斎藤元彦・兵庫県知事を告発した元・西播磨県民局長が疑惑解明の渦中に死亡した。抗議の自死とされるが、命を賭けての訴えの経緯をみていくと、公益通報制度などに照らして県は重大な問題をいくつも起こしていたようだ。職員に対するパワハラなど「7つの疑惑」を調べる県議会の特別委員会(百条委員会)は調査継続の意向を示しており、県が元県民局長を早々に懲戒処分にしたことへの批判も高まる。追及はさらに加速しそうだ。
元県民局長は、斎藤知事による選挙違反や公金の不正支出、県職員へのパワハラなどの疑惑を告発したが、斎藤知事や県はこの内容を「核心部分が真実ではない」などとし、元県民局長を停職3カ月の懲戒処分にした。県議会は疑惑の解明にあたるため百条委員会を設置、元県民局長らを証人として尋問する予定だったが、元局長は7月、死亡した。
■七つの疑惑
元県民局長の告発文書は7つの疑惑について記載していた。
① ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長の五百旗頭真氏が急逝した前日、斎藤知事の命を受けた副知事が五百旗頭氏宅を訪れ、機構の副理事長2人の解任を一方的に通告した。
② 2021年の知事選で、県職員4人が斎藤知事への投票を依頼する事前運動をした。
③ 斎藤知事は2024年2月、但馬地域の商工会などに出向き、次回知事選での自分への投票依頼をした。
④ 斎藤知事にはおねだり体質があり、知事の自宅には贈答品が山のように積まれている。県内企業からコーヒーメーカー、ロードバイク、ゴルフクラブのセット、スポーツウェアをもらった疑いがある。(※コーヒーメーカーは視察同行の部長が受け取って保管していたことが判明)
⑤ 政治資金パーティーに際して、県下の商工会議所、商工会に対して圧力をかけ、パー券を大量購入させた。
⑥ プロ野球の阪神・オリックスの優勝パレード費用を捻出するため、信用金庫への県補助金を増額したうえで、それを募金としてキックバックさせた。
⑦ 斎藤知事のパワハラは職員の限界を超えている。執務室、出張先に関係なく、自分の気に入らないことがあれば関係職員を怒鳴りつける。
知事は会見の場で、「事実無根の内容が多々含まれている」「うそ八百含めて文書を流す行為」などと否定した。しかし、この発言から約4カ月が経過したが、この間に行われたのは元局長の懲戒処分だけで、疑惑のひとつひとつについて、否定の根拠や証拠を示しての説明は行われていない。
オリックスパレードの問題(⑥)は、これが事実であれば公金の不正支出の可能性があり重大問題である。事実無根ならば、説明責任を果たして疑いを晴らす必要があるが、突きつけられた疑惑をそのまま放置してしまっている状態だ。
■積み上がるパワハラ疑惑
一方で、パワハラについては、県議が行ったアンケートによって、この間に次々と事例が積み上がっている。エレベーターに乗り込む際に自動ドアが閉まりそうになったことに激怒し職員を叱責▽浴衣祭りの着替え場所が気に入らず苦言▽同じ浴衣祭りで自分だけプロの着付けを求める、などだ。ひとつひとつは取るに足らないことのように映るが、優越的地位を背景にした言動であり、事実無根などとはとても言えない。
公益通報などの観点から、県の対応にはいくつもの問題がある。
元県民局長は今年3月中旬、最初に県議や報道機関に告発文書を配布した。本人は後に「本来ならば保護権益が働く公益通報制度を活用すればよかったのですが、自浄作用が期待できない今の兵庫県では当局内部にある機関は信用できない」として、外部に告発した理由を説明している。
この告発が県の知るところとなり、同月末、県民局長職を解任され、目前に迫っていた退職も取り消されるに至り、元県民局長は4月になって県の公益通報窓口に告発文書と同様の内容で通報した。県は公益通報とは別の調査に基づいて5月、元県民局長を処分した。
この経緯について、公益通報制度に詳しい中村雅人弁護士が問題点を指摘する。
「公益通報は決められた窓口に通報しなければならないものではない。また、公益通報であるかどうかは実質で判断されるので、本人が公益通報者保護法で保護の対象とされる公益通報であることを認識している必要もない。議員や報道機関への告発も、通報窓口への通報と同様に公益通報に該当すると考えられる」
■2回にわたる不利益取り扱い
つまり元県民局長は2度にわたって公益通報したことになるという。告発文が誰によって書かれたものか、県は”犯人捜し”をした可能性があり、これは公益通報者保護法が禁じている「通報者の探索」に当たる。そして公益通報制度の下では、雇用者は通報者に対して、人事上などあらゆる不利益な取り扱いをしてはならないことになっているが、県は元県民局長を1度目は解任し、2度目は懲戒処分にした。中村弁護士がこう話す。
「県は2回にわたって、公益通報者保護法で禁じられている通報者への不利益取り扱いを施したことになる」
県民局長職を解任されるまでの間、元県民局長は十分な事情聴取を受けなかったと主張していた。本人が報道機関宛てに書いた文書によると、人事当局とは電話で、告発文は1人で作成したことを説明し、「情報の入手経路について漠然としたやりとりがあったのみ」だという。
この点についても中村弁護士は、
「処分にあたって、十分な弁明の機会を与えていなかったのであれば、それも大きな問題だ」
と批判する。元県民局長の告発が、その内容の面から公益通報者保護法の保護の対象になりうるものかどうかは、7つの疑惑を個別に判断する必要があるという。同法で扱う法令違反は、あらかじめ定められている。「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律(約500本)に規定する犯罪行為、過料対象行為、又は刑罰若しくは過料につながる行為」とされる。対象としてもっともわかりやすい法律は刑法だ。
中村弁護士は、7つの疑惑のうち、⑥公金の不正支出が刑法の横領罪、⑦のパワハラも程度によっては刑法の暴行罪や傷害罪に該当する可能性があるとする。
■始まる百条委の尋問
県議会の百条委員会は元県民局長の告発文書が指摘した7つの疑惑の真偽を調べるために設置された。予定されていた元県民局長の証人尋問は不可能になったが、百条委は遺族から元県民局長が書き残した陳述書を受け取っている。今後、約50人の県職員を尋問する予定だという。
(AERA dot.編集委員・夏原一郎)