たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

「寄り合い家族」 No.012

2023年09月19日 09時42分06秒 | 物語「寄り合い家族」

第3章 「くにと千代子」
(3)

千代子が尋常小学校へ通い始めて、1年が過ぎ、2年が過ぎた。くににとっては、夢にまで見ていた、子供を中心にした、賑やかで平穏な家庭が実現出来て、充実した日々になっていたが、それまで、千代子を自分の娘として育て上げることに、心身、一生懸命で、頭の片隅の追いやられていた、もう一つの夢を、再び見るようになっていた。
それは、源吉と暮らすようになった頃から、源吉にもずっと話していた夢で、家庭料理を出す食堂、今で言う定食屋のような、小さな食堂を営んでみたいという夢だった。
「ねえ、あんた、あたし、昼間、ぶらぶらしててもしょうがないし、前から言ってるように、食堂、やろうと思うんだけど・・・」
幼い頃に小料理店に奉公に出され、仕込まれ、若い頃には、居酒屋等、水商売を経験したらしいくには、料理が得意だった。働き者で器用だったくに。
日々の料理の腕を知っている内縁の夫源吉も、
「そうか、やっぱり、やりたいか。だったら、おれも、あっちこっち、あたってみることにするけど、・・・」
二人は、それぞれ、伝手を頼って物件を探し回ったが、なかなか条件に合う物件、有るものでなく、それからまた、半年、1年が過ぎた。
千代子が、尋常小学校3年に上がった春のある日、源吉が、帰ってくるなり、
「今日、昔の友達にばったり会ってよ。アレの話、したんだけどよ、なんでも、惣菜屋やってた叔父さんってのが、この冬、突然倒れて、商売出来なくなってよ、田舎に帰ってしまったらしいんだ。その惣菜屋の店ってのが、そのまま空き家になってるらしいんだ。家主がいる、借家らしいんだけどよ、2階屋で、家族3人位だったら、住める家なんだってよ」
「一度、見に行ったらどうかって、言ってるけどよ」
「もし、気に入ったら、家主を知ってるから、掛け合ってやってもいい、言ってくれてるしよ」
場所は、今住んでいる町からは、少し離れているが、引っ越しても、千代子の通学には、支障なさそうな町だと言う。
早速、くにと源は、その物件の下見に出掛けたのだった。
中目黒の商店街の路地の奥に有り、間口2間、1階が店、2階が住まいの木造に古い建物ではあったが、くには、いっぺんに気に入ってしまい、源吉も同感し、そこに引っ越すことを決心したのだった。
家主との契約もスムーズに行き、早速、向こう隣りの大工の棟梁木下松蔵に、
「松つぁん、大した仕事で無くて悪いんだけどねえ、そういうわけで、引っ越すことになってさ、店の部分の改装工事、お願い出来ないかしらねえ」
「くにさんの頼みじゃ、断れないやね。今の仕事、今月で終わるしさ、来月にや掛かれまさ」
それから、2ヶ月後、すっかり模様替えされ、カウンター中心の小さな食堂が完成、初夏の爽やかな晴天の日、開店にこぎつけた。店の名は、「昭和食堂」として、小さな看板も出した。
かくして、かれこれ、10年近く住み、近隣の人達とも馴染んだ、渋谷八幡通りの路地の奥の家から、くに、源吉、千代子、家族は、大勢の町民から名残惜しまれながら、中目黒の商店街の路地の奥の家に引っ越しをしたのだった。
くにが、目指したのは、あくまでも、一般の家庭料理を提供する食堂、今で言う「定食屋」のような食堂で、安価で、美味い料理が売りだった。客層は、やはり、学生や若い勤め人等で、人伝ても有り、客足も伸び、次第に常連客が増えてきた。
キビキビと働くくに、愛想が良く、気前が良いくに、痩せ型でどこか男好きするくに、「オカミサン」、「ネエサン」、「オバチャン」等と呼ばれ、くには、若者達から慕われたのだった。
千代子も、学校から帰ると、店に顔を出しては、くにの手伝いをしたり、邪魔がられたりしていたが、常連客には人気者となり、「チヨちゃん」、「おたふくちゃん」、「おかめ」等と、からかわれたり、可愛がられたりしたのだった。
暇な時間帯、千代子は、店で学校の宿題をやってることが多かったが、そんな時に、ぶらっとやってきた学生等は、どれどれ・・と覗き込み、教えてくれたりすることも有った。そんな光景をくには、店の奥から、目を細めて眺め、これ以上無い幸せを感じていたのだった。
が・・・。

(つづく


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