目の前が一瞬ホワイトアウトし、舞台も観客席も見えなくなった。
しかし、わき起こる拍手で、自分は、まだアイドルなんじゃないかと、一瞬錯覚した。
錯覚は、直ぐに覚めた。拍手の対象が微妙に違う。
意地を張るんじゃなかった。後悔したが後の祭りだ。
2001年から二年間大ヒットした『ラ・セーヌ』実写版の制作発表に呼ばれ、瑠璃葉は大先輩のつもりでいた。だから、舞台挨拶は実写版リメークの主役秋園楠葉(あきぞのくずは)といっしょにという条件を出した。
そして、舞台に出る寸前に、ごく自然に楠葉の前に進み、先頭を切って舞台に出た。
観客の拍手は、瑠璃葉のすぐ後ろに控えめに現れた楠葉に対するものだった。屈辱感が増しただけだ。
瑠璃葉は、高三の秋に新作アニメ『ラ・セーヌ』の声優のオーディションに応募して、あまたのプロを押しのけて主役ロゼットの役を射止めた。
『ラ・セーヌ』は、19世紀のパリが舞台で、ムーランルージュの踊り子たちが時代に翻弄されながらもたくましく生きていくという『ベルばら』の再来と言われたほど流行ったアニメだった。
それが十三年の後、時代を現代に置き換え、主人公も日本から来た留学生が、アルバイトからスターになっていくストーリーになっている。
その主役が、AKR48から抜擢された秋園楠葉である。まだ17歳で、瑠璃葉の半分ほどにしかならない現役の女子高生でもあった。
楠葉は、なかば結の意識で、往年のアイドル声優であった瑠璃葉に、もう一度自身を取り戻してもらって、一流の俳優になってもらいたいと願っていた。
だからプロデューサーに頼んで、瑠璃葉にも役を付けてもらった。多少の無理はあったが楠葉が演ずる主人公のエミの姉という設定で、最初は妹のエミが留学を捨てて役者になることに反対するが、最後は、その情熱と才能に気づき、応援する側に回るというものであった。
MCに続いて、楠葉のスピーチが始まった。楠葉がマイクを持っただけで歓声があがる。
「こんにちは、みなさん。正直楠葉はビビッています。研究生からチームRになって半年。総選挙でも47番目だったわたしに、こんな大きなチャンスを頂いて、ほんと足が震えてます」
可愛いよー! 大丈夫! 観客席から声援と拍手があがる。
「ありがとうございます。えと、この『ラ・セーヌ』は、瑠璃葉さんが声優をされて一世風靡した作品で、『ベルばら』の再来とまで言われた名作です。今度設定は変わりますが、前作。そして、前作の主役でいらっしゃった瑠璃葉さんの名を汚さないよう頑張りますので、よろしくお願いします。あ、それから瑠璃葉さんには、今回特別出演していただくことになっています。どの役かは内緒ですけど、みなさん、どうぞ楽しみになさってください。では、瑠璃葉さん、どうぞ」
楠葉は、瑠璃葉にマイクを渡した。拍手はきたが楠葉ほどではない。
なにか二分ほど話したが、瑠璃葉は、その間も観客の注目の大半が楠葉に向いているのがいたたまれなかった。
プロディユーサー、監督の話が続き、全員の挨拶が終わって舞台袖に引き上げるとき、自分の前を歩いた助演女優の三島純子に敵意を覚えた。そして体をよけるフリをして、その女優に足をかけた。
三島純子は「ア」っと声を上げて、前を歩く楠葉に倒れかかり、楠葉は、はずみで舞台から転げ落ちた。
会場は騒然とし、瑠璃葉も心配顔をつくろったが、胸にはどす黒い快感が湧いていた……。