前回に続いて、秋田サティ・卸町周辺のお話。
秋田市民に「柳原ってどこ?」と聞いても、どのくらいが答えられるだろうか。
実は秋田市にそのような地名は存在しない。ただ、2つだけ「柳原」表記が見られる。
その1つ、秋田駅発の路線バスの新屋行きと秋田南高校・御野場団地行きには「柳原」経由という路線がある。
分かりやすくいえば東部ガス前・秋田サティ前経由(有楽町から太平川を渡り前回取り上げた交差点を新屋線は直進して卸町、御野場団地線は左折して国道13号に進む)。

「柳原経由」は旧秋田市交通局時代の表現を中央交通が引き継いで使っているが、市営時代から車内放送では「柳原」は使わず御野場線では「卸センター入口経由」、新屋線では「卸センター経由」と案内していたと思う。
行き先表示機は(上の写真のようなLED式は別として)文字配置の都合や交換作業の問題で「柳原」を採用しているのだと思われる。
では「柳原」とはどこなのか?
しっかり調べたわけではないが、少し時代をさかのぼっても、「柳原」という地名は秋田市にはないようだ。しかし、卸センターのある卸町の辺りに「柳原新田(やなぎはらしんでん)」という地名が最近まであったのは、僕も覚えている。
からみでんの時も参考にした、秋田市地域振興課サイト内「地名小事典」は、住居表示実施に伴う旧町名と現町名の対照表などが掲載されており、面白い。
それによれば、現在の卸町から茨島(ばらじま)一帯がかつては「柳原新田」という大字で、昭和39年の「茨島」、42年の「牛島西」発足で段階的に縮小、平成2年の「卸町」の住居表示実施で完全に名前を消したようだ。
最後まで残った卸町付近のみならず、太平川や雄物川に囲まれた広大な範囲が「柳原新田」だったことになる。
さらにさかのぼって「日本歴史地名大系第五巻秋田県の地名(平凡社)」によれば、享保15(1730)に10軒からなる「柳原新田」集落があるとの記録があり、「角川地名大辞典」によれば、開墾したのは武石安左衛という人。牛島村の枝村で、明治22年に河辺郡牛島村になったとある。(その後、牛島村は牛島町を経て大正13年に秋田市と合併し、現在の秋田市牛島)
よくあるのは「○○村」の人たちが新たに田んぼを開墾すれば「○○新田」になることが多いので、ここも「柳原村」から派生したのかもと思っていたが、それだと牛島がルーツだから“牛島新田”になってしまう。「柳原」の由来は分からなかったが、地名としてはあくまでも「柳原新田」であり、バスの表示は省略して「柳原」になっているのだろう。
ところで、国道13号線との交差点から有楽町に向かうのが、前回も扱った県道28号線。交差点と太平大橋の間に、ラウンドワンスタジアム秋田店(スーパーランドヤマトが大町に移転前はここにあった)がある。
その道端の標識に、バスに続く2つ目の「柳原」表記があった。
県道番号の下の地名を示す補助標識
公式な標識なのに「現在は存在しない地名」を「省略して」表記していることになる。少なくとも20年近くこのままだったのだろうか。
法律上、このタイプの標識は、「地名」を表示することになっているようだ。「地名」の定義があいまいだが、消えてしまったものをさらに省略したものが「地名」といえるだろうか。地図を見ながら初めてここを通った人が、この標識を見て、「柳原」で探しても現在位置を把握することは不可能なのだから(サティとかランドマークが多いので実際の問題はないけど)。
地理マニアとして、秋田市民として、歴史を背負った「柳原新田」の地名が消えてしまったのは残念だが、消えてしまった以上、この標識のように公的機関が公式な表記に使うのは混乱を招くと思う。「卸町」に変えるべきではないだろうか。→修正するとの回答をもらいました。
ちなみに、秋田では柳原と書いて「ヤナギワラ」さんと読む姓があるが、この地名は「ヤナギハラ」。そういえば、現在ラウンドワンのCMに出ているのが柳原(ヤナギハラ)可奈子。読みを迷ったら彼女を思い出すといいかも。
あとでもう1つ、柳原新田関係の記事を書きます。
秋田市民に「柳原ってどこ?」と聞いても、どのくらいが答えられるだろうか。
実は秋田市にそのような地名は存在しない。ただ、2つだけ「柳原」表記が見られる。
その1つ、秋田駅発の路線バスの新屋行きと秋田南高校・御野場団地行きには「柳原」経由という路線がある。
分かりやすくいえば東部ガス前・秋田サティ前経由(有楽町から太平川を渡り前回取り上げた交差点を新屋線は直進して卸町、御野場団地線は左折して国道13号に進む)。

「柳原経由」は旧秋田市交通局時代の表現を中央交通が引き継いで使っているが、市営時代から車内放送では「柳原」は使わず御野場線では「卸センター入口経由」、新屋線では「卸センター経由」と案内していたと思う。
行き先表示機は(上の写真のようなLED式は別として)文字配置の都合や交換作業の問題で「柳原」を採用しているのだと思われる。
では「柳原」とはどこなのか?
しっかり調べたわけではないが、少し時代をさかのぼっても、「柳原」という地名は秋田市にはないようだ。しかし、卸センターのある卸町の辺りに「柳原新田(やなぎはらしんでん)」という地名が最近まであったのは、僕も覚えている。
からみでんの時も参考にした、秋田市地域振興課サイト内「地名小事典」は、住居表示実施に伴う旧町名と現町名の対照表などが掲載されており、面白い。
それによれば、現在の卸町から茨島(ばらじま)一帯がかつては「柳原新田」という大字で、昭和39年の「茨島」、42年の「牛島西」発足で段階的に縮小、平成2年の「卸町」の住居表示実施で完全に名前を消したようだ。
最後まで残った卸町付近のみならず、太平川や雄物川に囲まれた広大な範囲が「柳原新田」だったことになる。
さらにさかのぼって「日本歴史地名大系第五巻秋田県の地名(平凡社)」によれば、享保15(1730)に10軒からなる「柳原新田」集落があるとの記録があり、「角川地名大辞典」によれば、開墾したのは武石安左衛という人。牛島村の枝村で、明治22年に河辺郡牛島村になったとある。(その後、牛島村は牛島町を経て大正13年に秋田市と合併し、現在の秋田市牛島)
よくあるのは「○○村」の人たちが新たに田んぼを開墾すれば「○○新田」になることが多いので、ここも「柳原村」から派生したのかもと思っていたが、それだと牛島がルーツだから“牛島新田”になってしまう。「柳原」の由来は分からなかったが、地名としてはあくまでも「柳原新田」であり、バスの表示は省略して「柳原」になっているのだろう。
ところで、国道13号線との交差点から有楽町に向かうのが、前回も扱った県道28号線。交差点と太平大橋の間に、ラウンドワンスタジアム秋田店(スーパーランドヤマトが大町に移転前はここにあった)がある。
その道端の標識に、バスに続く2つ目の「柳原」表記があった。

公式な標識なのに「現在は存在しない地名」を「省略して」表記していることになる。少なくとも20年近くこのままだったのだろうか。
法律上、このタイプの標識は、「地名」を表示することになっているようだ。「地名」の定義があいまいだが、消えてしまったものをさらに省略したものが「地名」といえるだろうか。地図を見ながら初めてここを通った人が、この標識を見て、「柳原」で探しても現在位置を把握することは不可能なのだから(サティとかランドマークが多いので実際の問題はないけど)。
地理マニアとして、秋田市民として、歴史を背負った「柳原新田」の地名が消えてしまったのは残念だが、消えてしまった以上、この標識のように公的機関が公式な表記に使うのは混乱を招くと思う。「卸町」に変えるべきではないだろうか。→修正するとの回答をもらいました。
ちなみに、秋田では柳原と書いて「ヤナギワラ」さんと読む姓があるが、この地名は「ヤナギハラ」。そういえば、現在ラウンドワンのCMに出ているのが柳原(ヤナギハラ)可奈子。読みを迷ったら彼女を思い出すといいかも。
あとでもう1つ、柳原新田関係の記事を書きます。