足腰大丈夫な内に、出来る限り不要雑物整理をしようと決心してから久しいが、正直あまり捗っていない。書棚や天袋、押入れ等に詰め込まれていた古い書籍や辞書、百科事典等の類も、ここ数年間で大胆に整理処分してきたつもりだが、中には、「これ、面白そう?」等と目に止まり、残してしまったものも結構有る。その中のひとつに、多分、長男か次男かが、学生時代に使っていたものに違いない、小町谷照彦著 文英堂の「小倉百人一首」(解説本・参考書)が有る。パラパラとページを捲ってみたところ、なかなか詳しく、分かりやすく、決して、「今更 向学心?」なーんてものではなく、子供の頃、作者や歌意も分からないまま、「けふ、けふ、けふ・・」「なほ、なほ、なほ・・・」等と、正月になると必ず家族でやっていた「百人一首かるた取り」を思い出して懐かしくなってしまったからで、今更になって、「へー!、そういう歌だったのか・・」、目から鱗・・になっているところだ。
「小倉百人一首」は、奈良時代から鎌倉時代初期までの百人の歌人の歌を、藤原定家の美意識により選び抜かれた秀歌であるが、時代が変わっても、日本人の心情が呼び起こされるような気がしてくる。
ブログネタに?、頭の体操に?、いいかも知れない等と思い込んでしまい、昨年、一昨年、「春」、「夏」、「秋」、「冬」、季節を詠んだ歌を取り上げて、ブログに書き留めたが、今回は、最も数の多い、「恋」を詠んだ歌を取り上げて、順不同、書き留めてみることにした。
百人一首で「恋」を詠んだ歌 その26
安らはで 寝なましものを 小夜更けて
かたぶくまでの 月を見しかな
出典
後拾遺集(巻十二)
歌番号
59
作者
赤染衛門
歌意
(あなたがやってくるのを、あてにしなかったならば)
ためらわずに寝てしまいましたでしょうに、
(今か今かとお待ちしている内)
夜が更けて、とうとう西の山に傾く月を見たことでございますよ。
月にこめた、女性の男性に対する恨み、悲しみを歌っている。
注釈
「安らはで」の「安らふ」は、
ここでは、「休息」の意ではなく、「ためらう」の意。
「寝なましものを」=「寝てしまったことだろうに」の意。
「小夜」の「小(さ)」は、美称の接頭語。
「かたぶくまでの」=「(夜が明ける頃となり)月が西山に傾くまでの」の意。
「月を見しかな」=「その月を見るまで寝ないでずっと待ったいた」の意。
「後拾遺集」の「詞書」には、
相手の男性、中関白藤原道隆が訪れると約束した夜、むなしい気持ちで
待ち続けた姉妹の一人のための代作であると記述されている。
赤染衛門(あかぞめえもん)
大江匡衡(おおえのまさひら)の妻
赤染時用(あかぞめときもち)の娘、
父親時用の官名が、右衛門尉(うえもんのじょう)であったことから
赤染衛門と呼ばれた。
藤原道長の妻、倫子(りんし)に仕え、
中宮彰子(しょうし)のもとにも出入りした。
11世紀前後(平安中期)一条天皇の時代、和泉式部と並び称される歌人、
家集に「赤染衛門集」が有る。
参照・引用
小町谷照彦著「小倉百人一首」(文英堂)
(つづく)