大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ファルコンZ・15『マークプロの宣伝ロケット』

2019-11-18 06:52:14 | 小説6
ファルコンZ 15
『マークプロの宣伝ロケット』        

 
☆……三丁目の星・3
 
 マークプロの向かいの空き地からロケットが打ち上げられた。
 
 ロケットと言っても長さ二メートルほどのミサイルのようなものだが、先端に二つのカプセルが仕込まれている。
 一番上のカプセルには、二千枚のビラが仕込まれていて、このビラを拾って事務所に持っていくと、陽子やザ・チェリーズと握手ができて、賞金一万円がもらえる仕組みになっている。
 一番目のカプセルは高度一万でハジケ、二千枚のビラは、東京、千葉方面に舞い落ちていった。あらかじめ、マスメディアに連絡してあったので、事務所前には、新聞、週刊誌、ラジオにテレビ、当時全盛だった、映画のニュース会社まで押し寄せた。
 マーク船長は、事務所の両隣と向かいの空き地を借り上げていたので、野次馬を含むマスコミは、余裕で来ることが出来た。
 
『奇想天外、マークプロの宣伝ロケット!』
 
 おおむね、こういう見出しで、ラジオとテレビは中継された。新聞は夕刊のトップに、週刊誌は翌週のトップ記事にした。
 後日談ではあるが、科学雑誌、それも専門家が読むような『航空宇宙』が取り上げた。当時としても、国産ロケットで高度一万まで飛ばせるものがなかったからだ。
「なあに、素人のまぐれですよ」
 そう言いながら、ロケットの設計図を配った。その後日本の得意になる簡単な固体燃料によるエンジンに、ドイツが戦時中飛ばしていたV2ロケットの姿勢制御装置のコピーで、当時の米ソの技術から見ればオモチャみたいなもので、当然米ソは関心を示さなかった。
 
 握手会と賞金の引き替えは、その日の午後から明くる日の夕方まで行われた。ビラには細工がしてあり、36時間後には印刷は消えるようになっていた。こういうイベントは短期勝負である。
 結果的には、48枚のビラが持ち込まれた。握手は、ビラがなくてもできるので、約一万ちょっとの人が集まった。
「社長の考えることって、すごいわね。たった三日で、ほとんどスターの扱いよ!」
 陽子は感激した。ミナコとミナホも、表面上それに合わせた。400年も進んだ文明の全てを、三丁目星の代表である陽子にも明かすわけにはいかない。
 
 ロケット打ち上げの二日後から、世界的な異変が起こった。
 
 陽子と、ザ・チェリーズのプロモーションビデオや音声が、全世界で視聴できるようになったのである。
 これは、高度な人工衛星がなければできないことである。
 そう、マーク船長のロケットの本当の推進力は、小型の反重力エンジンなのだ。二段目のバレ-ボールほどのカプセルが、衛星軌道の高さにまで達すると、中から八個の超小型人工衛星が周回軌道に乗り、陽子やザ・チェリーズの動画や、曲を流し始めた。
 これは世界中のテレビやラジオで視聴できた。
 共産圏ではテレビやラジオのバンドは固定されていたが、マークプロのプロモは、あらゆる周波数帯で流している、当時の技術では阻止できなかった。
 
「マーク社長、警察が来ました!」
 
 急遽増員した人間のスタッフが、顔色を変えて社長室に飛び込んできた……!
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小悪魔マユの魔法日記・98『オモクロヒットの裏側・3』

2019-11-18 06:41:29 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・98
『オモクロヒットの裏側・3』 



 加奈子の濁った思念の中に東京タワーとスカイツリーが見えた。

 たしかに、このガラス張りからは、その両方が見える。でも、それは何かの象徴のように思えた……。

「あの時、あなたの一番近くにいたのはわたしなの」

 一昔前の人口音声のような無機質さで、加奈子は言った。視線はガラス張りに向けられたまま。
「助けなきゃ。そう思った……ほんとよ。でもその前に美紀ちゃんが動いていた。で、わたしは動けなくなってしまったの」
「どういうことですか?」
 マユは、加奈子の横顔に聞いた。
「美紀ちゃんは、心からオモクロを愛している。だから、とっさに、仁科さんを助けようとしたの」
 マユは、仁科香奈の顔で当惑した。
「美紀ちゃんたちは、あとからやってきて、おもしろクローバーを想色クローバーに変えてしまった。そしてAKRに肩を並べるほどのアイドルグル-プにしたわ。力とオモクロへの愛情がなきゃできないことよ。だから、たとえオーディションの受験生でも、仲間が危険だと思ったら自然に体が動くのよ……それに圧倒されて、わたしは体が動かなかった……でも、これって言い訳よね」
「どうしてですか……」
「だって、わたしが飛び込んでいったら、おそらく、だれも怪我せずに、あなたを助けられたわ……あのとき体が動かなかったのは、わたしの心がオモクロから離れ始めている証拠」
「そんなこと、とっさのことだったんだから、いま思い悩んでもしかたないですよ」

 マユの言葉に、加奈子の答えは返ってこなかった。

 ロビーの小さな声や物音が騒音に聞こえるほど、加奈子の沈黙は長かった。

「でも、やっぱり、わたしが飛び込むべきだった……もともと、オモクロってアクション系だから、気持ちさえシャンとしていたらできたはず……それに、わたしだったら万一ケガをしても、グループに影響は何もない」
「考えすぎですよ、美紀さんの代わりに加奈子さんがアンダーやることになって、で……」
「それなら、もうない」
「え……?」
「ついさっき、アンダーは、真央ちゃんに変わった。たった今メールがきたとこ」
「そんな……」
「もとのオモクロのセンターじゃ、昔のイメージ引きずっちゃう。研究生あがりだけど、真央ちゃんなら、まだなんの色も付いていないし、実力もあるものね……ここから見える景色って……ごめん、なんでもない」
 そう言って、加奈子は立ち上がった、事務所に戻るつもりのようだ。

 マユには、加奈子が言い淀んだ言葉が分かった。

 ここのガラス張りからは、東京タワーとスカイツリーの両方が見える。スカイツリーができてからは、東京タワーはかすんでいる。実際、東京タワーのまわりには超高層ビルが建ち並び、東京タワーは陰が薄い。加奈子はその姿が今の自分の姿に重なってしまったのだ。
「加奈ちゃんも事務所?」
「ええ、書類とか、いろいろあって。わたし、こういうの苦手だから間違ってないか心配で」
「貸してごらん」
 加奈子は親切に、書類を見てくれた。
「ああ、名前のフリガナは片仮名だよ。うちの担当意地悪だから、チェックかもね」
「どうしよう……」
「わたしが付いていってあげるよ。さすがに、わたしが一緒なら文句も言わないだろうから」
「すみません」
「ドンマイ、ドンマイ」
「あ、信号赤です」
「チ、タイミング悪いね」
 ……ここの信号は長い。二人は見るともなく、空を見上げた。
「ここからだと、スカイツリーっきゃ見えないんだよね」
「見えますよ、東京タワーも。ほら、あのビルの横っちょに先っぽが」
「ほんとだ。まるでバックコーラスだね」
「でも、見えることは見えます。まだ東京タワーを愛している人もたくさんいるんですから」
「だよね、お客さんはそんなに減ってないってネットに出てた……て、香奈ちゃん、なんで、わたしが東京タワー気にしてるってわかったのよ?」
「そりゃあ、会話の流れで……」
「そっか、偲ぶれど色に出にけりだね。よし、青になった。いくよ!」

 長い横断歩道を渡る間に、マユは、加奈子の心に、ちょっとだけ魔法をかけた。いや、魔法と言えるほどのものでもない。おもしろクロ-バー時代の曲をちょっと元気よくハミングしてみたのだ。
 
 横断歩道を渡りきるころには、加奈子の心にはアイデアと共に小さな勇気が湧いていた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・101『しらす丼のしらすって?』

2019-11-17 14:16:18 | 小説

魔法少女マヂカ・101  

 
『しらす丼のしらすって?』語り手:マヂカ 

 

 

 しらすが旬だね

 

 百メートル走のタイム測定の順番を待っていると、サムが呟く。

「え?」

 ボーっとしているノンコが聞き返す。

「ほら、あの雲、ざるに盛られたしらすみたい」

「「「「ふぇ~」」」」

 調理研の四人が間の抜けた声をあげる。

 たしかに、消えかけのイワシ雲が、そう見えなくもない。雲が食べ物に見えるのは、今が四時間目で、お腹が空いているせいだろう。

 健康な女子高生は、秋の空を見てもメランコリックにはならずに食い物を連想するのよ。

「つぎ、レーガンと渡辺!」

「「ハイ!」」

 お尻の土を掃ってスタートラインに付く。

 

 よーーーい スタート!

 

 先生の掛け声でスタート。

 十七秒後、揃ってゴールすると、本日の調理研のメニューが決まっていた。五十メートル付近でサムが提案したのだ。

 

「しらす丼作ろうよ!」

「しらすは?」

「昼休みに買いに行く!」

 

 他の三人に持ちかけると異議なし、早めにお昼を済ませ、外出許可をとってスーパーに向かった。

 

 しらす 万能ねぎ 揚げ玉 かつ節 白ごま 卵ワンパック チャチャっと買って調理室の冷蔵庫にぶちこむ。

 いつもボンヤリ過ごす昼休み、目的持って動くと気持ちがいい。

「なんか楽しみ~」

「ノンコ、よだれ垂れてる」

「清美、教科書ちがってるよ」

「そういうサムの机はなんにも出てないけど」

「調理のダンドリ考えてんの」

「ご飯は、休み時間に仕込まなきゃ!」

 放課後を待って、昼からの授業も楽しい。

 

 ノンコ 清美 : 万能ねぎを小口に切って、しらす、揚げ玉、かつ節、白ごま、を混ぜる。 

 サム  友里 : しょうゆ、みりん、ごま油、ワサビを混ぜる。

 その間に、炊き上がったご飯を人数分の器によそうわたし。

 ご飯をよそって混ぜたのをぶっ掛けるだけだから、あっという間。

「メインはしらすだから、スピードが第一だもんね」

「「「「「いっただきまーーす!」」」」」

 卵をぶっ掛け、熱々のところをいただく。

 

 四時間目に思い付き、昼休みに特急で買い物、五時間目と六時間目の間にご飯を仕込んで、放課後の調理は三分間。

 

 調理研の新記録ができた!

「しらすって、なんの稚魚だか知ってる?」

 おいしいものを食べて幸せいっぱいのノンコに聞いてみる。

「え、しらすって名前のお魚じゃないの?」

「ちがうよ、他の人わかる?」

「え?」

「えと?」

 あんがい知らないものだ。

「うなぎ?」

「さんま?」

「おきあみの一種でしょ!」

 トンチンカンな答えが返ってくる。

「日本人なら知っといてよね、イワシの稚魚だわよ」

「ああ、外人にバカにされたあ」

「イワシだったら食べれないとこだったよ」

「脂ぎってるところが苦手かも」

「イワシは、骨がねえ」

「ハハハ、みんな現代っ子だ」

「なによ、年寄りみたいに」

 

 そう、わたしは年寄りなのだ。見かけは十七歳の女子高生だが、中身は数百年生きてきた魔法少女なのだ。しらすがイワシだってことは、豆腐のもとが大豆だってくらいの常識なのだ。

 しかし、まあいい。休戦状態とはいえ、M資金を巡ってカオスとの戦いが続いている。横に座っているのが、そのカオスのスパイだったりもするんだが、楽しめる時には楽しんでおかないと。

 そもそも、わたしは、休養のためにこの時間軸にいるのだしね。

 

「しらすはともかく、自分たちが特務師団のメンバーなのだという自覚は持たせた方がいいわよ」

 

 後片付けをしながらサムが言う。

「そうだな」

「戦局が厳しくなってきたら、ほころびが出てくるわよ」

「うう、スパイが言うかあ」

「ハハハ、今度は生卵じゃなくて温泉卵でやってみよう、いっそう美味しいわよ」

「温泉卵、大好きーー!!」

 ノンコが上機嫌で手を挙げて、秋の簡単料理その一が終わった。

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

永遠女子高生《Etenal feemel highschool student》・1

2019-11-17 06:40:23 | 時かける少女
永遠女子高生
《Etenal feemel highschool student》・1 
 
 
 
 
 悔しい そして心配だった。

 死の淵に立った人間には相応しくないほど生々しく強い感情だった。
 あたしは、十七歳の若さで死んでいこうとしている。
 枕許には、両親と弟、そして、親友の三人がいる。

「あと三日で誕生日だ、がんばれよ、結(ゆい)!」

 お父さんが言った。そう、あたしは、三月三日生まれ、まもなく十八になれる。
「明日は卒業式なんだよ。がんばって、四人で卒業しようよ」
 久美が言う。
 そう、明日は我が乃木坂学院の卒業式……せめて卒業証書を手にして死にたい。
「姉ちゃん、来月はプレステ2の発売だよ。いっしょにやるって言ったじゃないか……」
 ベソをかきながら弟が言う。
 そう、ファイナルファンタジー・Ⅹをやるのが楽しみだった。
「そうよ、四日には先行予約したのが届くから、お母さんといっしょに……」
 年甲斐もなくゲーマーのお母さんが、あたしの未練を刺激する。
 一月二十九日の発表には驚いた。
 きれいなグラフィック、シリーズ初めてのフルボイス。PVのユウナが「できた……!」と言って気を失いかけ、階段を転げ落ちそうになったとき、ティーダが助けようとして、ガーディアンのキマリが抱き留める。あの時のユウナの顔は最高にいい。
 あたしは、まだ人生で、あんな達成感に満ちた気持ちを味わったことがない。あたしもゲーマーだけど、それを超えて女の子として、あの達成感には羨望だ。

「結。ごめん……ごめん。だから死なないで!」

 ありがたいけど、瑠璃葉に言われたくはない。
 
 あたしが死にかけているのは、瑠璃葉に原因があるのだから。

 前の年、夏休みに瑠璃葉の強引な計画と誘いで、湘南に四人で旅行に行った。
 発展家の瑠璃葉の計画なので、危ないなあという気持ちはあった。
 初日は、湘南の海で、他の海水浴客に混じって遊んでいるだけだったけど、二日目に飛躍した。
「ちょっと、離れたとこで泳いでみようよ!」
 瑠璃葉の言葉に乗って、遊泳禁止区域ギリギリのところで泳いでいた。

 そこに、あの男達が、カッコよくサーフボードを滑らせてやってきた。

 ヤバイと思ったけど、案外キチンとした話し方で、サーフボードの初歩を教えてくれたりした。
「どう、今夜ボクのコテージで焼き肉パーティーするんだけど、来ない?」
 の誘惑に乗ってしまった。
 コテージなどと言うよりは、立派な別荘だった。あたしたちも瑠璃葉の別荘に泊まっている。規模は同じぐらいだったけど、こちらの方が、趣味が良い。その雰囲気にも流されたのかも知れない。
 三杯目のドリンクからアルコールが入っていることに気づいた。
 あたしは気づかれないように、ソフトドリンクに替えた。だけど瑠璃葉、久美、美鈴の三人は知ってか知らでか、グラスを重ねていた。
 十一時を回った頃、部屋の照明がFDして、なんだか雰囲気が変わってきた。あたしの肩に男の腕が絡んできた。
「あたし、そういうことはしないの」
 冷たく突っぱねて、庭に出た。本当は、そのまま帰ってしまいたかった。でも三人を残して帰るわけにもいかない。

 何分たっただろう、男が庭にやってきた。

「なあ、おれ達も……いいじゃないか」
「あの三人になにをしてるの!?」
「尖るなよ。みんな、あの通りさ」
 男が顎をしゃくった先のリビングは明かりが落ちて、二階の三つの部屋が薄明るくなっていた。
「リビングのソファーは、エキストラベッドにもなるんだ」
 酒臭い息と共に絡みついてきた手に爪を立ててひっかいた。
「イテテ、なにするんだよ!?」
 あたしは、フェンスを乗り越えて道に出た。男が欲望むき出しの荒い呼吸で追いかけてくる。で、海岸沿いの大通りまで飛び出した。

 ……あたしは車に跳ねられて、頭を打った。脳内出血だった。

 大手術で二か月入院した。瑠璃葉たちは乱暴され、男達は警察に捕まったが、瑠璃葉のお父さんが動いて、学校には知られずに済んだ。
 瑠璃葉たちは、心身共に傷ついたが、目に付いた怪我はしていない。ただ、女の子が女になっただけ。時間と共に傷は癒されていった。

 あたしは、そうはいかなかった。

 秋には一時回復して学校に戻れたが、年末に頭の別の血管が破れて再入院。そして、今に至っている。正月には、もう右手と、首から上しか動かなくなった。そして、今は喋るのがやっと。

「お願い……が……あるの」

 みんなの顔が寄ってきた。
 
 意識が切れかけているので、お医者さんが注射をしてくれた。僅かな時間だけど喋れるだろう。
「なんだい、結?」
「なんでも言って、ユイ!」
「……あたしのことで自分を責めたりしないでね……そして、みんな幸せになってね、亮介も」
 弟は、ケナゲにも歯を食いしばって泣くまいとしている。
「お父さん、お母さん……なにも親孝行できなくて……ごめんなさい」
「結……!」
 お母さんが、気丈な声で、あたしの魂を引き留めている。お父さんは、もうグズグズだ。

「あたし、みんなが……幸せに……なるまで……天国に行かないから……」

 そこまで喋るのがやっとだった。

 一瞬みんなの顔が見えなくなると、明るい光に包まれた……明かりの向こうからきれいな女の人が現れた。
「お疲れ様でした結さん。これからの貴女のことを説明しにきました」
「あ、あなたは……?」
「……大天使ガブリエルとでも思ってちょうだい。人によっては観音さまにも見えるけど。貴女の知識ではガブリエルの方が分かり易い」
「ガブリエルって、受胎告知の……」
「そう、通信や伝達が主な担当」
「あたし、これから、どこへ?」
「天国……と言ってあげたいけど、貴女は誓いをたててしまった」
「誓い……?」
「みんなが、幸せになれるまでは、天国には行かないって……」
「あ、あれは……」

 言葉の勢い……とは言えなかった。

「人間死ぬ前はピュアになって、クールな言葉を言いがち。そこらへんは、あたしたちも分かっている。だから、いちいち末期の言葉を証文のようにはしないわ」
「だったら……」
「日が悪かったわね、2000年2月29日。400年に一度のミレニアムの閏年。この日にたてた誓いは絶対なのよ」
「じゃあ……」
「みんなの幸せを見届け……言葉は正確に言いましょう。幸せになる手伝いをしてあげてください」
「死んじゃったのに?」
「その時、その時代に見合った体をレンタルします……あ、貴女って、まだ卒業証書もらってないんだ」
「あ、多分卒業式で名前呼んでもらえると思います」
「そういう演出じゃダメ。実質が伴わないとね……結さん。貴女にはEtenal feemel highschool studentになってもらいます」
「え、エターナル……?」
 舌を噛みそうになった。

「永遠の女子高生っていう意味。せめてカッコヨク言わなきゃ。まあ、魂の修行だと思ってがんばって。わたしも力になりますから!」

 そう言うと、ガブリエルは光に溶け込んでしまい、あたしは永遠の女子高生になってしまった。

 ああ、Etenal feemel highschool student! 


※ 1.西暦年が4で割り切れる年は閏年 2.ただし、西暦年が100で割り切れる年は平年 3.ただし、西暦年が400で割り切れる年は閏年

  この三つの条件を満たす閏年は400年に一度しかない
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乃木坂学院高校演劇部物語・38『……九人しかいない』

2019-11-17 06:15:48 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・38   
『……九人しかいない』 


 
 部活の場所になっている視聴覚教室に向かう。思わず急ぎ足になる。

 ――まず、みんなにお礼とお詫びを言わなっくっちゃ。
 わたしは、二十七人の部員一人一人に言葉をかけようと、夕べはみんなからのメ-ルをもう一度見なおした。
 忠クンへのお礼ってか、想いは昨日伝えた。これでほとんど終わったつもりでいたんだけど、あらためてみんなのお見舞いメールを見ると、それぞれに個性がある。アイドルグル-プのMCの子がコンサートの終わりでやるような全体への挨拶じゃいけない。一人一人に言葉をかけなくちゃ……って、ついさっきも言ったよね。
 緊張してんのよ、わたしって……そうだ副顧問の柚木先生……ま、普段の部活には来ないから、あとで教官室に行けばいいや。お礼は、それまでに考えればいい……。

「おはようございまーす」
「おはよう……」
 まばらで、元気のない返事が返ってきた。
 まず、柚木先生がいたので、面食らった。まだ、お礼の言葉考えてない……。
 で、次に目についたのが、集まってる部員の少なさ……九人しかいない。
「さあ、まどかも来たことだし、始めようか」
 峰岸先輩がポーカーフェイスで言った。
「あの、最初にみんなに……」
「お礼ならいいよ、メールもらったし。早く本題に入ろう」
 勝呂先輩がいらついて言った。勝呂先輩のこんな物言いを聞くのは初めてだった。
「いらつくなよ勝呂。まどかは、まだ何も知らないんだから。まどかへの説明を兼ねて、問題を整理しよう」

――いったい、何があったんだろう……。

「まどか」
「はい……」
「まず、座れ。落ち着かなくっていけないよ」
「立ったままだと、倒れるかもしれないからな」
「勝呂!」
 ポ-カーフェイスの叱責がとんだ。

「じつは、まどか……マリ先生がお辞めになった」
 え?
 
 足が震えた……。

「顧問をですか……?」
 恐れてはいたが、かすかに予想はしていた。
「いいや、この乃木坂学院高校をだ」
 教室がグラッと揺れた……立っていたら倒れていた。むろん地震なんかじゃない。
「今回のことで責任をとってお辞めになった」
「学校が辞めさせたんですか!?」
「少し違う……」
 峰岸先輩がメガネを拭きながら、つぶやいた。
「それについては、わたしが話すわ」
 柚木先生が間に入った。
「今から話すことは部外秘。いいわね」
 みんなが頷く。
「理事会で少し問題になったみたいだけど、潤香のことも火事のことも……本人を前に、なんだけど、まどかのこともマリ先生の責任じゃない。詳しくは分からないけど、理事会としてはお構いなしということになった」
「じゃ、なぜ……」
「ご自分から辞表を出されたらしいわ」
 柚木先生は目を伏せた。
「それは違います」
 峰岸先輩が静かに異を唱えた。
「峰岸君」
 上げた先生の目は、鋭く峰岸先輩に向けられた。

 先輩は静かに続けた。

「柚木先生のお言葉は事実ですが、部分にすぎません。大事なポイントが抜けています。学校は先週のスポ-ツ新聞が取り上げた記事を気にしているんです」
「なんですか、それ?」
「ほら、コンクールで、うちの地区の審査員をやった高橋って人。マリ先生とは大学の先輩と後輩になるんだ。この二人の関係がスキャンダルになった。コンクールが終わった後、先生が立ち寄ったイタメシ屋で二人はいっしょになった。新聞には待ち合わせてと書いてあった」
「ウソでしょ……」
「乃木坂を落とした理由を説明するために、高橋って人はイタメシ屋に行ったんだ。それは、うちの警備員のおじさんも、店のマスターも証言している。店では大論争になったらしいよ。で、店を出た二人は地下鉄の駅に向かい、たまたま通りかかったホテルの前で写真を撮られたんだ。そして『新進俳優、高橋誠司、某私立女性教師と不倫!』という見出しで書かれてしまった」
「そのホテルなら知ってるよ。六本木寄りにある『ラ ボエーム』って言うホテルだ。店の面構えですぐに分かった」
 宮里先輩が言った。
「なんで高校生のオマエが知ってるんだよ?」
 と、山埼先輩。
「そりゃあ、道具係だもんよ。日頃から、いろんなもの観察してんだよ」
「あ、その気持ち分かります!」
 これは衣装係のイトちゃん。
「それって、濡れ衣だって分かったんでしょ。先輩……」
「むろんだよ、明くる日には謝罪訂正記事が出た。隅っこの方に小さくね。で、学校の一部の理事や管理職は気にしたようだね。マリ先生にこう言った。『丸く収めるために形だけ辞表を出してもらえませんか。いや、すぐに却下ということで処理しますから』で、先生は、その通りにした。『ご本人の硬い意思ですから』と理事長を納得させた」
「うそでしょ……」
 柚木先生の顔が青くなった。
「本当です。ここに証拠があります……」
 先輩は、小さなSDメモリーカードを出した。
「これは……」
「マリ先生とバーコードとの会話が入っています。ときどき校長と、ある理事の声も」
「峰岸君、キミって……」
「こんなもの、今時ちょっと気の利いた中学生でもやりますよ。な、加藤」
「え、ええ……」
 音響係の加藤先輩があいまいな返事をした。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ファルコンZ・14『音楽革命』

2019-11-17 06:06:44 | 小説6
ファルコンZ 14
『音楽革命』             
 
 
 
☆……三丁目の星・2
 
「とりあえず、アメリカンポップスでいこうと思うの」
 
 ミナホが、そう言ったとき、陽子の方がピンときた。
「あー、コニーフランシスの『VACATION』とか!?」
「そうそう、アメリカでも流行りだしたばっかり。それを先取りして、まずブームを作るの」
 ミナコはハンベからロードして、すぐにアメリカンポップスを理解した。陽気でテンポが良くて、なによりハッピーになれそうなミュージックスタイルが気に入った。
 
 三丁目星の日本では、当時は歌とは、じっと立って、美しい歌声をみんなで静かに観賞するものだった。一方ではロカビリーが流行り、一部の若者には絶大な人気があったが、当時としては過激すぎるスタイルに、大方の大人は眉をひそめ、これにのめり込む若者は不良のように見られていた。
 そこで、少しお行儀がよく、普通の若者でもスッと入ってこれて、テレビを通してお茶の間に流れても違和感が少ないアメリカンポップスに的を絞ったのである。むろん考えたのはマーク船長。ミナホは、それをロード……するのでも、プログラムされたわけでもなく、共感してリードしているのである。
 
 陽子は、実家の蕎麦屋からやって来たままのセーラー服である。しかし、そのリズム感や音楽の感性の良さは顔に出ている。
 小顔で、目がパッチリとして、ポニーテールがよく似合っている。
 
「あなたは、本名の伊藤陽子、ニックネームはヨーコ。わたしとミナコは……ザ・チェリーズの双子デュオでいくわ」
 ミナホの言葉の十分後には、プロダクションのスタジオで選曲に入るという、ハイスピードな展開になった。
 
 その週末、土曜の昼下がり、新宿の駅前に中型のトレーラが荷台同士でドッキングした。
 トレーラーのドテッパラにはマークプロ、ステージキャラバンと電飾付きで書かれ、それがパカっと開くと、十メートルほどの間口のステージが出来上がった。
 なんだ、なんだ?
 土曜を半ドンで終わった、学生やサラリーマンBG(当時はOLという呼称ではなかった)が、歩を緩め、やがて立ち止まり、ステージを取り囲んだ。
 トレーラーの中には、ステージのセットや照明、PAの機材が組み込まれていて、あっと言う間にライブの用意が調う。
 このトレーラーステージは二十一世紀に本格化したもので、この時代には存在しない。
 むろんマーク船長やバルスが、ジャンクから作り上げたものである。音響はトレーラー自体にパネルスピーカーが張られ、タイヤのホイールが重低音のウーハーになっている。
 LEDの照明に、ドライアイスがモクモク。エフェクトスモークにレーザーが幾筋も際だって、ペチコートたっぷりのストライプの衣装で、陽子が『VACATION』を歌い出す。
 二番になると、トレーラーから四メートルほどの花道が延び、陽子は花道を囲む観衆の中に入っていく。
 ステージには、ホログラムのバックダンサーが現れ、観客の度肝を抜く。
 陽子は、それに負けない歌唱力と、魅力で観客を引きつける。
 陽子の次は、ミナコとミナホのデュオ。陽子とは交互に歌って観客を飽きさせない。
 新宿の駅前は、またたくうちに一万人以上の観客で満たされる。一応警察には駅前の使用許可はとってあるが、急遽出動した交通整理の警官隊はいい顔をしない。
「それでは、みなさん、最後の曲です『ソレイユ・デ・トウキョウ』聞いてください」
 くだけたポップス系の曲で、歌詞とフリが覚えやすく、三番に入ったころには見よう見まねで、体を動かす子どもたちも出てきた。
「それじゃ、みなさん。次は渋谷に行きます。新宿にも、また参りますので、よろしく!」
 三人が手を振ると、満場の拍手。
 ステージは一分ほどで、元のトレーラーに戻って、渋谷を目指した。
「こんな興奮生まれて初めて。NHKの素人喉自慢の百倍楽しかった!」
 陽子は目を輝かせた。
「アイドルチップの力ってすごいわね!」
 ミナコも感心した。ミナコは古典芸能としてのポップスには強いが、自分が歌って、こんなに楽しいとは思わなかった。
 アイドルチップとは、昔は脳に埋め込んだアイドルスキルのチップだったが、今はハンベを通して、脳神経そのものを、アイドルに向いた因子に組み替える。
「ふん、こんなの地球でやったら、違法行為だぞ!」
 ポチが、不満げに言う。
「あら、ポチだって、違法ロイドのくせして」
「そういうコスモスだって!」
 その日は、そのあと、渋谷、池袋を回った。
 
 明くる日の新聞は、このトレーラーキャラバンのことで大きく紙面が割かれ、テレビやラジオでもニュースで取り上げられた。
 
 三丁目星の、音楽革命が始まった……。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小悪魔マユの魔法日記・97『オモクロヒットの裏側・2』

2019-11-17 05:52:22 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・97
『オモクロヒットの裏側・2』     


 
 足利病院は、美優が入院していた病院よりも立派だった。
 
 立派というのは、規模が大きく経営が順調だということで、中味のことではない。美優が入っていた病院は、なんともアットホームで、亡くなった美優が、結婚間近のナースの吉田にカメオを作ってやったほど、病院と患者の距離が近い。
 足利病院は、大きくて立派で、そして清潔であった。

 しかしマユには、なんだか天使に通じるような割り切った冷たさを感じた。

――安藤美紀様――と書かれた個室のドアをノックした。

「……どうぞ」
 美紀の返事がして、仁科香奈の姿をしたマユは病室に入った。
「失礼します……」
「あ、あなたは……」
 美紀は、左のほお骨を骨折していたので、大きな声が出せない。でも気持ちは、はっきりと伝わる。
 こんな真っ直ぐで、素直な美紀の思念は感じたことがなく、マユは少し戸惑った。
「わたしのために、美紀さん……こんなことになってしまって、本当に申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました」
「いいのよ、あなたのせいじゃないんだから。あなたこそ、無事でなによりだわ。あの位置じゃ、まともに頭に当たっていたでしょうから」
「ほんとうに、ほんとうにありがとうございました」
「フフフ……痛い……笑うと響くの」
「ごめんなさい、笑わせてしまって!」

 ゴツン!

 マユは反射的に頭を下げ、ベッドの手すりに、したたかに頭をぶつけてしまった。
「フ……見舞いに来て、怪我なんかしないでね。で、オーディションの結果は?」
「はい、なんとか合格させていただきました」
「よかった。これからいっしょにがんばりましょうね」
「はい、よろしくお願いします!」
「頭……気をつけてね」
 マユは、また危うくベッドの手すりに頭をぶつけるところだった。
「わたし、しばらく選抜メンバーからは外れるけど、カナちゃんが代わりに入ってくれるから安心」
「カナさんって……」
「桃畑加奈子。おもしろクロ-バーのころにセンターだった。ついさっきお見舞いに来てくれて……」
 頭を手すりにぶつけたドジさで、気を許して、美紀はいろんなことを話してくれた。
 オモクロに入るまでは、自分でも嫌になるほど意地の悪い子だったこと。ルリ子にくっついていればラクチンだったから。でも、こうしてオモクロのメンバーになれば、とても才能がある努力家で、今は心から尊敬できる仲間として見られることなど……やはり、美紀やルリ子は成長していた。オチコボレ天使・雅部利恵は間違っていなかったのだろうか……。

 病院の待合いを兼ねたロビーに戻ると、濁った思念を感じた。
 
 それは、あの桃畑加奈子のそれであった。
 加奈子は、ボンヤリとガラス張りを通して、晩秋の東京の街を見ていた。

「桃畑加奈子さん……ですよね」
「あなた……仁科香奈さん?」
「はい、いま美紀さんのお見舞いをしてきたところです」
「……本当は、わたしのはずだったのよ」
「え……?」
「ああやって、怪我をして、ベッドに横になっているのは、わたしのはずだったのよ」

 加奈子の濁った思念の中に、東京タワーとスカイツリーが見えた。
 たしかに、このガラス張りからは、その両方が見える。
 
 二つのシンボルが見える景色、それは何かの象徴のように思えた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

せやさかい・093『はじめてのおつかい』

2019-11-16 15:09:33 | ノベル

せやさかい・093

『はじめてのおつかい』 

 

 

 今日は文芸部の活動は無い。

 

 お祖母さまが来日する件で頼子さんが学校を休んでる。

 来日されるのは来月やけど、準備やら打合せやらで東京の大使館に行ってる。

 なんちゅうてもお祖母さまはヤマセンブルグの女王陛下、頼子さんは二重国籍の状態とは言えヤマセンブルグの王位継承者、つまり王女様。「やあ、お祖母ちゃん!」「あら、頼子!」てな具合にはいかんのんやそうです。

 じゃ、あたしも……留美ちゃんは病院の定期検診に行ってる。

 残ったわたしは、一人で部活やっても仕方がない。なんせ、部室はうちの本堂裏の和室やし。頼子さんと留美ちゃんが不在の部室におっても、自分の家でボサーっとしてるだけやし。それに、ダミアも居てるさかいに、一人でおったら絶対遊んでしまう。

 

 それで、放課後のあたしはお使いに出てる。

 

 天王寺にあるお寺に届け物。

「明日、部活ないよって、用事あったら手伝うし」

 お祖父ちゃんに言うといたから。

「そんなら、届け物頼めるかなあ」

 おなじ浄土真宗の専光寺に持っていく落語会の資料をあれこれ頼まれた。久々に大和川を超えるんでお小遣いに五千円もらったし(^▽^)/。

 五千円も出すんやったら、宅配で送った方が安いし確実やねんけど、身内のもんが運んだ方が念が届くし、孫に小遣いを渡す口実にもなるとお祖父ちゃんは言う。

 ほんまは、わたしに気晴らしをさせたいという優しさやねん。

 三月の末から酒井の家の子ぉになって、むろんお母さんの実家やさかいに遠慮もなんもいらんねんけど、折に触れてお祖父ちゃんは言う。

「もっと我がまま言うてええねんで」

「うん、ありがとう。でも、たいがい好きなようにやらせてもろてるよ」

 ダミアも飼わせてもろたし、本堂の裏を部室に使わせてもろてるし。

 たぶん、お祖父ちゃんはお母さんのこと気にしてる。仕事ばっかしで、ほとんど家に居てへん。一回だけやけど、お祖父ちゃんがお母さんに説教してるのを見てしもた。

「なんにも言わん子やけど、さくらは、いろいろ辛抱しとんねんで。いちばんの辛抱は親が傍に居らへんことや。十三歳は、まだまだ親が、母親が必要や。仕事も大事やろけど、さくらのことも考えたりや」

 真正面から言われると、お母さんは黙って聞いとくしかない。

 うちの親は忙しいのが当たり前思てたから、平気のつもりでおった。

 平気のつもりやのに、立ち聞きしてた廊下で、零れる涙を持て余してしもた。

 顔洗いに行ったら、伯母さんが居たので気づかれたと思う。話は、きっと家中に知れ渡ってたと思う。

「専光寺は、ご本尊がユニークやさかい、行ったついでに手ぇ合わせて拝んどいで」

 お祖父ちゃんは五千円といっしょに数珠をかしてくれた。

 

「ご本尊を拝ませていただきたいんですけど」

 

 頼まれものを渡したあと、坊守さん(ぼうもりと読む、ご住職の奥さん)にお願いする。

「それはそれは、ほんなら、本堂へ」

 あたしも坊主の孫「おもしろいご本尊見せてください」とは言わへん。

 

 手を合わせて、ビックリした。

「『見返り阿弥陀』さんて言いますのん。お浄土への道すがら、はぐれた者はおらへんかと、後ろに続く衆生を気遣っておられるんです。同じものが、言うても、向こうの方が有名ですねんけど、京都の永観堂に居てはります」

 なるほど……。

 ありがたく手を合わせておいたけど、正直な第一印象は、これや。

 

 顔背け阿弥陀!

 

 そやかて、外陣のこっちから見たら―― おまえなんか見たない ――と、顔を背けられてるような気がする。

 ヘーーホーー

 あたしもヘーホー組になってしもた。

 

 帰り道、意外な人を見かけたんやけど、それは、次回にね。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乃木坂学院高校演劇部物語・37『火事の痕跡』

2019-11-16 06:23:44 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・37   
『火事の痕跡』  

 
 
 
 あの火事騒ぎから一週間。わたしは久々に学校へ行った。

 久々という感覚は人によって違うんだろうけど、なんせひいじいちゃんの忌引きで小学校のとき二日しか休んだことのないわたしは、本当に久しぶり。
 地下鉄の出口を出て、百メートルほど歩いて
「え?」
 斜め向かいのお店が並んだ一角が工事用シートで囲まれていた。シートに隙間があって、中が見える。シートの中は……更地になっていた。更地……つまり何もない空き地。

 こないだまで、ここには何かのお店があったはず……はずなんだけど、思い出せない。駅の出口を出ると、ちょっと行って乃木神社。道路を挟んで乃木ビル。ブライダルのお店、飲み屋さん、コンビニと続いて……あとはそんなに意識して歩いているわけじゃないから記憶もおぼろ……パン屋さん。うん、あそこは覚えてるってか、時々お弁当代わりにパンを買っていく。で、その隣り……へー、建築事務所だったんだ。その上は五階までテナントの入ったビル。ビルの名前は街路樹に隠れて見えない……で、その隣りが、シートで囲まれた更地。
 一週間前には、何かがあった。もう半年以上この道を通っているのに思い出せない。
 気になるなあ……と、思っているうちに通り過ぎてしまった。
 コンクールの明くる日は、ここをダッシュで走ったんだ。三百メートルを五十秒。
 思えば、あれで汗だくになり、オッサンみたいなくしゃみ……あれがインフルエンザの始まりだったのかもしれない。


 学校に着いて、そのままグラウンドに行ってみた。

 焼けた倉庫は、きれいサッパリ片づけられていた。
 土まで入れ替えられたようで、火事の痕跡は、コンクリ-トの塀と、側の桜の木が半身焼けこげて立っているだけだ。
 知らない人が見たら、ただの更地だ。そこに戦争の空襲からもGHQの接収からも逃れた古ぼけた倉庫があったなんて想像もできないだろう……。
 わたしは、この倉庫とは半年あまりの付き合いしかなかった。でも、その思い出の中には、潤香先輩への憧れ。マリ先生の厳しい指導。里沙や夏鈴とのズッコケた失敗なんかが……そして、なによりわたしはここで死にかけた。それを救ってくれた忠クンのことといっしょに、思い出というには、まだ生々しい記憶がここにはある。

「まどか、もう予鈴鳴ったよ!」

 中庭から、わたしを呼ばわる里沙の声がした。夏鈴が横にくっついている。
 わたしは予鈴が鳴るのにも気づかないで二十分近く、そこに立っていたようだ。


 里沙がノートをパソコンで送ってくれていたので助かったけど、やっぱり授業というのは受けてみないと分からないものなのだ(受けていても、分かんないこといっぱいあるんだけど) 休み時間も昼休みも、友だちや先生に聞きまくり。
 最初にも言ったけど、わたしってひいじいちゃんの忌引きで、小学校で二日休んだだけ――授業分かんないのは休んだからだ……と、思いこんじゃうわけ。もともとそんなにできるわけじゃない、だから、ちゃんと授業受けていても結果的には変わんないんだけど。潜在的には「わたしは、デキル子」という、身の程知らずのオメデタイとこがある。だから、コンクールのときでも潤香先輩のアンダースタディーに手を上げちゃうし、先週の倉庫の火事でも、半ば無意識とはいえ、飛び込んじゃうわけ……で、結果は意気込みほどじゃないことは、みなさんもよくご存じの通りってわけなのです。

 やっと放課後になって、クラブ……に直行したかったんだけど、掃除当番。それに担任の鈴木先生に、狸の薮先生からもらった登校許可に関する意見書(インフルエンザは法定伝染病なんで、登校するのには、正式には診断書。これだとお金かかっちゃうので、意見書でいいことになっている)を渡さなければならない。朝ドタバタして渡し損ねたのだ。
 鈴木先生は女バレの顧問。体育館に行くと、練習前のミーティング。それを終わるのを待って、ようやく手渡し。先生も朝、言葉がかけられなかったので、慰労と励ましのお言葉をくださる――はしょってください――とも言えず、神妙に聞いていると、もう四時二十分。とっくにクラブが始まっている。
 
 急がなくっちゃ!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ファルコンZ・13『陽子ちゃん』

2019-11-16 06:14:06 | 小説6
ファルコンZ・13
『陽子ちゃん』        
 
 
☆……三丁目の星・1

 400年前の地球に似ていた……。
 
 無人の人工衛星を飛ばすほどの科学力しか持っていなかったが、一応銀河連邦の一員である。
 代表者は、国連事務総長でもなくアメリカやソ連の指導者ではなく、まして日本の総理大臣などという小粒なものでもなかった。
 この三丁目の星には、五人の代表者がいる。
 
 全員が庶民である。
 
 ファルコン・Zを奥多摩の山中に隠し、ホンダN360Zは、大胆にもそのまま(ただし、エンブレムは外してある)で、代表者の一人がいる蕎麦屋に向かった。
 平屋や、せいぜい三階建てのビルしかない街に、出来て間もない東京タワーが神々しくそびえている。
 
「お、大将、久しぶり!」
 暖簾をくぐると、船長は気楽に声をかけた。
「おう。ヒトツキぶりだね、マークの旦那」
 オヤジが気楽に返事を返した。と言って、このオヤジが代表者というわけでもない。
「陽子ちゃん、帰ってるかな?」
 分かっていながら、船長が聞く。
「それが、あいにく……けえってきたところだよ。おい、陽子。マーク社長がお見えだぞ!」
 ハーイ!
 元気な声と共に、まだ制服姿の陽子が元気よく降りてきた。
「年頃の娘なんだから、も少し、おしとやかに降りてこいよ」
「家がボロなのよ!」
「言うじゃねえか。そのボロ家のおかげで、おまんま食えて、学校にだって行けてるんだぞ」
「だから、今度はあたしの力で……」
「社長、ほんとにこんなオチャッピーで大丈夫なんかい?」
「保証するよ。陽子ちゃんは、何十年に一人って逸材なんや。大事に育てさせてもらいます」
 
 船長は、この星では関西の芸能プロの社長ということになっている。社名も「松梅興業」から「マークプロ」と関東受けするように改名。そのイチオシのタレントにすることを、十数回通ってオヤジの了解を得るところまでもってきた。それについては涙ぐましいマーク船長の努力があるのだが、本人の希望で割愛する。
 
「紹介しとくよ、陽子ちゃんの仲間になるコンビや。入っといで」
 ミナコとミナホが色違いのギンガムチェックのワンピで入ってきた。
「よろしくお願いします。ミナコとミナホです!」
「おー、双子なのかい?」
「まあね。最初は陽子ちゃんのソロと、この二人のデュオで押していこうと思てんねん。そのあとの企画は、まだ内緒やけどな。ほな、夕方まで陽子ちゃん借りまっせ」
「なんだよ、蕎麦ぐらい食っていけよ」
「いや、食うか食われるかの世界なんでね。陽子ちゃんも早く帰したいし。またゆっくり伺うよ」
 
 外に出ると、ホンダN360Zの周りは子供たちが群がっていた。無理もない、もう四半世紀もたたなければ、現れないような車なのである。
「ごめん、ごめん。車出すよって、のいてくれるか」
 優しく手厳しく子供たちの輪を広げると、四人は車に乗り込んだ。
「こないだ、ソ連がスプートニク2号を打ち上げました」
 陽子は、事務所で、紅茶を飲みながら話し始めた。
「データ送ってくれるか」
「はい……送りました」
 腕時計のリュウズを二度押し込んで、データを送ってきた。むろん腕時計に見せかけたハンベである。
「こらあ、もうじき核弾頭載せるぐらいの能力になりよるなあ」
「ソ連とアメリカの戦争になるんですか?」
「五分五分やなあ……オレ、ちょっと他の代表に会うてくるから、あとは、この二人と相談して」
 船長はドアの向こうに消えた。文字通りテレポしたために消えたのであるが、ここの社員は、誰も驚かない。全員がアンドロイドとガイノイドで、チーフとサブのディレクターがバルスとコスモスである。
 
「わたしたち、音楽で、この星の運命を変えようと思っているの」
 
 ミナホが切り出した……。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スーパソコン バグ・9・『昔の写真なんか見て』

2019-11-16 05:59:19 | ライトノベルベスト
スーパソコン バグ・9 
『昔の写真なんか見て』       

 
 麻衣子は、商店街の福引きで、パソコンを当てて大喜び。そこにゲリラ豪雨と共にやってきた雷が直撃。一時は死んだかと思われたが、奇跡的にケガ一つ無し。ダメとは思ったパソコンが喋り始め、実体化したパソコン「バグ」は、自分は、麻衣子の妹で琴子だと言い出した!

 
 
 部屋にもどってびっくりした。ベッドが二段ベッドになっている!

「なんか変だね、琴子のこと毎日見てるはずなんだけど、涙が出てきちゃう」
 お母さんが、実にらしくないことを言う。
「スライドショーやろうか?」
 なんと、お母さんの提案で、パソコンとテレビを繋いでスライドショーをやることになった。パソコンは、お母さんが昔から使っているノートパソコンで立ち上がりが遅い。
「昔の写真なんか見て、大丈夫?」
 バグに聞いた。バグは琴子の顔でコックリした。

 やがて、モニターにしたテレビに写真が写り始めた。どうやら、あたしの生まれたころからの写真集のようだ。
「どう、このお父さんの嬉しそうなこと」
「まだ、髪の毛一杯あるね」
「お姉ちゃん、赤ちゃんのころは可愛かったんだ!」
「赤ちゃんのころってのは、なによ!」
「まあ、今もそれなりにね」
「そりゃ、あんたは……(AKB選抜の合成)」
「麻衣子の名前は、ほんとうは、こう書くんだよ」
 お母さんは、メモに、こう書いた『舞子』
「あ、それいいよ。どうして麻の衣の子になっちゃったのよ!?」
「お父さんが、届けに行ったんだけどね、順番待ってる間に姓名判断に詳しい人に言われたんだってさ、画数とか、字の品格とかさ。で、受付の順番が回ってきて、画数だけあわせて麻衣子だって」
「だいたい主体性が無さ過ぎるんだよお父さんは、だから未だに、課長にしかなれないんだ」

「だれが、課長にしかなれないんだ?」

 気づくと、お父さんが帰ってきていた。お父さんも琴子のことを当たり前に見ている。
「ああ、これ、琴子が生まれたときだ!」
「なんだか、あたしの時より嬉しそうに見えるんだけど」
「そりゃあ、琴子は流産しかけたものなあ」
「だったわよね、洗濯物干して、転けちゃって、うまい具合に、お父さんに倒れかかったもんだから、あんまりお腹を圧迫せずにすんだのよね」
「おかげで、あれで首の骨がヘルニアになっちまって……まあ、いい思い出だな」

 それから、写真は、家族旅行や入学式、夏のプール、ディズニーランド、オヤジとアニキの趣味で付き合わされた阿佐ヶ谷のリックンランド。戦車をバックに、あたしも琴子も喜んでいる。

 なにか変だ、琴子はバグが作った、いわばアバターのはずなんだけど、写真を見てると、それぞれに具体的な思い出がある。スライドショ-が終わった頃は、バグではなくて、琴子であるという意識の方が強くなってきた。

 朝になった。

 目が覚めると、琴子が制服を変な風に着ている。なんだか初めて着るようなぎこちなさ。
「琴子、セーラーの脇、閉まってないよ」
「ほんとだ」

 その日一日で、バグは、完全に琴子になってしまった。その日は、ナプキンの使い方なんか分からないのが不思議だったが、午後になって気が付いた。
 琴子ができることは、基本的にお母さんのお腹の中にいて、お母さんがしていたことや、知っていたことである。おぼろになってきた、あたしの記憶では、お母さんは洗濯物を干そうとして流産したことがある。お母さんは羊水検査でズルをして、あらかじめ性別も知っていて名前も考えていた。それが琴子である……。

 三日もすると、完全に違和感がなくなってしまった。
 そして、二人でアニキの見舞いに行ったときも、アニキに違和感はなかった。
「一週間ぶりに見ると、琴子のほうがカワイイな。オレに似たんだな」
 と、バカを言って優奈さんを笑わせた。

 秋になって、琴子はAKBを受けて、本当に通ってしまった。研究生として忙しい毎日を送っている。
 あたしは、元のようにソフトボールができるようになった。腕はちっとも上がらなかったけど、吉岡コーチが自分のことのように喜んでくれたことが、とても嬉しかった。

 去年と同じくインターハイ二回戦で負けた。でも、一発だけ三遊間にヒットを決めることが出来た。あたしにはこれで十分だ。琴子も忙しい中、後半だけ見に来てくれて、わがことのように喜んでくれた。

 そして、秋の半ば頃には、もう、琴子は完全に琴子になった。

 夏の日、落雷にあって、妙な夢を見たこと……のように思った。名前は……バが付いたような気がする。
 バカ……これは姉妹で、しょっちゅう言ってる。
 まあ、いいや。琴子は琴子。ニクソイこともあるけど、正直あたしよりもカワイイ。

 でも、琴子はソフトボールなんかは、ちっともできないんだよ。


 『スーパソコン バグ』  完


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小悪魔マユの魔法日記・96『オモクロヒットの裏側・1』

2019-11-16 05:48:40 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・96
『オモクロヒットの裏側・1』     



 
 危ない!

 身を投げ出して香奈を庇いに出たのは、ルリ子の妹分の美紀であった……。

 マユのアバターである仁科香奈は無事であったが、庇った美紀は、落ちてきたベビースポットライトが左腕から顔にかけて当たって怪我をした。

 出血は少なかったが、どうやら左頬の骨が陥没骨折。左腕にも裂傷を負った。
「大丈夫か美紀!」
 マネージャーが直ぐに駆け寄り声をかけた。メンバー達も駆け寄って声をかける。
「だれか、緊急手当できる人いない!?」
 ルリ子が、美紀を抱きかかえ叫んだ。
「わたしが診る。元看護師だから」
 ヒッツメ頭のADのが、人をかき分けて美紀の側に来た。
「あ……仁科さん大丈夫……?」
 美紀が苦しい顔で言った。

 マユはグッときた。

 いつもルリ子の腰巾着というか携帯のストラップのようにくっつき、ルリ子と共に意地悪ばかりしてきた美紀が、初対面のオーディション受験生でしかないマユのアバター・仁科香奈を気遣っている。

「裂傷は大したことはないけど、ほお骨がどうにかなってる。すぐに病院へ!」
 元看護師のADさんが上杉ディレクターに言った。
「救急車じゃ、かえって混乱する。事務所の車で、二丁目の足利病院へ!」
 上杉の指示でスタッフが動いた。
 事故の顛末は観覧席の受験者やマスコミに分からないように、熟練のスタッフにより、モニターがすぐに切られ、観覧席の大きなガラスもスモークにされている。
 しかし、事故直後の様子や悲鳴は聞こえている。観覧席を通って正面玄関から出すことは不可能だ。
「裏口から出ましょう」
 気の利いたスタッフが、裏出口に通じるドアを開け、数人が付いて美紀は足利病院に運ばれた。

 オモクロは、利恵の言うとおり、白魔法の影響を脱して自律的に成長した。ルリ子や美紀も人間的に成長している。
 マユは、混乱した。
 天使のおせっかいは、どこかで必ず歪みが起きてくるものなのに……間違っているのはわたし……?
「大丈夫、仁科さんのせいじゃない。これは単なる事故なんだから」
 優しく声をかけて、パイプ椅子に座らせてくれる子がいた……どこかで、見たことがある。
「すみません……」
「あなた、歌もダンスもすごかったわ。きっといい結果が出るわ」
 その子は、そう言うと、スタジオの片づけに戻った。

――あ、あの子は、こないだまでオモクロのセンターをやっていた、桃畑加奈子!

 笑顔でマユに接し、今はテキパキと後かたづけをやっている桃畑加奈子の心は自己嫌悪で濁っていた。
――なんで、自己嫌悪……?
 マユは、加奈子の心を読もうとしたが、仁科香奈というアバターは、大石クララとマユ本来のアバターを足して二で割ったものなので、人間的な技量はともかく、魔法の効きは半分である。元々オチコボレの小悪魔、正規の悪魔のように魔法は使えない。それが半分になってしまったのだから、加奈子のように心を閉ざされてしまうと、なかなか読むことができない。

「さ、オーディションを再開するんで、控え室に戻ってくれるかなあ」
 スタッフに促され、マユは、控え室の観覧席に戻った。
 何事も無かったように、オーディションは再会された。
 ガラスの向こうで、見本の歌を唄い、踊っているのは、桃畑加奈子であった。

 微かに、濁った心が見え隠れする。マユは仁科香奈のアバターの中でもどかしく感じながらも、このあたりから調べていこうと思い始めていた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・100『札付きのハンコ屋』

2019-11-15 15:43:46 | 小説

魔法少女マヂカ・100  

 
『札付きのハンコ屋』語り手:マヂカ 

 

 

 六件ヒットした。

 

 サム(サマンサ・レーガン)のハンコを注文するために―― 日暮里のハンコ屋 ――で検索したのだ。

 別に入部届を出す前でも部活に来ていいよと言ってあるんだけど「やっぱりケジメでしょ」と笑顔で言う。

 スパイであることを隠しもしないくせにこだわるんだ。

 まったく変な奴だ。

 朝礼で紹介された時も、こんな感じ。

「ニューヨークから来た交換留学生のサマンサ・レーガンです、サムって呼んでください。日本語はアニメで勉強しました。えと……いろいろ自己紹介考えてきたんですけど、みなさんの前に立つと、あたま真っ白になりました、えと……よろしくお願いします!」

 かなり流ちょうな日本語で自己紹介。

 席は、わたしの右横。

 以前も言ったけど、前の席が友里だから、これは仕組まれてるね。

 自然な形で話しかけられるんで、ま、いいんだけど。

 

「メールに書いてた急用って、サムのことだったのね!」

 

 友里は美しい誤解をしてくれたので(ま、外れてもいないし)昼食にA定食を奢らなくても済んだんだけどね。

 放課後にはノンコや清美とも仲良くなって、自然に調理研の話にもなったんだけど、入部は書類を出してから、でもって、書類にはハンコがいる。

 

 じゃ、みんなで行こう!

 

 そう決まって、検索した中で、いちばん面白そうなハンコ屋を調理研全員で目指すことになった。

 日暮里界隈は、繊維関係を始めとしてお店や企業が多くあるので、思いのほかハンコ屋さんがあった。

 その中でサムが「ここにしよう!」と決めたのは山手線を超えた向こう、谷中銀座の中にある『札付きのハンコ屋』という店。

「札付きって、悪い意味だよね?」

 ノンコが不思議な顔をする。

 言うまでもなく、札付きの悪党とか札付きの泥棒とかばっかりで、札付きの善人とかの良い意味には使わない。

「そこが、面白いでしょ!」

 サムも、名前の面白さで決めている。

 

「アハハ、この名前なら一発で憶えてもらえるでしょ(^▽^)/」

 

 アラレちゃん似の女性店主も喜んでいた。

「それで、ハンコの字体はどうなさいます? 外人の方ですとカタカナにされる方が多いですけど、アルファベット、漢字も承ります。ただ字数には制限がありまして、普通は四文字、一寸角で十二文字になります」

「漢字がいいです! えと……こんなふうに」

 サムが差し出したスマホには『佐満佐霊雁』のデザインがあった。

「ああ、なるほど……」

 霊雁は予想できたが、サマンサを佐満佐にするとは思いつかなかった。

「でも、佐の字が二回出てきますね」

「嵯峨天皇の一字をいただいて、佐満嵯、いっそ、平仮名のさまんさとか、いろいろございますよ」

「う~ん、目移り(^_^;)」

「水を注すようだけど……」

「みんなは、どれがいいと思う?」

「「「そーーーねえ」」」

 みんなを押しのけて、注意してやった。

 

「これって特注品になるから、入部届には間に合わなくなると思うわよ」

 

「はい、特注ですので、お渡しするには一週間ほどちょうだいします」

「「「「一週間!?」」」」

「プリクラじゃないんだからね」

「う~~~ん」

 サムは調理研の三人といっしょに、認印の回転陳列棚を探し始めた。

 認印のところには無いだろう……と思いつつ、わたしも参加してみる。

「あ、そうだ」

 女性店主がポンと手を打った。

 

「これなんかいかがでしょう? 先代が作ったものなんですが……」

 差し出された小箱には数十本のハンコが入っていて、手際よく何本のハンコが選ばれた。

 礼願 霊眼 霊雁 麗願 鈴元 などがあった。

「レーガンがいっぱい!」

「レーガン大統領が来日された時に作ったものです」

「大統領が買ったんですか?」

「ハハ、まさか。でも、あやかって買っていった方もいらっしゃって、残りはこれだけなんですが」

「麗しい願いってのいいよね」

「う~ん、でも、字は決めてきたからね。霊雁を頂きます」

 めでたくサムの認印が手に入り、その場でハンコをつく交換留学生であった。

 

 店を出ると、秋の日は釣瓶落とし。

 東西に延びる谷中銀座は千駄木の方から伸びている夕陽に貫かれて茜色に染め上げられていた。

 

 うわあ、きれい!

 

 サムを加え、調理研五人の声が揃った。 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真夏ダイアリー・72『ダイアリー最終章』

2019-11-15 06:40:15 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・72
『ダイアリー最終章』
   


 気が付くとベッドの中だった。

 天井が……違う。
 部屋の中を見渡す……。
 まだ夢を見て居るんだろう、もう一度目をつぶって開けてみる。
「……なに、これ!?」
 雰囲気は自分の部屋だが、自分の部屋ではなかった。つまり、部屋の家具や、いろんな小物たちは自分の趣味なんだけど。見覚えがない。いや、見覚えのあるものはいくつかあったが、それは雑誌やウェブで欲しいと思ったが、諦めたものたち。PS4の最新バージョン。お気に入りのグランツーリスモのハンドルコントローラーもロジクールの最高級品。クローゼットを開けると、ポップティーンなんか見て、ため息ついておしまいになっていた服たちが並んでいた。
 壁にかかっている制服は、都立乃木坂高校ではなく、グレードの高い、坂の上の乃木坂学院高校のそれだった。
 ドアの向こうで気配がするので、ドアを開けて、恐る恐る廊下を進んだ。
「あら、早起きなのね。今日は学校休みなのに」
「休み?」
「そう、入試の発表で休み……うん、休み」
 お母さんは、リビングのカレンダーを見て確認した。
「ここ、わたしの家……?」
「どこかで、頭うった?」
 わたしは、頭のあちこちを触ってみた。とくにタンコブなんかはできていない。
「留美子、そろそろ行くよ」

 え……お父さんが、スーツ姿で現れた!

「なんだ真夏、親の顔がそんなに珍しいか?」
「な、なんでいっしょに居るの……?」
「え、あてつけか。このごろ帰りが遅いから」
「だって、二人は離婚して……」
「おいおい、かってに親を離婚させるなよ。じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
 お母さんは、そのままキッチンへ行ったが、わたしはお父さんの後をついていった。
「なんだ、真夏。パジャマのままで」
 わたしは、自分がパジャマにカーディガンを羽織っているだけなのに気づいた。玄関のドアを開けても寒いとも思わなかった。わたしは事態が飲み込めない。
「お父さん……潤は?」
「潤……だれだ、それ?」
 わたしは、お父さんの袖を引いた。
「お父さんの娘、わたしの腹違いの姉妹!」
「真夏、ほんとに可笑しいぞ。おれの娘は真夏一人だ。だから、多少の贅沢もさせてやれるんだぞ」
「う、うん……」
 納得はしなかったけど、勢いで返事をしてしまった。お父さんは、そのまま歩いて行ってしまった。
 そこで、初めて寒さを感じて身震い一つ。そして門扉の表札を見て驚いた。
 そこには鈴木と大きく書いてあり、その脇に真一、留美子、真夏と親子の名前が書かれていた。
 わたしは、慌てて自分の部屋に戻り、カバンからスマホを取りだした。今まで使っていたのとは違う高級機種だったけど、もうこの程度では驚かない。潤のアドレスを探した……無かった。
 記憶を頼りにかけてみた。
―― お客様のお掛けになった、電話番号は現在使用されて…… ――
 最後まで聞かずに切った。AKRの事務所や、マネージャーの吉岡さんのアドレスも消えていた。事務所の電話番号……急には出てこなかった。悪い予感がして、PCを点けてAKR47を検索してみた。事務所の電話番号はすぐに分かったけど、少しためらわれ、メンバーを確認した。
 リーダーの服部八重さんも、仲良しだった矢頭萌ちゃんの名前、他のメンバーの名前もあったけど。小野寺潤と鈴木真夏の名前は無かった。

 わたし……ちがう世界にリープしたんだ。そう思った。

「真夏、朝ご飯!」
「あとで……!」
 わたしは思いついて、第二次大戦を検索してみた。

――電撃的な真珠湾攻撃に成功した日本は、湾内の戦艦群のみならず、運良く発見した空母4隻も撃沈。主導権を握り、翌1942年(昭和17年)6月ハワイ諸島を占領。アメリカ側から講和の申し出を受けるが、これを拒否……――
 そこまで、読んだところでスマホの着メロがした。
「はい、真夏」
「わたし……」
「ジーナさん!」
「ビックリしてるでしょうね……」
「はい、しっかりビックリしてます」
「あなたと省吾がやったことは成功したわ。パソコンの画面にも出ているでしょう。講和の話にもなったんだけど、国民が納得しなくて講和は決裂。そしてやっぱり日本は戦争に負けて、歴史は変わらなかった。で、このプロジェクトに関わったものは、それぞれの時代にもどったわ。だから、真夏、あなたも本来あなたの居るべき世界に戻ったの」
「でも、でも、潤が居ないの、存在しないの!」
「ティースプーンの存在意義よ」
「ティースプーン……」
「さっき、四阿(あずまや)で話したでしょ。紅茶を飲むためにはティースプーンが必要で、そのためにはカップやお皿、さらにそれを置くテーブルが必要だって。真夏、あなたというティースプーンが存在するために、潤という子は、テーブルのように必要な子だった。だから、プロジェクトそのものが無くなった今、潤も、その存在の前提になった真一さんと留美子の離婚もなかった」
「そんな……そんな都合のために」
「ごめんなさいね、真夏」

 最後の言葉はステレオになった。振り返ると、そこに居た……。
「お婆ちゃん……!?」
「少し馴染みはじめたようね」
「どうして、ジーナさんのこと、お婆ちゃんだなんて……でも、お婆ちゃん。ああ、分かんない!」
「最初は、わたしが適合者だった。でも力が不十分なんで、孫の真夏が大きくなるのを待ったのよ」
「……思い出した。お婆ちゃんは十八歳でお母さんを産んで、そのあと行方不明になったのよね」
「真夏が、以前いた世界ではね」
「潤にも、省吾にも……もう会えないんだね」
「もう少しすれば、真夏の記憶からも消えるわ。わたしも真夏に事実を伝えるために、時間を限ってインスト-ルされたことを話しているの」
「イヤだ。潤のことも省吾のことも、他のことも、みんな忘れたくない!」
「忘れるわ、だって存在しない世界のことなんだもん」
「どうして、こんなことにわたしを巻き込んだのよ!」
「このプロジェクトが失敗したから、三百年後、日本という国が無くなるのよ……それを知って、わたしは協力することにしたの」
「そんな……」
「最後に、省吾のお父さんが言ってた。過去をいじるんじゃない。未来を変えていくんだって……」

―― 真夏も、お母さんも、朝ご飯。片づかないわ! ――

「はーい、いま行くわ!」
 お婆ちゃんが、見かけより大きな声で返事して、わたしとお婆ちゃんはダイニングキッチンに急いだ。
「お母さん、今夜も泊まっていくんでしょ?」
「ううん、今夜は高校の同窓会」
「ハハ、お母さんは人気者だものね」
「そうよ、あなたをお腹に入れたまま卒業式に出たんだもん」
「それを、わざわざ卒業式の日に、クラスで告白するんだもんね。わたし、お腹の中で恥ずかしかったわよ」
 そのとき、テレビで『ニホンのサクラ』の制作発表をやっていた。主要メンバーはAKRだけど、主役の一人をオーディションで公募すると出ていた。

 わたしは、瞬間で応募することに決めた……。

 真夏ダイアリー 完
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乃木坂学院高校演劇部物語・36『ジャンケン必勝法』

2019-11-15 06:29:37 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・36   

『ジャンケン必勝法』 


 
 愛おしさがマックスになってきた……。

 まどか……

 忠クンの手が、わたしの肩に伸びてきた……引き寄せられるわたし……去年のクチビルの感覚が蘇ってくる……観覧車のときのようにドギマギはしない。ごく自然な感覚……これなんだ!

「ね、なんで、ここ『アリスの広場』って言うか知ってる?」

 薮先生のおまじないが口をついて出てきた。
「……え、なんで……」
「アリスの『ア』は荒川のア。『リ』はリバーサイドのリ。『ス』はステージのス。ね、ダジャレ。笑っちゃうけど、ほんとの話なんだよ」
「へえ、そうなんだ!」
 二段下の観客席でクソガキ三人が感心して声を上げた。
「どうよ、勉強になったでしょう?」
 怖い顔でにらみつけてやる。
「は、はい……」
 クソガキ三人が頭をペコリと下げて、川べりに駆けていった。

「まどか……」

 忠クンが夢から覚めたようにつぶやいた。マックスな想いは、表面張力ギリギリのところで溢れずにすんだ。
 出場を間違えて舞台に立った役者みたく突っ立て居る忠クン……これじゃあんまり。
「これ……」
 わたしは、ポシェットから花柄の紙の小袋に入れたそれを渡した。
 忠クンは、スパイが秘密の情報の入ったUSBを取り出すように。それを出した。
「これは……」
「リハの日にフェリペの切り通しで見つけたの」
 わたしは、台本の間で押し花になったコスモスを兄貴に頼んで、アクリルの板の間に封印してもらった。以前、香里さんとのカワユイ写真をそうやって永久保存版にしていたのを見ていたから。兄貴はニヤッと方頬で笑ってやってくれた。
「オレも、持ってるんだ」
 忠クンは、定期入れから同じようにアクリルに封印したコスモスを出した。
「友だちに頼んでやってもらった。理由聞かれてごまかすのに苦労した」
「これ……あのときの?」
「うん。花言葉だって調べたんだぜ」
「え……?」
――よしてよ、また雰囲気になっちゃうじゃない。
「赤いコスモスだから……調和。友だちでいようって意味だったんだよな」
――違うって、わたしそこまで詳しく知らないよ、コスモスの花言葉。
「今度のは白だな。また、帰って調べるよ」
「う、うん。そうして」
――白のコスモスって……わたしも帰って調べよう(汗)

 川面を水上バスがゆっくり通っていく。西の空には冬の訪れを予感させる重そうな雲。でも、わたしの冬は熱くなりそうな予感……。

「オレも、まどかにささやかなプレゼント」
「なに……」
 すこしトキメイタ。
「大久保家伝来のジャンケン必勝法!」
「アハハ……!」
 思わずズッコケ笑いになっちゃった。
「一子相伝の秘方なんだぜ。ご先祖の大久保彦左衛門が戦の最中に退屈しのぎに仲間と『あっち向いてホイ』をやって全勝。家康公からご褒美までもらったって秘伝の技なんだぞ」
「そりゃ、たいへんなシロモノね」
「いいか、ジャンケンてのは、『最初はグー!』で始まるだろ」
「うん」
「そこで秘伝の技!」
「はい!」
「次には、必ずチョキを出す……」
 忠クンは胸を張った。
「……そいで?」
「……それだけ」
 わたしは本格的にズッコケた。
「これはな、人間の心理を利用してんだよ。いいか、最初にグーを出すと、次は人間自然に違うものを出すんだよ。違うものって言うと?」
「チョキかパー」
「で、そこでパーを出すとアイコになるかチョキを出されて負けになる……だろ?」
「……だよね」
「ところが、チョキを出すと、アイコか勝つしかないんだ」
「なるほど……さすが大久保彦左衛門!」
「でも、人には喋るなよ!」
「大久保家の秘伝だもんね……でも、これを教えてくれたってことは……」
「あ、そんな深い意味ないから。まどかだからさ、つい……アハハハ」
「アハハハ、だよね」
 笑ってごまかす二人の影は、たそがれの夕陽に長く伸びていった。

 そいで……このジャンケン必勝法は、始まりかけた熱い冬の決戦兵器になるんだぞ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする