大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・005『修学旅行・5・アキバ 初音ミク』

2020-08-27 14:34:11 | 小説4

・005

『修学旅行・5・アキバ 初音ミク』    

 

 

 別名児玉戦争とも呼ばれる満州戦争(2194~2195 正治27~28)から四半世紀、戦時中に即位された今上陛下の御代も二十五年の一区切りということで、御即位二十五年の記念行事が目白押しである。未来(みく)たちの修学旅行もうまく御即位記念月に当っていたので、羽田宇宙港に着いてからは班ごとの自主スケジュールということになっている。大方の生徒は慣れない元宗主国での旅行は学校登録の旅行社に任せ、到着早々手配のパルス車に乗って、それぞれの目的地に飛んで行った。

 中には日本国内の出身地や宗家(火星移民組の古い者は、もう五代目になる者も居て、地球におけるルーツを大事にし、火星の者が来球する時には、宗家が何くれと面倒を看る習慣があって、特に日本出身者に、その傾向が強い)が面倒を見ることもあって未来たちのように全て自分たちでやってのける者は少ない。

 

「駐車場だけは頼らざるを頼らざるを得なかったのよさ」

 

 ちょっと不服顔のテルは、それでも器用に駐車を決めた。

「なんだったら旅行中、ずっと駐めていただいてもいいんですよ」

 応対に出てきた総務のニイチャンが嬉しいことを言ってくれる。

「ありがと、でも、あちこち周るかや、とりあえず今日だけでいいのよさ」

「そうですか、ま、なにか不便なことがありましたら連絡をと社長も申しています、どうぞ御遠慮なく」

「ありがと。それじゃ、社長さんにもよろしく、ゆっといて」

「みなさんが社会に出るころには、うちの火星進出も進むでしょうから、その節にはよろしく」

「うん、テルが開発したものは、まず万世橋商会に声をかけゆかや、テルの方こそよろしくなの」

「「よろしくおねがいします」」

「あんたも」

「あ、ああ、よろしくっす」

「痛み入ります、アキバは御即位関連でちょっと熱が入り過ぎていると言われています、どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ありがと、じゃ、行ってくゆ」

「「行ってきまーす」」

 万世橋商会の地下駐車場を出た四人は、万世橋を渡って右に折れる。

 昨年改築されたばかりの万世橋署の向かいにアキバ歴史的建造物群の中でも一番に重要文化財に指名されたラジオ会館が見えてくる。

「なんか涙出てきそうになるねえ!」

 オタクの聖地アキバの歴史は二百五十年を超え、満州戦争の後は歴史的建造物群にも指定され、日本では白川郷の合掌造りと並んで有名で、ラジオ会館やAKBシアターなど十幾つの建物が重文に指定され、そのうちの幾つかは国宝指定と世界遺産の指定のどっちが早いかと噂されている。

 ピッポピポ ピッポピポ ピッピッピピポ(^^♪

 突然、聞き覚えのある電子音が鳴り響いたかと思うと、空から棒状の何かが一杯降ってきた!

「あ、あれは!?」

「販促用のパルスオブジェか?」

 ※ パルスオブジェ:パルスエネルギーによって作られた3Dオブジェ、実際に手に触れることができるが、風船ほどの質量しかなく、一定時間が過ぎると消滅する。ゴミにならない販促グッズとして二十三世紀に入って一般化した。ニューヨークで拳銃のパルスオブジェを使って、街ぐるみで突発的シューティングゲームをやろうとしたマニアが居たが、実銃と区別がつかないので禁止になったことがある。

「あ、ネギだ!?」

 真っ先にジャンプして掴まえた未来が感動する。

 そうなのだ、聞き覚えのある電子音と言い、ネギと言い、もう、あれしかない!

 ボン!

 ポン菓子が出来あがったような音がして、ラジオ会館の屋上に身の丈三十メートルはあろうかという初音ミクが出現し『ミックミクにしてやんよ!』を歌い始めた!

 アキバのあちこちから地震のようなどよめきが沸き起こった!

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ぜっさん・11『お待たせ!』

2020-08-27 06:19:21 | 小説3

・11
『お待たせ!』     


 

 せっかくの美人が台無しだ。

 そう思うくらい、薬丸先輩の怒った顔は残念だ。
「そんな看板倒れな演劇部、さっさと畳んでしまいーよ!」
「結果を見てから言うてください」
「結果も何も、コンクールにも出えへんで、演劇部ていわれへんやろがーーーー!!」
「いいえ、立派な演劇部です」

 パシーーーーーン!! 

 瑠美奈を張り倒した音は教室中に響いた。張り倒した薬丸先輩はドタドタト音をさせて教室を出て行った。
「あんまりだよ!」
 わたしは、椅子を蹴飛ばして薬丸先輩を追いかけようとした。
「追いかけてもラチあかん。こじれるだけやから止めといて」
 左の頬っぺたを赤くしたまま瑠美奈が止めた。
「保健室行った方がええんとちがう?」
 蚊の鳴くような声で毒島さんが心配した。
「大丈夫、こんな腫れすぐにひくさかい。うん、歯ぁ食いしばってたから口の中も切ってないから」

 えと……この事件のあらましはね。

 たった一人の演劇部員である瑠美奈に「今年こそはコンクールに出なさいよ!」と先輩の薬丸先輩が文句を言いに来て「コンクールに出るばっかりが演劇部とちゃいます」と、瑠美奈が可愛くない返事をしたのが発端。

 薬丸先輩は、三年生で評判の高い美人。で、元演劇部。去年のコンクールでは取り巻きの生徒を集めてコンクールの本選にまで進んで、優秀賞と個人演技賞を獲っていた。本人は、それを汐に引退したそうだけど、演劇部への情熱は、いまだに沸々と沸き立っているようなのだ。

 教室は放課後ということもあるんだけど、薬丸先輩が怒鳴り始めてから減り始めて、瑠美奈が張り倒された時には四人に減っていた……って、いつのまにか、もう一人消えていた。

「藤吉……残ってくれていたと思ったのに」
 自販機で、思いもかけず優しいところを見せてくれたので、期待値が上がっていた分腹が立つ。
「藤吉はバイトがあるもん、しかたないよ」
 見透かしたように瑠美奈が言う。

「お待たせ!」

 汗を垂らしながら藤吉が帰って来た。
「ま、これでも飲んで切り替えようや」
 藤吉は手にぶら下げた袋からモーニングショットを取り出して配った。
「独断と偏見やけど、おれ的には、これが一番しっくりするねん。ぜっさんもそうやろ!」
 藤吉は、それまでの「敷島さん」から女子の間だけの愛称の「ぜっさん」で、呼んだ。タイミングのいいジャンプだ。

 ショックだったけど、結果的には友だちの距離が縮んだ放課後だった。


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ポナの季節・16『中間テスト最終日』

2020-08-27 06:05:17 | 小説6

・16
『中間テスト最終日』
        


ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名



「終わったー!」

 定期考査と言うのは、出来不出来にかかわらず、終わった瞬間は嬉しいもんだ。


 生徒会選挙が来週早々だけど、こんな日になにをやっても、みんな上の空なので由紀はなんにもせずに、ポナと奈菜と一緒の帰り道、丹後屋の饅頭をホチクリ食べている。
「ね、例の若奥さん風のこと、なんか気づいた?」

 由紀は「分かった?」ではなく「気づいた?」と聞いた。なんか上から目線なので「な~んも」と不愛想にポナは答える。奈菜は相変わらずボンヤリと二人の話を聞いている。

「分かんない?」
「待って。うーん……パートの仕事?」
 ポナは苦し紛れに答えた。
「パートだったら、お昼間近のお医者にいったりできないでしょ」
「……そりゃそうね」
 奈菜は、あんまり気のない返事をした。意識のほとんどが饅頭を味わうことに動員されている。

「セックスのことに決まってんじゃない」

 グフッ!

 ポナは、危うくむせ返るところだった。
「あれって、体密着させるじゃん。きっとひどい風邪かなんかで、旦那に伝染しちゃいけないから……あら、なにむせ返ってんのよ。ポナって究極のガキンチョだね」
 奈菜は――あ、そうか――と、軽い顔をしている。すっかりお嬢ちゃんに戻った気でいたが、家出してガールズバーでバイトしていただけのことはある。

 昨日と同じようにポチを連れて、薮医院の前を通る。

 例の若奥さん風が、機嫌よく日傘を開き、クルクル回しながら帰っていくところだった。
「先生、もうあの若奥さん良くなったの?」
 休憩のために表に出てきた藪先生に聞いてみた。
「ああ、やっとな。なんだポナ、顔が赤いぞ、風邪のぶりかえしか?」
「ううん、そうじゃない」
「ははーん、ポナもやっと意味が分かったか」
「あ、いや、なにもそんな……きれいな人だから元気になって良かったなって思っただけ!」
「女になって、まだ一年だからな……喜びもひとしおなんだろう」
「……え、何が一年だって?」
「しまった、うかつに喋っちまった。でも知ってるだろ、こないだまでテレビによく出てた夏菜あい。真剣に若奥さんやろうとがんばってるんだ」

「夏菜あい……!?」

「おっと、内緒な」

「う、うん」

 由紀の予想は当たっていたが、大きなところでハズレていた。まあ、夏菜あいの変わりようは見ただけでは分からない。
「それだけ人生に真剣なんだ。そっとしといてやってくれ……」
「先生、患者さんがお待ちです!」

 看護師さんに叱られて、藪先生は、お尻を掻きながら医院の中に戻って行った。

「世の中何があるか分かんないよね……」
 ボール遊びを二十回こなしたポチに独り言を言った。ポチが口を聞けたら「そんなの当り前」と言っただろう。

 家に帰ると、もう一つビックリすることが起きていた。

「ポナ、オレ乃木坂の常勤講師に決まったぜ!」

 チイニイの孝史が嬉しそうに言った。


※ ポナの家族構成と主な知り合い

父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師
母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉
次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。
長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官
次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。

高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長候補



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かの世界この世界:53『院長先生』

2020-08-27 05:53:18 | 小説5

かの世界この世界:53     

『院長先生』     

 

 

 ここの子たちは、みな戦災孤児です。

 

 院長先生は、ごく当たり前のことを言った。

 ヴァイゼンハオスというのは孤児院という意味なのだから、当たり前だ。

「そうですね、当たり前のことです」

 表情を読んだのか、言い当てられてしまった。

「ムヘンで一番安全なところですが、もっとも辺鄙なところでもあります。だから、ここが孤児院であることをだれも疑いません」

「なんだか意味深ですね」

「じつは、大切な人を預かっているのです。それをカモフラージュするために孤児院をやっています」

「どういうことでしょう?」

 グリとふたりで顔を見合わせてしまった。

「十年前に、さるお方からとても大切な人を匿うように言いつかりました」

「……子どもなんですね?」

 院長先生は、だまって頷いた。

「その子を送り届けてはいただけないでしょうか」

「送る?」

「ええ、そこは、その子をもどさなければ成り立たなくなってきているのです」

 

 グリはじっと院長先生の目を見ている。事の重大性と自分の任務と院長先生の話の重さを計っているのだろう。具体的な話を聞いてはいないが、話の重さは、先生の人柄と共に伝わってきている。

 

「詳しいことは申せません。ただ、このムヘンのみならず、この世界全体の命運に関わることだと申し上げておきます」

 話は、まだほんのさわりだが、院長先生の目は我々の決意を促している。

「その話だけでは、申し訳ありませんが、答えようがありません」

「……あなたがたが、ここに立ち寄られた理由を考えてください」

「立ち寄った理由?」

 それははっきりしている、ブリたちが旅行気分で買い込み過ぎたお菓子を届けに来たのだ。

「ムヘンブルグの北門を出たところで、警戒任務から帰って来たばかりの戦車兵とお話になったでしょ?」

 そうだ、車長の軍曹にゲペックカステンのお菓子を発見されて、不審に思われたところをグリが、とっさに誤魔化したんだ。シュタインドルフのヴァイゼンハオスに慰問に行くところだと……。

「その場の言い繕いなら、わざわざ来ることも無かったでしょう、そのままノルデンハーフェンに向かわれれば済む話です」

「「な……!?」」

 グリと揃って愕然とした。

 院長先生の言う通り、本来の目的からは何の意味もないことを、何の疑いもなくやってきているのだ。

「じつは、わたしが呪を掛けたのです」

「しゅ?」

「呪いと書きますが、悪意はありません。今は、こんなナリをしていますが、聖戦のころは、さるお方にお仕えする白魔導士でした」

「驚きました、おっしゃる通りです。我々は、ここまで足を運ばなければならない事情は何もなかったんです」

「でも、不快な感じや恐れはありません」

「それは、心の底では、共感いただいているからだと思いますよ。あなた方の任務は……いま、子どもたちを寝かしつけてくださっているブリュンヒルデ姫をヴァルハラにお連れすること」

 恐れ入った、院長先生はなにもかもご存じのようだ。

 

「騙されてはいけませんよ」

 

 いつのまにか間近にやってきたフリッグ先生がニコニコしながらとんでもないことを言う。

「院長先生は孤児院を続けるカモフラージュのために、あの子を預かられたんです」

「あらあら、そうなのかしら?」

「正解は、明日の朝になったら分かる……ということでいかがでしょう。そろそろ日付も変わる時間になってきましたから」

「え、あ、そうですね……」

 フリッグ先生の目を見ているうちにグリもわたしも急速に眠くなってきた……。

 

☆ ステータス

 HP:2000 MP:1000 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー

 持ち物:ポーション・25 マップ:3 金の針:5 所持金:8000ギル

 装備:剣士の装備レベル10(トールソード) 弓兵の装備レベル10(トールボウ)

 憶えたオーバードライブ:ブロンズヒール(ケイト) ブロンズスプラッシュ(テル)

 

☆ 主な登場人物

―― かの世界 ――

  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリ(ブリュンヒルデ) 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘

 グリ(タングリス)   トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

―― この世界 ――

 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い

  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

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大阪ガールズコレクション:11『グーグルアース・馬場町・2』

2020-08-26 12:50:13 | カントリーロード

大阪ガールズコレクション:11

『グーグルアース・馬場町・2』   大阪市営地下鉄路線図

 

 憧れとストーカーの境目ってどこだろう……

 

 憧れているから、その人の姿を目で追ったり、少し離れて後をつけていくってあるんじゃないかなあ。

 むろん、毎日やったり、学校から家まで付いて行って、電柱の陰からその人の部屋をじっと見ていたりしたらストーカーだと思う。

 でもね、たまに、たまにだよ。その人がさ、家に帰るのとは違う方向の電車に乗ったら――あれ?――って思うじゃない。

 それで、隣の車両に乗って行先を確かめてみるってダメかなあ。

 間島先輩に、それをやった。

 先輩の家は恵美須町なので、天六で堺筋線に乗り換える。私の家は松屋町(まっちゃまち)なので谷町線を谷六まで乗って、鶴見緑地線に乗り換える。たまに帰りの地下鉄でいっしょになっても天六まで。天六で下りてホームを歩く先輩を乗客の肩越しに見るだけで満足だった。

 ある日のこと、先輩は天六で降りなかった。

 あれ? そのまま、隣の車両に乗っていくではないか!?

 中崎町 ⇒ 東梅田 ⇒ 南森町 ⇒ 天満橋…………まだ下りない。

 先輩、引っ越したのかなあ? どうしよう、うちの近所とかだったら!? 思い切って同じ車両に移ってさ「先輩引っ越したんですか!?」とかから始まって「え、それってうちの近所です!」とか、そこから会話が始まって、先輩が卒業するまでの十カ月くらいはアプローチのチャンスが一杯!

 ううん、アプローチなんかしなくても、同じ地下鉄で帰りの車両がいっしょで、たまに話とかできたら、もうそれだけでいい。東梅田を過ぎたら確実に座れるから、時々は一緒に並んで座って、谷六までお話とか! いやいや、先輩松屋町だったら、鶴見緑地線乗り換えの間はホームでお話しできるし! どうしよう、うちの近所とかだったら、家に帰るまでいっしょだよ! そう言えば、先週隣のマンションに引っ越しのトラックが停まっていた! あれが先輩の家だったら! 

 妄想しまくっていたら、先輩は谷四で下りてしまった。

 え、フェイント? 谷四なんて想定外……と思ったら、わたしも降りてしまった。

 谷四の入り組んだ階段を上っていくと、先輩は南に向かって歩いて行って、馬場町(ばんばちょう)の交差点を渡るとNHKの建物の中に入って行ってしまった。

 公開録画とかあるのかなあ……想像はしたけど、中に入っていく勇気はなく、サワサワした気持ちのまま三十分近くかけて家に帰った。うっすらと額に汗、どないしたん? 尋ねるお母さんに「谷四から歩いた、健康にいいみたい(o^―^o)」と答えると「そやな、晴れた日にはええかもしれへんね」と返してくれる。日ごろから娘の運動不足を気にしていた母には、いい傾向と思われたみたい。

 

 その後、先輩はNHK付属劇団の研究生になったことが分かった。

 

 コミュ障というほどではないけど会話が苦手なわたしには、演劇を、それもNHK付属劇団でやっている先輩がますます遠い存在になった。

 谷四と谷六と松屋町を結ぶと三角形になる。谷四から家に向かって歩くと、その三角形の長辺を歩いている塩梅になる……そうだ、わたしは健康のため谷四から松屋町まで歩くんだ!

 そういうことにして、週に三度ばかり『健康の為に』ということで谷四から歩いて帰ることにした。

 その帰りの地下鉄で、たまたま先輩といっしょになるだけなんだ。

 そう思うことにした。

 

 

 

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ぜっさん・10『初めての水泳授業』

2020-08-26 06:19:35 | 小説3

・10
『初めての水泳授業』    



 毒島さん、やっぱり学校では暗い。

 朝「お早う、毒島さん」と声を掛けたけど、毒島さんは、顔も見ずに「うん」と小さく頷いたきり。
 きのうホワイトピナフォーでの毒島さんは、嘘みたいだ。
 でも、こんなに毒島さんのことを意識したのは初めてなので、いいことなのだと思う。

 四時間目は、日本橋高校に転校してきて初めての水泳授業。

 正直緊張する。

 水泳そのものが好きではないということもあるけど、やっぱスク水に着替えるのがね……。
 なんたって、水着と言うのは体の線がクッキリ出る。
 そんなに自分の身体を良いとも悪いとも思わないんだけど、同性ばかりとはいえ、人目に晒すのは抵抗がある。
 
 それと着替え方。

 アニメなんかだと、さっさと裸になって水着を着てるけど、現実にはあり得ない。
 極力肌を見せないように着替えるんだけど、その着替え方に大阪ローカルの作法があるのではと考えてしまう。
 もし、パパっと着替えてしまうのなら、それはそれでいい。おおむね東京よりサバサバした感じがするので、アッケラカンと脱いでしまうのかなと思っていたりする。ちょっと恥ずかしいけど、パパとの方が潔くて簡単に済むから、その方がいいかなあとは思っている。
「ねえ、大阪の子ってどんな風に着替えるの?」
 瑠美奈にでも聞いてしまえばいいんだけど、なんだかイジイジと気弱く意識しているようなので、聞けない。

 きのうホワイトピナフォーでシャワーを浴びた時はあっさりしていた。ま、瑠美奈を見習っておこう。

 で、結果的には、大阪も東京も、そんなには変わらない。
 ただ、着替える速度が速い。
 わたしが水着に片足突っ込んだ時には、瑠美奈は着替え終わっていた。他の子も同じくらい早い。
「十分間に合うから……」
 瑠美奈は、そう言ってくれたけど、平均から遅れているというのは、やっぱ焦ってしまう。
「ウ…………!」
 唸った時には、まだバリアーの役目を果たし終えていないスカートが落ちてしまった。

 プールサイドに出る。ほとんどの子たちが揃っている。

 毒島さんが目に入る。前を隠すように手を組んでうつむき加減。
「さっさと並んで準備運動!」
 先生が叫ぶ。いつもの体育よりも厳しいような気がした。
 準備運動は、それまでの体育と違って名列順に並んだりはしない。瑠美奈・わたし・毒島さんの順で並んでしまった。
 身体を捻って旋回運動するときに、手が毒島さんの胸に当たってしまった。
「ごめん!」
 とっさに声が出て、合った毒島さんの目は意外に穏やかだった。

 ひょっとして、変に意識しているのはわたしの方? と思ってしまった。


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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ポナの季節・15『中間テスト二日目』

2020-08-26 06:11:21 | 小説6

・15
『中間テスト二日目』
        

 ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名


 

 今日は奈菜と由紀の三人で学校を出た。

 でも、試験の話なんかはしない。そういうことには無頓着なのが三人の共通点なのだ。


 あれこれ世間話をしながらチンタラと駅まで歩く。
「お饅頭おごるよ、選挙に協力してもらってるから」
「だめだよ、選挙はボランティア。饅頭一個でも買収になる」
 奈菜のお堅い一言で、各自が自腹で食べることにする。

 あたしは、ポチが年寄りになった話と、薮医院に通う若い奥さん風の話をした。

「犬は人間の五倍で歳とっちゃうからね。でも犬って、自分が年寄りって自覚は無いと思うよ」
「そこが健気で可愛いとこなんだけどね」
 と、ポチの事は「犬の気持ち」になって、よく話してくれた。でも若い奥さん風には反応が分かれた。
「う~ん、あたしも分かんないなあ」
 と、これは奈菜。
「そういうことは自分で学習することね」
 由紀は、分かっているようだが、笑うだけで答えを言わない。同じ言わないのでもお母さんとは感じが違う。曖昧に笑うのではなくて、豪快に笑う。当選前から副会長の貫録十分だ。

 で、家に帰って、ポチを連れて大川へ。当然のごとく薮医院の前を通る。

 今日も昨日の若奥さん風が、うかない顔で出てきた。藪先生は玄関には出てこず、窓を開けて奥さん風を見送っていた。
「なんだ、またポチとボール遊びか。カラは高校生だが、やってることはガキンチョのころと変わらんなあ」
「ストレス解消には、これが一番なの。ね、あの若奥さん風は?」
「個人情報」

 言ってることはまともなんだけど、やっぱり目がおちょくったように笑っている。

 今日も大川の河川敷で、15回ボール遊びをやって、芝生のいいとこを見つけて寝っ転がる。

 雲がゆっくり流れている。

「雲も景色もガキンチョのころと変わらないけど、ちょっとずつ変わってるんだよね、いろんなものが……」
 ポチが、ペロリとホッペを舐める。これも昔からの習慣。
「いつまでも空見てると日焼けしちゃうよ」
 ポチが、そんなことを言ったような気がしたので、さっさと家に帰る。

 珍しくチイニイが家に居た。

「あ、ひょっとして仕事クビになったとか?」
 口から冗談のつもりが大当たり、チイニイは苦笑い。
「オレ、免許あるから、高校の非常勤の先生でもやろうかな。ポナみたいなの相手にしてりゃ、済むんだからな」

 みたいなのは余計だ。あたしは、いつまでたっても、ミソッカスだと思った。



※ ポナの家族構成と主な知り合い


父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師
母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉
次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員
長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官
次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。

高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長候補

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かの世界この世界:52『ポンプ小屋』

2020-08-26 05:38:06 | 小説5

かの世界この世界:52     

『ポンプ小屋』    

 

 

 これはポルシェティーガーだな……

 

 ポンプ小屋の残骸を取り払い、ポンプとパワーパックを露出させるとグリが結論付けた。屋根やら壁の焼け残りを取り除いた下には孤児院の水汲みポンプとしては大げさすぎるメカが出現した。

「ポルシェのトラ?」

 付き添ってくれているフリッグ先生がランプを差し出しながら質問する。

 トラが居るの? こわ~い かっこいい! 食べられる~!

 子どもたちもティーガーという言葉に触発されていちびっている。本来なら就寝時間が迫って来る時間らしいのだが、作業が面白く、夕食後、みんなで見学しているのである。

「試作で不採用になった戦車です。ガソリンエンジンで電気を起こして、その電気でモーターを回す仕組みです。ガスエレクトリックと言うんですが、不採用になったんでシステムが宙に浮いて、それを利用したものですね」

「複雑なんですね!」

「先生は、こういうのお好きですか?」

「わたしは分かりません、でも、こういうことに目を輝かせている子どもたちを見るのは好きです」

 確かに、子どもたちは目を輝かせている。ブリとケイトが子どもたちが近寄り過ぎないように見張っているのだ。

「もうちょっと調べなくちゃ分からないけど、たぶんモーターは大丈夫でエンジンがやられている」

 素人目にも、エンジンの痛みの方がひどいように見える。配線があちこちで切れて、半分くらいのプラグヘッドが折れたりへし曲がっている。

「じゃ、あっちの戦車のエンジンと交換したら行き返るかも」

 ロキが無邪気なことを言う。

「ダメだよ、そんなことしたら、戦車が動かなくなる」

「だったら、いっしょに暮せばいいじゃん」

「そーだそーだ(^▽^)/」

 子どもたちは無邪気だ。

「ま、今日はここまでだ。もう、みんな寝る時間だろう」

 もう少しやってもいいのだが、放っておけば、朝まででも起きていそうなので、打ち切りを宣言する。

「さあさあ、起きる時間はいつもの通りだから、さっさと寝なさい」

 追い込む先生の言葉に力がこもる。就寝時間はとうに過ぎているんだろう。

 わたしたちは、空き部屋を寝室にあてがわれているが、ブリとケイトは子どもたちに本を読んでほしいとせがまれ、寝付くまで付き合うことになっている。ま、あの二人なら子供と一緒に寝てしまうのもありだろう。

 

「ちょっと、お話があるのですが……」

 

 ゲペックカステンに用具を収めていると院長先生がやってきた。

 にこやかにはされているが、どうやら真剣な話がある様子で、グリとわたしは居住まいをただした。

 

☆ ステータス

 HP:2000 MP:1000 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー

 持ち物:ポーション・25 マップ:3 金の針:5 所持金:8000ギル

 装備:剣士の装備レベル10(トールソード) 弓兵の装備レベル10(トールボウ)

 憶えたオーバードライブ:ブロンズヒール(ケイト) ブロンズスプラッシュ(テル)

 

☆ 主な登場人物

―― かの世界 ――

  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリ(ブリュンヒルデ) 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘

 グリ(タングリス)   トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

―― この世界 ――

 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い

  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

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せやさかい・165『散策部』

2020-08-25 12:37:28 | ノベル

せやさかい・165

『散策部』    

 

 

 散策部というのがあったの。

 

 ダージリンの紅茶を淹れながら院長先生が言う。

「サンサク……散歩と同義の散策ですか?」

「そうね、ほとんど散歩と同じなんだけど、言葉にするとね『散歩部』というのは、なんだか締まらないでしょ。「散策部」って言うと、なんだか高尚な響きがしない?」

「そうですね……作家や学者が思索しながら歩くって感じがしますね。散歩だったら犬でもやりますという響きがあります」

「最初は『探検部』という名前で部活の申請したんだけど、ちょっと女生徒がやるには過激な印象で却下になって、それで『散策部』で申請し直して認められたの。学校の近所から始めて、遠足のコースの下見に行ったり、夏休みには合宿の名目で泊りがけで出かけたり。まあ、歩き回ってお喋りして、面白そうなものに出会ったら写真に撮って、適当にコメントを付けて文化祭とかで発表するの。まあ、身内で好きなことで盛り上がる言い訳みたいなものだったけど、なかなか面白かった」

「ひょっとして、院長先生がおやりになっていたんですか?」

「まあね、後輩が引き継いでくれて、五年ほどは続いたんだけど、教育実習で戻ってきた時には廃部になってたわ……ほら、これが最初のメンバー」

「拝見します」

 机の上の写真たてには、今と同じ制服を着た五人の生徒が映っている。

 一見して文系の子たちだと思われて、真ん中で腕組みしたツインテールが院長先生のようだ。

「あ……似て……」

 似てると思ったけど、目上の人を軽々しく言ってはいけないと言葉を呑み込んだ。

「ひょっとして、この子に似てると思ったのかなあ?」

 院長先生が写真たてにタッチすると、写真が換わった。デジタルフォトスタンドなんだ。

 そして現れたのは、まさに思い浮かべたアニメのキャラ。

 角谷杏、大洗女子学園の生徒会長にしてガルパンの重要バイプレーヤーだ。

「わたしも一期だけ生徒会長やっていたんだけど、ミテクレもキャラもよく似ていて。散策部の仲間だった子が杏子の写真と一緒に送ってくれたの。それで、わたしもファンになって、夕陽丘さんも『ガルパン』は知っていたのかしら?」

「はい、小学生のころから観ています」

「あなたは誰のファン?」

「はい、五十鈴華です!」

「ああ、お花の家元の娘さんね」

「はい、おっとりして伸びやかな性格と、いくら食べても太らないところが好きです」

「そうね、彼女のご飯て、いつもビックリするくらい多いものねえ」

「最初は大食いなのに気が付かなかったんです。なんども繰り返し観ているうちに、食事シーンの時の彼女の分の多さにビックリして、あれにはあやかりたいって思いました」

「そうよね、だから低血圧の冷泉さんをオンブしたりできるのよね!」

「ええ、さりげなく凄いところに感動しますよね!」

 

 こうやって淹れ過ぎのダージリンを頂いたころ、わたしは散策部に入ることを決心した。

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ポナの季節・14『今日から中間テスト』

2020-08-25 06:20:05 | 小説6

・14
『今日から中間テスト』    



 ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名



 今日から中間テスト。

 だけどポナはガツガツ勉強なんかしない。

 学校の成績なんか適当でいい。ポナの人生訓である。
 

 中学のとき、お父さんと同じM大出の先生と東大出の先生がいた。東大が偉いのは世間の常識。M大が昔から落ちこぼれ大学であることも世間の常識。
 でも、お父さんもM大出の先生も普通以上の先生になっている。東大出の先生の授業はつまらなくて、ほとんどの生徒はろくに授業を聞いていなかった。この東大出の先生は、ポナの卒業と同時に都の教育委員会に「指導主事」という肩書で出て行った。

「ああ、そういうのは現場で使い物にならないやつらの吹き溜まりさ」

 お父さんは、事もなげにそう言った。

 ポナの兄姉もそうだ。がっついた勉強は、大ニイが防大を受けると決心した半年ぐらいのもので、あとは、みんな、その時の自分の身丈に合ったところに進学なり就職している。ただチイニイ一人が警視庁に入りながら数年で辞めて怪しげな商社に入ったのが例外。でも、本人はちっとも落ちこぼれたとは思っていないようだから、それはそれでいいと思う。

 だから、ポナはテスト期間中で早く帰ったからと言って、いきなり勉強なんかしない。

 家に帰って十一時前。丹後屋の半殺し饅頭を一個だけ、奈菜といっしょに買って食べたから、昼にはちょっと早い。
 で、ポチを連れてちょっと離れた大川の河川敷まで散歩にいく。

 途中、こないだ風邪をひいた時に世話になった薮医院の前を通る。

 ちょうど診察を終えたばかりの若い奥さん風が元気なく出てきた。まあ、お医者さんから出てくるのは病人と決まっているから、そうそう元気一杯で出てくる人はいない。
 藪先生が、追いかけるようにして出てきた。
「奥さん、もうちょっとの辛抱だ。な、いいね。心配なら毎日でも診てあげるから。ね」
 西田敏行に似た先生の、いつものお節介だ。ポナのときも「三社のお祭りは、来年もあるんだからな」と念を押された。

「お、ポナじゃねえか。ポチと散歩か?」
「うん、大川まで」
「そうか、無理するんじゃねえぞ」
「もう、風邪は完璧に直っているから」
「違う、ポチの方だ。ポナと同い年だから、人間で言やあ後期高齢者だ。ほどほどにな」

「後期高齢者だって」
 ポチは、きょとんとした顔でポナを見上げた。

 大川の河川敷に下りると、ポチとボールで遊んだ。リードを外すのは条例違反だから、リードを持った手の方を放す(文句ある?)。ボールを高く投げてやると、プロ野球のキャッチャーのようにジャンプして口でキャッチする。
 次は遠くに投げてやる。ポチは懸命に追いかけて、口で咥えて戻ってくる。子犬のころからポチが一番好きな遊びだ。

 でも。十五回ほどやると、咥えたボールを放して、リードの先を咥えた。
「なんだ、もう飽きた?」
 藪先生の「無理すんな」という言葉が蘇ってくる。
「そうか……」 

 ポチも歳なんだという言葉は飲み込んだ。

「ねえ、お母さん……」
 昼ご飯にチャーハン作って食べながら、藪先生の言葉をそのまま話した。
「先生のおっしゃる通りだろうね……」
 ポチの事は真っ正直に答えてくれたが、若い奥さんが「もうちょっとの辛抱だ」と言われたことには、曖昧に笑っただけだった。


※ ポナの家族構成と主な知り合い


父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師
母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉
次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員
長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官
次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。

高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長候補


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ぜっさん・09『神メイド その名は皇ルミカ』

2020-08-25 06:10:10 | 小説3

・09
『神メイド その名は皇ルミカ』    



 可愛いメイドさんがプラカードを持って立っていた……。

 で、メイドさんは「あ、敷島さんと加藤さん!」とピョンピョン跳ねながら手を振る。
 それが、同じクラスの毒島(ぶすじま)さんだと気づくには数秒かかった。

「いやー、ティッシュ配りのついでに迎えにいこかとしてたとこよ!」

 元気で可愛い笑顔をされると、これが、あの毒島さんかと、また思ってしまう。
 毒島さんは、学校ではドンヨリしてる。なんだか、学校に居るのが苦痛のようで、彼女に話しかける者も、あまりいないし、彼女から話しかけてくることもない。勉強は普通の成績のようだけど、授業中に当てられたりすると、俯いて何も答えらない。
 日本橋高校は、めったにいじめとかはないんだけど、彼女の場合、名前を呼んだだけで……ちょっとね。

「あたし、ここでは皇ルミカ(すめらぎるみか)なの。あ、とりあえず制服に着替えてもらえる?」

 案内されたロッカールームでフリフリのメイド服を渡される。
「汗みずくで着ていいのかなあ?」
「ごめん、順序が逆よね。廊下出た突き当りがシャワールーム、狭いけど二人いっぺんに入れるわよ」
 シャワーを浴びてメイド服に着替える。サッパリしたんだけど、どうも気恥ずかしい。
 だってメイド服なんて初めてなんだもん。
「ま、文化祭だと思ったらヘッチャラだよ」
 毒島、いや皇ルミカさんは、そう言いながら、わたしの顔に薄くメークをしてくれる。瑠美奈はもう一人のメイドさんにやってもらっている。

「「「「お帰りなさいませ、ご主人様あ~♪」」」」

 お店に入ると、フロアーに居た四人のメイドさんの声がハモった。ちょうどお客さんが入って来たところなのだ。
「お客さんじゃないわよ、ご主人様」
 ルミカさんに笑顔のまま注意された。
「「あ……」」
「今日は、ここで立っていて、雰囲気に慣れてくれるだけでいいから」
「「ハイ」」
「緊張しなくていいわよ、背中が丸くならないように。そして踵を揃えて、手はオヘソの所で右手が上ね……そそ」
 学校とは逆に毒島……皇さんが饒舌で、わたしたちは「あ」とか「はい」とかしか言えなくなっている。
「お、ラッキー、今日はルミカさんが居るんだ!」
 お客さん……ご主人様の一人が気づいて嬉しそうに手を挙げた。
「お帰りなさいませご主人様、今日はお買い物ですかあ」
 ニコニコ笑顔でテーブルに向かうルミカさん。
「……そなんですか、フフフ、ご主人様お上手です!」
「ハハ、ルミカさんこそ」
「そう言えば、ご主人様あ……あ、お帰りなさいませ~♪」
 ルミカさんは水を得た魚のように、フロアーを回遊している。こんなに明るく元気な彼女を見るのは初めて。
「ねえ、ルミカさん。あちらのメイドさんは?」
 ご主人様たちの視線が、わたしたちに向けられた。
「ご主人様ったらお目が高~い! あの二人は来週から入ってもらう新入メイドで~す」
「「「ほ~~~」」」
 瀬踏みの視線でなど見られたことが無いので、アセアセになってしまう。
「何曜日に来たら彼女たちに会えるのかなあ?」
「ウフフ、それはまだ神さましか御存じではありませんの~」
 
 そう、わたしたちは9月いっぱい、メイド喫茶で働くことになったのよ……。

 お店は、ホワイトピナフォー……だったよね、瑠美奈さん?
 


主な登場人物

 敷島絶子    日本橋高校二年生 あだ名はぜっさん
 加藤瑠美奈   日本橋高校二年生 演劇部次期部長
 牧野卓司    広島水瀬高校二年生
 藤吉大樹    クラスの男子 大樹ではなく藤吉(とうきち)と呼ばれる
 妻鹿先生    絶子たちの担任
 毒島恵子    日本橋高校二年生でメイド喫茶ホワイトピナフォーの神メイド

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かの世界この世界:51『自己紹介の前にバケツリレーだ』

2020-08-25 05:55:28 | 小説5

かの世界この世界:51     

『自己紹介の前にバケツリレーだ』   

 

 

 近づいてみると半分近くが焼け跡だった。

 

 残りは火事の後に住めなくなって放棄され、雨風に晒されて朽ち果てた様子だ。

 ムヘンで一番安全と言われるシュタインドルフが、こうなってしまうには事情があったんだろうけど、事情に思いいたす前に無残さに気持ちが萎えてしまう。

 S字の坂道を上れば入り口というところで子どもたちが駆けだしてきた。

 ウワー戦車だ! カッコイイ! 兵隊さんだ! ロキ乗ってる! フレイも! あたしも乗りた~い!

 後ろから修道女めいた、たぶん先生が追いかけて、なにやら注意しているが、子どもたちの馬力は、その上を行く。

 孤児院の敷地に入って停めようと思っていたが、取り囲まれてしまったので、やむなくゲートの前で停車した。

 

「辺境警備隊のタングリス一等軍曹です、支援物資を搬送してきました、あ、危ないから、触っちゃダメだよ」

 履帯や転輪を触り、よじ登ろうとする子もいるので、大人たちはロクにあいさつも出来ない。

「これ、みんな。最初はご挨拶でしょ」

 遅れてやってきた年かさの女先生が声をかけて、やっと子どもたちが落ち着いた。

「じゃ、ご挨拶。ようこそヴァイゼンハオスへ」

「「「「「「「「「「「「「ようこそヴァイゼンハオスへ!」」」」」」」」」」」」」

 先生が音頭を取ると、子どもたちは揃って挨拶を返してくれる。

「オッス、みんな待たせたな」

 ロキが砲塔の上に立って偉そうにするが気にとめる者はいない。

「軍曹さん、先にお水を……」

 遅れてハッチから出てきたフレイがご注進。

「そうだな、水に困っておられるようでしたので少しばかり汲んできました」

「それは助かります」

「後ろの水槽に入れてありますので、リレーしましょうか?」

「はい、みんな、バケツを持ってきてちょうだい!」

 ハーーイ!

 先生の指示で、子どもたちはバケツを取りに戻った。

「じゃ、戦車を中に入れます。いいですか?」

「はい、左側のドアに寄せてください。キッチンですので」

 先生の指示で、戦車を指定の位置に持っていく。

「二号戦車でも大きく感じる」

「そこ、花壇が……」

「避けていると入らないなあ」

 二三度車体を動かしてみるが、安全を考えて花壇の手前で停車させる。

「じゃ、要所要所に大人が立ってリレーしましょう」

 戦車側に乗員、キッチン側に先生が立って、間を子どもたちが入ってバケツリレーが始まった。

 その間「ちょっと」とか「あのう」とかでは喋りにくいので、リレーをしながら自己紹介をやった。

 

 子どもたちはロキたちに似た年頃の男女合わせて十三人。 

 先生は院長のベストラさんと、去年赴任したばかりのフリッグさんだ。

 

 こちらは、四名の乗員がぜんぶ女なので驚かれたが、子どもたちは早くも発見してしまったゲペックカステンのお菓子に目を輝かせ、ろくに聞いてはいない。

 しかし、先生たちの指導が行き届いているんだろう、作業が終わったらお菓子を配ると分かると、チャッチャと自己紹介とバケツリレーに集中した。

「この村は、いったいどうしたんですか?」

 作業後、ダイニングで休憩。まず、わたしが切り出した。

「はい、シュタインドルフはオーディンシュタインのご加護で魔物は寄せ付けないんですが、オーディンシュタインというのは巨大な一枚岩でしてね……村は、その一枚岩の上に乗っかているようなものなんです」

「岩はとても硬くて水を通しませんし、井戸を掘ることもできません。それで、水はムヘン川へパイプを伸ばしポンプでくみ上げていました」

「去年、火事が起こったんです」

「シュタインドルフはオーディンシュタインの分だけ小高くなっていましてね、ムヘン川から吹く川風が駆けあがってくるんです。消火に使える水も乏しく、あっという間に燃え広がってしまいました」

「村人たちは孤児院を大事にして下さって、なんとか類焼は免れましたが、ポンプ小屋と水槽タンクをやられてしまいまして」

「その後の嵐で、残った家々も無残なことになってしまいまして、今では、この孤児院を残すだけとなってしまったんです」

「フリッグ先生が赴任される前は、暖かくなったら、聖府にお願いしてムヘンブルグに移ろうと思っていたところです」

「子どもたちは、このシュタインドルフが好きなんですけどもね」

「ね、いちどポンプとか水回りを点検してあげない? 必要とあらば、このブリが堕天使の力を使ってあげるわ」

「堕天使はともかく、点検はやっていいんじゃないかな。力仕事なら戦車の力も使えるだろうし」

「そうですね」

 ブリ提案し、グリが組んだ腕を解いたのがスタートになった。

 戦車の外装工具や、ゲペックカステンに残っていた少しの工具を使って点検作業が始まった。

 

☆ ステータス

 HP:2000 MP:1000 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー

 持ち物:ポーション・25 マップ:3 金の針:5 所持金:8000ギル

 装備:剣士の装備レベル10(トールソード) 弓兵の装備レベル10(トールボウ)

 憶えたオーバードライブ:ブロンズヒール(ケイト) ブロンズスプラッシュ(テル)

 

☆ 主な登場人物

―― かの世界 ――

  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリ(ブリュンヒルデ) 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘

 グリ(タングリス)   トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

―― この世界 ――

 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い

  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

 

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ポナの季節・13『親殺しと半殺し』

2020-08-24 06:36:20 | 小説6

・13
『親殺しと半殺し』   



 ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとった新子が自分で付けたあだ名



「ねえ、親を殺したいって思ったことある?」

 由紀の選挙ポスターを貼りながら、奈菜が物騒なことを聞いてきた。ポナはビックリして画びょうを落としてしまった。

「ねえ、思ったことある?」
「あのね、ものを聞くのにはタイミングと聞き方ってのがあるよ……画びょう、どっかいっちゃったじゃん」
「ごめん、でもさ……」
 奈菜は、口ほどには思っていない「でもさ……」で、まだ自分の世界の中に潜って手が止まっている。
「……たぶん、昨日の横浜の母親殺人事件のことを気にしてんだろうけどさ……」
「うん、犯人の高校生って、同じ高一じゃん。なんか身につまされんのよね」
「それよりも画びょうがね……ほっとくと、怪我人が出るかも……ちょっと奈菜!」
「え、ああ、画びょう……ポナのスカートにひっかかってる」
「え、どこ?」
「お尻のとこ……」
「分かってるんなら、早く言ってよね。このまま座ったら刺さるでしょうが」
「だから、親をね……」

 どうも話のピントが合わない。

「あたしなんか、五人兄姉のミソッカスでしょ。考えたこともないよ。次の掲示板行くよ」
「うん……」
「奈菜、あんたこないだの五月病で、さんざん迷惑かけたとこでしょ。そんなこと聞ける立場?」
「なんだけどね、あれも、普段からイイコちゃんぶって、本当の自分を出さなかった結果だと思うのよ。あたし、ポナみたく自分で、この学校決めたわけじゃないもんね」
「だったら、さっさと学校辞めて、来年の春に別の学校受け直すべきね。画びょうちょうだい」

 貼り終わった最後のポスターを見て、書いてあることに初めて気づいた。

――主体性のある生徒! 指導性のある学校!――なんだか矛盾したスローガンだ。

「浅田真央のインタビューなんか見ても思ったのよ。あんな風に自信持って自分のことが決められる女にならなきゃって」

 どうも、奈菜はマスコミとか、その場の雰囲気に流されやすい性質のようだ。

 ポナと友だちでいられるのは、ポナが適度にああしろこうしろと言ってくれることと関係が有りそうだ。ポナは、他の兄姉と歳が離れているせいもあって、逆に何事も自分が決めなければ放っておかれる立場にある。だから中学までは我慢したが、高校は自分の意志で世田谷女学院を選んだ。奈菜を見て居るとイライラすることも多いが、存外好き放題をぶつけられる妹的な存在として、かけがえのない友だちなのかもしれない。むろん本人は自覚していないが。

「あ、新しい饅頭屋さんだ!」

 登校するときには、まだ看板が出ていなかったが「丹後屋」という看板が、お饅頭や大学芋の匂いと混ざって、食欲旺盛なポナの胃袋を刺激する。
「ほう……なかなか本格的な饅頭屋さんだ」
 ガラス張りの厨房の中では、いかにもベテランと言う感じのオバサンが、小気味よく饅頭を作っていた。

 親子セットと言うのがあって、粒あんと漉しあんの二つの組み合わせ。
「開店記念に二割引きだってさ。うん、これは、なかなかいいコミニケーションツ-ルだ。買っていくか!」
 列も並び始めの五六人だったので、ポナと奈菜は列に加わり「親子セット二つ」というと「開店祝いのサービス!」ということで、別に半殺し(粒あんとこしあんの中間)を一つくれた。これが意外にいけそう。

 半分に割った半殺しをパクつきながら駅に向かう二人だった。

※ ポナの家族構成と主な知り合い


父     寺沢達孝(59歳)   定年間近の高校教師
母     寺沢豊子(49歳)   父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男    寺沢達幸(30歳)   海上自衛隊 一等海尉
次男    寺沢孝史(28歳)   元警察官、今は胡散臭い商社員
長女    寺沢優奈(26歳)   横浜中央署の女性警官
次女    寺沢優里(19歳)   城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女    寺沢新子(15歳)   世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ    寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。

高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜  ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀  ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長候補

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かの世界この世界:50『バケツとジェリカン』

2020-08-24 06:03:02 | 小説5

かの世界この世界:50     

『バケツとジェリカン』    

 

 

 

 ペチャペチャペチャ……ペチャペチャペチャ……ペチャペチャペチャ……

 

 葦の草叢を三つの足音が逃げていく。

 グリと目配せして川下と川上に分かれて追いかける、それぞれケイトとブリを従えている。

 融合体との戦いで、四人は阿吽の呼吸で行動できるようになったようだ。

 

 草叢の上にグリの掲げた手が「そこ」を示している。「そこ」とは、カエル投げの犯人が一秒後に到達する位置だ。今現在の場所を指しても、飛び込んだ時には手遅れになる。

 セイ!

 その未来位置にケイトと一緒に飛び込む。グリとブリも飛び込んで瞬くうちご用!

 襟首と腰の後ろを掴んで持ち上げると、ジタバタと手足をもがかせて抵抗するが、いかんせん小さい。

 離せ! 離せ~! 離せ~ヘンタ~イ!

「おまえら、ヴァイゼンハオスの子どもたちだな」

 腕組みしたグリは怖そうだが、目が笑っている。

「だ、だからやめろって言っただろ~が!」

 わんぱくそうなのがもがきながらイケメンの男の子に言う。イケメンの方は苦笑いだが、ケイトに掴まったお転婆が口を尖らせる。

「き、きったねー! 投げようって言ったのはロキの方じゃないか!」

「そうか、そういうやつか、お前は……」

 ピシ!

 グリが畳んだままの鞭を一閃、わんぱくの数本の髪の毛が宙に飛ぶ。

 ヒエ~~~~

 三人同時に悲鳴を上げて、腰が砕ける。

「ここじゃ、水に浸かるなあ」

 戦車の前まで連れていき、四人で囲んで正座させた。

「なんでカエルなんか投げたのよ!」

 一人命中弾をくらったケイトが詰め寄る。

「こんなとこまで戦車でやってくるのは……」

「えと……」

 男の子二人が言葉を濁らせると、女の子がまなじりを上げる。

「きっとサボりに違いない! だって、シュタインドルフはオーディンシュタインに護られてるから安全なんだもん! そんなとこに来る兵隊は、きっと腰抜けだ! って……間抜けだったっけ? ロキ?」

 ロキに振るので、首謀者は丸わかりだ。

「お、オレに振るな~!」

 わんぱく坊主はヘタレでもあるようだ。

「おまえたち、こんな河原で何をしていたんだ?」

「決まってるじゃん……あ!?」

 女の子は、自分の両手を見てハッとした。

「バ、バケツが……」

 わんぱく坊主もオタオタ、どうやら、なにかの用事の最中に、わたし達を発見して悪戯を思いついたようだ。

「バケツなら、三つまとめて向こうに置いてあるよ。戦車に気づいたとたんにほっぽり出すんだから」

 

 ピシュ

 

 グリが大きく一振りすると、鞭の先に取っ手を絡めとられた三つのバケツが引き寄せられた。

「水汲みか……」

「わたしたちも挨拶代わりに水を汲んで持っていこうとしていたところだ。ちょうどいい、作業を手伝え」

「戦車で水汲み?」

「ああ、そうだ。たくさん運べるが、水槽に入れるところまでは人力だ。がんばれ」

「そのまえに、ちゃんと名前を聞いておきたいな」

 ブリが、手ごろな使い魔を見つけたという顔で言う。

「ぼく、フレイです」

 イケメンが最初に名乗る。

「わたし、フレイア。フレイの妹よ」

 なるほど、性格は違うようだが顔立ちは似ている。

「ほれ、あんたの番よ」

 フレイに小突かれて、いっそうオタオタのわんぱく。

「ロ、ロキだ。ハオスの子どもの中じゃ一番偉いんだぞ」

「そうか、じゃ、偉いのが先頭で作業にかかるぞ」

「そそ、そっちも名乗れよ」

「向こうに着いてからだ、さ、かかるぞ」

 

 子どもたちのバケツと戦車のジェリカンをぶら下げて水汲みに掛かった……。

 

☆ ステータス

 HP:2000 MP:1000 属性:テル=剣士 ケイト=弓兵・ヒーラー

 持ち物:ポーション・25 マップ:3 金の針:5 所持金:8000ギル

 装備:剣士の装備レベル10(トールソード) 弓兵の装備レベル10(トールボウ)

 憶えたオーバードライブ:ブロンズヒール(ケイト) ブロンズスプラッシュ(テル)

 

☆ 主な登場人物

―― かの世界 ――

  テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫

 ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる

 ブリ(ブリュンヒルデ) 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘

 グリ(タングリス)   トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係

―― この世界 ――

 二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば光子の命が無い

  中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長

  志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

 

 

 

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魔法少女マヂカ・171『西郷さんを召喚する・2』

2020-08-23 14:07:51 | 小説

魔法少女マヂカ・171

『西郷さんを召喚する・2』語り手:マヂカ    

 

 

 

 ええと……わたしが西郷なんだけど

 

 綾香姉のお尻をツンツンしながらJS(女子小学生)が上目遣いに言う。

「あ、あ……え?」

「こっちのお姉さんは魔法少女のマヂカさんね、根岸で会って以来ね。その節はお世話になったわ」

 わたしを認識しているんだから西郷さん? 

「あ、マヂカのお守をやっている綾香……だけど、本当に西郷さん? 七代後の子孫とか?」

「あなたの召喚力が弱いから、この子の体を借りてるの。魂の三割しか入れないから、言語中枢は、この子のを使ってる。ちょっと勘狂うかもしれないけど我慢して、ヨッコイショっと」

 西郷さんは銅像を取り囲む柵に腰を下ろす。なんか可愛い(*ノωノ)。

 他にも集合の声がかかるのを待っている小学生はいっぱいいるのに、チラ見したところ、いちばん可愛い子に憑依したようだ。

「この子がいちばん憑きやすかったから、ごく自然にね。えと、御用があるのはお姉さんの方ね?」

「あ、ああ」

「あの、せっかくきれいなお姉さんになってるんだから、擬態の言葉で話してくれない?」

「あ、おほん……そうね。じゃ、率直に聞くけど、諱(いみな)にこだわった理由が、もう一つ分からないのよ。西郷さんの諱が『隆永』だったことは、地獄の門番やってたわたしでも知ってる」

「え、そうだったの?」

「うん、ゲートの門番で出入りのチェックしてたから、端末には魔法少女以上の情報が入っているのよ。壬申戸籍を作る時に……」

「ジンシンコセキ?」

「明治五年に作られた、近代日本最初の戸籍よ。西郷さんは明治の元勲で、めっちゃ忙しかったから、鹿児島出身のおともだちが、かわりに届けたのよ。その時に『それで西郷さんの諱はなんと申される?』とお役人が聞かれたのよ。諱なんてめったに使わないから、そのお友だちは考えたの……たしか西郷家の男子は、代々諱に『隆』の字が付いていたはず……ええと……さよう、西郷隆盛であった! それで、お役人は『西郷隆盛』を正式な戸籍名として記録した。あとで知った西郷さんは『隆盛は爺さんの諱じゃっで、おいの諱は隆永じゃっど』と笑っちゃって、お友だちは訂正に行こうとしたんだけど『まあ、諱なんぞは使わんから、こいでよかよか』ということで、隆盛が定着したってお話、そうよね、西郷さん?」

「あははは」

 JS西郷は可愛らしくも朗らかに笑った。

「あ、でも、弟の西郷さんは、たしか西郷従道、『隆』の字は付かないわよ。あのころは東京に居て、よく新聞とか読んでたから、記憶は確かよ」

「弟は『隆道』というのが正しいの。弟のほうも同じ友だちに頼んでいたから」

「え、弟の諱まで間違って届けたの?」

「あ、それは、そのお友だちの名誉の為にゆっとくけど、正しく担当のお役人には伝えたのよ。でもね、薩摩弁て、他の地方の人には分かりづらいでしょ。それで、お役人が何度も『もう一回』と聞き直すのよ。お友だちは『音読みでジュウドウでごわす!』と言ったのを『なるほどリュウドウ、漢字では『従道』でござるな』となって、邪魔くさくなったお友だちも『そいで、よか!』ってことになって、間違った名前が世の中に広まったってわけなのよ。プリッツ食べる、おねえちゃん?」

「あ、ああ、ありがとう」

 三人仲良くプリッツをいただく。ポリポリポリと西郷さんの銅像前に小気味いい音が響く。

 二本目に手を出そうとして、わたしは思い至った。

「え、じゃ、諱なんて、どうでもよかった?」

 ツンは、西郷さんの本当の諱を取り戻すのに命を懸けて日光まで付いてきたんだ、そして、わたしといっしょに妖の頭目である東京タワーをなんとかやっつけて、根岸じゃ西郷さんも、ずいぶん喜んでくれたはず。

「口実だったのね……西郷さん?」

 わたしも一言かまそうと思ったら、向こうの方から声が掛かった。

「みんなあ、集合の時間ですよお!」

 引率の先生が小学生たちに集合をかけている。

「ハーーーイ、せんせい!」

 元気よく返事して西郷さんは集合場所に駆けていく。

 なんのための口実だったか聞けなかったけど、聞かずとも分かった。

「ねえ、帰ったら詰子と食事に出ようよ、渡辺三姉妹のお祝いにしよ」

「ああ、それがいいな」

 

 ようやく暮れ始めた上野公園を駅に向かって歩き始めた。

 

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