円光寺の近く。
案内板に曰く、
「昔、法然寺の門前町仏生山の表通りには、参詣人ののどの渇きをいやすために多くの井戸が用意されていた。この場所は、江戸時代の町年寄中條本家の屋敷跡だけに、中條家が井戸を掘り、水を守る神をまつって屋敷神としたと思われる。なお、こうした表通りの井戸は水道が普及するまでこの町の人々の暮らしを支えてきた。」
神社には、もともとこういう屋敷神だったものが多いのである。屋敷神にもいろいろあるが、家の格を示す物も多かったはずである。高松城内にあったとされる数々の神社だって、根本的に屋敷神なのであるから、市内の数々の神社だってそういう扱いになるかも知れず。