映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「信長協奏曲 9」 石井あゆみ

2013年10月10日 | コミックス
その身に、織田と浅井の血が流れていることを誇りに思って生きよ!

信長協奏曲 9 (ゲッサン少年サンデーコミックス)
石井 あゆみ
小学館


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激闘!三方ヶ原の戦い!さらに…!?

徳川家康、最大の危機である三方ヶ原の戦いの行方は!?
そして戦国の巨星・武田信玄の快進撃、織田家滅亡の危機は果たして!?
さらには浅井長政・お市夫婦の絆と運命を描ききった必読の第9巻!


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さて、本巻三方ヶ原の戦いといっても、
私のようなにわか歴史ファンではよくわかっていませんでしたが、
つまりは家康最大の危機、ということなんですね。
でも無論、その後の家康を知っていれば、ここで家康が命を落とすはずはありません。
辛くも武田軍から逃れた家康ですが、
その後武田軍の動きが、ピタリと止まる。
そのワケくらいは、私でも知っているのですが、
超々歴史オンチのサブロー信長は、わかっていません。
う~ん、もう、じれったいんだから。
でも本作、サブローが歴史を何も知らないからこそ成り立つストーリーなわけで、
仕方ないですね・・・。


又、本巻ではついに細川藤孝が将軍足利義昭を裏切り、
信長方に付きます。
私、近頃黒田官兵衛本を読んでいまして、
そうすると色々な登場人物が、このコミックの登場人物でイメージされるのです。
細川藤孝に、足利義昭ね・・・。
なるほど、イメージピッタリ。
戦国時代ものを読もうとするときに、
本作はすばらしい参考図書となり、助かります。
うーん、ただし、秀吉像はやっぱりここの秀吉が特殊過ぎましょうか。
もちろん信長と光秀も。
でも信長や秀吉、色々なイメージを楽しめるのが、
それぞれの著者によるストーリーの面白いところです。


そして、本巻のクライマックス、
小谷城での、浅井長政との攻防戦。
相変わらずこの長政さんは端正だなあ・・・。
信長の妹、お市の方が幼い娘3人を連れて織田側へ帰ってきます。
さすがにここは"おいっちゃん"らしい去り方でした。
ラスト前のページ、おいっちゃんが娘たちに語る言葉

「その身に、織田と浅井の血が流れていることを誇りに思って生きよ――」

うう・・・泣けます。
NHK大河ドラマファンならよく知っている、この3姉妹。
また、この先が楽しみです!!

「信長協奏曲」 石井あゆみ ゲッサン少年サンデーコミックス
満足度★★★★☆

タイピスト!

2013年10月09日 | 映画(た行)
1950年代が舞台でも現代人のための物語



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1950年代、フランス。
当時の世相、インテリア、ファッション、ノスタルジーにあふれた作品です。
故郷の田舎町を飛び出してきたローズ。
当時の女性のあこがれの職業秘書。
彼女は夢かなって、保険会社に就職しましたが・・・。
ちょっぴりドジなローズは、上司のルイに「秘書に向いていない」と宣言されてしまいます。
けれど、彼女のただひとつの特技、タイプライターの早打ち。
それをみとめられ、選手権で勝てばクビにするのは見逃そうということに・・・。
実はその時ローズは確かにタイプの早打ちができたのですが、
左右の人差し指だけで打っていたのです。
やはり、5本指の人にはかないません。
そこでルイがコーチとなり、5本指早打ちの特訓開始。
地方大会、フランス大会と勝ち進み、
ついには全国大会出場のため、ニューヨークへ・・・。
厳しい特訓を共にするうちに、ローズにはルイへの愛が芽生えていくのですが・・・。



ちょっぴりドジな女の子が、
厳しいコーチに導かれて、特訓につぐ特訓。
禁断のコーチへの愛のゆくえは・・・。
と、日本ではよくある物語なんですが、
おフランス仕立てとなれば、なんともオシャレで楽しめてしまいます。
デボラ・フランソワの見せる当時のファッションが、なんとも可愛らしい







コメディではありますが、まだ戦争の爪痕が残っていて、
実はルイにも辛い思い出があるという背景もまたいい。
戦争で受けた災害や心のキズから、なんとか立ち上がっていこうとする当時の社会の活気のようなもの。
そのようなものも感じられます。
昭和の日本も同様でしたね。


タイプライターは私も中高生くらいの時に使ったことがあります。
と言うか、おもちゃみたいな感じでした。
実用で使うはずももちろんありませんし、
ローズのように一本指で、ローマ字文を打って遊んでいた・・・。
パソコンのキーボードのように軽くはないので、
実際ローズのような早打ちをしようと思ったら、体力が必要なのでしょう。
指の負担が凄そうな気がします。
パチパチ・・・チーンというあのリズミカルな音が魅力的。



ノスタルジーを絡めたストーリーながら、
夢を叶えようとする女の子。
そして、意地悪なようでいて実は優しくてナイーブで、そのあまり、愛には積極的になれない男。
男女の関係はやはり現代風です。
だから、1950年代が舞台でも現代人のための物語。


「タイピスト!」
2012年/フランス/111分
監督・脚本:レジス・ロワンサル
出演:ロマン・デュリス、デボラ・フランソワ、ベレニス・ベジョ、ショーン・ベンソン、ミュウ=ミュウ

50年代度★★★★★
ロマコメ度★★★★☆
満足度★★★★☆

きっと ここが帰る場所

2013年10月08日 | 映画(か行)
父との絆を探す旅



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本作のショーン・ペンを見て、なぜ劇場で見なかったのか思い出しました。
とてもショーン・ペンでは考えられないメイクですもんねえ・・・。
しかも余計年なのが強調されるようで・・・。
いや、でも、見れば、こうでなければならない理由というのが見えてきます。
ただ単に奇をてらったわけではありません。


アイルランドのダブリン。
大邸宅で妻とともに穏やかな日々を過ごす元ロックスターのシャイアン(ショーン・ペン)。
ただし、年に似合わず、白塗りの化粧に赤い口紅。
ボサボサ髪に革ジャン。
話し方はぼそぼそ声で、
歩く姿もそれほどの年でないにもかかわらず既によぼよぼ・・・。
どうも過去につらい経験をして以来、
音楽から離れ、すっかり生きがいもやる気もなくしてしまったようなのです。
ただし、何故か株では大儲け。
でも彼は、ことさらそれを喜ぶふうではありません。
たぶん何の感情もなく淡々とデータから導いた答えを実行しているにすぎないのでしょう。
まあ、そうしたものかもしれませんが、皮肉ですね・・・。


そんなシャイアンのもとに、
もう30年以上あっていない父親の危篤の知らせが届きます。
父は、シャイアンの故郷、アメリカのニューヨークに住んでいるのです。
船でニューヨークに向かった彼は、
しかし父の臨終には間に合いませんでした。
そして彼は父がナチスの親衛隊の男を探していたことを知ります。


さえない男の日常を淡々と綴る作品かと思って見ていましたが、
彼の父の思わぬ波乱の人生に触れて、驚かされます。
父はユダヤ人でナチスの収容所に入れられていたことがあったのです。
父の腕に入れられていた数字の刺青の意味。
酷いですね。
また、そうしてかろうじて生き残ったユダヤ人たちが、
ナチスの残党狩りをしているというのもドラマチック。
いや、だからといってシャイアンが急に復讐心に燃えるわけではありません。
相変わらずの調子なのですが、
15で家を飛び出して以来ほとんど何の連絡も取り合わなかった疎遠な父子の心。
今それを少しでも取り戻したいと彼は思ったのでしょう。
父に変わり、その男を探す旅に出ます。




という訳で始まるアメリカ横断ロード・ムービー。
それは自分探しというよりも父との絆を探す旅。
父との絆というのは、センチメンタルではなく、
自身のアイデンティティでもあるのでしょう。


ある人がシャイアンにこう言います。

「あなたがタバコを吸わないのは、あなたが子供だからだ。」

そして、ロード・ムービーの果てに、彼がタバコを吸うシーンがあるんですよ。
そこがとてもいい。
こうした、たった一回の、ほんのちょっとのタバコのシーンがこんなに生きるのはいいですよね。
(どこかのアニメよりもずっといい。)


「きっと ここが帰る場所」は、元トーキング・ヘッズのメンバーで、
本作にも本人役で出演しているデビッド・バーンの歌う曲の名。
本作でも何度も流れます。
特に、シャイアンと男の子とのセッションのシーンがステキでした!!

きっと ここが帰る場所 [DVD]
ショーン・ペン,フランシス・マクドーマンド,ジャド・ハーシュ,デイヴィッド・バーン
角川書店


「きっと ここが帰る場所」
2011年/イタリア・フランス・アイルランド/118分
監督・脚本:パオロ・ソレンティーノ
出演:ショーン・ペン、フランシス・マクドーマンド、ジャド・ハーシュ、イヴ・ヒューソン
ロード・ムービー度★★★★☆
満足度★★★★☆

「水の柩」 道尾秀介

2013年10月06日 | 本(その他)
ダムの底に沈めたあれこれ・・・

水の柩
道尾秀介
講談社


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老舗旅館の長男、中学校二年生の逸夫は、
自分が"普通"で退屈なことを嘆いていた。
同級生の敦子は両親が離婚、級友からいじめを受け、
誰より"普通"を欲していた。
文化祭をきっかけに、二人は言葉を交わすようになる。
「タイムカプセルの手紙、いっしょに取り替えない?」
敦子の頼みが、逸夫の世界を急に色付け始める。
だが、少女には秘めた決意があった。
逸夫の家族が抱える、湖に沈んだ秘密とは。
大切な人たちの中で、少年には何ができるのか。


* * * * * * * * * *


道尾秀介さんの作品、私が先に読んだ「月と蟹」も少年が主人公でしたが、
本作も中学2年の逸夫が主人公です。
やっぱり私は少年少女が主人公のストーリー、好きですねえ・・・。
さて、逸夫は、近頃寂れてきているとはいえ、旅館を営む家の長男で、
特に不自由も不満もありません。
でも、自分があまりにも"普通"であることをつまらなく感じているのです。
けれど彼は同級生敦子の境遇や、
彼の祖母の深い心の傷を知るにつけ、
"普通"を嘆いていた自分がどんなに恵まれていたかを知ることになるのです。


逸夫はおばあちゃんっ子だったせいか、気持ちが優しいのです。
敦子のこと、おばあちゃんのこと、
自分のことのように胸をいため、
自分がそれをどうしてあげることもできないことにまた、傷ついている。
そんなときに、旅館の従業員のある人が言うのです。

「ぜんぶ忘れちゃって、今日が一日目って気持ちでやり直せばいい」

多くの悩みがそうであるように、
たいていは今、住むところも食べる物もあって、
実はそれだけで恵まれていると言っていい。
けれど人は過ぎたことをぐるぐる心のなかに巡らせて、
どんどんどんどんそれにがんじがらめにされて動けなくなってしまう。
全部忘れて、今日が一日目。
そう思えたらどんなにいいでしょう。
逸夫が考えたそのための奇抜な方法。
なんだか胸がすく思いがします。
確かに子供だまし。
けれども心の中にけじめをつける儀式のようなものでしょうか。
こういうのは実際、効果があるのでは?と思いました。


それから、少女が考えたいじめへの対処法。
潔いな。
タイムカプセルの中身をすり替えるより、ずっといいですね。
(ただし、マネはオススメできませんが)


本作にはちょっと騙しのテクニックがあって、
いじめられていた少女敦子が、
ダムに身を投げてしまおうと決意する部分がはじめの方にあります。
そしてその一連の出来事の9ヶ月後、
逸夫が身近な人々とともにバスでそのダムへ向かうシーン。
このシーンにはなかなか敦子が登場しません。
いったい少女はどうなるのだろう、
もしかすると本当にその時に死んでしまったのか・・・?
不安を抱えたまま、進行するストーリー。
ミステリ作家、道尾秀介さんらしいですね。
少年の心の成長がまぶしい、ステキな物語でした。

「水の柩」 道尾秀介 講談社
満足度★★★★★


謝罪の王様

2013年10月05日 | 映画(さ行)
ワキゲボーボー・・・



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水田伸生監督、宮藤官九郎脚本、そして出演阿部サダヲとくれば、
「舞妓Haaaan!!!」「なくもんか」以来の黄金トリオ。
期待が高まります。
(しかし、そういえば私は「なくもんか」を見ていないのだった!!)
(不覚!)



本作の阿部サダヲは、東京謝罪センター所長「黒島」。
彼は自身を“謝罪師”と名乗っています。
ケンカの仲裁から国家間の紛争まで、謝罪の相談に応じ、自ら謝罪代行。
謝罪の最大級は半澤直樹もやっていたあの土下座ですが、
本作では土下座を超える究極の謝罪へと導かれます…。



一つ一つ区切ったエピソードが紹介されていきますが、
実はこれがバラバラのピースではなくて、
色々な人物や出来事が微妙に関連しあって行くという、とても興味深い展開を見せます。
実はこれこそが本作の見どころなのであります。



強面のヤクザに謝罪。
セクハラを謝罪(岡田将生がとんでもないセクハラ男だなんて(T_T)。)
芸能人の謝罪会見。
過去の過ちの謝罪。
トントンと話は進んで、笑いながらも、なるほどそういうことってあるよねーと
共感しつつ見ていくのですが、
私はラストのエピソードでちょっと戸惑いを感じてしまいました。
あるTV番組ディレクターが、マンタン王国という小国とちょっとした行き違いがあって
相手を怒らせてしまった。
しかし、黒島の謝罪のミッションは、
日本の風習や文化がマンタンと大きく異なることで失敗に失敗を重ね、
ついには国家を巻き込む一大事となっていく・・・。

異文化コミュニケーションは一筋縄ではいかない、と、
まあ、テーマは悪くないかもしれない。
でもなんだか何度もしつこいし、どこにも共感できないし、
くだらなさ過ぎて、笑えなくなってしまいました。
竹野内豊さんに濱田岳さん、
好きな俳優さんが目白押しででているのに、惜しい・・・。



しかし、なぜ黒島が“謝罪師” となったのか、
そしてなぜ喫茶「泣きねいり」を仕事の根城としているのか、という部分がまたいい。

そして、弁護士箕輪(竹野内豊)の娘が、
幼い時なぜあんなにもしつこくふざけた真似を繰り返していたのか、の答えも。


「謝罪の王様」
2013年/日本/128分
監督:水田伸生
脚本:宮藤官九郎
出演:阿部サダヲ、井上真央、竹野内豊、岡田将生、尾野真千子、高橋克実、松雪泰子、濱田岳、荒川良々
商売性★★★★☆
(でもやっぱり自分自身であやまりましょうね~)
満足度★★★☆☆

LOFT/ロフト

2013年10月04日 | 西島秀俊
1000年前のミイラが・・・



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さてと、これはサスペンス・ホラーなんですね。
西島秀俊さんは、主役じゃなくて、どうにもしょうもない役なんですが・・・。


郊外の一軒家に越してきた、美貌の作家礼子(中谷美紀)。
その夜、向かいの何やら廃墟のような建物に、男が大きな荷物を運びこむのを目撃します。
男は大学教授の吉岡(豊川悦司)で、
運んでいたのは近くのミドリ沼から引き上げられたミイラだった・・・。
そのミイラというのが、1000年前の若い女性で、
彼女は自分の美しさを保つために自らその沼に身を沈めたというのだね・・・。
そもそも、礼子がここに越してきたのも、
何かそのミイラが呼び込んだみたいなところはあるよね。
いや、最後まで解決しない不明な出来事が色いろあるのだけれど、
この家を薦めたのは編集者の木島(西島秀俊)だったわけだよね・・・。
そうそう、西島さんは、はじめからなんだか冷淡で投げやりな感じのする、
嫌なやつという役柄だよ・・・、残念ながら。
でもその感覚は正しくて、この家の不気味さを作った本人であるわけだ。
ここに礼子をすまわせようなんてのが、そもそもとんでもない奴なわけ。
ただし、彼はミイラのことについては何も知らない。
礼子の身辺で、何やら不気味なことが起こり始めるのだけれど、
それはそのミイラの仕業ではなくて、
実は、ここに以前住んでいて1年ほど前から行方不明という
作家志望の若い女性に関係しているのだった・・・。
と、何やら関係が複雑になってきます。
吉岡が何やら影を引きずっているもの、
ミイラのせいというよりもそちらに関係していたわけで・・・
結局ミイラは直接的には関係していない。
だけれど、これら一連の事件の背景にミイラの何やら底知れない怨念のようなものが伺われる
・・・と、そんなところなのかな?
そのようです。



中盤くらいまではなにげに怖かったのだけれど、
死んだ女(安達祐実)がわりと実体に近い姿で現れるようになってからは、
なんだか滑稽味を感じてしまった・・・。
うーん、そうなんだよね。
見えるか見えないか、あるかなきか、
そういう気配みたいなものが一番怖いんだと思う。
ラストはどうも・・・・ね。
そもそもこんな田舎の古い家に女一人で住もうなんてのが、普通の神経じゃない!!
しかも向かいに不気味な大学の施設。
格安なのは間違いないけどねえ・・・。
それから、以前住んでいた女が残した小説というのが、結局内容には全く触れられていなかったけれど、
そこをもっとうまく利用できなかったのかなあ、と残念な気がする。
それは「平安期の女が、男の永遠の愛とおのれの美しさを失わないために沼に身を沈める物語」
だったりすれば面白いんじゃない?
なるほど~。

LOFT ロフト デラックス版 [DVD]
中谷美紀,豊川悦司,西島秀俊,安達祐実,鈴木砂羽
ジェネオン エンタテインメント


「LOFT/ロフト」
2005年/日本/115分
監督・脚本:黒沢清
出演:中谷美紀、豊川悦司、西島秀俊、安達祐実

ホラー度★★★☆☆
西島秀俊の魅力度★★★☆☆
満足度★★☆☆☆

「野いばら」 梶村啓二

2013年10月02日 | 本(その他)
150年前と現代をつなぐ花

野いばら
梶村 啓二
日本経済新聞出版社


野いばら (日経文芸文庫)
梶村 啓二
日本経済新聞出版社


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第3回日経小説大賞受賞の傑作歴史ロマン!
英国田園地帯の丘で波打ち匂い立つ白い花の群れ。
幕末の横浜での英国軍人と日本人女性との悲恋が種子となり、
現代の欧州での偶然の男女の邂逅がその美しい薫りを蘇らせる。


* * * * * * * * *

現代の英国。
田園風景の中のある家を訪れた日本人の男性が、
この家に古くから伝わる一冊のノートを手渡されます。
そのノートは、150年前、
幕末の日本を軍事情報探索のため訪れた英国軍人ウィリアム・エヴァンスの体験を綴ったもの。
その当時の日本は「攘夷」論が勢力を増し、
西洋人は歩いているだけでも石を投げつけられたり切りつけられたり
・・・そんな物騒な世相でした。
エヴァンスは任務のため日本語の習得が必須であり、
日本語の教師を探しますが、
そこに抜擢されたのは成瀬由紀という美しい女性。
彼女は当時の日本社会では浮いてしまうほど、自分の意志を持った女性だったのです・・・。
(まるで山本八重さんのように・・・。)
普通なら引き受けるはずのない異人の教師を務めるというのだから、相当なものです。
エヴァンスは由紀の美しさと聡明さ、そしてやさしさにいつしか惹かれていくのですが、
この当時の状況で、もちろんそんなことは口にできない。
そして又、由紀にはあまり表沙汰にできない密かな情人がいるらしいと知れ、
嫉妬にこがれるエヴァンス・・・。
けれど、由紀の心はエヴァンスにあるようにも思われ・・・。
しかし、この二人の密やかな愛は、破滅への愛であったのです・・・。


う~ん、美しい物語です。
イングリッシュガーデンには憧れていましたが、
このような物語が付属すれば一段と又ロマンティックですね。
エヴァンスが日本で見た野いばら。
それは大変重要な場面で咲き乱れているのですが、
これは、もともと日本だけにある固有種なのだそうです。
植物に興味があるエヴァンスは故郷英国へそれを持ち帰る。
そうして、現代、150年前のノートを読み終え、放心した男は何を見るのでしょうか。
過去だけの話でなく、現代をも舞台としたことで、
この物語に壮大な深みがでています。
そして時の流れを感じずにはいられない。


エヴァンスの唯一の日本人の友、勝四郎のことば。

「いずれこの国は変わらねばならぬのであろう。
このままでおられぬのはわかっておる。
好むと好まざると、あんたらの土俵にのって相撲をとらねば、
われらの生きる道はないだろう。
100回生きても使い切れぬほどの富を追い求め、
まだ満足しないような化け物になる競争に参加するんじゃ。
そのことは、よくわかっておる。
われらはそなたらとおなじ化け物になると一旦決めたら、
とことんやるじゃろう。
ことによると、あんたらが顔色を失うぐらいやるかもしれぬ。
---だがな、それがひとにとって幸いかどうか。
それがわしにはわからぬのだ。」


う~ん、痛烈な現代への皮肉となっていますねえ・・・。


それから、本作では音楽と花が似ているという記述が何箇所かにあります。

「一時のあいだだけ虚空に咲き、漂い、消えていく幻のような美しさ。
その流れ去る美しさはとどめようがない。
しかしその美は繰り返し再生可能な生命の永遠性につながっている。
それが音楽であり、花である。」


数百年前の音楽が譜面を見て再生されるように。
風にのって飛んで行った種子が、別のところで芽吹くように・・・。


引用ばかりになりましたが、もう一つ。
本作は初めて日本を訪れたエヴァンスの視点で書かれているので、時々、面白い表現にぶつかります。
「熱い酒の入ったフラスコ型の陶器のデキャンタ」
・・・おわかりですね。
こんななぞなぞみたいなところもまた、密かな楽しみともなりました。

「野いばら」梶村啓二 日本経済新聞社
満足度★★★★★
珍しく図書館で借りましたが、近日文庫が出るようです。オススメです。


そして父になる

2013年10月01日 | 映画(さ行)
男は子どもとつながっている自信がないから、血にこだわるのでしょう?



* * * * * * * * * *

2013年第66回カンヌ国際映画祭で
長いスタンディング・オベーション。
そして審査員賞受賞ということで、随分前から話題になっていました。
実のところ是枝監督作品、それほど人は入らないのが常なのですが、
今作は違いました。
大きな劇場がほとんど満席。
う~ん、さすが福山雅治効果。
かく言う私も、ミーハー気分があるのは認めます!!



大手建設会社のエリート社員で、都心の高級マンションに暮らす野々宮(福山雅治)。
妻(尾野真千子)と6歳になる長男慶多の3人暮らし。
彼は仕事が忙しくて育児はほとんど妻任せ。
子どもと一緒に遊ぶことも殆どありません。
そんなある時突然、
息子が出生時に取り替えられた他人の子であることが判明します。
それを知った野々宮の第一声が
「やっぱり、そういうことか」。
どこか人より一歩前に出ようという意欲が感じられない慶多を、
野々宮はもどかしく感じていたようなのです。



子供を取り違えられたもう一組の夫婦は
電気店を営む斎木(リリー・フランキー、真木よう子)。
こちらはあまり裕福ではないけれど、
下に弟、妹も居て、ごく庶民的でなんとも賑やか。
特にこちらのパパは子煩悩で、
体を張って子どもと一緒にお風呂に入ったり、遊んだり。
でも、野々宮は、斎木の家族を上から目線で下品だと思っています。
まあ、ちょっとそういう嫌味な感じのオトコです。
双方戸惑いながらも、血縁を優先し、
子供を“交換”することにしますが・・・。


どうにもこうにも、切ないですね。
大人はそれで無理やり納得するにしても、子供には全く納得できません。
「どうして?」という斎木家で育った琉晴の問に、
答えられない野々宮。
家族とは血なのか。
それとも共に居て慣れ親しんだ時間なのか




私には野々宮の妻、みどりが言った言葉が正解のような気がします。
「男は子どもとつながっている自信がないから、血にこだわるのでしょう?」


生物の本能として、自分のDNAを残そうとする。
だから、血にこだわるのは当然のことなのかもしれません。
けれどもヒトは、“社会”をつくる生き物でもあります。
個よりも群れで存続を図ろうとする、
それがヒトのヒトたる所以でもある。
だから、どちらが正解ということもなく、
この二組の夫婦は悩みに悩むのですね。



「そして父になる」。
この題名が全てを物語っていますが、
この事件でようやく野々宮は子どもとまっすぐ向き合う「父」になるのです。
福山雅治、好演です。
泣かされました。



「そして父になる」
2013年/日本/120分
監督:是枝裕和
出演:福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー

家族を考える度★★★★★
満足度★★★★★