《瑠璃葉の場合・4》
現実は一歩先をいっていた。
「仲むつまじいカタキ同士の元アイドル」という見出しで、週刊誌に書かれてしまった。
むろん瑠璃葉と楠葉のことである。
人の不幸は密の味で、この特集は評判になった。
――複雑なカタキ同士の愛憎?――
二人は、エキストラの仕事も無くなり、バイト先からも遠回しに辞めてくれと言われた。
瑠璃葉は大人なので、プライドさえ捨てれば、キャバクラで働くこともできた。
楠葉は現役高校生でもあったので、風当たりが強かった。『ラ・セーヌ』で主役に抜擢されたころは、学校の宣伝塔にもなり、チヤホヤされたが、悪い噂が立つと学校も友達も手のひらをかえしたように冷たくなった。
瑠璃葉は楠葉に済まないと思ったが、どうしようもなかった。
楠葉は、病気を理由に休学した。
瑠璃葉は、そう思った。でも楠葉はサバサバしたものだった。
「あたし、瑠璃葉さんを前にしてなんだけど、本当に病気なの。舞台から落っこちて、神経やられて踊れなくなっちゃったでしょ」
「申し訳ない、それも、アタシの……ウワー!」
「「キャー!」」
なんで、ここで悲鳴になるかというと、マスコミの目があるので、二人は考えて、浅草はなやしきローラーコースターに乗って肝心の話をした。営業開始から60年になる日本最古のコースターだけど、ほどよく絶叫し、ほどよく話をするのには最適だ。
「あたし、最新の神経再生治療うけるの。うまくいけば、また踊れるようになる……キャー!」
「そうだったの……ウワー!」
「これ降りたら別行動。治療が終わったら連絡するわ……ギョエー!」
ほどよく悲鳴をあげたあと、二人はニコニコと別れた。つきまとっていた芸能記者や、レポーターは肩すかしをくらった。
楠葉は「お金を貯めといて、とりあえず200万円」とメールを打った。
瑠璃葉は、なりふり構わずバイトやパートをして、明くる年の春には200万円貯めた。
楠葉は、その間神経細胞再生という最新の治療を実験台になることを条件に受けて成功していた。
――ニューヨークへ行くわよ。行き先は……――
半年ぶりに楠葉からメールがきて、二人は別々にニューヨークを目指した。
「ニューヨークまできて、アルバイト?」
瑠璃葉は驚いた。
「うん。ただし、次のステータスのためのステップに過ぎない!」
楠葉は明るく答えた。
二人は留学ビザの限度一杯バイトにいそしみ、お金よりも英語力を身につけた。
「え、ここが目的地だったの!?」
瑠璃葉は目を見張った。二人の目の前には赤レンガのアクターズスタジオが屹立していた。
アクターズスタジオと言えば、マリリンモンローやジェームスディーンなどを輩出した世界一の俳優学校である。
むろん入学は難関ではあるが、日本での痛い経験が入学テストに幸いした。テストの内容は「人生で、もっとも辛かったことの再現」であったから。
かくして、二人は無事に卒業し、アメリカの俳優として頭角を現し、名優として日本に戻ってきた。
楠葉の結(ゆい)は、瑠璃葉を幸せにすることに成功した。瑠璃葉が、人の幸せ(この場合楠葉)が自分の幸せになるところまで心が成長していたことが嬉しかった。
結の時空を超えた試練は、さらに高度なものになっていく気配であった……。