続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

運動能力。

2013-11-12 07:14:41 | 日常
 スポーツ関係はすべてアウト、まるっきり・・・運動会は単に耐えているだけの、無事通過して欲しいだけのイベントだった。

 走っても、踊っても、団体競技でも、何をやってもピントが外れているので、顔で笑っていても心は凍り付いていたような気がする。大人になってそれらの義務から解放されたときはひたすら嬉しかった・・・こみ上げる喜びと言っても過言でないほどの安堵感があった。


 息子たちにも当然期待しないから「早く走りなさい」とか「一番になれるといいね」なんてことは冗談にも言わなかった。

 もちろん孫にも・・・。
「運動会、どうだった? かけっこビリだった?」と、一応聞いてみた。
「うーん」と微笑むばかり。

 そこで、「運動会、大笑いだった?」と聞いたら、とたんに、
「大笑いだった!」と嬉しそうに叫んだ。

 息子に聞いてみたら、「一人ずつ、名前を言ってから走るんだよ。だから競走しないんだ」という。
「ええっー、今って競走させないんだ・・・。」
「年長さんになれば、リレーをやるみたい。鉄棒で逆上がりもするしスゴイよ・・・、この子のクラスは『豚の丸焼き』で鉄棒に手足をつけるだけだったよ」
「ふうん、そうなんだ。」

(あまり期待しないのもいけないかもしれない。長男は先頃ゴルフでシングルを出したといっているくらいのゴルフ好きになっている)「歩くはあっても、走るはない」というわたしのレベル、でも自分の物差しで計っていてはいけない。


 どんなときも《変われるのだ》という強い気持を持って前進していく、記録は塗り替えられるものなのだから。期待しないという卑屈さは罪に当たるかもしれない。

『ポラーノの広場』147。

2013-11-12 07:01:09 | 宮沢賢治
一まはり踊りがすむとみんなはばらばらになってコップをとりました。そしてわあわあ叫びながら呑みほしてゐます。その叫びは気のせゐかデステゥパーゴ万歳といふやうにもきこえました。


☆逸(かくれた)要(かなめ)は、経(不変の真理を説いた書物)である。
 曇(くもる)鬼(死者)の輓/死を悼み、済(すくう)。

『城』1442。

2013-11-12 06:47:38 | カフカ覚書
終始あわてずさわがず、文字どおり雪のなかに残る自分の足跡にだけ眼をやっていた。やがて、馬小屋のなかにとじこもった。すると、すべての電灯も消えー実際、だれのために電灯をつけておくことがあろうかー

 雪/Schnee→Schnurre/茶番、馬鹿話。
 灯り/leuch→Lethe/冥府の忘却の川、忘却。
 馬小屋/Stall→Stamm/血族。

☆死をゆっくりと文字通り馬鹿話のなかで自分の痕跡だけをじっと見ていた。やがて血族のなかに閉じ込められていき、すべてのことを忘却して消えー実際誰のために忘却なのだろう(忘却の義務は誰のためなのだろう)。