第3章 「くにと千代子」
(1)
3歳の時に実母と死別し、実父とは4歳で離別した千代子は、5歳の時、運命的な出会いで、自分の子供がどうしても欲しかった石澤くにの養女となった。くにには、内縁の夫、鳶職の阿藤源吉がいたが、源吉もまた、大の子供好きで、千代子は、二人にとって宝物を授かったかのように歓迎されたのだった。千代子は、初めてくにに出会ってまもなくから、二人を、「おじちゃん」「おばちゃん」と呼んで懐いていたが、物心付いてから初めて、「おとうさん」「おかあさん」と呼べる家族と暮らすことになったのだ。
源吉は、一見、無口で無愛想な男だったが、千代子に対しては、いつも目を細めて可愛がった。収入が不安定な職業であったはずだが、千代子を、あちらこちらに連れて行ったり、欲しがるものは、何でも買ってやったり、やさしい父親を演じていた。
くににとっては、自分の子供がどうしても欲しいという念願が叶い、これ以上ない幸せな日々だったに違いない。
1ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、1年が過ぎ、2年が過ぎ、千代子も、いつしか、つらい目にあっていたことも忘れ去り、やさしい養父母の愛に包まれて、伸び伸びと、明るいお茶目な女の子に育ち、すっかりその家の子供に成りきったのだった。面倒見が良く、人当たりの良いくにの娘として、近所の人達からも可愛がられ、人気者となり、同じ年頃の友達も出来、元気に遊び回る少女になっていたのだ。
ただ、くには、千代子を、甘やかしてばかりで育てる気は毛頭無く、掃除や洗濯、台所や縫い物の手伝いをさせたり、行儀等、躾には、かなり厳しく、叱りもし、しっかりした人間に育てることこそ、養女にした自分の責任、役割だと考えていた。それだけに、中身の濃い母子関係がどんどん深まっていくのだった。
やがて、千代子は、くにと源吉を父母として、普通の家庭の子供と変わりなく、東京府豊多摩郡渋谷町立猿楽尋常小学校に入学することになった。
千代子の寝顔を覗き込む、くにと源吉、
「よっぽど、学校に行くの、嬉しいんだろうな。いつもなかなか寝ないのに、さっさと自分で寝ちまってよー・・・」
「そりゃそうだよ。もう何ヶ月も前から、楽しみにしてたんだもん」
くには、源吉を見やり、
「ここまでこれたのも、あんたのお陰だよ。ありがとね」
「何言ってんだい。おまえが、しっかり育てたからじゃないか」
「まあ、ここまで来たら、一安心よね。学校へ行けば、また新しい友達も出来るだろうしさ・・・。この子、案外、人見知りしないしさ・・・、」
くには、台所から、お銚子を1本つけてきて、源吉にお酌、
「おまえも、1杯どうだ」、「そうね。いただこうかしら・・・」
くには、しみじみと今の幸せを味わうように、盃を口に運ぶのだった。
くに、39歳、源吉、40歳の春だったが、その先、自分達にどんな運命が待ち構えているのか等、その時はまだ、全く考えもせず、穏やかなものだったのだ。
(つづく
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