服部君は語尾をふるはせて、物音い泣笑ひをつくつたが、やがて後をも見ずに前のめりに駆け出して行つた。
森野は「ホガラカ」の窓が見える横町の角で服部君の戻りを待ちながら、不図自分だつてもしも楽屋の素顔を知らずに「エミさん」を見たら、介抱位ゐはされたい心地を起すかも知れないなどゝ思つた。同時に服部君もエミさんも堀田ラフトも、そして自分も、何となく「紙一重」の差異もなく平等に、酷く気の毒な人物である――などゝいふ風に順々と想ひ浮かべて、白々と酔つてゐる頭を微風のある夜気の中に風船のやうに漂はせてゐた。
――牧野信一「街角」