大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

小悪魔マユの魔法日記・62『AKR47・6』

2019-10-13 06:29:53 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・62
『AKR47・6』
   


 
 かくしてルリ子と美紀はオモクロのメンバーになった。
 
 オモクロは、略称こそ変わらなかったが、正式名称は変わった。
 オモシロクローバーではない。

 想色クロ-バーである。

 オモシロ系の色は一掃され、清楚とビビットが同居したようなアイドルグループになった。
むろんセンターは、奇跡のようにのし上がってきた吉良ルリ子である。

 マユが、このことを知ったのは、その週の日曜日であった。
 週末は拓美に体を貸してあるので、マユは魔界の補講に出ることになっている。
 この日が、魔界の補講の最初の日である。
 正直気が重い。マユがオチコボレになってしまったのは、悪魔概論Ⅰを落としたからである。
 悪魔概論Ⅰは、悪魔にとって基本中の基本である。
 以前にも述べたが、悪魔とは、もともと天使であった。人間の魂の救済方について、他の天使と意見が合わなくなって、ケンカになってしまった。それがサタンである。三位一体であるので、天使に盾突くことは神に刃向かうことである(三位一体とは、父=神 子=キリスト 精霊=天使の三つが同じであるということ)ので、多勢に無勢、サタンは天界から出ざるをえなかった。で、悪魔概論は、サタン流の人間救済方の基本が示されている。頭の良い小悪魔たちは、丸暗記して、十三日間の実習をそつなくこなして、悪魔になっていく。
 しかし、マユは筆記試験の段階で落ちてしまう。魔法のかけ方という問題では、いつも救済という点ではなく、面白いことという点に比重を置いて答えてしまうからだ。

 たとえば、こんな問題があった。

 ◎IT時代における、悪魔的な人間救済について、八百字以内で答よ
 
 マユは、こう答えた。スマホの写メに同時進行機能の魔法をかける。なぜならば……以下略。

 デーモン先生は、この答で、マユの落第を決めた。写メに同時進行機能の魔法をかけると、被写体が現実の時間に沿って変化していく。ベッピンさんを撮って、数時間後に見てみればスッピンの寝顔が見えてしまう。おいしそうなスイーツを撮って、数時間後に見れば、消化されたそれなりの姿に見える。マユは、それに臭いの再生魔法をかけることもデコメ付きで答え、あまりの不真面目さに落第させられた。
 で、これは、人間界に飛ばされてから実際にやってしまった。その相手がルリ子であった。

「そのルリ子に雅部利恵(天使名ガブリエ)がイッチョカミして、アイドル界を引っかき回しておる。マユ、おまえは人間界にもどって、なんとかしなさい」
 デーモン先生は、きっぱりと命じた。
「でも、わたし、休日は拓美って幽霊さんに体貸してるんです」
「ケルベロスのポチを貸してやる」
「え、あたしポチになっちゃうんですか!?」
「しかたないだろう。小悪魔が使える人体は一つだけなんだからな」
「そんな、片脚あげて電柱にオシッコするなんて、ヤですよ!」
「ポチには、変身能力もある。ポチの中に入ってから人間に化ければいいだろう」
「でも、先生。ポチってリアルだから、お風呂にも入らなきゃならないし……トイレにも行かなきゃなんないしい!」
「仕方ないだろう。これがマユの試練なんだ」
「そんな、リアルトイレなんて考えらんない!」
「それなら、拓美クンと相談して、一つの体に同居することだな」
「……もう」
「それに、マユはフェアリーテールの世界もやり残したままだからな」
「あれは、バグっちゃったから」
「バグは、いずれ回復する。取りあえずは、天使とタイマンはってこい」
「タイマンっすか……」
「怠慢こいちゃだめだぞ」
「……オヤジギャグだし……」
「来月の十三日は金曜日、悪魔の力がみなぎる吉日だ。存分に戦ってこい! ガハハハハ……」

 不敵で、無責任な高笑いを残して、デーモン先生は消えてしまった。足もとではポチが嬉しそうにお座りしていた……。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・085『M資金・17 大草原のロデオ』

2019-10-12 13:29:36 | 小説

魔法少女マヂカ・085  

『M資金・17 大草原のロデオ』語り手:ブリンダ 

 

 

 

 闇の底にスタジアムだけが際立っている。

 

 ロデオスタジアムだ。

 最初は田舎の広場程度の大きさだったのが、牛に跨って落下している間に大きく見えてくる。

 小学校のグラウンドほどに……中学のグラウンド……高校の……ヤンキースタジアム……陸軍の練兵場……そして、目測で高度1000メートルをきったころには、外周のスタンドが視野の外に外れてしまうほどに広くなった。

 着地するぞ!

 ロデオ慣れしていないマジカに呼びかける。

「角をつかんで引き上げろ! ソフトランディングしないと、牛も人間もペッチャンコだぞ!」

「わ、分かってる!」

 周囲には、同様に落ちてくるパッカード男たちの気配はするが、構っている余裕は無い。真下の地面を睨みつけ、着地のタイミングを計る。

「今だ!」

 思い切り角を引くと、牛は後足を下にして、後足、前足とクッションを効かせ、無事に着地した。

 オレも牛も、無事着地したことでホッとするが、それは一瞬の事。

 牛は、自分の背中に跨っているオレを邪魔者認定! 後足を跳ね上げて、振り落としにかかる!

――さあ、カオスロデオのチャンピオン決定戦だ! この世の終わりまで牛にしがみ付いて離れるなよおお!!――

 ロデオには速さを競うタイムイベントと時間を競うラフストックがあるが、こいつはラフストックだ。アナウンスがチェシャネコの声なのは気に入らないが、並み居るパッカード野郎に負けるわけにはいかない!

「マヂカ! 振り落とされるなよお!」

「ウ…………」

 まともに返事をする余裕もないようだ。マヂカには悪いが、ちょっといい気持だ。こんなのは、ガダルカナルでコテンパンにやっつけてやった時以来だな。

 そんなことを考えながらも、無意識に股の締め具合だけで牛を操る。

 並のロデオと違って、周囲には何百人ものパッカード野郎が参加している。

 パッカード野郎どもは、イッチョマエにカウボーイのナリはしているが、ロデオの技量には差があるようで、早々と振り落とされるヘタッピーが出ている。

 ウワー! ノワー! ギョエ! グガア! ワッチ!

 それぞれ個性的な悲鳴を上げて振り落とされる男たち。振り落とされて、地面に接触するやいなや、男も牛も無数のポリゴンのようになって霧消していく。

 ときどきマジカの姿が見える。なんとか振り落とされずにいるようだ。

 がんばれマヂカ!

 二三十人は落伍したと思うのだが、一向に減った感じがしない。こいつら、いったい何人いるんだ!?

――落伍者は78人なのにゃー! まだまだガンバルにゃー! チャンピオンにはスンゴイ賞金があるにゃー!――

 ネコ語を隠そうともせずにチェシャネコが焚きつける。くそ、負けてたまるかああああああ!

 

 何時間……ひょっとしたら、何日も経過したかもしれない。

 

 ようやく、生き残りは十組をきってきた。

 幸いに、マヂカも無事で生き残っている。

「もう、ちょっとだ、がんばれ!」

「………………」

 チャンピオン並みのフォームで乗りこなしているが、さすがに返事をする余裕は無いようだ。

 オレも、次第に視界が朦朧としてきた……。

 気が付くと、十組ほど残っていたライバルが二組に減っている。

 NPCにしては、よく粘るなあ……こういう状況で持ってはいけない親近感をいだいてしまう。勝負に置ける親近感は隙になる。

 それを見透かしたように、一組が寄せてきた。

 こいつ、ぶつかってくるつもりだ!

 ぶつかられれば落馬ならぬ落牛するのは目に見えている。

「させるかあ!」

 期せずして一騎打ちのレースのようになってきた! 

 スタジアムは、いまや大草原のように広がって、あいかわらず果が見えない。

 その大草原を敵と一緒に疾走する! 一マイルほどのところをマヂカもレースになっている!

 魔法少女の体力はスーパーマン並みだ、といっても、スーパーマンと勝負したことは無い。先の大戦の勝負が見えてきたころ、休暇中のバットマンといっしょに勝負を申し込んだが、やつは聞こえないふりをしやがった。こんど、本気で勝負してみようか……余計なことを考えてしまった!

 敵が数十センチのところまで迫ってきた! 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真夏ダイアリー・37『アメリカ国務省』

2019-10-12 07:05:15 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・37
『アメリカ国務省』     



「暗号文のままでいいのかね……」

 来栖特命大使が、最初の訓電を電信室から持って現れた。

「解読の時間が惜しいです。訓電は十四部にもなります。着き次第わたしにください」
「しかし、熟練のものでも解読するだけで二十分はかかるよ。十四部ともなると……」
 そういいながらも、真夏の目力に押されて、来栖大使は訓電の暗号文を渡した。真夏がスキャナーで訓電をなぞると、モニターに解読された平文になって現れる。
「おお……!」
 野村、来栖両大使が同時に声をあげた。
「海軍の、最新解読通信機です……あとは……」
 真夏は、印刷実行のアイコンをクリック、十秒ほどでプリントアウトされて出てきた。
「こんな高性能な暗号機が、あったんだね」
「大使が、海軍におられたころよりはかなり進歩していますの」
「しかし、これがアメリカの手に渡ったら、機密も何もあったものじゃないなあ」
 二枚目の解読済みの訓電を見ながら、来栖大使が唸った。
「セキュリティーは完全です。この機械は、わたしの顔と音声と指紋を認識して初めて起動します。他の人間がやっても、作動しません」
 
 十四部の暗号化された訓電は、十分ほどで正規の書類として揃えられた。

「え……最後通牒じゃない!」

 最後の、第十四部を読んで、真夏は声をあげた。
「交渉打ち切りの訓電だね」
 野村大使が、無表情に言った。
「大丈夫、国際的な慣例では、十分に最後通牒として通用するよ」
 そう言って、来栖大使は書類をまとめた。
「付則があります。午後一時にアメリカ側に手渡すように……とっくに暗号は解読されているのに」
「国務省にすぐ連絡しよう。今は十一時、十分時間はある。来栖さん、お願いしますよ」
「一時間後に発てばいいでしょう。ピッタリでつきます」
「すぐに出ましょう。国務省に着くまで、どんな妨害があるかしれません。アメリカは、すでに同じ電信を傍受しています。解読されてからでは遅いです」

 真夏の一言で決まった。車も、大使専用車をやめて、アメリカ人大使館員が故障のため、置いていった私用車を使った。

「真夏君、この車は故障しているよ」
「一分で直します。公用車は一時に国務省に回してもらえるように指示してください」
 真夏は、アナライザーで故障箇所を見つけると。アナライザーをリペアに切り替えて、あっという間に直してしまった。

「真夏君、方角が違うんじゃ……」

 後部座席で、身を隠しながら来栖大使が呟いた。
「怪しまれないためです」
 ブロンドのウィッグを着けた真夏が答えた。
「公使館の前にセダンがいたでしょ。あれ、OSS(CIAの前身)です。運ちゃんにウィンクしときました」

 ワシントンDCをドライブしたあと、日本大使館とは逆方向から、真夏は国務省に車を着けた。
 
「お約束より、少し早いんですけど、ハル長官にお目に掛かりたいんですが」
「!……少々お待ちを」
 秘書官は慌てた。なんせ、日本大使が大使館を出たという情報が届いていないのだ。
「OSSの連中は、なにをやってるんだ……」
 秘書官のボヤキは、真夏たちにも聞こえた。二人の大使は苦笑いした。

「準備が整うまで、しばらくお待ちください」
 秘書官は、もどってくると外交的な頬笑みで答えた。
「わたしたちが早く着きすぎたんだ、待つとしようか」
 野村大使は、廊下の椅子にくつろいだ。
「アメリカは、もう暗号を解いています。あくまで日本のスネークアタックにしたいんです。長くは待てません」
「ハルは、そんな男じゃないよ」
 気の良い二人の大使は、口を揃えてそう言った。
「秘書官、わたし、着任したての大使秘書なんです。お時間かかりそうだから、記念に写真とらせてもらえません?」
「それは光栄だ、じゃ、ミスマナツ、こちらへ」
 向こうも時間稼ぎになると思ったのだろう、すんなり誘いに乗った。
「貴方みたいなナイスガイと撮ったら、親が誤解しそうなんで、大使、真ん中に入っていただけます?」
「ああ、いいとも」
「来栖大使、シャッターお願いします。時計と日めくりが入るように……」
 三人で撮った写真には、1941年12月7日午後12時50分という記録が残った。

 時計が一時をさした。

「ケント、約束の時間。お願いもう一回……」
「ああ、一応聞いてみるよ」
 秘書官が、長官執務室に入った。
「今です、大使!」
 真夏は、大使の背中を押した。閉めきる寸前のドアにぶつかるようにして、野村大使は長官の執務室に入った……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・2『序章 事故・2』

2019-10-12 06:58:04 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・2    
 
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 
『序章 事故・2』

 一段落ついたので、状況を説明しとくわね。

 わたし、仲まどか。

 荒川区の南千住にある鉄工所の娘です。

 中三の時に……って、去年のことだけど、近所のはるかちゃん。はるかちゃんは一歳年上なんだけど、幼なじみなんで「はるかちゃん」。そのはるかちゃんが入ったのが乃木坂学院高校。去年、その学園祭によばれて演劇部のお芝居を観てマックス大感激! 
「わたしも、この学校に来よう!」と、半分思ったわけ。半分てのは、下町の町工場の娘としてはちょっと敷居が高い……経済的にもブランド的にもね。

 演劇部は、とにかくステキ!

 ドッカーンと、ロックがかかったかと思うと、舞台だけじゃなくて、観客席からも役者が湧いてきた! 中には、観客席の上からロープで降りてくる役者もいて、「怖え~!」と思ったけど、思う間もあらばこそ。集団で、なんか叫びながらキラビヤカナ照明に照らし出され、お台場か横アリのコンサートみたい。ゴ-ジャスな道具に囲まれた舞台で舞い踊り、そこからは夢の中……お芝居は、なんか「レジスト!」って言葉が散りばめられていて、なんともカッコヨク「胸張ってます!」って感じですばらしかった。「レジスト」って言葉には、コンビニのレジしか連想できなかったけど、あとで兄貴に聞いたら「抵抗」って意味だって分かった。
 この時主役を張っていたのが潤香先輩。もう、そのときから「オネーサマ」って感じ。
 で、この時、はるかちゃんは三角巾にエプロン姿で人形焼きを、かいがいしく売っていた。
 演劇部のお芝居のコーフンのまんま、ピロティーに行って、はるかちゃんから売れ残りの人形焼きをもらって、はるかちゃんのご両親といっしょに写真の撮りっこ。
 今思えば、はるかちゃんちの平和は、この頃が最後。今思えば……て、同じ言葉を重ねるのは、わたしに文才がないから……と、わたしの落胆ぶりを現していたりする。
「明るさは、滅びのシルシであろうか……」
 中三のわたしには分からない言葉を呟きながら、はるかちゃんは三角巾を外した……。

 その時!

――ただ今より、乃木祭お開きのメインイベント。ミス乃木坂の発表を行います。ご来場の皆様はピロティーに……と、校内放送。
 模擬店が賑わっていたのとMCがヘボなのとスピーカーがハウってたので二位三位は聞き逃しちゃった。
 でもって一位の発表。その一位がなんと……。
――ジャジャジャーン! 三年A組、芹沢潤香さん! 
 そう、さっき見たばっかしの潤香先輩!
 ピロティー中から「ウォー!」とどよめき。潤香先輩はいつの間にか、かつて在りし頃の『東京女子校制服図鑑』のベストテン常連の清楚な制服に着替えて、野外ステージに登りつつあった。
 そして、タマゲタのは……。
――えーと、二位、二位、準ミス乃木坂の……ゴシロ、ゴヨ? イツシロ? え、ゴダイ? 失礼しました(-_-;) 五代さん、一年B組の五代はるかさん! ステージに上がってください!

 一瞬ピロティーが静まった……。

「え……」

 本人が一番分かっていなかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宇宙戦艦三笠・28[グリンヘルドの遭難船・1]

2019-10-12 06:48:56 | 小説6
宇宙戦艦三笠・28
[グリンヘルドの遭難船・1]  


 暗黒星雲を抜けると、ピーススペ-スだった。

「国境の長いトンネルを過ぎると、雪国だった。宇宙の底が白くなった」というフレーズが頭に浮かんで樟葉は苦笑した。
「なに、なんかおかしい?」
 修一が、艦長席に座ったまま目だけ向けて聞いてきた。
「いや、こんな穏やかな宙域に出て、思わず出た感想。でも川端康成の借り物なんで、笑っちゃった」
「雪国か。おれ読んだことないよ」
 他のクルーもほとんど同じだった。元ボイジャーのクレアは、タイトルだけは知っていた。ボイジャーとして打ち上げられたときに、世界文学の中で、ただ一つ入っていた日本小説が、この『雪国』だったのだ。
「素敵な書き出しですね。雪国の前に『そこは』なんて、余計な言葉を入れてないところがいいですね」
「うん、受けた模試が、その『そこは』の有り無しの二択だった。たいていの人は『そこは』って無駄な言葉付で覚えてる。文章にぜい肉が付いちゃうし、直ぐ後に『夜の底』で同じ音が出てくるからありえない」
「すごいね、樟葉さん。勉強できるのね」
 美奈穂が素直に感心した。
「修一よりはね。あたしんちブルジョアじゃないから、奨学金で進学すんの。ある程度の成績でなきゃ、取れないからね」
「オレんちも似たり寄ったりだけど、勉強はしてねえ」
「その行き当たりばったりのとこがいいのよ。あんまり先のことを心配してたら、人生小さくまとまっちまうからね……」
「なんだか、妙に優しいんだな、樟葉」
「この宙域のせいかな……ピーススペースって、まんまだけど、ほんとに穏やかなとこね、レイマ姫」
「ピレウスが付けたなや。暗黒星雲はめったと自分からは出てかね。出てまったら秘密の暗黒星雲でねぐなってしまうもんね。これからの宙域は、みんなピレウスが付けた名前だ……まだ、グリンヘルドもシュトルハーヘンも大人しがったころのね」

 しばらく穏やかな沈黙が続いた。

 ウレシコワが自分で作ったサモワールで、お茶を配っているときに樟葉が呟いた。
「前方0・5パーセクに三隻のクルーザー……エネルギー反応が微弱。遭難船の可能性大」
「ぼくも、捉えました。グリンヘルドの哨戒艦の様子」
 トシが、穏やかにつづけた。ナンノ・ヨーダの訓練の賜物か、みんな、普段の任務や生活も穏やかになってきた。

 グリンヘルドの三隻は、造形物としては全く無駄のない球体をしていた。解析すると、新鋭艦のように思われた。二隻はロボット艦で、一隻に生命反応がある。
――危害は加えない。遭難しているのなら救助する。乗船していいか――
 そう通信を送ると「救助を要請する」と穏やかな女性の声で返ってきた。

 グリンヘルドのクルーザーには、修一と樟葉だけが乗り込んだ。一応他の二隻のロボット艦への警戒も緩められないからだ。
 ブリッジに入るとシートをほとんど水平にして、女性のクルーは眠っているように見えた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

音に聞く高師浜のあだ波は・21『ラッキーな冬休み最終日』

2019-10-12 06:35:25 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・21
『ラッキーな冬休み最終日』         高師浜駅



 例年やったら、今日は三学期の二日目。

 それが祭日の関係でお休み。始業式は明日の十日。
 そんな得した冬休みの最終日を無駄にしないように朝から図書館に行く。

 と書いたら、あっぱれ女子高生の鑑!

 もちろん図書館には行くんやけど、ちょっと裏がある。
 我が街の図書館は駅前のポプラ高石の中にある。ポプラ高石にはスーパーやら各種ショップやらが入っていて、市民の憩いの場所であるのです。
 図書館そのものは三十分ほどで、あとはウインドショッピングして、三人娘でお茶をします。
 本音の本音では、京都やら神戸やらに出かけたいんやけど、年末年始のあれこれで、三人ともお財布が寂しい。

 いちおう借りる本は予約してある。滝川浩一さんの『押しつけ読書評』で面白いと思う本があったのでポチっとしときました。

「えー、海賊の本なんか読むんだ!」

 姫乃が驚く。
 あたしは『海賊と呼ばれた男』と『村上海賊の娘』をゲットしていた。
 姫乃は海賊という単語だけで、なんだか禍々しいものを感じてしまったようだ。ちょっと偏見と思う人がおるかもしれへんけど、こういう感性は悪ないと思う。単語からイメージを引き出して喜怒哀楽の感情を持てるのは、感性の瑞々しさの現れやと思う。
「なんやったら、つぎ借りる?」
「えと、面白かったら」
 嫌とは言わないので、読み終わったら知らせてやろうと思った。
「すみれは?」
「パソコンのブースにいるよ。各地の初射会を調べるんだって」
 姫乃と二人、パソコンエリアに行くと、真剣な表情でモニターを見ている初射会のヒロインがいた。
「さすがはすみれ……」

「「え?」」

「アハハ、ジャンプしてるうちにね」
 パソコンの画面は『この春ねらい目の男たち』というページになっていた。
「どうジャンプしたら男の見本市にたどり着くのんよ?」
「いつもスマホやんか、大きい画面が嬉しいから、ついあちこちにね」
 画面には、トラッドやらカジュアルやらの男たちが、ナヨっとした感じでシナを作っている。
「こういうのがねらい目ぇ~?」
「いや、いま開いたばっかりやから」
 すみれは恥ずかしそうに、適当にクリックした。
 すると、こんどは『この春イケてる女の子』になった。
「女の子の方が清潔な感じやけど、なんかパープリンぽいなあ」
「どれどれ……」
 姫乃が覗き込む。
「う~ん、髪とかメイクは悪くないんだけど、コンセプトかな……」
「うん、このままの表情で小学生くらいになったら健康的やねんやろなあ」
 女子三人でイケてる若者の品評会になった。

「あ、そこのモニター!」

 姫乃が指差したのは正面の70インチはあろうかという大型のディスプレー。
 画面の右から左へと着飾った若者がニタニタアハハと歩いていく。で、流行の最先端! なんと3Dや!
「これ4K3Dかなあ!?」
「それにしても、さっきの画面どおりだね~」
「あんま4K3Dとかで映す値打ちないよね~」
 すると、一組のアベックががUターンした。なんの演出だろう?
 で、数秒後、右の方のドアが開いて、いまUターンしたアベックが入って来たではないか!
「「「え、ええ?」」」
 アベックの男の子がディスプレーに向かって手を上げた。すると、ディスプレーの若者もヘラヘラと手を振る。
 これって、なにか新型のバーチャルなんとか?

「これって……ただの窓だよ」

 姫乃が現実に目覚めた。
 ポプラ高石には市民会館が入っていて、今日は晴れの成人式だったのだ。

 三人ともラッキーな冬休み最終日としてしか頭に無かった。パープリンなのはあたしらもやった。


 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小悪魔マユの魔法日記・61『AKR47・5』

2019-10-12 06:24:42 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・61
『AKR47・5』   


 
 オモクロの路上ミニライブを観ている中に、AKR47のディレクターの黒羽がいた。筋向かいのコーヒーショップの二階席には、帽子を目深に被った大石クララもいた。

 ミニライブが終わると、黒羽ディレクターは普通のファンのように拍手して、クララが待っているコーヒーショップの二階に上がった。
「どうだった」
 握手会をやっているオモクロの子たちを見下ろしながら黒羽は聞いた。
「勉強になりました」
「そうか……それはよかった」

 二人の会話は、あらかじめ決まっている。黒羽が、そう決めたのだ。黒羽は、クララの「勉強になりました」の言葉の響きや、表情から反応を観察して、オモクロがAKRの、いい当て馬になるかどうかを見たかったのだ。
 クララの言葉には熱がなかった。論外なんだろうなあ……黒羽は、クララの反応をそう受け止めて苦笑いした。

 そして、その苦笑いを、路上からしっかり見ていた男がいた。

 オモクロのプロディユーサーの上杉である。
 上杉は、最初から黒羽の存在には気がついていた。黒羽の向かいの子が大石クララであることも分かっている。
 上杉は悔しかった。人知れず偵察にこられ苦笑されたことが。

――やっぱり、黒羽には勝てないか……。

 そう思って、視線を落としたところで気がついた。いや、オーラを感じてしまった。
 黒羽に負けないくらい冷めた目。だけど握手会をじっと見ている二人の少女……。

 気がつくと、二人の少女に声をかけていた。
「ちょっといいかなあ……」
 むろん二人の反応は、駅前であしらったデコボコニイチャンたちへの反応とは違っていた。

 二人の少女は、その足でオモクロの所属事務所に向かった。あっけないほどの展開である。

 それもそのはず、この出会いと展開をコントロールしていたのは、通行人の女の子に化けた雅部利恵である。利恵は、久々に天使らしい良いことができた……そう無邪気に喜んでいる。
 利恵は、こうやって、ルリ子と美紀をアイドルにすることに成功した。
 むろん白魔法でアイドルをやれるだけの素養は付けてある。ほんとうは、ルリ子のグループみんなをアイドルにしてやりたかったけど、オチコボレ天使の利恵には二人が精いっぱいなのだ。

 かくして、ルリ子と美紀はオモクロのメンバーになった。
 
 オモクロは、略称こそ変わらなかったが、正式名称は変わった。
 オモシロクローバーではない。

 想色クロ-バーである。
 
 オモシロ系の色は一掃され、清楚とビビットが同居したようなアイドルグループになった。
 むろんセンターは、奇跡のようにのし上がってきた吉良ルリ子である……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

せやさかい・077『あたしの悪い癖』

2019-10-11 13:51:05 | ノベル
せやさかい・077
『あたしの悪い癖』 

 

 

 

 Aさんの名前は朝比奈くるみ。

 

 なんでAさんと言うたかというと、堺に来るまでのことは意識の底に沈めときたかったから。

 むろん、あたしの頭も心もパソコンとちゃうさかい、アンインストールとか削除いうわけにはいかへん。

 せやさかい、Aさん。

 せやけど、コトハちゃんが――桜ちゃんに会いたいってサインじゃないかなあ――と言う。

 あたしの心の中で『Aさん』は『朝比奈くるみ』さんに再変換された。

 

 ちょっと長めのメールを打った。気遣ってくれたことへのお礼と、朝比奈さんのメールがあるまで事故の事はもちろん、堺にダンジリがあったことも知らんかったことを書いた。

 お祖父ちゃんが言うてたダンジリ保険が面白いので、その話も書いた。朝比奈さんとの思い出もいくつか。

 そして――月末の日曜にでも会われへんやろか――とも書いた。むろん絵文字とか使いまくって。

 

 一晩置いて返事が返ってきた。

 

 月末は家の用事があるので、またいつか会おうね。そういう意味の返事で、最後に靴の写真が添付されてた。

 ホワイトで赤のラインがええアクセントになってる。

 趣味のええスニーカーやなあ……しばらく眺めて……気ぃついた!

 

 中学になったら御そろいのスニーカー買おうね……約束してたんやった(-_-;)

 

 約束だけやない、二人で商店街の靴屋さんのショーウインドウ見て「このスニーカーええね!」言うたときのスニーカーやった。

 考えてしもた。

 朝比奈さんは、遠まわしに、あたしを非難してるんとちゃうやろか。

 会いたいと分かってるのに、あたしは電話とちごてメールで済ませた。朝比奈さんは、きちんと靴の事まで憶えてたのに、あたしは趣味のええ靴やなあとしか思えへんかった。

 やっぱり電話しよか?

 いっしゅん思うんやけど、なんや気後れが先に立ってしもて……ま、今夜はええか。

 

 一日延ばし……あたしの悪い癖。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真夏ダイアリー・36 『最初の任務・駐米日本大使館・2』

2019-10-11 07:02:57 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・36 
『最初の任務・駐米日本大使館・2』   
 

 
 
「冬野真夏さんだね。ま、そちらにおかけなさい」
 
 大使は窓ぎわのソファーを示した。
 太ぶちの丸メガネがよく似合うロマンスグレーのおじさんだ。退役海軍大将で、元学習院長、海外勤務も長いはずなのに、関西訛りが抜けないところなどは、田舎の校長先生という感じで好感が持てた。大使は、しばらく、わたしの辞令と履歴書を読んだ。
 
「なにか、不都合なところでも……」
「いや、すまん。ここのところ偉い人ばかり相手にしているもんでね。つい、くつろいでしまう……しかし事務官とは、うまく考えた役職名だ。どんな仕事をやってもらっても、不思議じゃないようになっている。東郷さんも気を利かしたものだ」
「正規の外交官じゃありませんけど、頭の小回りがいいようです」
「はは、なんだか人ごとみたいに言うね」
「いらない神経が発達していて、しゃべり出したら止まりません。ついさっきも、お巡りさんとケンカしかけて……」
「嫌な目には遭わなかったかい?」
「いいえ、最終的には、お友だちになれました」
「それは、なによりだ。近頃は日本人というだけで、不審尋問を受けて、警察にひっぱられることが珍しくないからね」
「まず、相手のコンプレックスをついて、怒らせるんです。人間怒ると、いろいろ隠していることが見えてきます。で、そのコンプレックスに寄り添うようにすれば、仲良くなれます。緊張と緩和です」
「はは、並の外交官より、人あしらいが上手いようだね」
「でも、実際はなんにも考えていません。その時、頭に浮かんだことを口走っているだけです。後付で説明したら、まあ、こんな感じかなあというところです」
「そのお巡りさんとは?」
「最初は横柄だったんです。すごく日本人に偏見持っているようで」
「で、コンプレックスはすぐに見つかったのかい?」
「言葉の訛りと雰囲気から、ポーランドの血が混ざっているなって感じました」
「で、お巡りさんに言ってしまったのかい?」
「ええ、あなたポーランドのクォーターでしょって」
「で、どう寄り添ったんだね?」
「わたしのお婆ちゃんもポーランド人なんです」
「ほう……」
「つまらないことで、コンプレックス持ってるようなんで、ハッパかけてあげました」
「お説教でもしたのかい?」
「いいえ、自分もクォーターだって言って、笑顔で握手しただけです。大の大人が、つまらないことでコンプレックス持って、弱い日本人を見下しているのにむかついただけです」
「はは、おちゃっぴーだな、真夏さんは」
「ハハ、そのお巡りさんにも、そう言われました」
「なかなかな、お嬢さんだ」
 
 そのとき、ドアを開けて八の字眉毛のおじさんが入ってきた。インストールされた情報から来栖特命大使だということが分かった。
 
「お。来栖さん」
「ノックはしたんですが、お気づきになられないようなので、失礼しました」
 一見お人好しに見える来栖大使が緊張している。
「君、悪いが席を外してくれたまえ。野村大使と話があるんだ」
「男同士の飲み会だったら、ご遠慮しますが、外務省からの機密訓電だったら同席します」
「君は……?」
「東郷さんから、この件については彼女を同席させるように……ほら、これだよ」
 野村大使は、わたしに関する書類を来栖さんに見せた。
「しかし、こんな若い女性を……それに君はポーランドの血が……」
「四分の一。来栖さんの息子さんは、ハーフだけど陸軍の将校でいらっしゃいます。一つ教えていただけませんか。外交官の資質って、どんなことですか?」
「明るく誠実な嘘つき」
「明るさ以外は自信ないなあ。三つを一まとめにしたら、なんになりますか?」
「インスピレーション……かな、来栖さん」
「よかった、経験だって言われなくて。わたしは外交官じゃないけど、今度の日米交渉には、くれぐれも役に立つように言われてるんです、東郷外務大臣から」
「と、言うわけさ。来栖さん」
「では、申し上げます……」
「その前に、黙想しませんか。国家の一大事を話すんですから……」
 
 そう言いながら、わたしは、メモを書いた。
 
――大使館は盗聴されています、筆談でやりましょう。
――了解。
――日本からの最終訓電の翻訳は正規の大使館員に限られます。
――ほんとうかね?
――そのために、私がきました。& 最終訓電は米政府への最後通牒。国務省への伝達は時間厳守。
 
 事の重大性は分かってもらえたようだ。次にダメ押し。
 
――日本の外交暗号は米側に解読されています。
 
 二人の大使は、顔を見交わした。そして、野村大使はメモをまとめて暖炉で燃やした。メモは煙となり、たちまちワシントンの冬空に溶け込んでしまった……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・1『序章 事故・1』

2019-10-11 06:55:13 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・1   


『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 
『序章 事故・1』

 ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!

 タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げて、大道具は転げ落ちた。一瞬みんながフリ-ズした。
「あっ!」
 思わず声が出た。
 講堂「乃木坂ホール」の外。中庭側十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ている。
「潤香先輩!」
 思わず駆け寄って大道具を持ち上げようとしたが頑丈に作った大道具はビクともしない。
「何やってんの、みんな手伝って!」
 フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた。
「潤香!」
「潤香先輩!」
 皆が呼びかけているうちに、事態に気づいたマリ先生が、階段を飛び降りてきた。
「潤香……だめ、息をしていない!」
 マリ先生は、素早く潤香先輩の気道を確保すると人工呼吸を始めた。
「救急車呼びましょうか……」
 わたしの蚊の泣くような声。
「早く」
 マリ先生は冷静に応え、弾かれたように、わたしは中庭の隅に行き携帯をとりだした。
 一瞬、階段の上で、ただ一人フリ-ズが解けずに震えている道具係りの夏鈴(かりん)の姿が見えた……乃木坂の夕陽が、これから起こる半年に渡るドラマを暗示するかのように、この「事件」を照らし出していた。


 ロビーの時計が八時を指した。

 病院の時計なので、時報の音が鳴ったわけじゃない。心配でたまらない私たちは、病院の廊下の奥を見ているか、時計を見ているしかなかった。
 ロビーには、わたしの他には、道具係の夏鈴と、舞監助手の里沙しか残っていなかった。あまり大勢の部員がロビーにわだかまっていては、病院の迷惑になると、あとから駆けつけた教頭先生に諭されて、しぶしぶ病院の外に出た。まだ何人かは病院の玄関のアプローチのあたりにいる。ついさっきも部長の峰岸さんからメールが入ったところだ。わたしと里沙はソファーに腰掛けていたけど、夏鈴は古い自販機横の腰掛けに小さくなっていた……いっしょに道具を運んでいたので責任を感じているのだ。
 時計が八時を指して間もなく、廊下の向こうから、潤香先輩のお母さんと、マリ先生、教頭先生がやってきた。
「なんだ、まだいたのか」
 バーコードの教頭先生の言葉はシカトする。
「潤香先輩、どうなんですか?」
 マリ先生は、許可を得るように教頭先生と、お母さんに目配せをして答えてくれた。
「大丈夫、意識も戻ったし、MRIで検査しても異常なしよ」
「ありがとう、潤香は、父親に似て石頭だから。それに貴崎先生の処置も良かったって、ここの先生も。あの子ったら、意識が戻ったら……ね、先生」
 ハンカチで涙を拭うお母さん。
「なにか言ったんですか、先輩?」
「わたしが、慌てて階段踏み外したんです。夏鈴ちゃんのせいじゃありません……て」
「ホホ、それでね……ああ、思い出してもおかしくって!」
「え……なにがおかしいんですか?」
「あの子ったら、お医者さまの胸ぐらつかんで、『コンクールには出られるんでしょうね!?』って。これも父親譲り。今、うちの主人に電話したら大笑いしてたわよ」
「ま、今夜と明日いっぱいは様子を見るために入院だけどね」
「よ、よかった……」
 里沙がつぶやいた。
「大丈夫よ、怪我には慣れっこの子だから」
 お母さんは、里沙に声をかけた。
「ですね、今年の春だって、自分で怪我をねじ伏せた感じ。あ、今度は夏鈴のミサンガのお陰だって」
 マリ先生は、ちぎれかけたミサンガを見せてくれた。

「……ウワーン!」

 夏鈴が爆発した。夏鈴の爆泣に驚いたように、自販機がブルンと身震いし、いかれかけたコップレッサーを動かしはじめた。それに驚いて、夏鈴は一瞬泣きやんだが、すぐに、自販機とのデュオになり、みんなはクスクスと笑い出した。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宇宙戦艦三笠・27[フィフスのクレージードリル(訓練)]

2019-10-11 06:46:18 | 小説6
宇宙戦艦三笠・27
[フィフスのクレージードリル(訓練)]


 

 

 

 最初は、単なるジャンケンであった。

 ロボットが相手だったが、スキルを人間並みに設定してあったので、まあ、十回勝負で各自六勝四敗というところだった。
「さあ、これが出発点だ」
 と、言われても、先が読めない。
「こんなので訓練になるの?」
 美奈穂が聞いた。美奈穂は横須賀の下町の子で、子供のころからいろんな遊びでジャンケンはやり慣れていたので、七勝三敗と調子がいい。
「今のは人間と同じ設定だったので、君たちの今の実力がそのまま出ている。今度はロボットのスキルをマックスに上げる。ロボットは、君たちの表情や息遣いからちょっとした変化まで解析して、ジャンケンをする。君たちは、そのロボットの解析の裏を読んで対応してもらう」

 今度は完敗だった。みかさんまで負けている。船霊のみかさんが勝てないのなら、仕方がないと一同は思った。

「だめじゃのう。これが戦闘なら、全滅じゃ」
 ナンノ・ヨーダは四等身の頭を振ってため息をついた。
「だって、みかさんだって勝てないんだよ」
 トシがプータレる。
「船霊は、君たちクルーの能力に合わせて成長する。船霊とはそういうもんだ」
 みかさんは、ただ一人ニコニコと聞いている。ウレシコワは船を失った船霊だったので、複雑で寂しい顔をしている。クレアは、元々前世期のボイジャーだったので、CPの能力が追いついてこない様子だった。
「負けても仕方がないと思っとるじゃろ。しょせんジャンケンは運しだいじゃと。その負けても仕方がないでは、グリンヘルドにもシュトルハーヘンにも勝てん。今度はやりかたを変える。参加するロボットを百万にまで増やす。そして、君たちを含め全員に百円玉を持ってもらう。二人一組で始め、勝った方が勝った者同士でまた一対一の勝負。簡単な計算じゃが、最後の勝者は一億円を手にすることになる。それでは、勝負じゃ!」
 クルーの大半は横須賀の子である。こういう賭け事めいたことには自然に胸がときめく。

 最初はグー、ジャンケン、ポン!

 

 一億と八人の声がダススターに木霊した。

 無邪気な欲と言うのは恐ろしいもので、数回繰り返しているうちに三笠組の八人が残るようになり、最後の勝者は修一になった。
「これで良い。無邪気な欲が、勝利に繋がる。これが実戦なら、三笠の大勝利じゃ!」

 が、これで終わりではなかった。

 次に、レフトセーバーの使い方の訓練であった。レフトとは心臓が左側にあることからついた名前である。人間は最後に心臓を守ろうとする。人と並ぶとき左側に人に立たれると、なんとなく落ち着かないことや、喫茶店、映画館のシートが左側から埋まっていくことなどにも現れている。樟葉は単に著作権の問題かと思ったが、みかさんと目が合うと、みかさんは、ただニッコリ笑みを返してきただけである。
「よいか、やみくもにセ-バーを振り回しても勝てやせん。心の中にプレステのコントローラーを思い浮かべよ。そのコントローラーで操作するようにやれば、勝利疑い無し。励め!」
「でも、なんでプレステのコントローラー? うちXボックスなんだけど」
「プレステはフォーまできておる。フィフスは、それを超えるものじゃからじゃ!」
 ダジャレのような答えだったが、やってみると、なるほど上達が早かった。

 他にも、様々な訓練(ドリル)が課された。中には、ここで書けないような内容も含まれているが、それではつまらないので、その一端を紹介しよう。

 セックスアタックへの耐性訓練と言うのがある。
 
 バーチャルではあるが、絶世のイケメンと美少女の性的な誘惑に勝つ訓練である。三笠のクルーは、みな高校生という多感な年ごろ、ウレシコワやクレアも器としての体は少女である。反応は人間と変わらない。
 詳述は省くが、この訓練がもっとも大変であった。年頃であるということとラノベのキャラであるということで、この種の誘惑には一番弱いのだ。レイマ姫は過去に訓練を受けていた様子だった。で、この訓練が一番つらいことを知っていた様子であるが、この訓練のときだけ標準語になることが可笑しかった。

 かくして、ひと月にわたる訓練が、終わり、各自のHPとMPが発表された。ゲームで言えば、初回最後のボス戦の時のような数値であった。

「これからは、実践が訓練であると思って頑張りたまえ!」
 
 ナンノ・ヨーダは、そう締めくくった。クルーたちは、まるでチュートリアルを終えたばかりのゲーマーのように新鮮な闘志に燃えていた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

音に聞く高師浜のあだ波は・20『初射会(はつしゃかい)て読むんです』

2019-10-11 06:35:42 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・20
『初射会(はつしゃかい)て読むんです』
         高師浜駅


 初射会というものに行ってきた。

 大阪の高校弓道部代表が一堂に集まって、年の初めに弓を撃つ行事なんやそうです。

 場所は、府立高校ながら、大阪で一番の矢場を持ってる真田山高校。
 あたしらの高師浜高校と同時期に出来た旧制中学の発展形。
 旧制中学いうと男子校。高師浜高校は女学校の発展形なので、門からして雰囲気が違う。
「いかつい門だね~」
 姫乃が感心した。
 今時珍しい鉄の門、どこかで見たことあるなあと思ってたら『赤坂離宮』という言葉が浮かんできた。
 さっそくスマホで検索。
「わー、ソックリだ!」
 姫乃が驚く。
 たしかに雅やかな中に質実剛健な感じは、よう似てる。あたしの記憶力もなかなかや。
 通称マッカーサーの坂を上がると、正面玄関。玄関わきには何かの土台。
「あ、注釈があるよ」
 脇の小さな看板を見ると――真田幸村の銅像がここに立っていましたが 戦時中の金属供出のため撤去されました――とある。
「真田さん、まだ戦争から帰れないんだ……」
 今日の姫乃は詩人です。
 校舎は見学したくなるほどに重厚やねんけども、初射会に遅れてはいけないのでパス。

 ⇐初射会会場の張り紙に従って進むと、校舎の南側に講堂風の平屋がありました。

「「ここだ」」

 姫乃とハモって会場へ。
 講堂かと思ったら、板場の向こうはプールほどの広さなんやけど屋根は入った板の間のとこしか無くて素通し、素通しの突き当りが土手になっていて蛇の目の的が十個ほど設置されていて、同時に十人ほどが撃てるようになっている。
「すみれ、どこに居るんやろ……」
 学校の的場では、すみれは直ぐに分かる。美人やねんけどヤンチャそうな独特の雰囲気……それが、この初射会の会場では、なかなか見つけられへん。人数が多いことが第一やねんけども、みんな着物に袴の正月スタイル。ふだんの雰囲気とちゃうんやろと思う。
「あ、あそこに居るよ!」
 姫乃が指差したのは、その子だけはちゃうやろと、何べんも視線をスルーさせた白地に花柄を散らしたお嬢様風の着物に紫の袴。もし弓道女子の映画を撮るんやったら、そのまま主役が務まりそうなくらいイケてる。
「あ、あんなすみれ……初めてや」
 くやしいけどため息が出てしまいました。

 弓道いうのは、トロクサイ上に撃つ矢の数が多いんで長丁場になるのを覚悟してました。

     

「ラッキー、すみれ一番の組や」
 すみれが、他の九人の選手と一緒に射列に並ぶ。矢を引き絞るときは思い切り胸を反らすので、すみれの形のいい胸に凛々しさが加わって、瞬間「こいつには勝てんなあ」と嫉妬させられる。
「なに、胸押えてんの?」
「え、あ、うん、なんでもない」
 姫乃はコンプレックスは無いようです。

 え、これでしまい?

 長丁場を覚悟していたら、なんと二本撃っただけで、すみれは礼をして下がってしもた。
 冷静に考えたら、百人ほどの選手が長ったらしく撃ってたら日が暮れて、明日の朝になっても終わりません。

 で、すみれは、二本とも的の真ん中の黒星にドンピシャ。

 ウ~ン、悔しいけど「ここ一番に強い女」です。それもシャクに障るくらいのポーカーフェイス。
 なんや、今年も、あたし一人取り残されて子供っぽい一年になりそう。

 三組目まで見たところで、選手席のすみれと目が合う。かねて「外で待ってる」という目配せを互いに交わして表に出る。

 待つこと十分。横の出口から出番の終わった選手が三々五々出てくる。
 どの子も、さすがは弓道部、歩く姿も凛として、ますます自分が子どもじみたアホに思える。

 バッシーン!!

 いきなり肩を叩かれる。
「やったー!」
 声に振り返ると、アホみたいに嬉しそうな大口開けて、頬っぺたを真っ赤っかにしたすみれがピョンピョン撥ねておりました。

 やっぱ、こいつも変わってへん。安心した年の初めでした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小悪魔マユの魔法日記・60『AKR47・4』

2019-10-11 06:24:59 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・60
『AKR47・4』   


 
――マユ、あんた、なんか絡んでんの?

 魔法に気づいたオチコボレ天使、雅部利恵の思念が突き刺さってきた……。

――あんたには、関係ないでしょ。
 
 この、木で鼻を括ったような応えが悪かったのかもしれない。
 利恵とは、いままで、いろんなことでぶつかってきた。校長先生のカツラ事件。片岡先生の恋物語。知井子の悩みの件では、意図しなかったとは言え、マユの方が一歩リードしたカタチになっている。
 天使と小悪魔。元々が違う。それぞれ監督の大天使や、悪魔から、あまり関わり合いにならないようにと注意もうけていた。
 利恵は、自分で探りを入れて対抗することにした。で……。

――ルリ子たち、カワイソー……と思ってしまった。

 フェアリーテールの世界のことなど、利恵は、まるで理解していなかったので、トイレットペーパー事件は、単なるマユの意地悪であると思ってしまった。そして、AKR47での知井子とマユの成功もマユの魔法がからんでいると誤解した。
  
 誤解と無理解は放課後になって決定的になってしまった。

「さて、どこ行こうか……」
 ハチ公前で、ルリ子が呟いた。
 学校でのウザイことを忘れるために、とりあえず、学校から一番近い渋谷にやってきた。
 渋谷は、大げさにいえば谷底で、どこへ向かっても上り坂のようになっている。その上り坂がルリ子には気に入っている。Tデパートにテナントとして、ルリ子の父が出資しているブティックがあるので、そこで私服に着替えている。
「あんまり悩んでると、家出少女みたいだよ」
 美紀が、モテカワ系のナリで続けた。
「そうだわね……」
 と、応えたものの、ルリ子は決めかねた。

「ねえ、そこのオフタリサン、よかったらお茶でもどうよ」
 遊びなれた感じのデコボコ二人組が声をかけてきた。ルリ子は視野の端に入れただけでシカトした。
「ヒマしてんだろ。だったら、お互いヒマそうなコンビ同士だからさ、いいと思わない」
「あんたたちの相手してるほどヒマじゃないの」
 美紀が、軽くイナシた。
「とりあえず、北」
 ルリ子が言った。
「グウウウウゼン、オレたちも北!」
 背の高いほうのニイチャン。
「きた……ないのあんたたち」
「ハ……?」
 デコボコニイチャンがそろって声をあげた。
「汚いのあんたたち」
「そういうこと」
 ルリ子と美紀が、横顔で応える。
「なんだと……!」
 背高ニイチャンがルリ子の肩に手をかけた。
 ニイチャンは一瞬で天地がひっくり返った。
「気をつけてね、ホコリがたつでしょ……」
 ルリ子は、こう見えても、合気道二段の腕である。ちかごろ稽古はサボっていたが、きれいにきまったので、少し気分がよくなった。

 デコボコニイチャンがボコボコニイチャンになって、ルリ子と美紀の足は、駅の西北のバスケ通りに向かった。
 バスケ通りは、センター街の一部であるが、チーマー・ガングロ・家出少女などを連想させてイメージが悪いので、地元の商店会でつけた名前で、べつにバスケットボールができるわけでもなく。ルリ子としては、あまり気の向くところではない。
 しかし、ここで思わぬものに出会ってしまった。
 
 マックの前で人だかり。人だかりは、そのまま北に進み、突き当たって西へ。井の頭通り手前の三叉路のところに、荷台がプチステージになったトレーラーが止まっていて。人だかりの中心から五人の女の子たちがステージに上がった。
「あ、オモクロだ!」
「なに、それ?」
 ルリ子はオモクロを知らない。
「オモシロクローバー。いま売り出し中のアイドルグループ」
 
 ステージの上でミニライブが始まった。名前の通り、コントを交えた面白系の歌と踊りで二十分ほど。
「オモシロクローバー、これからもよろしくお願いしま~す!」
 MCの子が締めくくった。
 いつものルリ子なら、こんなアイドルとも芸人ともつかないハンパなものは三分とは見ていられないのだが、このときは、つい最後まで観てしまった。

 これが、天使の利恵が仕組んだものだとは、ルリ子も美紀も気づかなかった……。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・084『M資金・16 牛と共に落ちる』

2019-10-10 12:58:54 | 小説

魔法少女マヂカ・084  

『M資金・16 牛と共に落ちる』語り手:ブリンダ 

 

 

 

 T型フォードにはシートベルトが無い。どころかキャビンは幌を張っただけの素通しだ。

 

 そんなT型フォードの高機動車が、グルングルンと上下左右に回りながら落ちていくのだから、たまったもんじゃない。

 ウワアアアアアアアアア!!

 あっという間に投げ出されて、虚空の中を落ちていく。このまま落ちてしまえば『不思議アリス』のように奈落の底にたたきつけられて一巻の終わりだ!

 魔法少女は飛行する能力があるが、得意ではない。基本的に地面や壁とか、踏ん張って勢いをつけるものがなければ飛行姿勢がとれない。むろんスカイダイビングのチャンピオン程度の力はあるのだが、それも、こんなグルグルのモミクチャでは絶対無理だ!

 T型フォードも『鏡の国のアリス』も手をこまねいているわけでは無いのだが、オレたちよりも早く落ちていってる。物質の落下速度は質量に比例しないのはガリレオがピサの斜塔から大小の鉄球を落として実証済みだ。三百年前に確立された物理法則が完全に無視されている。

――ニャハハハハ……ここはカオスの世界だからにゃあ――

 チェシャネコが顔だけ現してニヤニヤしている。

 ニクッタラシイやつめ!

 せめてもの悪態を浴びせてやると、なにかが降ってきてチェシャネコを直撃した。

 フギャ!

 それは、茶褐色の牛だ! 牛に直撃されたチェシャネコは悲鳴を残して消えてしまったが、牛たちは後から後から降って来る。黒いのも茶褐色のもホルスタインみたいのもいる。牛たちは、クルクル旋回せずに足を下にしたまま落ちている。

「牛に乗れば、ちょっとマシにならないかな?」

 マジカがいいことを言う。

「よし、手ごろなのに乗っかるぞ!」

 対策が見つかると(牛に乗ったからと言って助かると決まったわけではないが)楽になる。視野に入っている牛たちの中から手ごろな黒牛を見つけて跨ってみる。

 おお、この感触!?

 大戦前に何度か挑んだロデオ大会を思い出した。思い出すと同時に感覚が戻ってきて、我ながら器用に乗りこなせる。視野の端っこに、へっぴり腰ながら牛に跨ったマジカが見える。

 なんとかなりそう……思った瞬間、上の方から牛に跨った男たちが下りてくる。パッカードに乗っていた連中だ。

――こいつら、又仕掛けてくるのか!?――

「ブリンダが、ロデオなんか思い出すからだろがあ!!」

 相棒が吠えている。

 着地には間がありそうだ、腐っても魔法少女、着地するまでには上手くなるだろう。

 

 奈落の底が、仄かに明るくなってきた……T型フォードは風に流されたのか姿が見えない……真下ではすでにロデオ大会が始まっているのだろう、湧き上がる歓声が聞こえてきた。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真夏ダイアリー・35『最初の任務・駐米日本大使館・1』

2019-10-10 07:19:09 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・35
『最初の任務・駐米日本大使館・1』    



 気が付いたらワシントンD・Cのマサチューセッツアベニューだった。
 ボストンバッグを持ち直して周囲を見渡す。

 西にポトマック川と、川辺の緑地帯が見える。関東大震災救援のお礼に日本から送られた桜が並木道に寒々と並んでいた。12月では致し方のない光景だが、いきなり1941年の12月……いくら基本的な情報はインストールされているとはいえ、感覚がついてこない。

 向こうに見えるネオ・ジョージアンスタイルの建物が、日本大使館だと見当はついたが、気後れが先に立ち、なかなか足が進まない。
 紺のツーピースの上に、ベージュのコート。我ながらダサイファッションだと思ったが、頭では、これが当時のキャリア女性の平均的なものと認識しているのだから仕方がない。

「道に迷ったのかい……?」
 後頭部から声が降ってきた。振り返ると、アーノルド・シュワルツェネッガーのようにいかつい白人の警察官が、穏やかに、しかし目の奥には警戒と軽蔑の入り交じった光を宿しながら真夏を見下ろしていた。
「日本大使館に行くところなんですなんです」
「ほう……で、用件は?」
「新任の事務官です」
「パスポートを見せてもらっていいかな?」
 言い方は優しげだが、十二分な威圧感がある。いつものわたしならビビッてしまうところだけど、こういう場合の対応の仕方もインストールされているようで、平気で言葉が出てくる。
「荒っぽく扱うと、中からサムライが刀抜いて飛び出してくるわよ」
「優しく扱ったら、芸者ガールが出てくるかい?」
「それ以上のナイスガールが、あなたの前にいるわよ」
 わたしは、帽子を取って、真っ正面からアーノルド・シュワルツェネッガーを見上げてやった。紅の豚のフィオが空賊のオッサンたちと渡り合っているシーンが頭に浮かんだ。
「へえ、キミ23歳なのかい!?」
「日本的な勘定じゃ、22よ」
「ハイスクールの一年生ぐらいにしか見えないぜ。それもオマセでオチャッピーのな」
「お巡りさんは、まるで生粋の東部出身に見えるわ」
「光栄だが……まるでってのが、ひっかかるな」
「お巡りさん、ポーランド人のクォーターでしょ」
「なんだと……」
「出身は、シカゴあたり」
「おまえ……」
「握手しよ。わたしのお婆ちゃんも、ポーランド系アメリカ人」
「ほんとかよ?」
「モニカ・ルインスキっての」
「え、オレ、ジョ-ジ・ルインスキだぜ!」
「遠い親類かもね? もう、行っていい、ジョ-ジ?」
「ああ、いいともマナツ。そこの白い建物がそうだ」
「うん、分かってる。新米なんで緊張しちゃって……」
「だれだって、最初はそうさ。オレもシカゴ訛り抜けるのに苦労したもんさ。でも今は……ハハ、マナツには見抜かれちまったがな」
「ううん、なんとなくの感じよ。同じ血が流れてるんだもん」
「そうだな、じゃ、元気にやれよ!」
「うん!」
 ジョージは、明るく握手してくれた。気の良い人だ……そう思って大使館の方に向いた。その刹那、イタズラの気配を感じた。
「BANG!」
 ジョージは、おどけて手でピストルを撃つ格好をした。わたしは、すかさず身をかわし反撃。
「BANG!」
「ハハ、オレのは外されたけど、マナツのはまともに当たったぜ!」
「フフ、わたしのハートにヒットさせるのは、なかなかむつかしいわよ」
「マナツの国とは戦争したくないもんだな」
「……ほんとね」

 自分のやりとりが信じられなかった。完全なアメリカ東部の英語をしゃべり、ポーランド系アメリカ人のお巡りさんと仲良くなってしまった。完全に口から出任せだったんだけど、妙な真実感があった。
 大使館の控え室の鏡を見て、少し驚いた。わずかだけど顔が違う……クォーターだという設定はインストールされたものだと直感した。

 その時、ドアがノックされ、アメリカ人職員のオネエサンが入ってきた。

「おまたせ、ミス・フユノ、大使が直接会われるそうよ」
「は、はい」
 オネエサンに案内されて、大使の控え室に通された。
「失礼します」
「ああ、待たせたね……」

 野村大使が、ゆっくりと顔を上げた……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする