映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「傍聞き」 長岡弘樹

2012年05月12日 | 本(ミステリ)
普通に生きている“正義の味方”

傍聞き (双葉文庫)
長岡 弘樹
双葉社


                       * * * * * * * * * 

長岡弘樹さんのミステリ短篇集。


まずは、表題作「傍聞き」。
この題名は、「かたえぎき」と読みます。
耳慣れない言葉ですが、
人は直接自分が聞いた話より、自分とは直接関係ない人同士が話している言葉を漏れ聞いたときに、
その話に信憑性を感じる、ということを表した言葉です。
女性刑事羽住啓子は忙しい毎日ながら、
最近娘の菜月とうまくいっていないことが気にかかります。
そんなとき、以前に彼女が逮捕したことのある男が別の事件で取り調べのため留置されます。
そしてなぜか彼女に面会を求める。
啓子はそれを以前の逮捕の逆恨みで、男が自分に脅しをかけているのではないかと疑います。
やがて男の釈放が迫り、啓子は娘が男に危害を加えられるのではないかと恐れますが・・・。
"傍聞き"の効果を狙ったものが二箇所あり、
それも悪意ではなく、善意で行われたという意外性がうまくできていまして、
とても満足感の高いストーリーでした。


この本の主人公は、救急隊員、刑事、消防士など、
人を助ける立場の人達が多いのです。
ですが、ことさらヒーローとして描かれているのではなく、
ごく普通の悩みや楽しみを持った人たち。
けれどもやはりほんの少し人より正義感は強く・・・、
ミステリというよりは人情話を読んだような感覚が残ります。


日本推理作家協会賞(短編部門)受賞
「おすすめ文庫王国」国内ミステリー部門 第1位

それほどボリームはなくお手軽に読める割には、
内容の満足度も高く、お得な一冊。

「傍聞き」 長岡弘樹 双葉文庫
満足度★★★★☆
   
自分で言っておきながらなぜ★★★★★ではないのか。
う~ん、満足ではありますが大満足とまでは行かない。
・・・短編故にというところで、ご勘弁を。

ももへの手紙

2012年05月11日 | 映画(ま行)
島の風土に癒されて



                 * * * * * * * * * 

小学6年生の少女ももは、ケンカして和解しないまま父親を事故で亡くしました。
その後、母のいく子と共に親戚のいる瀬戸内海の汐島に越してきます。
父は「ももへ」とだけ書いた手紙を残していましたが、
その後に父が何を言いたかったのか? 彼女は自身に問い続けます。
さて、越してきた家はもうずいぶん古い家。
ももはそこで奇妙な気配を感じます。
それは、「見守り隊」と名乗る3人組の妖怪、イワ、カワ、マメ。
大切な人を亡くした母子が、どのように新しい生活へ立ち向かっていくのか。
瀬戸内海の美しい自然を背景とした再生のドラマです。



3人の妖怪は、本当はこの家にあった古い「妖怪」の本に描かれた姿を借りただけ。
本当は空からの使者ともいう存在。
更に今作では土着の不思議な「モノ」たちも登場します。
この土地の自然の精が形を表したものとでもいいましょうか。
これは「となりのトトロ」の中のトトロとかマックロクロスケにも通じます。
人と自然が区別がつかないほどに融和して暮らしていた長い歴史の中で、
そういうものが生きてきた感じがします。
この島の風土あってこその彼ら“もののけ”なんですね。
正直、北海道ではそういう存在があるような気がしない。
(いるとすればフキの下の神様、コロボックルかな?)
やはり、風土の違いを感じます。



ストーリーはちょうど夏休みで、学校の光景は出て来ません。
でも、同い年の少年と知り合い、泳ぎに誘われますが、
彼らの泳ぎとは、橋からはるか下の川面に飛び込むこと。
彼らの仲間と打ち解けることも、飛び込む勇気も持てないもも。
しかし家にいればまた、父とケンカ別れしたことを悔やむばかり。
子供だって、悩みがいっぱいで大変です。
でも、気丈に見えるお母さんも、実は未だ夫を亡くしたショックから立ち直れていないのですが、
自分のことで精一杯のももには、それが見えません。
それも無理はありませんけれど。



ももは「見守り隊」に助けられながら、(と言うよりは世話を焼きながら?)
大人への道を踏み出すわけですが、
でもこれは、本当は彼女が自分で起きて立ち上がったということなのでしょう。
彼女を癒したのは、この島の自然と、人々。
終盤の山場はかなりダイナミックなシーンで、ワクワクさせられます。
これぞアニメの力ですね。
彼ら“もののけ”の結界はこの島のなかだけ、というのも見て取れました。



山頂から見る美しい光景に目を奪われます。
心地良く吹く風をさえ感じるような・・・。
恥ずかしながら瀬戸内の海を私はまだ訪れたことがなく、
いつかぜひ行ってみたいと思いました。

「ももへの手紙」
2012年/日本/120分
監督:沖浦啓之
出演(声):美山加恋、優香、西田敏行、山寺宏一、チョー

家族ゲーム

2012年05月09日 | 映画(か行)
家庭教師が家族にもたらすものは

                 * * * * * * * * * 

故森田芳光監督を偲びつつ・・・・
1983年作のこの作品。
約30年前。
日本はまだまだ経済成長期。
ファミコンが発売された年でもあり、NHKドラマ「おしん」が大ヒットした年でもあります。
世の中どんどん豊かに便利になるけれど、
おしんの時代のような貧しさと家族の絆を忘れてはいけない。
そんな思いが当時の人々の心にあったのかも。


さて、今作もホームドラマではありますが、かなり苦いです。
父母と、高校1年、中学3年二人の息子がいる沼田家。
兄真一は無事進学校入学を果たしたけれど、弟茂之は、成績が悪く、このままでは無理。
そこで、家庭教師をつけることになったのですが、
三流大学7年というこの謎の男、吉本が松田優作で、
語る言葉こそ少ないのにすごい存在感です。
この沼田家の食卓、横長で家族4人(吉本が食卓を共にするときには5人)が、
横並びで食事をするという独特なもの。
お店のカウンターで見知らぬ同士が袖すりあわせつつ、
無言で独自の世界を守りながら食事をしているという雰囲気ですね。
この家族のディスコミュニケーションを象徴しているというわけです。
そして、家族の弾まない会話の代わりに、
食器の音、汁を啜る音、咀嚼の音などが耳障りなほどに強調されています。
殺伐でもあり、ユーモラスでもあり、このさじ加減が実に絶妙。


父親は自分の価値観を家族に押し付け、
母親は自分の意志はなく夫の意向を丸呑み。
兄は、高校に入った途端やる気を無くして、学校をさぼりがち。
弟は全く勉強をする気がなく、学校では若干のいじめも受ける。
さて、ここへ家庭教師が入って、家族の愛を目覚めさせたりはしません。
結果的には茂之の成績は向上。
でも彼は、家族を変えたりはしないのです。
そして、ラスト付近の5人の食卓シーンでの、吉本の暴走が凄まじい。
思わず笑ってしまいますが、けれどもこのシーンの意味は重いと思います。
ひとまず茂之の受験という大きな山を乗り越えたこの家族。
でもその有り様は全然変わっていなかったということで、
吉本が爆発するんですね。
でもそれもかなり破れかぶれでで、家族にその意志が伝わったかどうか。
いえ、吉本自身も決して自分の感情を理解しているようには思えない。
しかし、この吉本の暴発こそが、
この家族の崩壊を逆に食い止めたようにも思えるのです。
家族同士の価値観の違いによるスレ違いが、時には殺人事件にまで発展。
もしかするとそうならないとも限らなかったこの家。
問題は抱えながら、それでもやっぱり一つの安息の場に踏みとどまった。
ラストシーンの不安をかきたてるようなヘリコプターの音は、
外界の様々な事件や不安、ストレスを表すのでしょうか。
家族とは、そういうようなものから私達を守る、
ほんのささやかなバリアーなのかも知れません。

家族ゲーム [DVD]
松田優作,伊丹十三,由紀さおり,宮川一朗太
パイオニアLDC


「家族ゲーム」
1983年/日本/106分
監督・脚本:森田芳光
出演:松田優作、伊丹十三、由紀さおり、宮川一朗太、辻田順一

「氷菓」 米澤穂信

2012年05月08日 | 本(ミステリ)
古典部、30年前の出来事を探る

氷菓 (角川文庫)
米澤 穂信
角川書店(角川グループパブリッシング)


                 * * * * * * * * * 

米澤穂信のデビュー作にして、
その後も続く<古典部>シリーズの第一作でもあります。
なぜか家に「遠まわりする雛」だけ一冊ありまして、
これはやはりシリーズ1作目から読むべきでは?と思い、そのままになっていました。
それで、やっとこの度第一作を読んだという次第。
あらら、TVアニメ開始ということで、アニメのイラスト表紙になっちゃっていますね。
こういうのは、オバサンは買いにくいので、やめて欲しいのですが・・・

                 * * * * * * * * * 


何事にも積極的に関わろうとしない"省エネ"少年折木奉太郎は、
姉の言いつけで心ならずも古典部に入ってしまいました。
そんな中で、古典部の仲間の身の回りに生じた不思議な謎を次々と解き明かしていきます。


いつの間にか密室となった教室。
毎週必ず借り出される本。
小さな謎をときあかしつつ、ストーリーはこの古典部文集「氷菓」の大きな謎へと突き進んでいきます。
この構成がなんともうまく、心にくいと思いました。
ホータローのちょっと冷めた感じも、米澤穂信の持ち味そのもの。
デビュー作にしてすでに、作品のスタイルや技術が完成されているとは、
やはりタダモノじゃないですね。


古典部の文集「氷菓」第1号は30数年前に発行されています。
しかしなぜかその第1号が見つからないのです。
その第1号には、伝説的英雄とされる古典部の関谷先輩のことが書かれているはずなのですが。
30年前といえば、学園紛争華やかなりし頃・・・。
そうした世相が絡んでくるのも、面白いです。
無論現代の高校生の彼らが、そんな当時の世相など実感として知るわけもなし。
(という件では、自分の年を感じてしまいましたが)。
なるほど、ジェネレーションギャップも、小説のネタになりうるということか。
でも今作中、名探偵役ホータローは、さすがにすぐにそれには気が付きます。
関谷先輩は、真に英雄だったのか。
それとも・・・。
その答えははじめから「氷菓」という題名に隠されていたのでした。
なんとも心憎い。
ネタバラシはやめておきますが、
氷菓、すなわち、アイスクリームです。


というわけで、なかなかの満足感のこの本。
引き続き、このシリーズを読むことにしましょう。

「氷菓」米澤穂信 角川文庫
満足度★★★★☆

テルマエ・ロマエ

2012年05月07日 | 映画(た行)
コミックの映画化、プロの技



                 * * * * * * * * * 

ヤマザキマリ原作コミック「テルマエ・ロマエ」の映画化。
コミックを読んでいたので、映画は見なくてもいいかと思っていたのですが、
ここ一ヶ月くらい、私が劇場で見た作品といえば・・・
「ヘルプ心がつなぐストーリー」、
「タイタニック」、
「最高の人生をあなたと」、
「アーティスト」、
「昼下がり、ローマの恋」、
「おとなのけんか」、
「別離」、
「汽車はふたたび故郷へ」
・・・ということで、
「タイタニック」は別として、いかにも渋い。
それぞれとてもいい作品でしたが、このあたりで単純に楽しめるお気楽作品を見たくなったという次第。



「テルマエ・ロマエ」はローマの温泉という意味。
古代ローマ帝国の浴場設計師であるルシウス(阿部寛)が、
現代日本にタイムスリップし、
日本の風呂文化を学びローマに持ち帰るという荒唐無稽のコメディです。
原作では短編それぞれが独立したエピソードとなっていますが、
この映画では、ルシウスの出没する日本に常に同じ一人の女性を配し、
一つのストーリーを紡いでいます。
その女性が、漫画家志望の山崎真実(上戸彩)。
原作ではルシウスだけが古代ローマと日本を行き来しますが、
今作では日本側の人物も古代ローマへ行ってしまいます。
そうして映画らしい、ひとつのストーリーとなる辺りが、
なるほど、さすがプロの技と感心させられたりして。



主要な役は日本人を立て、
その他大勢的なところは西洋人を起用。
日本に来て言葉の通じないルシウスはラテン語を話しますが、
ローマが舞台の時には、全て日本語。
この手法は「のだめカンタービレ」と同じですね。
そうか、すでに実行済みのノウハウがあったんだっけ・・・と思いきや、
これはその「のだめ」と同じ武田英樹監督作品でした。
なるほど、納得、納得。


ルシウスがお風呂の渦に巻き込まれ、タイムスリップをするシーンに、
いちいちオペラ歌手が登場し、仰々しく美声を響かせるという演出もすごく決まっています。
それが回を追うごとに次第に変化するところも注目ですよ!
平たい顔族のおじさんたちのほのぼのしていかにも人のよさそうなところも原作そのまま。
見事に原作の雰囲気そのままに、楽しい作品に仕上げてくれました。


なんだか無性にどこか温泉に行きたくなってしまいます。
銭湯もしばらく行っていないなあ・・・。


阿部寛さんは古代ローマの衣装も似合いますが、
でもやっぱり浴衣姿が素敵でした!


そうそう、劇場でコミック「テルマエ・ロマエ 特別編」を配布していまして、
これが、映画撮影の休憩をしていた阿部寛さんのもとに、タイムスリップしてきたルシウスが現れる
・・・というもの。
これは見逃せません。
超お得でした。
感謝!!


“平たい顔族”のみなさん


脱“平たい顔族”の皆さん

「テルマエ・ロマエ」
2012年/日本/108分
監督:武田英樹
原作:ヤマザキマリ
出演:阿部寛、上戸彩、北村一輝、竹内力、宍戸開、市村正親

コミック
→テルマエ・ロマエⅠ
→テルマエ・ロマエⅡ
→テルマエ・ロマエⅢ
→テルマエ・ロマエⅣ

テルマエ・ロマエ I (BEAM COMIX)
ヤマザキマリ
エンターブレイン


テルマエ・ロマエ II (ビームコミックス)
ヤマザキマリ
エンターブレイン


テルマエ・ロマエ III (ビームコミックス)
ヤマザキマリ
エンターブレイン


テルマエ・ロマエ IV (ビームコミックス)
ヤマザキ マリ
エンターブレイン

マーリー2 世界一おバカな犬のはじまりの物語

2012年05月05日 | 映画(ま行)
マーリーと過ごした少年の夏

マーリー2 世界一おバカな犬のはじまりの物語(前作「マーリー世界一おバカな犬が教えてくれたこと(特別編)」付)(初回生産限定) [DVD]
トラヴィス・ターナー,ドネリー・ローズ,チェラー・ホースダル
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン


                  * * * * * * * * * *


今作は映画「マーリー 世界一おバカな犬がおしえてくれたこと」の続編ということですが・・・。
劇場未公開ですね。
それもそのはず、これは前作とはほとんどつながりのない、
テイストも異なるお子様向けコメディ作品でした!!
つまり、マーリーの子犬の頃の物語。
夏の間だけボディと言う少年に預けられたマーリーが、
子犬の競技大会に挑戦するという物語です。
冒頭からいきなりマーリーのセリフが始まったので、
ぎょっとして、失敗した!!と思ったのですけれど。
でも、犬好きの私なので、「ま、いいか・・・」ということで見てしまいました。

ということで、今作、あえて“こどもの日”にお送りします。
特別犬が好きというほどでもない方は、お子様と見るのがいいですよ。



今作、動物同士は話ができるのですが、人間と直接的に話すことはできない。
でも人の言うことはちゃんと理解しているという設定です。
しかしまあ、ほとんど細部まで意思の疎通はできていたようです。
なのに、なぜあそこまでしつけが悪いのか・・・謎ではあります。


さて、ボディ少年は夏休み、仕事で忙しいお母さんから離れ、
お祖父さんの家で過ごすことになりました。
やんちゃな子犬、マーリーを連れて。
そこで、子犬の競技大会のことを知ります。
3匹を1チームとするアジリティーの競技会。
ご近所のレトリーバーの子犬2匹を借りて、出場を決心。
トレーニングに励もうとするのですが・・・。


元海兵隊のちょっぴり厳しいお祖父さんがいいですね。
ここが、お父さんではなく、お祖父さんというところがミソだと思います。
父と息子というのは、どうしてもアメリカ的呪縛で相性が良くないんですよね。
父と息子の相克というテーマに触れざるを得なくなってくる。
今作はあっさりそこは切り捨てて、ひたすら犬と少年の成長路線をまっしぐら。


いや、でもお祖父さんというのは確かにいい。
部屋の整頓、ベッドメイク。
やるべきことはやらせながらも、気持ちに余裕があります。
なんにせよチャレンジすることが大切。
結果がどうあれ、真摯にそれに取り組むことこそが重要と、わきまえている。
マーリーが部屋をめちゃくちゃにしても、鷹揚です。


マーリーたちのライバルも素敵です。
ボディに競技会のことを教えてくれた女の子のチームはパグ。
前年のチャンピオンチームはドーベルマン! 
見た目は怖いけれども、気のいい3匹です。
しかしこの飼い主が、スポンサーからのお金ほしさに、
そうとうあくどい手を使って、他チームの邪魔をする・・・というドタバタ劇になるのです。
なんと、最後にはほろりと泣かされる場もあったりして・・・。
意外と楽しんでしまったのでした。

「マーリー2 世界一おバカな犬のはじまりの物語」

2011年/アメリカ/86分
監督:マイケル・ダミアン
出演:トラヴィス・ターナー、ドネリー・ローズ、チェラー・ホースダル


→「マーリー 世界一おバカな犬がおしえてくれたこと」

「静かな黄昏の国」 篠田節子

2012年05月04日 | 本(ホラー)
狂っているのは世界か、人間か、自分か?

静かな黄昏の国 (角川文庫)
篠田 節子
角川書店(角川グループパブリッシング)


                 * * * * * * * * * 

篠田節子さんの短篇集です。
どれもひんやりと、どこか他人事ではない恐ろしい事象が語られています。


「子羊」
静かで清潔な場所で満ち足りた生活を続けてきた"神の子"であるM24。
外の世界は貧困と争いと病気に満ちた恐ろしい場所と聞いているけれども、
彼女らは実際にそれを見たことはない。
外界とは隔絶されたこの世界で、
彼女らはひたすら16歳の"生まれ変わり"の日を待つ。
実の所"その日"の自分たちの行く手を、彼女らはわかっていないのですが。
やがて、恐ろしい事実がわかってきます。
これは、カズオ・イシグロの、「わたしを離さないで」の世界とよく似ています。
クローン技術がより発展した未来の成れの果て・・・。
単なる空想の物語であって欲しいですね。


ところが更に恐ろしい未来の日本の姿を描いたのが表題作。

「静かな黄昏の国」
この黄昏の国、というのはまさに日本です。
化学物質に汚染され、もはや草木も生えなくなった老小国日本。
葉月夫妻は終の棲家として、ある森の中の施設にやってきました。
そもそも、日本中探しても、森など殆ど無い。
それなのにこの施設は格安で、毎日新鮮な野菜が食卓に上ったりする。
野菜などは全く手の届かない高級食品だというのに。
そしてなぜか、ここにやってきた人の余命は3年だという。
いえ、3年というのも、多めに見すぎている。
あっという間に体調を壊し、弱って死んでいく住民たち。
彼らの体を蝕んでいるのは・・・。
まさに今日的話題で、怖いストーリーです。
3.11後、著者が2012年版として補遺したもの。
今や身近な話となってしまっただけにいっそう怖いです。


人によって捻じ曲げられた自然が牙をむく・・・。
狂っているのはこの大自然なのか、人間なのか、それとも自分自身?

「静かな黄昏の国」篠田節子 角川文庫
満足度★★★★☆

ブローン・アパート

2012年05月03日 | 映画(は行)
喪失感と罪悪感は十分に感じられるけれど



                * * * * * * * * * 

夫との関係がうまくいっていない若い母(ミシェル・ウィリアムズ)。
(今作では最後まで名前が明かされません。)
彼女はパブで知り合った新聞記者ジャスパー(ユアン・マクレガー)と関係を持ってしまいます。
そして、ある日の情事の最中、
サッカー観戦に出かけた夫と息子が爆弾テロに巻き込まれて死亡。
深い悲しみと喪失感、そして、罪悪感に駆られる彼女。
しかし、次第にそのテロ事件の裏に潜む事実が浮かび上がってきます・・・。



この作品、幼い子を亡くした母親の深い悲しみの描写に心を揺さぶられます。
ところが、です。
その先に語るべき言葉が見つからない。
これは、社会派のドラマなのか。
テロ活動への抗議? 
事件の裏の汚い真相? 
それとも命の賛歌?

・・・一体何を言いたい作品なのだろう。
どうにも焦点ボケで、とらえどころがなくて悩みます。
ミシェル・ウィリアムズとユアン・マクレガーがとてもいい感じなだけに、惜しい。
妻の浮気中に夫と息子が事故死、
その罪悪感の部分をもっとクローズアップしていったほうが良かったのでは、と思います。
事件の裏、なんていうのは無くてもいい話でした。
・・・というのはいかにも女性的解釈でしょうか。

いっそ、不倫部分を切り捨てて、
夫と息子の無念を晴らすため、事件の真相解明に死力を尽くしていく、
というサスペンス路線もありでしょうか。


つまりはやはり、どっちつかずの消化不良の作品と、私には思えてしまいました。

ブローン・アパート [DVD]
ミシェル・ウィリアムズ,ユアン・マクレガー,マシュ・マクファディン
Happinet(SB)(D)


「ブローン・アパート」
2008年/イギリス/100分
監督:脚本:シャロン・マグワイア
出演:ミシェル・ウィリアムズ、ユアン・マクレガー、マシュー・マクファーデン

別離

2012年05月01日 | 映画(は行)
人々のエゴを静かに見つめる少女の思いは・・・



                * * * * * * * * * 

今作は私達がめったに目にすることがない、イランの作品です。


夫婦の危機を向かえたシミンとナデル。
妻シミルは娘の教育のため、国外移住を決意したのですが、
夫ナデルは病床の父を置き去りにできないと反発。
どうしても折り合わないため、妻は実家へ戻っています。
やむなくナデルは父のため、介護の女性を雇うのです。
父はアルツハイマーでひとときをも目を離すことができない。
しかしやむない事情で女性は外出せざるを得なくなり、父を縛り付けて外出。
そのことが発覚し、ナデルは怒りのため女性を突き飛ばしてしまいましたが、
そのためか、女性が流産してしまうのです。
彼女の夫が怒りのあまりナデルを告訴。
女性が妊娠していたことをナデルが知っていたかどうか。
そこが大きな問題になりますが・・・。



この夫妻の生活は、私達がイランと聞いて思い浮かべる生活よりも、豊かなように感じます。
ちょっと失礼な印象を今まで持っていたようです。
欧米文化に感化された中流家庭。
私たちの日常生活とさほど変わりませんね。
ただし、まだまだ女性には窮屈な部分があって、
だからこそシミンは海外移住を望んだのでしょう。
娘をもっと自由な世界で成長させたいと願って。



一方介護の女性は、貧しい生活をしていて、敬虔なムスリムでもある。
この宗教観で、私達とは少し違う思考回路を辿るのが、今作の興味深いところです。
そして、終盤にわかる一つの意外な事実。
人々の感情の揺れ動きが細やかに表現されている上に、
この仕掛が、今作をぎゅっと引き締めています。



誰もが自分の事情に囚われた主張をするあまりに、収拾の付かない事態に陥っていくのですが、
こんな中で、娘テルメーが自己主張せず、物静かに事態を見守るのが印象的。
父親のために、ついには自分まで嘘をつかなければならなくなった時の涙がひときわ美しい。


この作品、まさに今のイランの世情なくしては語れない作品となっています。
けれども、人の心のありようはどこの国でも全く同じ。
そういうことをまた改めて感じるところです。
私たちはハリウッド作品だけでなく、いろいろな国の作品を見るべきですね。
遠い見知らぬ国にも、私たちと同じ人々が同じように生きているということが実感されます。


「別離」
2011年/イラン/123分
監督:アスガー・ファルハディ
出演:レイラ・ハタミ、ペイマン・モアディ、シャハブ・ホセイニ、サレー・バヤト