映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

2012年12月02日 | 映画(た行)
“卵”が示すもの



            * * * * * * * * *

セミフ・カプランオール監督の「ユスフ3部作」のうちの第1部。
先に3部の「蜂蜜」を見てしまいましたが、3作全て見たくなってしまいました。


イスタンブールで暮らす詩人のユスフ。
(といっても、もっぱら古書店で生計を立てているようです。)
あのユスフ少年が、こんなふうに成長したのだな、
と、3部を見た私は感慨にふけりますが、それもつかの間、
彼のもとに母の訃報が届きます。
ユスフは何年も帰ったことがなかった故郷へ。
彼は母の古びた家で、アイラという美しい少女に出会います。
遠縁の娘ですが、ずっとお母さんの面倒を見てくれていたのです。
彼女は、お母さんが神の生贄に羊を捧げて欲しいと言っていたことを告げます。
何故かなりゆきで早々に帰ることもならず、
二人で神に羊を捧げる旅にでることに。
ケータイもある現代のトルコです。
だからすでにユスフは宗教にはさほど思い入れがないのですが、
年老いた母は、宗教を支えに生きてきたのでしょう。
せめて母の晩年の思いを叶えてあげようというわけなのです。
やはりバックミュージックなどはなく、
様々な自然の音、生活の音が密やかに響きます。
私たちはひたすらじっと彼らの仕草や表情を追って、
彼らの感情を読み取るしかないのですが、
だからこそ油断ならない。
だからきっと人によって読み方は違うのかも知れません。
答えを自分で探す映画なんですね。
一作目よりも次第にこの世界にハマっていく私。



例えば今作の「卵」という題名。
ユスフは母の葬儀の後、卵が割れる夢を見ますね。
一人森に入ってお昼寝をしたのは、
幼い時にお父さんを亡くして、森に包まれて眠ったこと思い出したのかも知れません。
卵はつまり、命なのでしょう。
今ひとつの命が消えた。
それからまた、ユスフは故郷を離れて独り立ちし、
ほとんど母のことを思い出すことも少なくなっていただろうと思われるのですが、
母を亡くして始めて、
しかし実は、自分は卵のように母の手の平の中で大切に守られていたのだと気づいたのだと思います。
鶏小屋を探しても見つけられない卵=喪失感ということになりましょうか。
そして、ラストにまた卵が出てきますね。
これこそが、新しい生命の息吹を感じさせる卵。
それからまた、アイラに思いを寄せている男性が登場することで、
ちょっとした複雑さとささやかな可笑しみをプラスしているところも効いています。
素敵な物語でした。

「卵」「ミルク」「蜂蜜」 [DVD]
ジーダス
ジーダス


「卵」
2007年/トルコ・ギリシャ/97分
監督:セミフ・カプランオール、
出演:ネジャット・イシュレル、サーデット・イシル・アクソイ、ウフク・バイラクタル、トゥリン・オゼン