『青春の終焉』を検討しているので、いろいろと思うところはあるのであるが……青春というと思い出すのは、わたくし自身の師匠の論文と、ショスタコーヴィチがハチャトリアンを「青春はまだ終わってないよ」と慰めたとかいうエピソードである。わたくし自身は、個人的に青春が終わったとか近代文学が終わったとか感じるのはまだいいとしても、時代とか世代に関係づけてそれを論じるのを好まない。それはその時代やら世代が本当は如何にそうあったかを忘れさせるものである。戦後の「青春」の隆盛は、敗戦国の経済成長ぬきには考えられないのではあるまいか。右の
『青春の終焉』を検討しているので、いろいろと思うところはあるのであるが……青春というと思い出すのは、わたくし自身の師匠の論文と、ショスタコーヴィチがハチャトリアンを「青春はまだ終わってないよ」と慰めたとかいうエピソードである。わたくし自身は、個人的に青春が終わったとか近代文学が終わったとか感じるのはまだいいとしても、時代とか世代に関係づけてそれを論じるのを好まない。それはその時代やら世代が本当は如何にそうあったかを忘れさせるものである。戦後の「青春」の隆盛は、敗戦国の経済成長ぬきには考えられないのではあるまいか。右の