カララと同じくソロシップに潜り込みます。
ギジェは本来自決して汚名をそそぐべき所、イデの力の何たるかを知りたいが為にソロシップに潜入する道を選ぶのです。そして、やがてはソロシップのクルーとして、バッフ・クランと戦う道を選びます。
無限力イデは、良き魂に導かれて初めて正しい発動をするとギジェは考えたのです。そして、バッフ・クランが良き魂を持ちうるのか彼には革新が持てなかったのです。
■ 防衛本能に反応する無限力イデ ■
ソロシップのクルー達の悩みは、自分達が運用する宇宙船や巨大ロボットの原理が理解出来ないない事でした。イデの力はどこからとも無く供給されてきますが、不安定です。
戦闘の最中にもエネルギーが低下して何度も危機に陥ります。しかし、船内の子供達が危機に怯えると、イデのエネルギーは上昇する事が分かってきます。
イデのエネルギーは無垢な防衛本能に反応するのです。
その結果、巨大なロボットの操縦は少年少女達に任されます。そうは言っても、3機のロボットのパーツたる機体は巨大です。腕や足と言った各部に、ミサイル発射口が儲けられ、多くの人達が乗り込んで、ロボットを運用します。
敵の襲来を受けると、体中からミサイルを斉射する姿は、さながら「納豆が糸を引くがごとき」です。ファンはこの映像をい「納豆ミサイル」と呼ぶようになります。
■ 異星人への憎悪と、育まれる愛情 ■
異星人であるカララとギジェに対する地球人の恨みは深まるばかりです。
農婦であり、子供達の世話係りも務めるバンダ・ロッタは肉親を殺したバッフ・クランを許せません。とうとう、カララに銃口を向けます。カララは侍の娘として、逃げる事はしません。バンダ・ロッタの銃弾を正面から受けますが、弾は全て外れ、ロッタは泣き崩れます。
そんなカララの毅然とした姿は人々の信頼を生んで行きます。
そして、ソロシップの船長であるベスとカララはいつしか恋に落ちます。そして、異星人の間に新しい生命が宿ります。
この最も無垢で、純粋な胎児という生命をイデの力は守ろうとして、力を強めて行きます。
■ もう一つの愛 ■
科学者のシェリルは、イデの力を探求したいというギジェの欲求に共感を覚えます。どちらかと言えば独善的なシェリルですが、いつしかギジェに心を許すようになります。故国を裏切るという負い目に苛まれるギジェは、シェリルの好意を受け入れます。この二人の愛は、半ば依存的です。
そして、戦闘におけるギジェの死で、シェリルの精神は崩壊します。イデオンから運びだされたギジェの死体にシェリルが近付きます。
「ひどいの?」
「シェリルさんは見ない方がいい!」
こんなやり取りが、夕方の子供アニメの時間帯に交わされます。
■ 家の名誉の為に妹を憎悪するカララの姉 ■
圧倒的な戦力を誇るバッフ・クランですがソロシップとイデオンを制圧する事が出来ません。
ソロシップは度重なる追撃を退けて、一路地球を目指します。しかし、地球は異星人に母星(地球)の位置を知られない為、ソロシップを追放してしまいます。ソロシップはバッフ・クランの圧倒的な戦力に単独で立ち向かいながら、宇宙を放浪するしか道は残されません。
そして、バッフ・クランのソロシップ追撃の先頭に立つのはカララの実姉である、ハルル。ドバ総司令は跡取りである男子を設けられなかった事を悔いています。そんな父の為、ハルルは武人として毅然と振る舞います。家の名誉の為に彼女を殺すと父に誓います。
双方、総力戦を繰り広げる中、ソロシップに潜入したハルルは妹カララと対峙します。
地球人との相互理解が可能だと、自分と地球人との子を身籠った事を告げるカララをハルルは非常に撃ち殺します。顔面を撃ち抜かれたカララの姿を発見して、イデオンのパイロットである少年コスモは「あんな美しかった人が・・・」と絶句します。
(これ、子供向けの夕方のアニメですよ)
■ ハルルは女の嫉妬でカララを殺した ■
父であるドバに、家の名誉の為にカララを自ら殺したとハルルは告げます。ドバは良くやったと労いますが、内心は複雑です。
自分が男子を設けなかったばかりに、娘が普通の幸せを得られない事に父親らしく心痛めます。そして、さらに彼はカララを殺したハルルの本心にも気づいています。
ソロシップとの戦闘で婚約者を失ったハルルは、地球人との間に子を宿し、女としての幸せを味わう妹に強烈に嫉妬したのです。ドバの娘として、女性として振る舞う事を捨てた自分と、自由奔放に振る舞って、異星人と恋に落ちた妹を比べてしまったのです。
(これ、子供向けの夕方のアニメです)
■ 宇宙規模の殺戮に発展する文明の衝突 ■
姉であるハルルに打ち殺された後も、カララの胎児は生き続けます。ソロシップの面々はそれをイデの意思と受け取り、胎児をメシアと呼びます。
その頃、地球にも、バッフクランの地球にも謎の隕石が多数降り注ぎます。双方の生命をイデが否定するかの如き現象に、バッフ・クランはイデの排除こそが生き残りの道だと考えます、
そしてバッフ・クランの強大な軍事力は、全宇宙を埋め尽くします。どこにデスアウト(亜空間飛行から通常空間に戻る)しても宇宙はバッフ・クラン軍で埋め尽くされています。
ソロシップのクルーも、バッフ・クランの本星を殲滅するしか自分達に生きる道が残されていない事を悟ります。
そして、イデのレーダーは、赤く一点を指示します。そこに敵のボスが居る事を、無言に示唆します。そう、この宇宙規模衝突こそが、イデの意思である事に人々は気付き始めます。
■ イデの発動とは ■
何と、TV版は戦闘の最中に突然イデが発動して、唐突に番組が打ち切られます。
まるで、ガンダムのアバオア・クーの戦闘が突然終結した様に・・・。
それはそうです。良い子の夕方の時間帯のアニメが、宇宙規模の皆殺し(殲滅戦)に発展し、爆風で女の子の首はと飛ぶわ、ヒロインのバイザーが割れて、少女が窒息死するは、顔面を銃で撃ち抜く様な姉妹喧嘩を見せられるのですから、これは打ち切りは当然です。
さらには、プラモデルや玩具がブサイクで、全く売れなかったのですから、スポンサーとしてはカンカンです。
実はこの作品の登場人物達は、ピンクや青い髪の毛の色をしています。主人公であるコスモがピンクのアフロである事で、当時ブームのリアル・ロボットアニメのファンはこの作品を敬遠していました。
この髪型や髪色には原因がありました。ガンダムは登場人物の設定がリアル過ぎて国籍が分かってしまいます。そこにPTAが噛みついていたのです。
それ程までに、アニメに対す風当たりが強い時代に、皆殺しアニメですから、これは打ち切られない方が不思議でした。
■ 劇場版で世紀の名作の座を確実にしたイデオン ■
富野はイデオンの残りを劇場版で上映します。
劇場版は、TV版のダイジェストの「接触編」と、TV版の終盤から結末に至る「発動編」に分かれていましたが、この2本は、セットで放映されました。
オリジナルガンダムの劇場版3部作が、TV版を丁寧に再編集、再作画してそれぞれ独立した作品として鑑賞に堪えるクォリティーを有しているのに対して、イデオンの発動編はTV版の荒いダイジェストで、ハッキリ言って、TV版を40話見続けていなければギジェの死も、全然悲壮感が漂いません。
ですから、イデオンの劇場版は、TV版で放映できなかった41話以降を一挙に見せる「発動編」にこそ価値のある映画です。その意味では、劇場作品としてイデオンは最初から破綻しています。
ところが「発動編」は実に素晴らしい。
丹念に育て上げてきた敵味方のキャラクターが、あまりにも一瞬で無意味に死んでゆきます。大人も子供も、敵も味方も、涙を誘う様な見せ場も無いままに、銃弾に撃たれ、爆風に飛ばされ、真空に吸い出されて死んでゆきます。
そして、その殺戮が頂点を極めた時、イデが発動します。
双方の人類が手をたづさえて、死に別れた者達は再会を果たし、理解し合えなかった者も、和合し合い、共に生命の根源へと還ってゆきます。
ドバ総司令はコスモ達を指して、皇帝にこう言います。「あの者達が、イデの一番傍に居た者達だと」
そこには、宇宙を掛けた殺し合いの名残はありません。完全な理解を持って、イデの大望は成し遂げられ、生命は無限の力を、己が命と引き換えに、イデに差し出すのです。
その報酬は、完全なる平穏と、幾億年か後の復活。
映画は、実写の海の荒い波の映像で終わります。原始の海の生命の源に、人々が還元された事を暗示して・・・。
■ アーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」に匹敵する名作 ■
『伝説巨神イデオン』は、日本の子供向けアニメでありながら、そのテーマは当時のアメリカのSFの最高峰であるアーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」に匹敵します。
このアニメを見た庵野監督は衝撃を受け、アニメの世界を目指します。
そして『エヴァンゲリオン』はTV版でケリを付けづに、劇場版で終焉を迎えます。
劇場版の最後に、試射時の客席を写した実写を挿入して、富野監督と同様に、アニメの世界にどっぷりと浸かった観客に、冷水を浴びせて、映画は終わります。
エヴァが現在存在するのは、かつてイデオンが存在したからであり、「エヴァ!命」とか「エヴァは神」とか言っている若者に、「神を作りし神」の存在を、是非知って欲しいと思います。
このアニメを語り継ぐ事が、50歳に近い年にもなってアニメに熱中するオタク・オヤジの務めだと思っています。
出来れば、TV版40話を見てから、劇場版の「発動編」を見てほしい。アニメという表現様式が、こんなにも高い次元で人物を構築出来るのかと、きっと驚かれるはずです。
現代の類型化し、記号化したキャラクターでは、
到底、到達できない領域の存在を知って頂けたら幸いです。
そして、このアニメの業(ごう)の深さに比べれば「スターウォーズ」ですら単なる「お伽噺」に感じられるはずです。
尚、我が家には映画版のVHSはありますが、TV、ビデオデッキも捨ててしまったので、
内容や会話の仔細は、10年以上前の怪しい記憶です。あしからず・・・・。
PS
ギジェの最後のシーンがネットに・・・・
http://www.youtube.com/watch?v=kGMQHeXKgQE