高度の産業技術を基盤として成り立っている現代社会の構造は、複雑であり、かつその動きはスピード化されておる。かかる環境の中にあっては、個人の「かん」とか「はら」で仕事をすることは不正確で誤算が多く、結局は失敗して淘汰されてしまう。そこで、どんな事業をするにしても、綿密な科学的調査研究をなしとげた上でスタートしなければならなくなった。もとより人間の知識は、いつの時代にも、全能ではないから、ある限界があって、最後の決断は「かん」なり「はら」なりに頼るほかはない。しかし、充分な調査研究をとげた後の「かん」や「はら」は、調査研究を経ない前のいわば盲目的・猪突的な「かん」や「はら」とはちがう。今日の文明国では、営利事業を経営するばあいにも、あるいはまた政府が何か新政策を実施するばあいにも、その準備として科学的調査研究をすることは、当然のしきたりになった。この点で最も注目すべきは、戦争を目的とする科学的調査であろう。戦争のような、感情的、投機的要素を最も多く含む仕事も、冷静な科学的調査を前提としなければ、手を出すことができなくなったのである。
――中井正一「調査機関」