今夜6時半からちさと図書館で開催された「吹田で初めて走った電車」の
講演会に参加してきました。「模型と画像で歴史を語る研究会」というNPO法人が鉄道模型と資料を準備されて、マニアックな中に古きを懐かしむ和やかな雰囲気に包まれた2時間でした。
鉄道路線が様々に計画されては潰され続けて、ようやく千里山線(以前は千里“山”線と言われていました)が実現した時に走っていた電車が写真のP-1型です。パンタグラフが無くポール付きの路面電車並みの車両でした。十三から千里山までの所要時間は18分で、現在の17分と余り変わらないのが不思議です。
その後に北大阪電鉄が新京阪鉄道に合併された当時走っていたのが木造車体の
P-5型で、パンタグラフが付き現在の電車風に近づきます。
桃の花で有名だった千里山に花壇遊園が開発され、「
流線型の電車」と呼ばれたカラフルでお洒落な電車が走り人気を博しました。車内はシャンデリアが飾られ、低めのソファ椅子に女性が澄まして腰を下ろし、ブラインドの間から千里丘陵の四季を優雅に眺めたのでしょうか。
鉄道の変遷の中には、文明と世相の有様が写し取られて、時代の気分とエネルギーがリアルに感じられました。ややマニアックな講演会だと思いましたが、マニアというものはそのものを通して人間や世界を深く理解されているのだなとつくづく感じさせて頂きました。講師は小島洋さん、NPO法人代表の秋元宏さんには後日、
千里山.NETに資料を提供して頂くお願いもし、快諾を頂きました。
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千里山駅 ・
豊津~関大前間 ・
千里山線を走る
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旧千里山地図(1958年) ・
旧千里山航空写真(1948年: 国土地理院)
【追記-1】「NET放送局」×「
アーカイブ(倉庫)」に走る模型電車(P-1型)の動画をアップしています。
【追記-2】一緒に来られていた“きりん”さんより、早速お願いしていた写真や情報が送られてきました、有り難うございます。
・千里山駅の写真「昭和30(1955)年の千里山駅、雑誌から取り込みました。 駅に到着した電車はそのまま奥の電車の左側の線路に進み、手前の渡り線を戻って淡路方面ホームに入りました。」: “終点”千里山駅の引き込み線で電車が切り替わる様子が写っています。撮影者の許可を頂けたら千里山.NETにも転載したいと思います。
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正雀駅の電車見学「年に1.2回見学できる日があります」
・Wikipediaの
正雀工場の画像情報もありました。
【追記-3】同じく“きりん”さんより追加情報が寄せられました。 「P-1型電車の写真を発見。『
阪急創立100周年』のサイトの『
阪急フォトアーカイブ』』に投稿されています。」
千里ニュータウンをきっかけにした多両編成により調整廃止された吹田東駅の写真も出ています。阪急吹田駅の変遷については「
Suita市民しんぶん」Vol.4の表紙にも高宮良子さんの絵付きで紹介されています。
【追記-4 07.4.12】「みんなで発信!! 千里山ブログ」に“きりん”さんから、「
新幹線を走った阪急電車」という興味深い記事が投稿されました。