続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

🈞デュシャン『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)』③

2019-08-15 06:44:57 | 美術ノート

 上部のガラス板に描かれたものは人が見上げる位置、つまり落下を危惧される配置である。雲に類似したものに引っかかっている『花嫁』の部分の不明な脆弱さは偶然であり刹那的な現象であるが、並べて落下は必然である。

 下部にある幾つかの作品群は並べて回転(運動)を余儀なくされるサークルを呈している。エネルギーの霧散、生産的な造りではなく壊滅を予想される。なぜなら、支点、作用点といった力の基本に明確さが著しく欠けているからである。

 この構造は何を伝えようとしているのだろう。
 あたかもこれらは動き出しそうな予感を秘めている。
『9つの雄の鋳型』は生物全体の複製、増殖を意味しているのかもしれない。上部からは『花嫁』の部分、女性(雌)の何かがロート状のプロセスを通って落ちてくる仕掛けである。これらはすべて曖昧なまま鑑賞者の想像に委ねられている。
 しかし、これらすべては《見せかけ=仮象》であり、そのように意図された作品である。

 この作品は、ガラス板で巡らせている、つまり、鑑賞者は作品の向こう側まで見通せるということであり、この作品世界は作品外の時空をも含有し成立している。

『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも』という作品は、作られたもの(非現実)であるが、鑑賞者の時空(現実)をも巻き込み、虚実の混沌とした世界観を提示するように用意されたものである。


 写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク(www.taschen.com)より


『セロ弾きのゴーシュ』80.

2019-08-15 06:23:51 | 宮沢賢治

「おいおい、それは何かの間ちがひだよ。おれはみゝづくの病気なんどなほしてやったことはないからな。もっとも狸の子はゆふべ来て楽隊のまねをして行ったがね。ははん。」ゴーシュは呆れてその子ねずみを見おろしてわらひました。
 すると野鼠のお母さんが泣きだしてしまひました。


☆化(教え導くこと)に現れる平(平等)の記がある。
 理(物事の筋道)の詞(言葉)に頼る絡(筋道)がある。
 他意の講(話)の謀(計画)が現れる也。
 組(くみ合わせ)、模(手探りし)究める。