1955年にデトロイトからニューヨークにやって来たドナルド・バードはトランペットのニュースターとして瞬く間にジャズシーンの寵児となります。特に1956年から1957年にかけての活躍が凄まじく、この2年間だけでバードが参加したレコードの数はなんと50枚超!数が多すぎるのでさすがに作品名までは挙げられませんが、ジョージ・ウォーリントン、ジャッキー・マクリーン、ハンク・モブレー、アート・ブレイキー、ジーン・アモンズ、ホレス・シルヴァー、ポール・チェンバース、ダグ・ワトキンス、ソニー・ロリンズ、ルー・ドナルドソン、ケニー・ドリュー、ソニー・クラーク、レッド・ガーランド、ジョニー・グリフィン、ジョン・コルトレーンらの作品に参加しており、バードが共演したジャズマンを列挙するだけで当時のハードバップシーンを網羅できると言っても過言ではありません。
ただ、その反面リーダー作は少なく、ジジ・グライスとのジャズ・ラブ名義やフィル・ウッズとの共同リーダー作はあるにはありますが、単独名義となると先日ご紹介した「バード・ブロウズ・オン・ビーコン・ヒル」等数作品のみです。しかも吹き込み先はトランジションというマイナーレーベルで、ブルーノートやプレスティッジには1枚もありません。散々サイドマンとしてこき使っておきながらリーダー作を録音させないとは何事か!と思いますが、もしかしてバード自身があまりにも多忙だったためにじっくり本腰を入れて自分の作品に臨む時間がなかった、というのが案外ありえる理由かもしれません。
いずれにせよ1958年にバードはブルーノートと専属契約を結び、同年12月録音の「オフ・トゥ・ザ・レイシズ」を皮切りに立て続けに傑作群を発表しますが、その少し前に演奏旅行でフランスを訪れており、その際の記録を収めたのが本日ご紹介する「バード・イン・パリ」です。1958年10月22日のパリ・オランピア劇場でのライブを2枚組で発売したもので、正確には2枚目は「パリジャン・ソローフェア」と別タイトルなのですが、実質同じ作品として扱って良いでしょう。このアルバム、発売したのがブランズウィックと言うR&B系のレコード会社で、ジャズにはあまり力を入れていなかったせいか後にCD発売の際はいろんなジャケットデザインで発売されていますが、私が手にしたのは運良くオリジナル版と同じでフィガロ紙を読むバードとカフェでポムフリット(フライドポテト)をつまむバードのデザインです。
メンバーはボビー・ジャスパー(テナー&フルート)、ウォルター・デイヴィス・ジュニア(ピアノ)、ダグ・ワトキンス(ベース)、アート・テイラー(ドラム)から成るクインテット。ジャスパー以外は全員アメリカ人です。ジャスパーはベルギー出身で50年代前半はパリを拠点に活動した後、渡米してJ・J・ジョンソンのバンドに加入し、リヴァーサイドにもリーダー作を残す等活躍を認められた後でのパリ帰還とあって彼にとっていわば凱旋ツアーでもあります。
1枚目が5曲、2枚目が8曲の計13曲収録ですが、基本的には有名なバップスタンダードが中心です。特に他のトランペッターが演奏した曲が多いですね。まずは元はスウェーデン民謡でマイルス・デイヴィスで一躍有名となった"Dear Old Stockholm"、クリフォード・ブラウンの演奏で名高い"The Blues Walk"と"Parisian Thoroughfare"、そして大先輩ディジー・ガレスピーの”Salt Peanuts"です。セロニアス・モンクが作曲してガレスピーが初演した”52nd Street Theme"もそうですね。フランスのジャズファン達はレコードで当然オリジナルの演奏を耳にしていたでしょうから、彼らを喜ばせるための選曲でしょう。特に"Parisian Thoroughfare"は元々バド・パウエルがパリの雑踏をイメージして書いた曲なのでパリっ子達は大喜びだったでしょうね。
バードはそれら偉大な先輩トランぺッター達の曲を堂々と料理していきます。特に”The Blues Walk"はブラウンの超絶技巧を象徴するような高速バップナンバーですが、バードも本家並みとまではいかずとも切れ味鋭いソロで見事に吹き切ります。当時のバードはブラウン亡き後の後継者の最右翼と目されていましたが、その真価を証明するかのような熱演だと思います。相方を務めるボビー・ジャスパーもかなり健闘していますね。彼はフルート奏者のイメージも強いですが、本作ではほとんどの曲で力強いテナーを披露しており、特にソニー・ロリンズの”Paul's Pal"ではロリンズとはまた異なるアプローチで悠揚迫らざる骨太なテナーソロを聴かせてくれます。唯一の例外がジャスパー自作の”Flute Blues"で、この曲ではバード抜きでジャスパーが文字通りブルースフィーリングたっぷりのフルートソロを聴かせます。
その他のメンバーにもスポットライトが当たっており、まずはウォルター・デイヴィス・ジュニア。この人は同時代に活躍したウォルター・ビショップ・ジュニアと名前がよく似ているのでたまに区別がつかなくなることもありますが、良いピアニストですよね。本作でもソロにバッキングと大車輪の活躍で、レイ・ブラウンの”Ray's Idea"ではホーン抜きのトリオ演奏で縦横無尽のピアノソロを繰り広げます。また、作曲者としても”Formidable"を提供していますが、これがまた痛快無比のハードバップチューンで、個人的には本作の中でもベストトラックと言って良い出来です。
ダグ・ワトキンスとアート・テイラーは基本裏方に徹していますがワトキンスは”Dear Old Stockholm"で5分間(!)にも及ぶベースソロを披露しますし、テイラーもバード自作の"At This Time"やジョン・ルイス”Two Bass Hit"で力強いドラムソロを聴かせてくれます。ちなみに”At This Time"はペッパー・アダムスの「10・トゥ・4・アット・ザ・ファイヴ・スポット」の”The Long Two/Four"、バードの「オフ・トゥ・ザ・レイシズ」の”Off To The Races"と異名同曲で、マーチ風のファンキーチューンです。録音状態は少し悪いところもありますが、全編を通じてバード・クインテットのノリノリの演奏とパリの聴衆達のビビッドな反応が収められた傑作ライブ作品です。
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