小野妹子、小野篁、小野道風など小野氏ゆかりの地を訪ねて見ることにした。
最初は小野妹子の息子である小野毛人(おののえみし)の墓がある京都市左京区上高野の崇道神社にお参り。

駐車場は参道近くにある。
車は4~5台が何とか停まれる。

参道は長い坂道。

参道の左側に大政官兼刑部大卿小野毛人朝臣之墓と書いた石碑あった。

紅葉が残っている。

崇道神社本殿。
光仁天皇の皇子である崇道天皇(早良親王)を祭神とする、いわゆる御霊社である。。
境内の山中に小野毛人の墓があり墓誌が出土している。本来は出雲氏や小野氏の氏神が祀られていた地域だと考えられている。

本殿の右隣に天照皇大神宮と出雲高野神社の式社がある。

本殿を斜めから見てみた。

伊多太神社。
湧き水の神であり農耕の神さま。

祠は伊多太神社の鳥居をくぐって右側に鎮座されている。

ほとんど無人の社務所に今日は御朱印を書いてくださる方がおられた。
丁寧に書いてくださった。
普段は箱に御朱印が収められていて、賽銭箱に300円を投入するようになっている。

小野毛人の墓は左の山道を150m登ったところにあると書いている。
体力が心配なのでやめておいた。

小野神社。
小野毛人が祀られている。

きちんとお参りして爽やかな気分で参道を降りた。

参道脇の樹木は以前の台風で倒れたりしてから整備され、昔よく紅葉のとき訪れた栖賢寺さんのお堂が見えた。
お参りを済ませた後、大原から和邇経由で小野駅方面に向かった。

大津市伊香立途中町にある還来神社(もどろぎじんじゃ)にお参り。

大津の歴史データーベースより↓
藤原百川(ももかわ)の娘・旅子(たびこ)の霊をまつる。
旅子はこの地に生まれ、のち桓武天皇の夫人となる。
彼女の死後、その遺言によって生まれ故郷の梛(なぎ)の木の下に埋葬された。
同社には神木椰の古木が残る。社名も彼女が再び故郷に還って来たことに由来する。

大杉は今はない。
立て札にはこう書いてあった。
当社のシンボルであった大杉は、強風ごとに枯朽した上部や枝の落下が甚だしく、大変危険なためやむを得ず伐採することとなりました(平成三十年十月)。

箱に収められた御朱印を戴き、賽銭箱に300円を入れておきました。



還来神社を後にして、小野妹子、小野篁、小野道風が祀られる神社に向かいます。
続きは明日掲載予定。
最初は小野妹子の息子である小野毛人(おののえみし)の墓がある京都市左京区上高野の崇道神社にお参り。

駐車場は参道近くにある。
車は4~5台が何とか停まれる。

参道は長い坂道。

参道の左側に大政官兼刑部大卿小野毛人朝臣之墓と書いた石碑あった。

紅葉が残っている。

崇道神社本殿。
光仁天皇の皇子である崇道天皇(早良親王)を祭神とする、いわゆる御霊社である。。
境内の山中に小野毛人の墓があり墓誌が出土している。本来は出雲氏や小野氏の氏神が祀られていた地域だと考えられている。

本殿の右隣に天照皇大神宮と出雲高野神社の式社がある。

本殿を斜めから見てみた。

伊多太神社。
湧き水の神であり農耕の神さま。

祠は伊多太神社の鳥居をくぐって右側に鎮座されている。

ほとんど無人の社務所に今日は御朱印を書いてくださる方がおられた。
丁寧に書いてくださった。
普段は箱に御朱印が収められていて、賽銭箱に300円を投入するようになっている。

小野毛人の墓は左の山道を150m登ったところにあると書いている。
体力が心配なのでやめておいた。

小野神社。
小野毛人が祀られている。

きちんとお参りして爽やかな気分で参道を降りた。

参道脇の樹木は以前の台風で倒れたりしてから整備され、昔よく紅葉のとき訪れた栖賢寺さんのお堂が見えた。
お参りを済ませた後、大原から和邇経由で小野駅方面に向かった。

大津市伊香立途中町にある還来神社(もどろぎじんじゃ)にお参り。

大津の歴史データーベースより↓
藤原百川(ももかわ)の娘・旅子(たびこ)の霊をまつる。
旅子はこの地に生まれ、のち桓武天皇の夫人となる。
彼女の死後、その遺言によって生まれ故郷の梛(なぎ)の木の下に埋葬された。
同社には神木椰の古木が残る。社名も彼女が再び故郷に還って来たことに由来する。

大杉は今はない。
立て札にはこう書いてあった。
当社のシンボルであった大杉は、強風ごとに枯朽した上部や枝の落下が甚だしく、大変危険なためやむを得ず伐採することとなりました(平成三十年十月)。

箱に収められた御朱印を戴き、賽銭箱に300円を入れておきました。



還来神社を後にして、小野妹子、小野篁、小野道風が祀られる神社に向かいます。
続きは明日掲載予定。