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池田市にある逸翁美術館で以前お茶会があり、千里山のT婦人にお誘いを受けて訪ねたことがあります。小林一三の別邸で多くの要人との迎賓館であった建物を、収集していた貴重な美術品(茶の湯の関連が多い)や愛用品などの展示とともに、その生い立ちから経済人・家庭人としての生涯を知ることができる美術館として残されています。
阪急電鉄の前身である「箕面有馬電気軌道株式会社」の起ち上げから、沿線住宅地開発での資金調達の苦労など、後の千里山開発の中心人物である山岡順太郎が辿ったプロセスとよく似ていることも興味深く思われます。千里山の場合は学園都市構想が加わっているところが、関西大学の学長にも就任した山岡順太郎らしさが出ています。いずれにしても小林一三の時代を大きく変えた多彩なプロジェクトを、先人として大いに参考にしたことは間違いありません。
特集では「はじめて物語」としてよく知られた、長期住宅ローンの採用やターミナルデパートの開業、そして宝塚歌劇団の創設など、つねに大衆の生活の豊かさを意識していた生き方が紹介されています。「清く、正しく、美しく」は宝塚歌劇団の伝統として認識していましたが、元々はこの稀代の創業者の生涯を貫くモットーであったと知りました。
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