ミステリであり、幻想小説であり・・・
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昭和十年、秋。
笹宮惟重伯爵を父に持ち、女子学習院高等科に通う惟佐子は、
親友・宇田川寿子の心中事件に疑問を抱く。
冨士の樹海で陸軍士官・久慈とともに遺体となって発見されたのだが、
「できるだけはやく電話をしますね」
という寿子の手による仙台消印の葉書が届いたのだ――。
富士で発見された寿子が、なぜ、仙台から葉書を出せたのか?
この心中事件の謎を軸に、ドイツ人ピアニスト、
探偵役を務める惟佐子の「おあいてさん」だった女カメラマンと新聞記者、
軍人である惟佐子の兄・惟秀ら
多彩な人物が登場し、物語のラスト、二・二六事件へと繋がっていく――。
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みっしりとボリュームのある一冊でした。
文庫本だと上下2巻になっています。
本作は一応ミステリといえますが、幻想小説でもあり、
日本の取り返すことができない悲惨な戦争へと
突き進む時代を表す物語でもあります。
奥泉光氏真骨頂ともいうべき作品。
昭和10年。
笹宮伯爵令嬢・惟佐子が一応の主人公。
眉目秀麗、囲碁の名手で数学好きというので、
その頭脳明晰さもうかがわれます。
でも、そう言って連想するいかにもな令嬢かと思えば全く違う。
彼女の思考は一般社会を超越しています。
何もかもを見通すようなその目。
最も令嬢らしくないところは、彼女が男と男の性の探求のため、
貪欲に男性との関係を持つところ。
一見清楚な令嬢の意外な面ですが、本作を読んでいくとそう意外でもなく、
これが本質というのにどんどん納得させられていく。
これぞ著者の筆力というものでありましょう。
さて事件は、この惟佐子の親友・宇田川寿子の心中事件。
富士の樹海で陸軍士官とこの寿子の心中と思われる死体が発見されるけれども、
その前日付け仙台消印の葉書が惟佐子のもとに届くのです。
心中のことも、その相手も、寿子の向かった先も、
何もかもが納得できない惟佐子。
しかし、深窓の令嬢でありますから、自身はそう簡単に出歩いて捜査はできない。
そこで彼女の「足」となるのが、かつて惟佐子の「おあいてさん」だった牧村千代子。
おあいてさんというのは、令嬢にあてがわれた遊び役のようなもの。
千代子は、当時には珍しく雑誌社の女性カメラマンとなっていました。
そして千代子は自分一人では心許ないので、知人の新聞記者蔵原にも応援を頼みます。
重苦しくなりがちな本作の中で、この千代子と蔵原のやりとりが明るく、救いとなっています。
互いに惹かれ合っているようなのだけれどなかなか近づかない・・・
そんなロマンスがまた興味深い。
きな臭い時代背景の涯てに起こる2.26事件。
その裏に描かれる陸軍士官の「恋愛」。
しかもそれは同性愛だったりするのが、また、萌えるのです・・・。
あちこちにツボがあるので、油断なりません。
また、日本の太古の昔から純粋な日本人として、
連綿とその血を引き継いでいる一族がいる・・・。
その者から見れば天皇家でさえ後に「外」から入ってきた
「外敵」に過ぎない・・・という、夢のような筋書きが出てきます。
そんな話は、単なる狂気から生まれた幻想なのか、それとも・・・。
作中では一応の結論めいたものがありますが、
それでも不思議に余韻の残るストーリー。
そして、日本の平和、伯爵の名声、人を恋う気持ち・・・、命。
何もかもが雪のようにはかなく崩れて消え去っていく・・・。
昭和初期の列車の運行状況の具体的なことに驚かされ、
また、令嬢の身にまとう着物の詳しい描写にも驚かされます。
そもそも、私は着物のことなど全くわからないのですが、
その種類や模様の描写は、着物のことを熟知していなければ表現できないことはわかります。
すばらしいです・・・。
図書館蔵書にて
「雪の階」奥泉光 中央公論新社
満足度★★★★★
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