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「砂漠で溺れるわけにはいかない」ドン・ウィンズロウ

2019年08月04日 | 本(ミステリ)

父性を求めるニールの旅

砂漠で溺れるわけにはいかない (創元推理文庫)
Don Winslow,東江 一紀
東京創元社

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無性に子どもを欲しがるカレンに戸惑う、結婚間近のニールに、またも仕事が!
ラスヴェガスから帰ろうとしない八十六歳の爺さんを連れ戻せという。
しかし、このご老体、なかなか手強く、まんまとニールの手をすり抜けてしまう。
そして事態は奇妙な展開を見せた。
爺さんが乗って逃げた車が空になって発見されたのだ。
砂漠でニールを待ち受けていたものは何か?
シリーズ最終巻。

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ドン・ウィンズロウ、探偵ニールのシリーズ5作目、最終巻です。
間を置きながらもついにここまでたどり着きましたが、
本巻はちょっと拍子抜けするくらいのページ数の少なさで、
あっという間に読んでしまいました。


ニールはまもなくカレンとの結婚を控えています。
そんなときにまた、やって来た仕事。
一人の老人をラスヴェガスから自宅へ送り届けてほしいと、なんとも簡単そうな仕事。
しかし、今までいつもこんな調子で始まる仕事が簡単だった試しがない。
老人は、昔かなりの売れっ子のコメディアンで、実際人の良さそうな気のいい老人。
だがしかし、なぜか家には帰りたくないようで、
ニールのもとをなんとか逃げ出そうと、姿をくらますこと数度。
簡単なことのはずなのに随分手こずってしまいます。
そもそも、老人が家に帰りたがらない理由とは・・・!
そちらの方にもある事件が絡んでいるわけなのですが、
そのことを明かすために、ある保険会社の職員と弁護士の書簡のやり取りが乗っていて、
その中でラブロマンスが進展していくなど、実にユニークな展開となっています。
これまでのシリーズ中では最もコミカルで、サスペンス味には欠けるのですが、
すごく楽しめました。


そして本作の肝となっているのは、巻末の解説で西上心太氏が述べていますが、
「父性を求め続けたニールの旅」なんですね。
本巻ではカレンがすぐにでも子どもを欲しがっているのに、
ニールが難色を示すのです。
というのも、彼自身は父親を知らない。
どこの誰が父親なのかも、父親とはどんな存在なのかも。
だから自分自身が父親となることに自信が持てないのです。
そんな彼が、本話では非力ながらも婚約者を含めた幾人かを守り、救わなければならなくなる。
まさにニールが体を張って父性を取り戻す話なわけですね。
納得の最終巻です。


さてそれにしてもこのシリーズ、原書は一作目の「ストリート・キッズ」が出たのが1993年、
その後1年おきくらいに続刊が出ていって、
トントンと5作目までが刊行されたそうなのですが、
日本で東江一紀さんの翻訳版は、なんと1巻から5巻目までに13年を要しているという!! 
そのことの言い訳についても巻末にご本人が「あとがき」として述べていまして、
まあとにかく、多くの仕事を抱えつ必死だった東江氏の状況も
よく分かるので、大変ご苦労さまなことでした。
もっとも今頃になって全巻を読んでいる私にとっては何の問題もありませんしね。


図書館蔵書にて
「砂漠で溺れるわけにはいかない」ドン・ウィンズロウ 東江一紀訳 創元推理文庫
満足度★★★★★