【大阪IR】用地の賃料鑑定で業者2社が“同じミス” 本来は除かなければいけない『建物の価格』を含んだ取引価格を使って評価 「杜撰な鑑定」との指摘も
大阪府市が開業を目指すIR=カジノを含む統合型リゾート。大阪府市と事業者は、9月28日に正式契約にあたる実施協定などを締結し、着々と準備を進めていますが、IR用地の賃料の鑑定をめぐって、鑑定業者2社が“同じミス”を起こしていることが新たにわかりました。
【画像を見る】不動産鑑定業者arec側からの問い合わせが“なかった”ことを示す公文書
鑑定評価額が「3社で一致」 IR用地の賃料
大阪府は9月28日、IRの2030年秋ごろの開業に向け、事業者の「大阪IR株式会社」と正式契約にあたる実施協定を結びました。「大阪IR株式会社」には、アメリカのカジノ大手、MGMリゾーツ・インターナショナルの日本法人とオリックスなどが出資しています。
(大阪府 吉村洋文知事)「大阪・関西の成長の起爆剤、経済成長のエンジンになることを確信している」
(米MGM ビル・ホーンバックルCEO)「大阪が世界に誇れる観光都市になれるというふうに信じている。IRもぜひ中核的な役割を果たしていきたい」
しかし、IRをめぐっては数々の問題が指摘されています。その1つが、誘致段階でのIR用地の賃料の算定です。鑑定を担当した業者4社のうち3社で鑑定評価額が一致していたほか、計算過程の土地価格や利回りも一致していました。また、鑑定にあたって「IR事業は考慮外」とされていたことなどが判明し、市民グループが「不当に安く決められた」などとして提訴しています。
2社が全く同じミス「建物含んだ価格」で比較
この不動産鑑定をめぐって、新たな問題が発覚しました。それは、2019年と2021年に日本不動産研究所とarecが発行した“4つの不動産鑑定評価書”にありました。
IR用地の賃料の不動産鑑定では、「取引事例比較法」という手法が使われています。これは、鑑定を行う土地と似た取引を行った「取引事例」を参考に、土地の環境や事情などを補正したうえで価格を鑑定する手法です。土地の鑑定をする際には、本来は“土地の取引価格だけ”を使用する必要があります。しかし、今回のIR用地の不動産鑑定で2社が採用した「福岡市の取引事例」で、“建物を含んだ価格”で比較するミスがあったことがわかりました。
関係者によりますと、不動産鑑定業界では、2020年の夏頃まで、他府県の取引事例を調べるためには、各都道府県の鑑定士協会を訪れ、専用のパソコンでデータベースを閲覧しなければいけませんでした。今回のIR用地の鑑定では、1回の鑑定につき3~4つの取引事例が集められ、日本不動産研究所とarecは全国から取引事例を集めていました。全国に数多くある取引事例の中から、日本不動産研究所とarecは、2019年の鑑定で2つの取引事例が同一、2021年の鑑定でも同じ2つの取引事例を使っています。
その中で、2社が同じミスをしたのは、福岡県の取引事例で、福岡市が2018年に売却した「青果市場跡地」、現在の「ららぽーと福岡」のものです。しかし、これは福岡県の鑑定士協会のデータベースに登録されていなかったことがわかりました。
arecの鑑定士「取引事例はネットで調べた」 福岡市「arecからの問い合わせは一切ない」
では、arecは、どのように福岡市の取引事例を調べたのか。取材班が今年2月、arecの鑑定士を直撃すると…
(記者)「福岡の事例はどのように入手されましたか?」
(arecの鑑定士)「ちゃんと入手しました」
(記者)「どのように?」
(arecの鑑定士)「ネットで調べました」
(記者)「ネットで調べた?」
(arecの鑑定士)「ネットで調べられるでしょ。ネットで調べてみてください」
arecの鑑定士は「ネットで調べた」と話しました。そこで取材班が、福岡市のホームページから取引事例を調べてみたところ、「青果市場跡地」というキーワードがなければ、簡単に探すことはできませんでした。
そのため取材班は、福岡市に対し、arec側から「青果市場跡地」の取引事例について問い合わせなどやり取りがなかったか情報公開請求を行いました。その結果、福岡市はメールや電話も含めて一切やり取りがなかったことがわかりました。
福岡市の担当者も次のように述べています。
(福岡市総務農林部 森塚幸治政策企画課長)「関係部局にも確認いたしましたけれども、arecからの問い合わせなどのやりとりは、一切なかったと聞いております」
なぜ土地と建物の価格で計算?鑑定士に質問するも…
今回の鑑定書のミスは、本来は土地の評価で含んではいけない“建物の価格”が含まれていたというミスでした。不動産鑑定士は、取引事例を使用する際に、その土地の環境や事情を現地に赴いて確認し、どのように補正をかけるか考えるといいます。取材班も実際に「ららぽーと福岡」を訪れると、土地の評価で含んではいけないはずの建物“立体駐車場”が確認できました。
また、福岡市のホームページでも、処分価額に建物“立体駐車場”の価格が含まれていることが明記されていました。
arecの鑑定士に、なぜ建物である“立体駐車場”を含めた土地の価格を参考にしたのか、たずねると…
(記者)「なぜ土地と建物の価格で計算したのか?」
(arecの鑑定士)「・・・(無言)」
(記者)「なぜ日本不動産研究所と同じ間違いが起こるのか?」
(arecの鑑定士)「・・・(無言)」
arecの鑑定士は質問に答えず、その場を去りました。
福岡市の依頼で事前に不動産鑑定を行った日本不動産研究所も同じミス
また、今回arecが行った“ミス”を日本不動産研究所も行っていることがわかりました。データベースに登録されていない福岡市の取引事例をどのように見つけたのか。取材班は情報公開請求で、この福岡市の「青果市場跡地」の売却に関する資料を入手しました。
すると、日本不動産研究所が、福岡市の依頼で、事前にこの土地と建物の不動産鑑定を行っていたことがわかりました。つまり、日本不動産研究所は、建物が存在し、かつその建物に価値があることを事前に把握していたにもかかわらず、大阪のIR用地の鑑定では建物価格も含めて土地価格とするミスをおかしていたことになります。
日本不動産研究所はMBSの取材に対し、今年3月24日、「住民訴訟が予定されていることを伝え聞いておりますので、回答を控えさせていただきます」とコメントしました。
「2社がこれほど初歩的なミスを同時にすることは偶然とは思えない」という指摘も
今回の件について、多くの不動産鑑定士に取材を行い、ある鑑定士は次のように話しました。
「ホームページの情報のみで、取引事例の計算をするというのは聞いたことがない。ホームページを確認すると、土地と建物の価格と書かれている。また、土地と建物の登記簿を調べれば、『買戻特約』がついていて、売買価格も書かれている。現地確認をすれば、駐車場があることを容易に確認できるはず。日本不動産研究所は、自身の『青果市場跡地』の鑑定評価書にも立体駐車場が利用価値のある建物であると明記している。2社がこれほど初歩的なミスを同時にすることは偶然とは思えない。IR用地の鑑定にもかかわらず、聞いたことがないほど杜撰な鑑定であきれる」
大阪市は「これまでの説明に、何か変更や齟齬があるわけではございません」としています。
大阪府不動産鑑定士協会はこれまで一度も取材に応じず
この問題をめぐっては、arecの不動産鑑定士は当時、大阪府不動産鑑定士協会の会長を務めていました。取材班は協会に対して去年11月から7度、取材を申し込んでいますが、協会側は回答を拒否するなど取材に応じていません。協会にはIR用地の不動産鑑定に関わった鑑定士や業者のOBなども所属していて、所属する不動産鑑定士からは「鑑定士の信用を失墜させる対応」として、協会の対応に疑問の声が上がっています。
IR事業者と契約を結ばないよう求めて訴えを起こしている市民グループは、9月29日に会見を開き、実施協定の締結について「疑惑があるとわかっていて無理に強行した。市民の税金がオープンにされずどんどん使われている」と指摘し、賃料決定の経緯などを精査するよう求めました。